『名前はまだない』
「…………」
まさかの。
まさかの、意思を持つ石との邂逅だった。
いや、ダジャレじゃなくて。
しかも土の中に埋まってるし。
『なーに固まってんの。何か言ったらどうなの。ん?』
「いやー……何か、と言われましても……」
『あぁ。そうか、私が喋るのが不思議なんだ? 成程、分からないでもないわ。何しろ私は石だもの。常識的に考えれば、石と会話することなんてあってはならないことだもんね』
「…………」
固まってるのはむしろあんたの方だろうとか、常識的に考えなくても石は喋らねえよとか、様々な疑問が頭を駆け巡る。
ていうか、女の子なんだ。
『だけど、私としてはできれば現実から目を背けて貰いたくはないのよ。更に言うなら、貴女には私の話し相手になって貰いたい』
「はぁ……話し相手、ですか?」
『そう。かれこれ三年。私は意思を持って尚、誰とも会話することができなかった。動くこともできず、誰かと意思を通わせることもできず……たった一人、ここで孤独に過ごしていたの』
「まぁ、そりゃ石ですし」
石に足が生えて歩き出したり、口がついて喋り出したりしたら気持ち悪いだろう。実際今だって喋っているわけではなく、私が心を読んでそれに言葉で応じているだけなのだが。
傍から見ると……恐らく、座りこんで道端の石に語り掛けている変な女、としか捉えられないだろう。正直こうして付き合ってあげるのも気が引けているのだ。ただ、自分から関わってしまったから見捨てるのも忍びないだけで。
早く終わらないかなぁ。
『時に蹴られることもあった。時に踏まれることもあった。投げられ、埋められ、沈められ。雨に打たれては窪みを作り、風に吹かれては身を削られる。最終的にここに身を埋めることにはなったけど、それまでの生活は酷いなんてものじゃあなかったわね』
「石に生活なんてあるんですか?」
『だけど、彼女は気付いてくれた。どうしようもなく矮小で、どうしようもなく卑屈な私に、耳を傾けてくれた可憐な少女。そう、貴女のことよ』
そう言って、石は私の顔を見上げた。
いや、分からないけど。分からないけど、多分。
……石に顔とか、あるのかしら。
『私には、まるで天からの救いの手のように思えたわ。誰も私のことに気付いてくれない。せめてまだ、投げられたり蹴られたりしていた方が退屈はしなかった。無関心はウサギをも殺す。でもそれが、私のような小石にさえ通じるとは思わなかったわね』
「別にウサギは寂しくても死にませんけど……まぁ、分からないでもないです」
『あれ? 分かるの?』
その問いに、私はこくりと頷く。
私は覚り。妖怪の覚りだ。人に疎まれ、蔑まれ、畏れられるべき化生の存在。心を読むことのできる代償は、誰とも心を通わせられない孤独だった。
だから、私にも分かる。誰とも繋がりを持つことのできない、その寂しさを。誰かと繋がることのできた、その喜びを。ただのちっぽけな小石の感情が、全て手に取るように分かる。
つまり、この石は、私自身なのだ。
「私には、よーく分かりますよ。貴女の感情の機微が、全てそのまま直接的に伝わってきます。私にも、似たような経験がありますから」
『……そう。貴女も、結構辛い人生を送って来たのかしら?』
「いえ、そうでも。私には、私なりの友人がいますし。これはこれで楽しい生活だと思います」
『あら。そうなの? それは羨ましいことね』
私には、決してできないことだけれど、と、悲しそうに彼女は続けた。
まぁ、石だから。
石が能動的に働きかけることなんて、土台無理な話だろう。
自ら動く術を持たない者は、ひたすら待つことしかできない、か……。
…………。
『……何をしているの?』
「穴を掘っているのです」
『どうして?』
「どうしても」
『何それ。答えになってないじゃない』
「そうですね。はい、これで掘り出せました」
土だらけになった手で、掌にすっぽりと収まる程度の大きさのその石をゆっくりと拾い上げる。
本当に小さくて平べったい、灰色の石。ところどころ粘土質の土がついているが、間から見える表面はすべすべとしていてとても丸っこい。
水切りしたら、十何回か軽く跳ねて行きそうな、そんな綺麗な石だった。
「……まぁ、洗えばこんな土くらい、簡単に落ちるでしょうね。それまでの辛抱です。我慢して下さい」
『我慢? 何の話? って言うかなんでこんなことしたの?』
「決まっています。貴女を持ち帰るためです」
絶句。
ただ、ひたすらの絶句。私の言葉に、小石は何も言えずにただ固まっていた。最初から固まってるけど。
何も言葉が思い浮かばない程、私の言葉は衝撃的だったらしい。
『……っな、何を言い出すかと思えば……何の気紛れかしら? 言っておくけど、漬物石なんかにはならないわよ?』
