Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

月を落とす

2009/12/22 00:40:15
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 冬の夜。浴場の更衣室から廊下に出ると、途端に冷たい空気が体を包み込む。
 肌触りの良いゆったりとしたネグリジェの上から、暖かいストールを羽織った。
 体が冷える前に、部屋に戻ろうか、それとも……としばし逡巡する。
 けれど、逡巡し始めたときには答えはすでに決まっていて、私はただ悩むふりをしただけだった。
 悩むふりをすることで、自分の出した答えを擁護しようとしただけだった。
 真っ直ぐに部屋には戻らず、美鈴の部屋へ向かった。と言っても訪ねるわけではない。
 廊下を通り過ぎて、そのまま真っ直ぐ自分の部屋へ戻るだけだ。
 ただそれだけの、自己満足の行為だけれど、この部屋の中に美鈴がいる、と思うだけで心が満たされる。
 薄い扉を一枚挟んだ向こう側に、確かに存在するという幸福を、心に刻みつける。
 それは決して『当たり前』という言葉に、安易にくくってしまってはいけないものだ。
 同じ時を、同じ場所で過ごすということの貴さを、私はよく知っている。
 時は、すべてを緩やかに消し去るものだから。消えたものは、もう二度とは戻らないから。
 だから、私は美鈴の存在を確かめて、存在しているという現実に安堵し、幸福に浸りたいのだ。
 ……まぁ、ほんの少しだけ欲を言えば、何かの弾みで部屋に入れてもらえたら嬉しいのだけど。
 美鈴に、純粋な想いだけを寄せられたら良いのに、邪まな想いも同時に抱いてしまう。
 あの長く艶やかな紅い髪に、エメラルドのような緑色の、ぱっちりとした目。
 細い首筋に、豊かな胸。細い腰。すらりと伸びた手足。女としての魅力を十分に備えているその体。
 シックな色合いのドレスを上品に着こなせば、目を奪われるほど美しくなるだろう。
 けれど実際は、表情豊かで純朴で、紅魔館の庭の手入れをせっせと行う庭師兼門番。
 使役する側ではなく、使役される側。加えて私のほうが、彼女より立場が上だ。
 そんな見た目とのアンバランスな具合が、私に邪まな想いを抱かせる。
 純粋な好意だけを寄せられたら良いのに……。

 そんな殊勝な思いは、美鈴の姿を見つけた途端に吹き飛んだ。
 淡く月の光が降り注ぐ冷たい廊下で、美鈴が一人踊っている。
 いつもの奇妙な踊り――太極拳という拳法らしいが――ではなく、自由で躍動的な踊りだ。
 柔らかく裾が広がる白いワンピースを着て、髪をなびかせ、裸足のまま踊る姿に目を奪われる。引き寄せられる。
 近付いて判然とした顔は上気していて、目は恍惚に潤んでおり、背筋にぞくりとしたものが走った。
 けれど、目が釘付けになる一方で、同じくらいの危機感も襲ってきた。
 この踊りは、あまりにも現実味がなさすぎる。幻想的でこの世のものとは思えない。
 早く捕まえておかないと、どこかへ行ってしまうかもしれない、そんな恐怖が襲ってきた。
 表情を引き締めて、一歩一歩近付く。獲物を狙う獣のように、注意深くゆっくりと。
 お伽話の、天女や月の姫に焦がれた男たちも、ひょっとしたら同じような焦燥感に襲われたのかもしれない。
 どんなに恋焦がれても、他の世界へ行ってしまったら、もうどうすることも出来ないから……。

「何か、ご用ですか?」
「別に用ってほどでもないんだけど」

 唐突に声をかけられて、普段どおりの声を出せた自分を褒めてやりたい。
 焦りを悟られないように、壁にもたれて、腕を組んだ。
 少し心を落ち着けてから、窓にうっすらと映っている美鈴を、気付かれないようにそっと見つめた。
 どこでそんな踊りを身に着けたんだろう。誰かに教わったんだろうか。
 教わったとしたら、それはいつ? 最近、それとも昔? 最近なら、今も教わっているの? 一体、誰に?
 じりじりとした嫉妬の炎が揺らめく。思わず問いつめたくなるのを堪えて、短く息をついた。
 今は嫉妬に駆られている場合じゃない。美鈴を捕らえなければならない。
 美鈴が美鈴の世界へ行ってしまう前に、この世界に引きずりおろさなければ。
 ふわふわと揺れる軽やかな天女の衣を奪って、引き裂いてしまわなければならない。
 この世界に縛りつけてしまえば、後はもう、こっちのものだ。
 壁から背を離して美鈴を見つめると、ちらりと目が合った。

「何ですか?」
「ねぇ、貴女はどこへ行こうとしているの?」
「え?」
「この空の向こう側にでも行くつもり? そうやって踊りながら」
「……」
「今の貴女には、現実感がまるでない。空想の世界にでも行くつもりなの? でも残念ながら、貴女はそこへ行けないわ。肉体が存在するかぎり。……いえ、魂だけになったとしても」

