十六夜咲夜は完全で瀟洒な従者である。
何をするにもそつなくこなす。それはスペルカード戦においても同様であった。
そう、あった。
過去形だ。
今の彼女の表情からうかがえるのは果たして余裕ではなく焦りである。
(こいつは、桁が違う)
咲夜は瞬時にそう判断した。彼女が相対した敵は今まで出会ったどんな敵よりも強かった。
先日、終わらない冬の原因を突き止めようとした結果遭遇した亡霊姫も手ごわかった、手ごわかったが、あれとは違う強さを感じていた。
あの亡霊姫はただ優雅に舞っていただけで、実質咲夜は眼中になかったのかもしれないが。それでもあの弾幕は美しく、苛烈だった。
そんな弾幕とは一線を画している。遊びがないのだ。
いや、もしかしたら目の前の敵は遊んでいるのかもしれないが、咲夜はそうは感じられない。
(それでも、かわせないことはない無い、か)
「時符『プライベートスクウェア』!」
時を止めて自身の周りにナイフを放つ。
相手の弾幕を相殺してそここから脱出する、咲夜の緊急回避術だ。
静止した世界が終わり、時は流れる。
ナイフは寸分たがわず、彼女の予想通り相手の弾幕の一部を打ち消した。
そのわずかな隙間に体をねじ込み、囲みを抜ける。腕や足を多少かすめるが、些細なことなので気にしない。致命傷さえもらわなければそれでいいのだ。
「あらあら、今ので墜ちていればそう痛くはなかったでしょうに」
頭上から不意に声をかけられる。
見上げてみれば空中に開いた何かに座る女。明らかに異質なその光景に動じることも無く咲夜は言った。
「心配していただいてありがとうございます。でも、最後に苦痛を感じているのはどちらでしょうね」
そう強気に返してみたものの、正直なところ咲夜は押されていた。弾幕的にもそうだが精神的な重圧でも同様であった。
何しろ咲夜はまだ彼女、空中に浮いている女に避けるという行動を取らせていない。
一方的に避けているのだ。それはつまり初手をとられてからそのまま攻められ続けているということであり、切り返すこともできていないという事実。
このままだと一方的に弾幕でなぶられた後、動けなくなったところにとどめを刺されるだろう。
それはまずい、流石に死ぬことは無いだろうが、紅魔館のメイド長、はたまた気高きレミリア・スカーレットの従者として敗北は許されない。
「あなた今『まぁ死ぬことは無いだろう』なんて考えたでしょう」
ハッとした。今、咲夜が考えていたのは負けた時のこと。それも死ぬはずは無いという甘え。
それにつけても、的確に咲夜の考えを読み取ったこの妖怪は、やはり只者ではない。
しかし咲夜はそれを顔には出さない、出すわけにはいかない。悟られたらそこで決着はついてしまうだろう。
「あなたは、人の心を読むことができる妖怪?」
「さて、それはどうかしらね。あなたが素直すぎるだけじゃないかしら。目は口ほどにものを言う。先ほどのあなたは敗者の目をしていた」
不敵な笑みを浮かべながら中空の女性は名前を告げる。
「私の名前は八雲紫、幻想郷のルールよ」
幻想郷のルール、そう言い放った。
「それと何か勘違いしているようだから言っておくけど、あなたこのままだと、死ぬわ」
何を言っているのか、理解できない。私が、十六夜咲夜が死ぬだと?おかしな話だ。いや、笑えない冗談だと、彼女はそう笑った。
つもりだった。
咲夜の顔は、笑おうとして中途半端に釣りあげられた口の端によりひきつった様な顔になっていた。
あるいはそれは、泣き顔にもにた表情かもしれない。
「あなたは現世と幽世の敷居を跨いでいる。いくら境界が曖昧になろうともその境目は絶対。だからあなたはここで死んでも問題は無い。むしろ死ににきたのと同義なのです。
だから私はあなたを倒す、そして」
そこまでまくし立てたあと一度息を吸い、
「殺すわ」
そう、言った。
刹那
咲夜の視界に映ったものは、紫色をした、美しく残酷な弾幕だった。
(避けるのは厳しい…!)
