冬なんていう起き上がるには最もつらい季節、望みもしないのに時間通り私は目覚めた。
最近夜更かししていたなんてことは全く関係なかった。
まどろんだ頭では眠いという信号がぐるぐる回っている。
もう少しだけなんて考えてしまうと確実に落ちること請け合いだ。
目をぎゅっとつぶり五秒数える。
よし、起きよう。
仕事柄遅れるのは許されないとはいえ、たまには寝坊もしてみたい。
そんな甘い考えを頭から追い出して、いつのまにか顔まで埋めていた掛け布団から抜け出そうとする。
すぐに行動へと移れるのは習慣のお陰だろうか。
ところが、跳ね除けようとした布団が何かに引っかかったように動かない。
体だけ動かしベッドから降りる。
羽毛でできた鎧を脱ぎ捨てれば感じるのは肌を刺す冷たい空気、外とは壁で隔たれているがやっぱり寒い。
寝ぼけまなこに肌から寒さの刺激が与えられ、今まで自分がいた所を確認した私が見たのは一本のピン。
掛け布団をベッドの端へと縫いとめる、銀のナイフ。
十二月二十三日
軽い朝食を作ったあと、お嬢様の部屋へと向かう。
現在、紅魔館はクリスマスパーティーの準備の真っ最中であった。
館自体が紅の外装内装なので緑を添えつけるだけで雰囲気はそれらしくなる。
壁のあちこちにヒイラギやリースが飾られていた。
私もかなりの飾り付けをしている。
その多くがヤドリギなのだが、女性率十割ではそんなこと関係なさそうで特別な意味なんてない、残念。
クリスマスパーティの発案はお嬢様であった。
お嬢様の名はレミリア・スカーレット、純粋な吸血鬼だ。
相手さんの生誕を祝ってあげれば懐の深さを存分に見せつけてやれるじゃあないか。日本の侍も敵に塩を送ったんだろう、なんて木製の十字架で手遊びしながら言う吸血鬼だ。
それが毎年である。
悪魔が神の子の誕生にパーティを開くのはなんとも幻想郷らしいなとは思えるけれど、もう少しらしく振舞ってもいいのではとも思う。
まあ、らしくなんて知らないし、下手したらこの丸みを帯びた空気にそぐわない。
何より私はちょっと緩んだ感じの空気が好きだった。
そういったことを考えていると大広間へと到着する。
大広間には飾り付けられた大きなモミの木、そうクリスマスツリーが中心にどっしりと構えている。
青々と茂り、広間へと向く私の視界の大部分を覆うほど枝が伸びている。
ふわふわしたリボンからキラキラと輝く小物たちが取り巻き、天辺には金色の星がしっかりある正真正銘のクリスマスの象徴だった。
星は夜の間にいつの間にか飾られていたそうだが、お嬢様が飾ったのだと専らの噂である。
ツリーに向いていた目線を下げると、木の下には噂の本人が私に背を向けて立っている。
何に気づいたのかわからないがお嬢様は振り向いて、眠そうな目で笑みを浮かべた。
「あら、いつもこんなに早いのね。おはよう」
「おはようございます」
軽くお辞儀をする。
「お嬢様こそお早いですね。それとも吸血鬼的には朝更かしですか」
「今日は早起きしたの。サンタは良い子のとこにしか来ないらしいわ。サタンは電話一本で来るんだけど」
そういってふわと牙が見えるほどの欠伸をする。
五百歳のもとへ来るサンタにサタンの友人とは真に物騒な話だと、白い尖った歯を眺めながら私は思った。
鋭い銀の光が頭をよぎった。
部屋まで行く手間が省けたのでそのまま食事、片付け、そして日課の館内の掃除なんてやっていると、あっという間にけだるい午後の時間へ到着する。
ふとあのナイフのことを思い出した。
私のベッドと布団に穴を開けた上に下手したらこの体に刺さっていたかもしれないアレである。
何で起きたか、誰がやったか、どのように、疑問詞の半分くらいは不明である。
自分の部屋へ戻り確認をする。
銀のナイフは布団から抜き取り机の上に置いておいた。
朝見たままの通りあるナイフ、何となく手に取る。
しっかりとした重量感を腕に感じる。
本物の純銀なのだろうか。
構えてみると思いのほか手に馴染む。
刃の部分をそっと指でなぞると金属質の冷たさが伝わってきた。
やはりこのことはお嬢様に言うべきだっただろうか。
朝起きたら寝床に凶器が刺さっていたなんてことはそうそうする体験じゃあない。
よく考えれば相当に危険だったかもしれない。
今頃になって冷や汗が額を伝う。
だが、あまり心配させたり手を煩わせてしまうようなことは従者としてしたくはない。
せっかく瀟洒に振舞えるようになったのだ。
今更臆病風に吹かれて取り乱してしまうのははしたない、というか恥ずかしい。
とりあえずは今夜だ。
何か起きたのは私が寝ている間だとはしぼれるだろう。
今夜真相を鮮やかに暴いて、そう、後の笑い話にでもしてしまおう。