「しませんし、しようとも思いませんよ。と言うか、物理的に無理です」
『な、なら……一体、どうして?』
「どうして、と聞かれましても。特に目的は」
『……ないの?』
「はい」
私の言っている意味がよく分からない、と言うように小石は首を振る。もう私にはその光景が見えている。彼女が、目を白黒とさせて混乱しているその様が。
本当のところ、目的がない、というのは嘘だった。目的もなく、こんな石を持って帰ろうとは思わない。いや、目的と言うと少し語弊があるかもしれないけれど。
まぁ、とどのつまり、――放っておけなかったのである。
寂しいと泣いている彼女を。一度繋がりを持ち、また別れなければいけないことを悟っている彼女を。在りし日の私のように、ただただ孤独に怯えている私自身を。
私自身が救われていて、この子が救われないなんて道理はない。私と同じように、繋がりを持って生きるべきなのだ。例え見てくれが石だったとしても、意思を持つのならその権利は享受されるべきである。
何よりも、彼女はそれを望んでいるのだから。
『……ねぇ。後悔はしないの? 何だかんだ言っても、私、石なんだよ? その、何と言うか……気持ち悪いとか、思わないの?』
「別に。気持ち悪いと言えば、下衆な考えを持つ輩の方がよっぽど気持ち悪いです。それに比べれば、全くと言っていい程気になりませんね」
『……後悔、しない? 途中で捨てられるのとか、私、ヤだよ?』
「しませんし捨てませんよ。世界のどこにいると言うのですか? 自分の家族を捨てるような者が」
『…………』
ぴたり、と小石の思考が止まる。何かまずいことでも言っただろうか。
まぁ、気にすることでもないでしょう。家に着いた頃には、多分意識も戻っているでしょうしね。
「さて、と……帰りますか。そうだ、迎え入れるのなら、何か名前を考えないといけないわね……何が良いかしら。貴女にぴったりな名前は――」
私は立ち上がり、両手の中に抱えたそれを落とさないように大事に気を付けながら歩き始める。
ペットたちの、私の大切な家族たちの待つ、私たちの家へと向かって。
「…………」
まさかの。
まさかの、意思を持つ石との邂逅だった。
いや、ダジャレじゃなくて。
しかも土の中に埋まってるし。
『なーに固まってんの。何か言ったらどうなの。ん?』
「いやー……何か、と言われましても……」
『あぁ。そうか、私が喋るのが不思議なんだ? 成程、分からないでもないわ。何しろ私は石だもの。常識的に考えれば、石と会話することなんてあってはならないことだもんね』
「…………」
固まってるのはむしろあんたの方だろうとか、常識的に考えなくても石は喋らねえよとか、様々な疑問が頭を駆け巡る。
ていうか、女の子なんだ。
『だけど、私としてはできれば現実から目を背けて貰いたくはないのよ。更に言うなら、貴女には私の話し相手になって貰いたい』
「はぁ……話し相手、ですか?」
『そう。かれこれ三年。私は意思を持って尚、誰とも会話することができなかった。動くこともできず、誰かと意思を通わせることもできず……たった一人、ここで孤独に過ごしていたの』
「まぁ、そりゃ石ですし」
石に足が生えて歩き出したり、口がついて喋り出したりしたら気持ち悪いだろう。実際今だって喋っているわけではなく、私が心を読んでそれに言葉で応じているだけなのだが。
傍から見ると……恐らく、座りこんで道端の石に語り掛けている変な女、としか捉えられないだろう。正直こうして付き合ってあげるのも気が引けているのだ。ただ、自分から関わってしまったから見捨てるのも忍びないだけで。
早く終わらないかなぁ。
『時に蹴られることもあった。時に踏まれることもあった。投げられ、埋められ、沈められ。雨に打たれては窪みを作り、風に吹かれては身を削られる。最終的にここに身を埋めることにはなったけど、それまでの生活は酷いなんてものじゃあなかったわね』
「石に生活なんてあるんですか?」
『だけど、彼女は気付いてくれた。どうしようもなく矮小で、どうしようもなく卑屈な私に、耳を傾けてくれた可憐な少女。そう、貴女のことよ』
そう言って、石は私の顔を見上げた。
いや、分からないけど。分からないけど、多分。
……石に顔とか、あるのかしら。
『私には、まるで天からの救いの手のように思えたわ。誰も私のことに気付いてくれない。せめてまだ、投げられたり蹴られたりしていた方が退屈はしなかった。無関心はウサギをも殺す。でもそれが、私のような小石にさえ通じるとは思わなかったわね』
「別にウサギは寂しくても死にませんけど……まぁ、分からないでもないです」
『あれ? 分かるの?』
その問いに、私はこくりと頷く。
