~前略、霊夢へ。
貴女が出てけ出てけ早苗カワイイしか言わないので、出て行くことにしました。
長い間、お世話になりました。どうぞ末永くお幸せに──。
萃香。
とりあえず地底にでも行くか。
霊夢と早苗の愛の巣と化した博麗神社で日々邪険に扱われる私。
こうなったらと居場所を求め、ついでとばかりに番いも見つかればと思い、動き始めた私が向かったのはそこだった。
天子んとこでも良かったんだが、あそこに行くのは最後にしようと思う。
「何だい? 独りが寂しいから帰ってきた? おいおい、酒呑童子と名だたる鬼の萃香様の威厳はついぞ失われてしまったのかい?」
言ってみれば里帰りして、お見合い相手を探すようなもんだ。
だったら顔の広い人物にお願いするのがいいだろう。
そう思ってかって知ったる友人を訪ねて見たものの、返ってきた答えはそんなぞんざいなものだった。
「……そう言うあんただって橋姫なんか肩に抱いて……何時の間に引っ掛けたのさ?」
勇儀は胡座をかいた姿勢で左手に橋姫を抱き寄せており、右手にはいつもの真っ赤な杯を持っていた。
その杯を声を掛けることもなく自然な動作で橋姫に向かって傾けると、勇儀の腕の中でとっくりを両手で持っていた橋姫が、これまた自然な動作で酒を注ぐ。
何となくだが、その姿は長年連れ添った夫婦を想わせた。
「そうは言われても、引っ掛けたって言うよりはパルスィから言い寄ってきた感じだったしねぇ。」
そんなまさか──そう思ったが、私と同じく鬼である勇儀が嘘をつくことの方が有り得ない。
何より勇儀の隣で顔を赤らめて俯く橋姫が、それを真実だと如実に物語っていた。
「これは驚いたね。一体このデリカシーの欠片も無いような奴のどこに惚れたんだい?」
「おいおい、随分な言い草じゃないかい。いいよ、パルスィ。こいつに教えてやんな! あたしの良いところって奴をさぁ!」
やけに自信満々な勇儀。それに応えるように、パルスィは赤く染めた顔を上げた。
「貴女の格好いいところが妬ましい。貴女の逞しいところが妬ましい。貴女の豪快さが妬ましい。貴女の優しいところが妬ましい。貴女の温もりが妬ましい──」
妬ましいしか言えないのか、はたまた愛しいという言葉を知らないのか……。
どちらにせよ、ほっといたら永遠に続きそうな勢いだ。ていうか、最初から橋姫の奴、勇儀の事しか見てやがらない。
質問したのは私だってば!
「分かった! 分かったからもう良いよ!」
「なんだい、もう良いのかい? ここから良いところなのに……なぁ?」
「──貴女の全てが妬ましい。」
どうやら橋姫には私たちの声なんて聞こえていなかったらしい。
思いの全てを吐露した橋姫は満足したのか、うっとりした表情で勇儀にしなだれかかっていった。
これを優しく受け止める勇儀。
「おやおや仕方ないね。」
勇儀はお手上げだと言いたげに肩を竦めてみせるが、顔がにやけており、それさえもただのノロケのようだった。
随分と、互いにお熱なようだ。
「……確かに嫁は良いもんだよ、萃香。」
不意に真剣身を帯びた声で勇儀が囁いた。訝しむ私に勇儀は苦笑いを浮かべるも続けざまにこう言った。
「まぁ全ての嫁がパルスィのように出来た嫁とは限らんだろうが──」
こやつ、まだノロケるか。
そろそろ一発殴ってやろうかと思ったり思わなかったり。
「何にせよ、独りより2人だね。うん、違いない!」
一人で勝手にそう結論付けた勇儀は上機嫌に笑いながら酒を煽り、力強く橋姫を抱き寄せた。
──そう思ってるから探してるんじゃん。
そう言ってやりたかったが、幸せそうな2人を見ていると、何となくそれを言うのは、はばかれた。
どうやらここでも私はおじゃま虫のようだ。
「はぁ……仕方ないね。他を当たるか。」
別に勇儀と付き合おうとか鼻から考えてなかったし。
「もう行くのかい? だったら地霊殿はどうだい?」
「さとりんとこ?」
思いも寄らぬ進言に、私は首を傾げた。
「ああ。何やら客を招いてるって話だぞ。それも大勢らしいが……はて、どこぞの奴らだったか……。」
頭を捻り、何かを思い出そうとする仕草を見せる勇儀。
だけど私は、それだけ聞ければ十分だと判断した。
「ホント!? ひょっとしたら社交界でも開いてるのかもしれないね! これは思わぬ朗報だ!」
善は急げとばかりに、私は飛びだった。
「何だい忙しない奴だね。」
だけど思いとどまり、私は呆れる勇儀に振り返った。
「おっとそうだった。ありがとさん。2人共お幸せにね。」
それだけ言うと私は今度こそ地霊殿に向かった。
地霊殿へと向かう道中。人通りの少ない繁華街を飛んでいると、ふと聞き覚えのある声がした。
立ち止まり、辺りを見渡して見ると、見覚えのある銀髪が目に入った。
──名前、何つったかな?