悪魔の館の住人が不思議な事件程度に怯えていては話にならない。
謎が日常茶飯事のここでは尚更だ。
小さな小さな異変をクリスマスへと沈めてしまうことに私は決めた。
そうとなればさっさと今日の仕事を終わらせてしまおう。
明日の食材の買出し、大荷物になるからメイド妖精も何人か手伝わせなければ。
定番はローストチキンか、烏天狗とかに見つからなきゃいいけれど。
ナイフをそっと下ろすとよく光る刃面が私を映した。
映った私がまるで別人のように見え、少しびくっとする。
ああ、笑われてしまうな。
夜、疲れた体はいつものこと、ベッドに入ればものの五分で寝付いてしまう自信があった。
しかし、今夜は犯人、もしかすると現象の正体を突き止めなければならない。
アレは完成したので特に気がかりはない。
鵺が来ようと睡魔が来ようと今日は粘るつもりだ。
お嬢様、納豆はもっと混ぜた方がいいですよほらこの位に、ほどは粘る。
一日くらいなら徹夜しても仕事に差し支えは出ないだろう。
「あらあら、そんな気持ちでは駄目よ。常に最高のパフォーマンスができるようでなければ。ちゃんと睡眠はとったほうがいいわ」
「わかっていますわ。ただ僅かばかりの睡眠をけずった程度で精彩を欠くほど柔では……」
ありませんと紡ごうとしたが言葉が出てこない。
この部屋は自室で、今は私しかいないはず。
そしてこの屋敷にはこんな声をした人物はいない。
あせりや緊張、恐れを伴って振り向けば……。
……朝だった。
いつのまにか寝てしまっていたのだろうか。
しっかり私は布団の中へと収まっている。
まるで時間だけがすっとんでしまったような感覚なのだが、今の私の体勢が快眠しましたという反論しがたいサインを出している。
昨晩の出来事は夢だったのだろうか。
鋭く凛とした声で注意を促されたこと、夢にしては克鮮明に思い出すことのできるその声は深く頭に刻まれていた。
不気味さは不思議と感じずに、その正体の謎だけが心に募る。
広くて狭い幻想郷、そんな妖怪もいるのだろうか。
身じろぎをした際に何かが背中に当たる。
空気とは違う硬質な冷たさを伝えてくるそれ、私の体から約三センチの距離。
またもやナイフがベッドで強烈な自己主張をしていたのであった。
十二月二十四日
「へぇ、このナイフが貴女の寝所に刺さっていたのね」
結局のところ、私はお嬢様方を頼ることにした。
私の手に負えないとの自己判断、かなりの苦悩を伴っていたりする。
この程度かなんて呆れた顔でもされるかと思っていたが、ナイフを見せたときに少し驚いていた。
「フラン、パチェ、貴方たちはどう思う」
今はお嬢様、パチュリー様、珍しくフラン様もそろってテラスで昼食をとり終えたところだ。
テラスでの昼食と考えるとその二人もいるなんて稀である。
天候はもちろん曇り、ホワイトクリスマスになるだろうか。
相当に冷え込んでいるが、テラスは魔法で快適な温度を保っていた。
「これがあなたの部屋に刺さっていたのね。台所で見たような気がするなあ」
「ああ、あのナイフね。しかしどうして今になって」
どうやら二人はこのナイフについて知っているようだ。
おそらくお嬢様もわかっているらしい。
これならば案外簡単に解決してしまうかもしれない。
やっぱり尋ねてみて正解だった。
「ねぇ、レミィ、一つ答えが思いついたのだけれど」
「おお早い。さすが知識の魔女」
「む、先に解かれるとは。名探偵パチュリーの見解を是非とも聞かせて欲しいわ。その推理を破壊してやるから」
「パチュリー様、どうぞお話しください」
パチュリー様はもったいぶるように少し口をつぐむ。
「犯人はこの中にいるわ」
「おお以外な方向に」
「私じゃないよ」
お嬢様かフラン様の悪戯だったのだろうか。
こういったまわりくどい悪戯は二人ともあまり好まないはずなのだが。
「犯人は貴女よ」
「え!」
指された指は確かに私の方を向いており、思わず私は頓狂な声を上げた。
「犯人というのは語弊があるかもしれないわね。それにあくまで想像の範囲内だし。とりあえず続けるわよ。貴女は鈍い方ではないしそれなりに腕も立つ。紅魔館に外部から入ろうとするものがあれば美鈴が気づく。この二人はそんな面倒くさいことはやらないわね。この時点で他者による犯行の可能性は極めて低くなるわ。そこで貴女よ。貴女がもし無意識のうちにストレスを抱えていれば自傷行為に走ることも考えられなくはないわ。何かと気苦労が多い立場だしね。気づかないうちに貴女はそのナイフで自らを傷つけようとするわ。そこで相反する気持ち、生存反応や忠誠心かしら、が働くわ。このナイフは今日の方が昨日より体に近かったのでしょう。つまりこれはカウントダウン。自分を傷つけようとするものの、その前に誰かに気づいて欲しい、苦しみをわかって止めてもらいたい。そうしてこのような形で現れたのよ。謎の声は貴女の睡眠願望。こんなものかしら」