私は覚り。妖怪の覚りだ。人に疎まれ、蔑まれ、畏れられるべき化生の存在。心を読むことのできる代償は、誰とも心を通わせられない孤独だった。
だから、私にも分かる。誰とも繋がりを持つことのできない、その寂しさを。誰かと繋がることのできた、その喜びを。ただのちっぽけな小石の感情が、全て手に取るように分かる。
つまり、この石は、私自身なのだ。
「私には、よーく分かりますよ。貴女の感情の機微が、全てそのまま直接的に伝わってきます。私にも、似たような経験がありますから」
『……そう。貴女も、結構辛い人生を送って来たのかしら?』
「いえ、そうでも。私には、私なりの友人がいますし。これはこれで楽しい生活だと思います」
『あら。そうなの? それは羨ましいことね』
私には、決してできないことだけれど、と、悲しそうに彼女は続けた。
まぁ、石だから。
石が能動的に働きかけることなんて、土台無理な話だろう。
自ら動く術を持たない者は、ひたすら待つことしかできない、か……。
…………。
『……何をしているの?』
「穴を掘っているのです」
『どうして?』
「どうしても」
『何それ。答えになってないじゃない』
「そうですね。はい、これで掘り出せました」
土だらけになった手で、掌にすっぽりと収まる程度の大きさのその石をゆっくりと拾い上げる。
本当に小さくて平べったい、灰色の石。ところどころ粘土質の土がついているが、間から見える表面はすべすべとしていてとても丸っこい。
水切りしたら、十何回か軽く跳ねて行きそうな、そんな綺麗な石だった。
「……まぁ、洗えばこんな土くらい、簡単に落ちるでしょうね。それまでの辛抱です。我慢して下さい」
『我慢? 何の話? って言うかなんでこんなことしたの?』
「決まっています。貴女を持ち帰るためです」
絶句。
ただ、ひたすらの絶句。私の言葉に、小石は何も言えずにただ固まっていた。最初から固まってるけど。
何も言葉が思い浮かばない程、私の言葉は衝撃的だったらしい。
『……っな、何を言い出すかと思えば……何の気紛れかしら? 言っておくけど、漬物石なんかにはならないわよ?』
「しませんし、しようとも思いませんよ。と言うか、物理的に無理です」
『な、なら……一体、どうして?』
「どうして、と聞かれましても。特に目的は」
『……ないの?』
「はい」
私の言っている意味がよく分からない、と言うように小石は首を振る。もう私にはその光景が見えている。彼女が、目を白黒とさせて混乱しているその様が。
本当のところ、目的がない、というのは嘘だった。目的もなく、こんな石を持って帰ろうとは思わない。いや、目的と言うと少し語弊があるかもしれないけれど。
まぁ、とどのつまり、――放っておけなかったのである。
寂しいと泣いている彼女を。一度繋がりを持ち、また別れなければいけないことを悟っている彼女を。在りし日の私のように、ただただ孤独に怯えている私自身を。
私自身が救われていて、この子が救われないなんて道理はない。私と同じように、繋がりを持って生きるべきなのだ。例え見てくれが石だったとしても、意思を持つのならその権利は享受されるべきである。
何よりも、彼女はそれを望んでいるのだから。
『……ねぇ。後悔はしないの? 何だかんだ言っても、私、石なんだよ? その、何と言うか……気持ち悪いとか、思わないの?』
「別に。気持ち悪いと言えば、下衆な考えを持つ輩の方がよっぽど気持ち悪いです。それに比べれば、全くと言っていい程気になりませんね」
『……後悔、しない? 途中で捨てられるのとか、私、ヤだよ?』
「しませんし捨てませんよ。世界のどこにいると言うのですか? 自分の家族を捨てるような者が」
『…………』
ぴたり、と小石の思考が止まる。何かまずいことでも言っただろうか。
まぁ、気にすることでもないでしょう。家に着いた頃には、多分意識も戻っているでしょうしね。
「さて、と……帰りますか。そうだ、迎え入れるのなら、何か名前を考えないといけないわね……何が良いかしら。貴女にぴったりな名前は――」
私は立ち上がり、両手の中に抱えたそれを落とさないように大事に気を付けながら歩き始める。
ペットたちの、私の大切な家族たちの待つ、私たちの家へと向かって。
↑みたいな感じになってしまいました、やられたー。
凄い斬新すぎるwww
後書きが強烈すぎるwww
というか調理の仕方がすごすぎるんだこれwwwww
そうか……その辺の石もひょっとすると覚り種族になるのか……
ヤバイ興奮してきた
マジで「ええええええええええええ!?」ってなりましたwwwwwwwwwww
ってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
新しすぎですw