互いに認識もあるし、腕比べもしたことがある。
昔なら戦った相手を忘れるなんて事なかったのに……歳かな、私も?
因みにそいつは一人で居るわけではなく、隣にいる赤髪の女性と腕組みなんてしている。
そっちの女性は宴の席でちょっと挨拶を交わした事がある程度だ。名前を覚えてなくても不思議じゃないだろう。
ここで悩んでいても仕方ない。兎に角私は、側に降りてみることに。
「咲夜? らしく有りませんね……酔っ払ってしまいましたか?」
おお、そうだ。咲夜だ! 確か吸血鬼んとこのメイドさんだったね。
ついでに思い出したけど、隣にいるのは確かメイドさんと同じ職場で門番やってるとか。
「何よ~……お酒勧めたの母さんじゃない……」
そういや2人は結婚してたね。この間盛大に式をやってたし。酒の味しか覚えて無いけど。
「それはそうですが……少しばかり羽目を外しすぎてる気が──」
「良いじゃない。せっかく誰の目も気にせず歩けるんだし……少しくらい……ね?」
そう言って絡ませた腕を更に強く引き寄せるメイドさん。
あっ、メイドさんって言っても、今は羽織り姿だけどね。よく温泉街で見かけるやつ。
私が見ているのにも気づかないメイドさんは、子猫のように頭を門番さんの腕に擦り付けて甘えてる──普段の彼女からは想像だに出来ない姿だ。
でも決して不自然な訳じゃない。きっと知られてないだけでこれも彼女の一面なんだろう。
「私は良いんですけどね……見られてますよ。」
「……え?」
おや? 気付かれてたのか?
門番さんに促され振り返るメイドさん。
私と目があったのでとりあえず手を振ってやる。
「やっほー。」
「なっ!?」
随分と大袈裟に驚くメイドさん。どうやら相当恥ずかしかったらしい。顔が真っ赤だ。
それに比べて門番さんの方は堂々としている。
「それにしてもよく気付いたね。私、気配を消すのには自信があったのにな。」
「私は気を操る能力を持ってますから。」
自慢する訳でもなくただ事実を告げるように、何気なく言ってのける門番さん。
思いのほか永く生きてるのかも。
「……なんであんたが此処に?」
今更気取って見せるメイドさんだけど、顔が真っ赤なせいで全く迫力が無い。
「こらこら咲夜? 旅行の時くらいナイフはしまいなさい。」
門番さんにそう咎められ渋々武器を収めるメイドさん。
案外素直なんだねぇ。
「旅行? あっ新婚旅行かい?」
「はい。そうで──」
「ち、違うでしょ!? 私達は只の慰安旅行で来たんでしょう!?」
今更何を恥ずかしがっているのか、メイドさんは必死になって言い訳してる。
「だって咲夜。さっき新婚旅行みたいねって──」
「み・た・い、でしょう!? 誰もそうだなんて言って無いわ!」
ありりゃプリプリしちゃって……せっかくの旅行何だからもっと楽しめば良いのに──って私のせいか。
「私は別にどっちだって構いませんよ。貴女さえ側に居てくれれば、私はそれだけで幸せですから。」
「ば、ばか……。」
おやおや、門番さんの殺し文句にメイドさんはすっかり茹であがっちゃったね。
面白いから、もっと見ていたいけど、それは問屋が──いやメイドさんが許してくれないみたい。
「も、もう良いからどっかいってよ……。」
終いには私に向かって、そう弱々しく呟くメイドさん。
もう顔もまともに上げられないのか、門番さんの肩に隠れてしまった。
「すいません、萃香さん。今日の所は。」
殊勝にも名前を覚えて貰ってたみたい。何だか悪いね、色々な意味でも。
「こっちこそ邪魔して悪かったね。でもその前に。」
「何でしょう?」
「さっき慰安旅行がどうとか言ってたけどさ。ひょっとして地霊殿に招かれてる大勢の客ってのはあんたらの事かい?」
半ば確信に近いけど、念の為。
「ええ。そうですよ。館の妖精メイドが全員来てますから。相当な大所帯です。」
朗らかに答える門番さんに、私は首を傾げた。
「全員? それじゃあ館には──」
「あんたにそこまで話す必要ないでしょ!? ほら、母さんもあっち行こう!?」
質問の途中だったが、いよいよ我慢できなくなったメイドさんに邪魔されてしまった。
それも仕方ないか。およそ一番見られたくないであろうところ見られたのだ。
せめてもの償いに今日の事はなるべく早く忘れてあげよう。どうやら忘れる事には定評があるみたいだし。
「うんーそうだね。いよいよここ(地底)にいる意味も無くなったし。それじゃあバイバイ。」
「……ふんっ!」
鼻を鳴らすメイドさんと、苦笑ながらもやっぱり幸せそうな門番さんに見送られながら、私は地底を後にした。
ん? さとりんとこには行かないのかって?