そこまでしゃべってパチュリー様は大きく呼吸する。
喘息持ちにはきつそうだった。
「ねえ、証拠は」
「想像上っていったじゃない。こんなこともあるかも程度の仮説よ」
「所詮そんなものよ。動かない魔女サマは。貴女もそんなストレス感じたことないもんね」
「あ、はい、そうですね」
「あらあら、フランは随分攻撃的ね。フランも推理があるのかしら」
「いや、パチュリーの推理が粗いってだけ」
「妹様も引きこもりですもの。私と同レベル」
「五月蝿いなぁ。別に外部犯も可能だって言いたいだけよ。スキマ妖怪だとか波長をずらせる兎だとか、あと無意識のとか? 家から出なくたって人の話でいろんなことを知ることができるわ。外に出てるくせにパチュリーは見方が狭いのよ」
「それをいうと汎用性が無くなってしまうわ。幻想郷というかこの中でのみ成り立つ犯行、確かに今回はそれでいいかもしれないけどね。そうだ証拠や動機は?」
「動機なんてこの子が欲しいで十分。とっても魅力的だもの。食材的な意味で」
フラン様に抱き寄せられたが最後の言葉がとても不安である。
洒落じゃないですわ。
「証拠はねぇ。やっぱり聞いたことない声ってのが大きいかな。あとはその犯行性。一突きで殺さないなんて妖怪的だもの。じっくりじっくり恐怖を与えながら。勿論私もその範疇。だからパチュリー、今夜から枕元に毎日レーヴァテインを刺してってあげるわ。頭の五センチ横から始めて」
「一日目で焼け死ぬわよ。替わりにレミィの枕元に賢者の石を突っ込むのはどうかしら」
「いいわね。パチュリー冴えてる。お姉さまなら一ヶ月くらい持つもの」
「実験にもなりそうね。スカーレットデビルの就寝中の再生能力についての考察。ついでにネグリジェの写真集も作りましょう」
「すごく見たいわ。紅魔館には十部位置くとして、幻想郷中に配るにはどのくらいすればいいかな」
「いいわ。妹様がやりたいだけ刷りましょう」
「さすが、パチュリー大好き!」
「人をだしに仲直りしないでよ。友人と妹から虐待受けたら正常でもストレスたまるわ」
「あはは。フラン様もパチュリー様もやめてくださいね。お嬢様が自分にグングニル刺し始めたら困りますわ。そういえばお嬢様はどのようにお考えを?」
私の言葉にそんなことしないという顔をしていたお嬢様が答える。
「ん、幽霊」
「ゆーれい?」
「辻斬り?」
「死人嬢?」
「ヒントはこんなものかしら。ほい、これ返すわ」
お嬢様は私にナイフを渡し立ち上がった。
「あ、そうだ。パーティの準備はどう?」
「会場は完成、料理も下ごしらえは済んでいますが」
「上々」
それだけ言ってすたすたと立ち去っていった。
残された二人は枕元の物について話し込んでいた。
クリスマスのプレゼントの話のようにも聞こえたが、爆発とか血飛沫、もしくは透け、濡れという単語が飛び交っていた。
「しょうがない。まずはクリスマスパーティね」
解決していないにも関わらず気が楽になってしまった。
あんな妖怪に囲まれていてはこんな問題は本当に些細に思える。
気にならなくなった今は全力でお嬢様の望みを越える時間を演出するだけである。
紅魔館メイド長、発進である。
「死ぬかと思った」
紅魔館クリスマスパーティは大盛況であった。
紅魔館の住人だけでなく白玉楼、永遠亭、地霊殿、果ては命蓮寺の連中まで来ていた。
最後とか仏教だろう。
私たちが言えたことじゃないのだけれど。
全員が全員あくの強い人妖であちらこちらで騒ぎが起き、酒が入ってからはまさに混沌を極めていた。
パーティ中私は会場を駆けずり回り、足りなくなった食事を補充し、喧嘩を諌め、我侭に付き合い、弾幕ごっこの相手まで務めたので体は疲労困憊、精神もギリギリである。
サンタが来るので今日はお開き、みんな早く寝てプレゼントをもらいやがれー! おー! 、のお嬢様と皆のやり取りには充足感で少し涙が浮かんでしまった。
本当に疲れた。
今日はもう寝よう。
メイド服のブラウスのボタンを少しずつ外していく。
ああ、眠い。
このまま倒れこんでしまおうか。
服にしわがつくかな。
服だけでも脱いで。
寒い。
ネグリジェ、着る。
準備完了、寝る。
あ、ナイフ。
布団へと重力に従い落下した私に抗う力など一分も残ってやしなかった。
胸に重みを感じ目が覚める。
確かな重み、またナイフだろうか。
今度こそ殺されてしまうのだろうか、考えたくもない。
動くに動けずじっとしていたが、胸に痛みは来なかった。
まさか既に私は死んでいる!?
