大晦日の晩。
早苗さんが年越し蕎麦の用意をしていると、一人の妖精がやってきました。
「はつひのでっていうのを見ると最強になれるんだって!」
「でもね、大ちゃんは『曇ってるからよく見えないかも』っていうの。」
「お姉ちゃんはかみさまとかきせきの力が使えるんでしょ? なんとかしてよ!」
早苗さんが昔住んでいたところには高い建物がいっぱいで、見上げても見える空はほんの小さなものでした。
初めて幻想郷にやってきたとき、遮る物無く広がる空や澄んだ湖、おいしい空気に感動したほどです。
そんな幻想郷に住んでいるというのに、初日の出が見れない子がいるなんておかしい。
早苗さんはどうにかして、この小さなお客さんに綺麗な初日の出を見せてあげようと思いました。
でも自分には強い風を起こす力はないし、儀式で奇跡を起こすには夜明けまででは時間が足りません。
まず早苗さんは、一緒に住んでいる風の神様、神奈子さまに雲をどかしてもらえないかお願いしました。
「駄目だ。」
神奈子さまはこう言います。
「私が風を起こして雲を吹き飛ばすのは簡単だ。」
「でも、そんなに強い風が吹けば鳥たちはうまく飛べなくなってしまうよ。」
「鳥たちに会っておいで。それからまた帰ってきなさい。」
早苗さんは厚いコートを羽織り、お客さんにここで待っているよう言うと、神社を飛び立ちました。
月は厚い雲に覆われ、辺りは真っ暗です。
やがて早苗さんは枯れ木にツグミたちがとまっているのを見付け、彼らに風を起こしてもいいか尋ねました。
彼らはしばらく黙っていましたが、やがて口を開きました。
「駄目だよ。」
ツグミたちはこう言います。
「風が吹くのは大丈夫。飛んでいる鳥たちはすぐに地面に降りるだろうし、僕たちはあまり空を飛ばないからね。」
「でも、急に吹き飛ばされた雲がどう思うかは別だよ。」
「雲に会って、話をしてみたらどうかな。」
そう言うと、ツグミたちはまた黙り込みました。
早苗さんは襟元をしっかりと閉め、高く飛び上がりました。
飛ぶにつれて空気は冷たくなり、耳は真っ赤になっています。
やがて鳥も飛ばないほどの高さまでやってくると、暗い雲が早苗さんに話しかけました。
「年が明けたばかりだというのに、こんなところに何の用だね?」
空を昇っている間に、いつの間にか年は明けていたようです。
年越し蕎麦を食べ損ねたな、と思いながら早苗さんは事情を話し、風を起こしてもいいか尋ねました。
ですが雲は難しい顔をして、首を横に振りました。
「駄目だ。」
雲はこう言います。
「私自身は別に、ここから動くことが嫌な訳ではない。」
「だが、私は月に、三が日が過ぎる頃まで空を覆い尽くすよう頼まれているのだ。」
「済まないが、月のところへ行って話をしてくれないか?」
早苗さんは月へ向かい、西の空へ高く高く飛び上がりました。
月はゆっくりと沈み地上に近付き始めていますが、それでも月と話ができるほどの高さに辿り着くにはとても骨が折れます。
やがて早苗さんは月の近くまで辿り着きましたが、その頃にはもう、ずいぶんと時間が経ってしまっていました。
「駄目です。」
早苗さんが何も言わない内に、月はこう言います。
「雲とのやりとりは見ていました。空を晴らしたいのですね。」
「でもごめんなさい。実は、あの頼みは私が太陽に頼まれたことなのです。」
「太陽にも何か事情があるのでしょう、雲を晴らす訳にはいきません。本当に、ごめんなさい。」
早苗さんはまた飛ぶ準備を始めます。ですがそれは、地上へ帰ろうとしている様子には見えません。
それを見た月は、慌てた様子で言いました。
「もう日の出まで時間がありません。」
「太陽は私の反対側の空から昇るし、私よりも遙かに高く浮かんでいるのですよ。」
「それに私ならいざ知らず、人間がそんなに太陽に近付いたら、貴女は焼け死んでしまいます!」
早苗さんは困ったように頭を掻き、それからにっこりと笑って言いました。
「私は、奇跡を起こす人間ですから。」
早苗さんは袴の裾をはためかせ、全速力で東の空へ向かいました。
もう時間がありません。空は曇って暗いままですが、日の出の時間は刻一刻と迫ります。
雲の上を飛んで、飛んで、冷たい空気を切り裂き、顔に付く水滴もそのままに、ただ一心不乱に。
向かうは幻想郷よりさらに東。神社から日の出が見える時間より早く太陽に辿り着くには、東方へ飛ぶしかありません。
渾身の力で結界を突き破り、なおも東へ飛び続け、やがて小さく太陽が見えてきました。
近付くにつれ、遮る雲がない日光はじりじりと早苗さんの身体を焼きます。
正直しんどくなってきたので早苗さんは幻想郷へ引き返し、飛んでいた桃帽子の天人を刺又で捕まえると袖搦を片手に博麗神社へ向かいました。
「わあ…!」
神社で待っていた妖精は、地平線から昇る太陽を見て嬉しそうな声を上げました。
今まで初日の出を意識したこともない彼女の目には、山の上から見るそれはとても綺麗なものに映りました。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
天気は快晴。
早苗さんはのびた蕎麦を食べながら、今年もいい年になりそうだな、と思いました。
おわり。
どこか懐かしい面白さがある。
しかし太陽www