流石の私でも妖精に酒をお酌して貰おうとは思わないよ。
仕方無く戻ってきた地上はまだ日が昇ってるような時間だった。
さてこれからどうしようか?
番いどころか今日の寝床すら決まっていない始末。
まぁ野宿だって構わないけど、すっかり屋根のある生活に慣れてしまったせいか、出来れば日が沈むまでには決めたいところ。
駄目もとで霊夢に相談してみよう……せっかく神社に居るんだし。
地底の入口は博霊神社に有るから、私は今、境内の中に居るのだ。
「あの~~霊夢?」
「あっ! 萃香! 漸く見つけた!? あんたを探してたのよ。全くどこほっつき歩いていたのやら。」
「……え?」
境内をうろつく霊夢の姿が見えたので、思い切って声を掛けてみると、思わぬ返事が返ってきた。
まさか霊夢が私の事を探していてくれていたとは…………やっぱり私も此処に居て良いのかな……?
柄にも無く、ちょっと泣きそうだ。
「何呆けてんの? まぁ良いわ。悪いけど私達、二週間程神社を留守にするから。」
「…………へ?」
しかし感動したのも束の間。
期待してしまった反動か……霊夢の口から放たれた事実に私は戸惑いを隠せない。
「だから留守番よ。留守番。よろしく頼んだわよ。」
それじゃ。とか言って去っていこうとする霊夢。
「ちょっと待った!? い、行くって何処へ!?」
「さぁ? 私も早苗に言われただけだし……でも──」
ぽっ。
「……?」
何故か赤く染めた頬を両手で抑えながら、いやんいやんと腰を振り出した霊夢。
もちろん理解の及ばない私は首を傾げるしか無いわけで。
「──ふふふ、きっと内緒で二人きりの旅行とか計画してるんじゃないかしら?」
見ていてこっちが恥ずかしくなるぐらい緩みきった顔を隠そうともしない霊夢は、上機嫌のままスキップで神社へと戻って行った。
一方の私は絶句の余りその場に立ち尽くしていた。
──これほどまでに、これほどまでに離れてしまうものなのか……?
幸せ絶好調な霊夢と、独り者の私との間に生じているこの温度差に、私は憤りやら情けないやらで何が何だか分からなくなった。
こんな気分は、鬼(私達)が地上から去る事になった日、以来だ。
「ちくしょー! 私だって絶対良い相手見つけるもんね!」
一層強まった私の決意。しかしこの時、私は気付いていなかった。
霊夢が旅行から戻るまでは、この神社から一歩も動けないと言うことに……。
なんだろう。このパルスィには晴れ着を着せてみたい。凄まじく似合いそうだ。
「頬を両手で抑えながら、いやんいやんと腰を振り出した霊夢」想像したら吹いた。霊夢一体何を想像してた……!!!
この人達が慰安旅行と言うと意味深な響きにしかなりません。
では誤字報告です。「顔が真っ赤な性で全く迫力が無い。」いや、ある意味合ってるんですがwww
ツンデレイメージが強かったが…成る程これはこれで
>4さん
お兄さん…?
それも良いかもw
ならば前人未到(かつてない)の新境地(カップリング)を夢見るしか残された手は御座いませんな。