そっと目を開けると私の部屋のドアが軋む音がした。
慌てて体を起こすと胸から何かが滑り落ちる。
毛の長い絨毯は音も立てず何かを受け止めたようだった。
ドアのところには人影、真っ暗で顔はよくわからなかったがメイド服を着ている。
「待て!」
その人影は私の声にウインクで答え、そう感じた、廊下の闇へと消えた。
一瞬の間も空けず廊下へと飛び出る。
右、左、どちらにも姿はない。
時を止めていなくなってしまったかの様。
呆気にとられていたが、胸に置かれていたものを思い出す。
部屋に戻り拾い上げたものは銀時計、片手で収まるほどの大きさで光沢を放っているが相当な年季を感じさせる。
「サン、……タ?」
いやいやありえないだろう。
まだ気が動転している。
すはーすはーと深呼吸で気持ちをなだめる。
落ち着いてくると嫌な想像が頭に浮かんでくる。
侵入者はお嬢様の元に行ったのではないだろうか。
考えるや否や掴んだ銀時計を持ったまま私は駆け出していた。
「お嬢様っ!」
無遠慮に部屋に駆け込んだ私は思わず身をすくめる。
開け放たれた窓から流れ込む外気、その窓にネグリジェ姿のお嬢様が腰掛けていた。
その眼はまず私を捉え、次に持っていた銀時計へと移る。
「ああ、予想通りってところかしら」
理解がとてもじゃないが追いついていかない。
焦燥の代わりに混乱が心を占める。
「これは一体……」
「十六夜咲夜、と言ってわかるかしら」
「確か……、先代のメイド長」
「そう、前メイド長にして人を超えた能力を持っていた。そして何よりも私に最も近づいた人間よ」
お嬢様の顔は今どこを見ているのかわからなかったが、その切なそうな顔を見ているとなんだかとても苦しくなる。
「多分それはクリスマスプレゼント兼メイド長の証かな。私はワインをもらったのだけれど」
目をやった先には確かにワインのボトル、産地不明のものがあった。
「せっかくだから残るものを置いていけばいいのに。火葬の時も銀のナイフ以外あいつのものはほとんどぶっこんだからね」
「今までのナイフも」
「そう、咲夜の。多分こっちは試験か何かだろうけど。メイド長に不適格だったら今頃心臓にナイフがぐっさりーみたいな。貴女は今日のパーティで頑張ったからセーフみたいな」
もしかしたら寝るときに着替えなかったら死んでいたかもしれない。
冬に感謝である。
「でも貴女が生きていてくれて嬉しいわ。もっと嬉しくつらいことと同時だけれど。お盆でもないのにいきなり来るなんて反則よ反則。本当昔から突然に過ぎて、出会いも別れも。全く咲夜は――」
そこからしばらく十六夜咲夜という人物をお嬢様は語り始めた。
それを聴けば聴くほど彼女に対しての想いの深さが彼女を知らない私にも浸透してきた。
一つ一つのエピソードを口に出すたびコロコロと変わる表情。
お嬢様の心には未だ彼女が住んでいる。
たまらないほどモヤモヤした感情、主の前だというのに私の表情の裏は歪んでいた。
「というわけで、っくしゅん」
可愛らしいくしゃみでひょいと話と共に鬱屈した感情も途切れた。
嫌だった。
こんな感情をあんなにも愛しそうに話す人に対して抱いていたのが嫌だった。
私はただ従者として、あるいはそれ以上の何かとして動き考えるだけで良かったのに。
「お嬢様、何か上着を」
アレが思い出された。
今日はクリスマス、夜更かしして編んだものがある。
「お嬢様、少し待っていてくれますか」
「……ああ」
部屋にいったん戻り目的のものを引っ提げすぐに戻る。
「お待たせしました!」
口から白い息がこぼれる。
「うん。待つってのも中々にいいね。わくわくする。咲夜は待たせてもくれなかったし、待ってもくれなかった。……貴女は?」
「できるだけ待ちますよ。十六夜咲夜を超えたいので。それから、超えたい私からのクリスマスプレゼントです」
お嬢様へそっとそれをかける。
「へえ、ショール」
真っ赤な主にを引き立てるように落ち着いた茶色のショール。
ここしばらく夜なべして編んだものだ。
「いい感じだわ。ありがとう」
「勿体無きお言葉」
「あなたにもお返ししなきゃね」
手を叩くと三つのワイングラスが宙に現れた。
ボトルの首をすっと爪で絶ち、杯へと濃い緋色の液体を注いでいく。
どのグラスにも注いだあとに主は問いを私に投げかけてきた。
「貴女、名前で呼ばれたい?」
「はい」
「ならもっと私へと近づきなさい。心が潰れてしまうくらい。それでも壊れずに、十六夜咲夜と同じ線へと立ったなら。そうしたら名前で呼んであげるわ。高々従者の名前を持てる限りの親愛を込めて」
「さっき言いましたよ。超えてみせると」
その時私が見た微笑は生涯忘れないだろう。
「合格点かしら」
同意するかのように一つのグラスが揺れた。
「さあ、祝いましょう」