そう判断した彼女は、無理矢理に攻勢に出た。
避けられないのなら、避けなくともよい。自分が墜ちる前に相手を墜としてしまえばそれでいい。
確かに、その判断は間違ってはいなかった。
が、久しく感じていなかった死の恐怖がそうさせたのか。はたまた八雲紫の重圧がそうさせたのか、
咲夜が当然のように時を止めて放った弾幕、隙間ない、必中必殺のナイフの群れ、確実に相手に命中させるための攻撃は、
"避けられるものではなかった"
時は動き出す。
そのナイフたちは、過たずして命中した。
自分と同様のナイフ達に。
八雲紫がいた場所には誰もおらず、目標を見失ったナイフたちはそれでも彼女がいた場所を目指し、お互いに命中し絡み合い落ちていく。
近距離全方位からの攻撃をかわされた。
ありえない、確実に命中するはずの弾幕が避けられた。
どんなトリックを使ったのか、あの巫女ですら被弾したであろうその弾幕を悠然といなし、佇んでいる妖怪。
咲夜は思考する。考えるのを止めた時、その時は本当に恐怖につぶされるだろうから。
冷静になるよう、なんども自分に言い聞かせながら、ふと何かおかしいことに気づく。
あの弾幕をかわされたのもおかしなことだが、それよりも奇妙なのはあの妖怪の放った弾幕がひとつ残らず消え去っていることである。
(おかしい、私の弾幕をかわしたのなら放った弾幕をそのままにしておくだけでよかったはず、それで終わりだったのに何故)
「私は言いましたわよね、ルールだと」
頭上からした声に見上げてみれば、そこには逆さまに何かに座っている先ほどの妖怪がいた。
咲夜の必中必殺の弾幕をよけたとは思えない。悠然と、重力は当然地球と鉛直方向にあるのですと言わんばかりに静止している。
弾がかすった様な形跡も、疲れたようなそぶりも見せず、ただ悠然と、座っている。
「ルールがどうかしましたか?私は何もルールを破るようなことは―」
「いいえ、破った。あなたは犯してはならない禁忌を犯したのです」
八雲紫の常に余裕の笑みを浮かべていた顔が、笑っていない。いや、笑ってはいた。笑ってはいたのだがその目は妖艶に光り、狂気を宿していた。
「あなたの放った弾幕は決してかわすことのできないものだった」
「あなたがそれを言うの、今ピンピンしているあなたが。もう少しダメージでも負っていればかわいげがあったのですけれど」
「あれは私だからかわせたのです、他の人では無理でしょう。私は例外です、例外」
「なら、もう一度試してみようかしら」
何故攻撃を止めたのかはわからないが、今こそ好機であろう。どうやら相手は咲夜を相当格下に見ているようで、勝機があるとすればそこに
つけ込むことくらいか。そしてナイフをつがえ、再び時を止めようとする。
「咎人に二度目はないのです」
刹那
時を止めようとした咲夜の周りに、無数の眼が現れた。
いや、よく見ると眼ではない。突然現れたと思ったそれらは、先ほどから八雲紫が鎮座していた空間の裂け目のようなものだった。
その眼達は、意志をもったかのように、咲夜を捕らえようと近づいてゆく。
もぞもぞと、蛇のような、あるいは毛虫のような動きを見せながらも尋常ならざる速度で近づいてゆく。
その生理的な嫌悪感をもよおす動きは、咲夜の判断を一瞬鈍らせた。
一瞬、それはこと高速戦闘においては致命傷である。
再び時を止めようとした咲夜だったが、彼女が世界を静止するよりも早く、彼女は静止した世界に飲み込まれていった。
咲夜が最後に見たのは、眼のなかに存在していた、やはり無数の眼だった。
「さてさて、今夜の夕飯は楽ができそうね―――」
「それで、咲夜、あなたはどうして生きて、のこのこと帰ってこられたのかしら」
咲夜にとってそれはなかなかに痛烈な皮肉だったが、主の言うことは概ね正しい。
「私もあの時ばかりは死んだと思ったのですが、特に束縛などはされず、気がついたらその妖怪の棲家でした」
「ふむ、それで?」
主は興味津津とばかりに続きを促してくる。
「そこで、『あなたはルールを破った。罰として今晩、うちの夕飯を作りなさい』と言われまして」
こけた。わが主は見事なまでにずっこけた。椅子に座っていたのに頭から地面にめり込んでいる、なんとも器用なお方だが、
その気持ちは痛いほどわかる。
「で」
「で、とは?」
「それだけだったの?」
「ええ、それだけですが」
「解せないわね、どうしてルールを破ったあなたをそれだけの罰で許したのか」
「ああ、それでしたら」
ぽん、と手を叩いて、待ってましたとばかりに答える。
「私も気になって聞いてみたのですが、『幻想郷はすべてを受け入れる、それはそれは、残酷なお話ですわ』と」
途端、主は神妙な面持ちになり、
「他には」
促してくる。
「これには続きがありまして、私と、それからこれはお嬢様への言付けでもあるらしいのですが」
「言え」
私はその時の八雲紫の表情を思い出しながら
「『ただし、二度目はないものと考えなさい』」
そう、告げた。
紫は力量に合わせて手加減してくれると求聞史紀に書いてあるが……
回避不可弾幕とか設定も突発的過ぎる
勝っても人間を殺さない、完全な実力主義を否定するってハッキリ求聞史紀の命名決闘法案に書いてある
脅しでも紫が言うかね
公式を厳守しろなんて言わないけどやっぱり最低限の知識がないと公式を知っている人が読んだら凄まじく違和感があるからね。
ありがとうございます。こわいゆかりんは大好物だったりします。
>>2さん
確かに、脅しでもやりすぎました…
設定が自己解釈すぎました、すみません
>>3さん
コメントありがとうございます。
色々と出直してきます!
最後になりましたがこんな稚拙な文章を読んでくださりコメントまでくださった方々、
本当にありがとうございます!