 途端に美鈴の足が止まり、みるみるうちに表情が曇っていく。
 眉を寄せて、何かに耐えるように唇を引き結び、柔らかなスカートをきつく掴んだ。
 どうやら私の言葉は相当な威力を発揮したらしい。
 恍惚に潤んでいた瞳は、今は悔しさに歪んでいる。悪くない。

「咲夜さん、酷いです……。他人のささやかな夢を壊すなんて……」
「悪いわね。けど、貴女が夢見心地じゃ困るのよ。現実を見てもらわないと」
「え……?」

 貴女の空想の世界に、私は手を出すことは出来ないから。
 夢見ることが好きな貴女は、きっと素敵な貴女だけの世界を持っているんでしょう。
 そこにはこの世の汚れなんてまったくなくて、綺麗な生き物たちが住む楽園なんでしょう。
 貴女を傷つける者は誰もいない、平和で、穏やかな世界。貴女のスペルカードのような、色鮮やかな世界。
 そこにいれば、貴女は満ち足りて、幸せに過ごせるんでしょう。……でも、それじゃ困るのよ。
 貴女に私のことを見てもらうには、嫌がおうにもこの世界を直視させないといけない。
 この世界で、私のことをしっかり認識してもらわないといけない。
 心元なさげに揺れる美鈴の瞳をまっすぐ見据えながら、一歩一歩近づいて、抱きしめた。
 そうっと、蝶や蜻蛉を掴み取るように、慎重に。

「やめてください。……汗かいてますから」
「別に構わないわよ」
「どうしてですか? どうしてそんな、こんなこと……」
「今は分からなくても良いのよ」
「わけが分かりません……」
「それで良いのよ」

 弱々しく身じろぎ、戸惑いの声を上げるのを言葉で制しながら抱きしめていると、ほどなくおとなしくなった。
 体から力が抜けて、もたれかかってくる。高めの体温を感じて、ようやくほっと胸を撫で下ろした。
 ここにいる。美鈴はここにいる。この世界の、小さな私の腕の中に。
 美鈴の柔らかな体の感触を確かめていると、抱き寄せた体がふるりと揺れた。

「咲夜さん……寒いです」
「冷えてきた? じゃあ私の部屋で温かい紅茶でも淹れてあげるわ」
「嫌です。シャワーが浴びたいです」
「仕方ないわね。じゃあその後いらっしゃい」
「お断りします。明日も早いので、すぐに寝ます」
「じゃあ、このまま風邪引くのと、どっちが良い?」
「う、……うかがいます」
「賢明な判断ね」
「はぁ……」

 観念したように美鈴がため息をつく。
 そう、観念なさい。この世界では、貴女よりも私のほうが有利なの。
 貴女みたいに夢見心地にふわふわ漂っていないから。地に足をつけている分、私のほうが強い。
 この世界まで落ちてしまったら、貴女に逃れる術はないのよ。
 この世界の空間と時を上手に扱う術を、私はよく心得ているのだから。

「さぁ、行ってきなさい。美味しい紅茶を淹れて待ってるわ」
「はい。……期待して良いですか?」
「えぇ、期待してて」

 力強く、自身ありげに笑うと、美鈴の表情が緩んだ。そう。それで良いのよ。
 この世界だって捨てたものじゃないってことを、私が教えてあげる。
 この世界にも暖かなぬくもりと、ささやかな夢があるってことを。
 私の部屋で温かい紅茶でも飲みながら、暖かな時を過ごしましょう。
 ……あぁ、もちろん、眠るときは一緒にね。そんなこと、今は言わないけど。

「ありがとうございます」
「何で貴女が礼を言うのよ」
「さぁ、何ででしょうね」

 お礼なんて、馬鹿な娘ね。
 思わず苦笑してしまう。私はこんなに邪まな思いを抱いているって言うのに。
 お礼を言われるようなことは、何もしていないのに。むしろ貴女の夢を壊す者なのに。

「今は分からなくても良いですよ」

 ふわりとした笑み。柔らかで、少し夢見心地な。
 ……ねぇ、気付いてる? その表情が、さっき踊っていたときの表情とそっくりだっていうこと。
 私を見る目が変わったっていうことに。
 苦笑は自然と笑みに変わった。
 貴女は私に、ささやかな夢を見つけたのね?
現実主義者 と 夢想家 な2人です。
前回の話で咲夜さん視点も、というコメントがありましたので書いてみました。

欲望に正直な咲夜さんが好きです。
ふわふわ~としてる美鈴をがっちり自分のフィールドに連れ込んで欲しい。
月夜野かな
http://moonwaxes.oboroduki.com/
コメント



1.楼閣削除
ああ……凄いです。何かそれしか言葉が出て来ないんですが。
文章が生きてるみたいで。こういう雰囲気は大好きです。
2.名前が無い程度の能力削除
まさか本当に続きを書いてもらえるとは!!
嬉しいです。
こういう雰囲気いいですね^^
とってもいいめーさくです。
3.ずわいがに削除
期待……というか期待以上。素晴らしい。