お嬢様、レミリア・スカーレットが、十六夜咲夜が、私がグラスをとる。
十二月二十五日
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
「くちゅん」
「そういや貴方ネグリジェ姿だわ」
私はまだしばらく不完全で、瀟洒ではないようである。
最近夜更かししていたなんてことは全く関係なかった。
まどろんだ頭では眠いという信号がぐるぐる回っている。
もう少しだけなんて考えてしまうと確実に落ちること請け合いだ。
目をぎゅっとつぶり五秒数える。
よし、起きよう。
仕事柄遅れるのは許されないとはいえ、たまには寝坊もしてみたい。
そんな甘い考えを頭から追い出して、いつのまにか顔まで埋めていた掛け布団から抜け出そうとする。
すぐに行動へと移れるのは習慣のお陰だろうか。
ところが、跳ね除けようとした布団が何かに引っかかったように動かない。
体だけ動かしベッドから降りる。
羽毛でできた鎧を脱ぎ捨てれば感じるのは肌を刺す冷たい空気、外とは壁で隔たれているがやっぱり寒い。
寝ぼけまなこに肌から寒さの刺激が与えられ、今まで自分がいた所を確認した私が見たのは一本のピン。
掛け布団をベッドの端へと縫いとめる、銀のナイフ。
十二月二十三日
軽い朝食を作ったあと、お嬢様の部屋へと向かう。
現在、紅魔館はクリスマスパーティーの準備の真っ最中であった。
館自体が紅の外装内装なので緑を添えつけるだけで雰囲気はそれらしくなる。
壁のあちこちにヒイラギやリースが飾られていた。
私もかなりの飾り付けをしている。
その多くがヤドリギなのだが、女性率十割ではそんなこと関係なさそうで特別な意味なんてない、残念。
クリスマスパーティの発案はお嬢様であった。
お嬢様の名はレミリア・スカーレット、純粋な吸血鬼だ。
相手さんの生誕を祝ってあげれば懐の深さを存分に見せつけてやれるじゃあないか。日本の侍も敵に塩を送ったんだろう、なんて木製の十字架で手遊びしながら言う吸血鬼だ。
それが毎年である。
悪魔が神の子の誕生にパーティを開くのはなんとも幻想郷らしいなとは思えるけれど、もう少しらしく振舞ってもいいのではとも思う。
まあ、らしくなんて知らないし、下手したらこの丸みを帯びた空気にそぐわない。
何より私はちょっと緩んだ感じの空気が好きだった。
そういったことを考えていると大広間へと到着する。
大広間には飾り付けられた大きなモミの木、そうクリスマスツリーが中心にどっしりと構えている。
青々と茂り、広間へと向く私の視界の大部分を覆うほど枝が伸びている。
ふわふわしたリボンからキラキラと輝く小物たちが取り巻き、天辺には金色の星がしっかりある正真正銘のクリスマスの象徴だった。
星は夜の間にいつの間にか飾られていたそうだが、お嬢様が飾ったのだと専らの噂である。
ツリーに向いていた目線を下げると、木の下には噂の本人が私に背を向けて立っている。
何に気づいたのかわからないがお嬢様は振り向いて、眠そうな目で笑みを浮かべた。
「あら、いつもこんなに早いのね。おはよう」
「おはようございます」
軽くお辞儀をする。
「お嬢様こそお早いですね。それとも吸血鬼的には朝更かしですか」
「今日は早起きしたの。サンタは良い子のとこにしか来ないらしいわ。サタンは電話一本で来るんだけど」
そういってふわと牙が見えるほどの欠伸をする。
五百歳のもとへ来るサンタにサタンの友人とは真に物騒な話だと、白い尖った歯を眺めながら私は思った。
鋭い銀の光が頭をよぎった。
部屋まで行く手間が省けたのでそのまま食事、片付け、そして日課の館内の掃除なんてやっていると、あっという間にけだるい午後の時間へ到着する。
ふとあのナイフのことを思い出した。
私のベッドと布団に穴を開けた上に下手したらこの体に刺さっていたかもしれないアレである。
何で起きたか、誰がやったか、どのように、疑問詞の半分くらいは不明である。
自分の部屋へ戻り確認をする。
銀のナイフは布団から抜き取り机の上に置いておいた。
朝見たままの通りあるナイフ、何となく手に取る。
しっかりとした重量感を腕に感じる。
本物の純銀なのだろうか。
構えてみると思いのほか手に馴染む。
刃の部分をそっと指でなぞると金属質の冷たさが伝わってきた。
やはりこのことはお嬢様に言うべきだっただろうか。
朝起きたら寝床に凶器が刺さっていたなんてことはそうそうする体験じゃあない。
よく考えれば相当に危険だったかもしれない。
今頃になって冷や汗が額を伝う。
だが、あまり心配させたり手を煩わせてしまうようなことは従者としてしたくはない。
せっかく瀟洒に振舞えるようになったのだ。
今更臆病風に吹かれて取り乱してしまうのははしたない、というか恥ずかしい。
とりあえずは今夜だ。
何か起きたのは私が寝ている間だとはしぼれるだろう。
今夜真相を鮮やかに暴いて、そう、後の笑い話にでもしてしまおう。
悪魔の館の住人が不思議な事件程度に怯えていては話にならない。
謎が日常茶飯事のここでは尚更だ。
小さな小さな異変をクリスマスへと沈めてしまうことに私は決めた。
そうとなればさっさと今日の仕事を終わらせてしまおう。
明日の食材の買出し、大荷物になるからメイド妖精も何人か手伝わせなければ。
定番はローストチキンか、烏天狗とかに見つからなきゃいいけれど。
ナイフをそっと下ろすとよく光る刃面が私を映した。
映った私がまるで別人のように見え、少しびくっとする。
ああ、笑われてしまうな。
夜、疲れた体はいつものこと、ベッドに入ればものの五分で寝付いてしまう自信があった。
しかし、今夜は犯人、もしかすると現象の正体を突き止めなければならない。
アレは完成したので特に気がかりはない。
鵺が来ようと睡魔が来ようと今日は粘るつもりだ。
お嬢様、納豆はもっと混ぜた方がいいですよほらこの位に、ほどは粘る。
一日くらいなら徹夜しても仕事に差し支えは出ないだろう。
「あらあら、そんな気持ちでは駄目よ。常に最高のパフォーマンスができるようでなければ。ちゃんと睡眠はとったほうがいいわ」
「わかっていますわ。ただ僅かばかりの睡眠をけずった程度で精彩を欠くほど柔では……」
ありませんと紡ごうとしたが言葉が出てこない。
この部屋は自室で、今は私しかいないはず。
そしてこの屋敷にはこんな声をした人物はいない。
あせりや緊張、恐れを伴って振り向けば……。
……朝だった。
いつのまにか寝てしまっていたのだろうか。
しっかり私は布団の中へと収まっている。
まるで時間だけがすっとんでしまったような感覚なのだが、今の私の体勢が快眠しましたという反論しがたいサインを出している。
昨晩の出来事は夢だったのだろうか。
鋭く凛とした声で注意を促されたこと、夢にしては克鮮明に思い出すことのできるその声は深く頭に刻まれていた。
不気味さは不思議と感じずに、その正体の謎だけが心に募る。
広くて狭い幻想郷、そんな妖怪もいるのだろうか。
身じろぎをした際に何かが背中に当たる。
空気とは違う硬質な冷たさを伝えてくるそれ、私の体から約三センチの距離。
またもやナイフがベッドで強烈な自己主張をしていたのであった。
十二月二十四日
「へぇ、このナイフが貴女の寝所に刺さっていたのね」
結局のところ、私はお嬢様方を頼ることにした。
私の手に負えないとの自己判断、かなりの苦悩を伴っていたりする。
この程度かなんて呆れた顔でもされるかと思っていたが、ナイフを見せたときに少し驚いていた。
「フラン、パチェ、貴方たちはどう思う」
今はお嬢様、パチュリー様、珍しくフラン様もそろってテラスで昼食をとり終えたところだ。
テラスでの昼食と考えるとその二人もいるなんて稀である。
天候はもちろん曇り、ホワイトクリスマスになるだろうか。
相当に冷え込んでいるが、テラスは魔法で快適な温度を保っていた。
「これがあなたの部屋に刺さっていたのね。台所で見たような気がするなあ」
「ああ、あのナイフね。しかしどうして今になって」
どうやら二人はこのナイフについて知っているようだ。
おそらくお嬢様もわかっているらしい。
これならば案外簡単に解決してしまうかもしれない。
やっぱり尋ねてみて正解だった。
「ねぇ、レミィ、一つ答えが思いついたのだけれど」
「おお早い。さすが知識の魔女」
「む、先に解かれるとは。名探偵パチュリーの見解を是非とも聞かせて欲しいわ。その推理を破壊してやるから」
「パチュリー様、どうぞお話しください」
パチュリー様はもったいぶるように少し口をつぐむ。
「犯人はこの中にいるわ」
「おお以外な方向に」
「私じゃないよ」
お嬢様かフラン様の悪戯だったのだろうか。
こういったまわりくどい悪戯は二人ともあまり好まないはずなのだが。
「犯人は貴女よ」
「え!」
指された指は確かに私の方を向いており、思わず私は頓狂な声を上げた。
「犯人というのは語弊があるかもしれないわね。それにあくまで想像の範囲内だし。とりあえず続けるわよ。貴女は鈍い方ではないしそれなりに腕も立つ。紅魔館に外部から入ろうとするものがあれば美鈴が気づく。この二人はそんな面倒くさいことはやらないわね。この時点で他者による犯行の可能性は極めて低くなるわ。そこで貴女よ。貴女がもし無意識のうちにストレスを抱えていれば自傷行為に走ることも考えられなくはないわ。何かと気苦労が多い立場だしね。気づかないうちに貴女はそのナイフで自らを傷つけようとするわ。そこで相反する気持ち、生存反応や忠誠心かしら、が働くわ。このナイフは今日の方が昨日より体に近かったのでしょう。つまりこれはカウントダウン。自分を傷つけようとするものの、その前に誰かに気づいて欲しい、苦しみをわかって止めてもらいたい。そうしてこのような形で現れたのよ。謎の声は貴女の睡眠願望。こんなものかしら」
そこまでしゃべってパチュリー様は大きく呼吸する。
喘息持ちにはきつそうだった。
「ねえ、証拠は」
「想像上っていったじゃない。こんなこともあるかも程度の仮説よ」
「所詮そんなものよ。動かない魔女サマは。貴女もそんなストレス感じたことないもんね」
「あ、はい、そうですね」
「あらあら、フランは随分攻撃的ね。フランも推理があるのかしら」
「いや、パチュリーの推理が粗いってだけ」
「妹様も引きこもりですもの。私と同レベル」
「五月蝿いなぁ。別に外部犯も可能だって言いたいだけよ。スキマ妖怪だとか波長をずらせる兎だとか、あと無意識のとか? 家から出なくたって人の話でいろんなことを知ることができるわ。外に出てるくせにパチュリーは見方が狭いのよ」
「それをいうと汎用性が無くなってしまうわ。幻想郷というかこの中でのみ成り立つ犯行、確かに今回はそれでいいかもしれないけどね。そうだ証拠や動機は?」
「動機なんてこの子が欲しいで十分。とっても魅力的だもの。食材的な意味で」
フラン様に抱き寄せられたが最後の言葉がとても不安である。
洒落じゃないですわ。
「証拠はねぇ。やっぱり聞いたことない声ってのが大きいかな。あとはその犯行性。一突きで殺さないなんて妖怪的だもの。じっくりじっくり恐怖を与えながら。勿論私もその範疇。だからパチュリー、今夜から枕元に毎日レーヴァテインを刺してってあげるわ。頭の五センチ横から始めて」
「一日目で焼け死ぬわよ。替わりにレミィの枕元に賢者の石を突っ込むのはどうかしら」
「いいわね。パチュリー冴えてる。お姉さまなら一ヶ月くらい持つもの」
「実験にもなりそうね。スカーレットデビルの就寝中の再生能力についての考察。ついでにネグリジェの写真集も作りましょう」
「すごく見たいわ。紅魔館には十部位置くとして、幻想郷中に配るにはどのくらいすればいいかな」
「いいわ。妹様がやりたいだけ刷りましょう」
「さすが、パチュリー大好き!」
「人をだしに仲直りしないでよ。友人と妹から虐待受けたら正常でもストレスたまるわ」
「あはは。フラン様もパチュリー様もやめてくださいね。お嬢様が自分にグングニル刺し始めたら困りますわ。そういえばお嬢様はどのようにお考えを?」
私の言葉にそんなことしないという顔をしていたお嬢様が答える。
「ん、幽霊」
「ゆーれい?」
「辻斬り?」
「死人嬢?」
「ヒントはこんなものかしら。ほい、これ返すわ」
お嬢様は私にナイフを渡し立ち上がった。
「あ、そうだ。パーティの準備はどう?」
「会場は完成、料理も下ごしらえは済んでいますが」
「上々」
それだけ言ってすたすたと立ち去っていった。
残された二人は枕元の物について話し込んでいた。
クリスマスのプレゼントの話のようにも聞こえたが、爆発とか血飛沫、もしくは透け、濡れという単語が飛び交っていた。
「しょうがない。まずはクリスマスパーティね」
解決していないにも関わらず気が楽になってしまった。
あんな妖怪に囲まれていてはこんな問題は本当に些細に思える。
気にならなくなった今は全力でお嬢様の望みを越える時間を演出するだけである。
紅魔館メイド長、発進である。
「死ぬかと思った」
紅魔館クリスマスパーティは大盛況であった。
紅魔館の住人だけでなく白玉楼、永遠亭、地霊殿、果ては命蓮寺の連中まで来ていた。
最後とか仏教だろう。
私たちが言えたことじゃないのだけれど。
全員が全員あくの強い人妖であちらこちらで騒ぎが起き、酒が入ってからはまさに混沌を極めていた。
パーティ中私は会場を駆けずり回り、足りなくなった食事を補充し、喧嘩を諌め、我侭に付き合い、弾幕ごっこの相手まで務めたので体は疲労困憊、精神もギリギリである。
サンタが来るので今日はお開き、みんな早く寝てプレゼントをもらいやがれー! おー! 、のお嬢様と皆のやり取りには充足感で少し涙が浮かんでしまった。
本当に疲れた。
今日はもう寝よう。
メイド服のブラウスのボタンを少しずつ外していく。
ああ、眠い。
このまま倒れこんでしまおうか。
服にしわがつくかな。
服だけでも脱いで。
寒い。
ネグリジェ、着る。
準備完了、寝る。
あ、ナイフ。
布団へと重力に従い落下した私に抗う力など一分も残ってやしなかった。
胸に重みを感じ目が覚める。
確かな重み、またナイフだろうか。
今度こそ殺されてしまうのだろうか、考えたくもない。
動くに動けずじっとしていたが、胸に痛みは来なかった。
まさか既に私は死んでいる!?
そっと目を開けると私の部屋のドアが軋む音がした。
慌てて体を起こすと胸から何かが滑り落ちる。
毛の長い絨毯は音も立てず何かを受け止めたようだった。
ドアのところには人影、真っ暗で顔はよくわからなかったがメイド服を着ている。
「待て!」
その人影は私の声にウインクで答え、そう感じた、廊下の闇へと消えた。
一瞬の間も空けず廊下へと飛び出る。
右、左、どちらにも姿はない。
時を止めていなくなってしまったかの様。
呆気にとられていたが、胸に置かれていたものを思い出す。
部屋に戻り拾い上げたものは銀時計、片手で収まるほどの大きさで光沢を放っているが相当な年季を感じさせる。
「サン、……タ?」
いやいやありえないだろう。
まだ気が動転している。
すはーすはーと深呼吸で気持ちをなだめる。
落ち着いてくると嫌な想像が頭に浮かんでくる。
侵入者はお嬢様の元に行ったのではないだろうか。
考えるや否や掴んだ銀時計を持ったまま私は駆け出していた。
「お嬢様っ!」
無遠慮に部屋に駆け込んだ私は思わず身をすくめる。
開け放たれた窓から流れ込む外気、その窓にネグリジェ姿のお嬢様が腰掛けていた。
その眼はまず私を捉え、次に持っていた銀時計へと移る。
「ああ、予想通りってところかしら」
理解がとてもじゃないが追いついていかない。
焦燥の代わりに混乱が心を占める。
「これは一体……」
「十六夜咲夜、と言ってわかるかしら」
「確か……、先代のメイド長」
「そう、前メイド長にして人を超えた能力を持っていた。そして何よりも私に最も近づいた人間よ」
お嬢様の顔は今どこを見ているのかわからなかったが、その切なそうな顔を見ているとなんだかとても苦しくなる。
「多分それはクリスマスプレゼント兼メイド長の証かな。私はワインをもらったのだけれど」
目をやった先には確かにワインのボトル、産地不明のものがあった。
「せっかくだから残るものを置いていけばいいのに。火葬の時も銀のナイフ以外あいつのものはほとんどぶっこんだからね」
「今までのナイフも」
「そう、咲夜の。多分こっちは試験か何かだろうけど。メイド長に不適格だったら今頃心臓にナイフがぐっさりーみたいな。貴女は今日のパーティで頑張ったからセーフみたいな」
もしかしたら寝るときに着替えなかったら死んでいたかもしれない。
冬に感謝である。
「でも貴女が生きていてくれて嬉しいわ。もっと嬉しくつらいことと同時だけれど。お盆でもないのにいきなり来るなんて反則よ反則。本当昔から突然に過ぎて、出会いも別れも。全く咲夜は――」
そこからしばらく十六夜咲夜という人物をお嬢様は語り始めた。
それを聴けば聴くほど彼女に対しての想いの深さが彼女を知らない私にも浸透してきた。
一つ一つのエピソードを口に出すたびコロコロと変わる表情。
お嬢様の心には未だ彼女が住んでいる。
たまらないほどモヤモヤした感情、主の前だというのに私の表情の裏は歪んでいた。
「というわけで、っくしゅん」
可愛らしいくしゃみでひょいと話と共に鬱屈した感情も途切れた。
嫌だった。
こんな感情をあんなにも愛しそうに話す人に対して抱いていたのが嫌だった。
私はただ従者として、あるいはそれ以上の何かとして動き考えるだけで良かったのに。
「お嬢様、何か上着を」
アレが思い出された。
今日はクリスマス、夜更かしして編んだものがある。
「お嬢様、少し待っていてくれますか」
「……ああ」
部屋にいったん戻り目的のものを引っ提げすぐに戻る。
「お待たせしました!」
口から白い息がこぼれる。
「うん。待つってのも中々にいいね。わくわくする。咲夜は待たせてもくれなかったし、待ってもくれなかった。……貴女は?」
「できるだけ待ちますよ。十六夜咲夜を超えたいので。それから、超えたい私からのクリスマスプレゼントです」
お嬢様へそっとそれをかける。
「へえ、ショール」
真っ赤な主にを引き立てるように落ち着いた茶色のショール。
ここしばらく夜なべして編んだものだ。
「いい感じだわ。ありがとう」
「勿体無きお言葉」
「あなたにもお返ししなきゃね」
手を叩くと三つのワイングラスが宙に現れた。
ボトルの首をすっと爪で絶ち、杯へと濃い緋色の液体を注いでいく。
どのグラスにも注いだあとに主は問いを私に投げかけてきた。
「貴女、名前で呼ばれたい?」
「はい」
「ならもっと私へと近づきなさい。心が潰れてしまうくらい。それでも壊れずに、十六夜咲夜と同じ線へと立ったなら。そうしたら名前で呼んであげるわ。高々従者の名前を持てる限りの親愛を込めて」
「さっき言いましたよ。超えてみせると」
その時私が見た微笑は生涯忘れないだろう。
「合格点かしら」
同意するかのように一つのグラスが揺れた。
「さあ、祝いましょう」
お嬢様、レミリア・スカーレットが、十六夜咲夜が、私がグラスをとる。
十二月二十五日
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
「くちゅん」
「そういや貴方ネグリジェ姿だわ」
私はまだしばらく不完全で、瀟洒ではないようである。
いやー、軽い興奮状態です、見事に騙されましたっ。
うん、しかし美鈴へのプレゼントのチョイスは流石瀟洒!
あと、パチュリーの推測が怖くてゾクッときました。
ところでネグリジェ写真集はどこで買えますか?
咲夜さんの名前が出た辺りでやっと気付いて、画面を上下にスクロールして確認してる俺がいましたとさw
美鈴を一番よくわかっているからこそのこのチョイス。さすが咲夜さん。ポン酢だけは咲夜さんお手製なのだろう。
まったく疑おうともしませんでしたよー。見事!
分かって読み直すと涙腺が緩むから困る。
美鈴へのチョイスが素晴らしいですね。さすが咲夜さんだ。