「小町」
「はい?」
名前を呼ばれた小野塚小町はくるりと振り返る。
その先にあったのは、自分の上司である四季映姫の真剣な表情であった。
「私の名前を言ってみなさい」
「はい! ケンシロウ様です!」
「誰がネタフリと言ったか」
スパコーンと。
綺麗な音を立てて、小町の頭に悔悟棒が振り下ろされた。
流石は閻魔、ツッコミも見事な物である。
しかし殴られた本人としては、彼女の命令の真意を理解できないらしい。
小町は痛む頭をさすりながら、映姫に対して質問を行った。
「いや、いきなり名前を言えって言われても。何かあったんですかい?」
「いいから、私を呼んで下さい」
「四季映姫様」
「職号も含めて」
そう言って小町の顔を覗きこむ瞳は真剣そのもの。
どうにも合点がいかない小町だが、相手は自分の上司にして閻魔である。
映姫の命令に逆らう事など、彼女には許されてはいないし、する気も無い。
小町はやれやれとその首を振ると、表情を真面目な物へと変え、はっきりと目の前の少女の名を呼んだ。
「四季映姫・シャバダバドゥ様」
――――――――私の名前を言ってみろ!――――――――
「今日から私を職号付きで呼びなさい。さもないと将来地獄に落ちます」
所変わって博麗神社。
映姫は神社の巫女である博麗霊夢と、いつものように遊びに来ていた霧雨魔理沙にいきなり訳のわからない事を言ってのける。
対する二人は言葉の意味を理解できず呆然、ただ呆然。
数拍の硬直の後、ようやく彼女の言っている事の意味を理解すると、彼女の隣でくつろいでいる小町にこの訳のわからない状況の説明を求めた。
「……何があったんだ?」
「四季様の考えは私にはわからなないさ」
「小町、職号付きで」
「四季映姫・ダバダバドゥ様」
「悪化してるじゃないですか!」
スパコーン。
本日二度目の悔悟棒がクリーンヒットした。
「貴女は閻魔を何だと思っているのですか。自分の上司はしっかりと覚えなさい」
「いやー、ほら。呼びにくいじゃないですか、アレ」
「それで、アンタの部下と私達に何の関係があるっていうのよ」
「いい機会です。貴女達がしっかりと私の名前を覚えているかチェックします」
そう口にすると、霊夢と魔理沙の方向へと向き直る。
「しっかりと正解すれば、善行ポイントを10%ポイント還元しますよ」
「善行ってポイント制だったのか……」
「呼べなかったら?」
「GO TO HELL」
この閻魔、満面の笑顔である。
流石の霊夢と魔理沙もドン引きしていると、映姫は軽く溜息を吐いて、その表情を真剣な物へと戻した。
「冗談ですよ。呼べなかった人にはありがたい説法が待っています」
「そりゃ地獄よりも過酷だぜ」
皮肉では無く心からうんざりしたように、魔理沙は苦笑する。
彼女の説法と言ったら、それはもうありがたすぎてありがたすぎて、恐ろしい勢いで眠気を誘う。
しかも彼女はノッてくると止まらないタチらしく、説教も例にもれず異常に長い。
噂では何でも三日三晩ありがたい話を続けられたスキマ妖怪もいるとかいないとか。
そんな延々と続く子守唄の中ずっと起きていないといけないと言うのだから、最早拷問と言って然るべきだろう。
何とかそのような事態を回避しようと、霊夢と魔理沙は至って真剣に目の前の少女の呼び名について考えこむ。
会う機会こそ少ないものの、一度は死闘を繰り広げた仲。
彼女達からすれば、この程度の問題など―――――
「確か『四季映姫・ヤマザルプー』じゃなかったか?」
「いや、『四季映姫・ゴロゴロドン』でしょ」
「かすってすらいませんよ!」
御覧の有様である。
「勝った……!」
「勝ち誇るな小町! 争いが低レベルすぎますから!」
「だって呼びにくいんだぜ」
「ねぇ?」
「それ以前の問題です!」
閻魔やめてツッコミでも始めた方がいいんじゃないか。
魔理沙はそう思ったが、それを口にしても説教タイムが伸びるだけだと己の口を紡いだ。
対するツッコミ閻魔様は、自分の誇り高き役職を『ヤマザルプー』だの『ゴロゴロドン』だの言われてプルプルと震えている。
もうこのまま全員有罪判決を下してしまいそうな勢いである。
「全く、貴女達は何処まで……」
しかしそこは流石の閻魔と言うべきか、私怨で人を裁く事などはしない。
一つ咳払いをして自分のヒートアップした頭を冷やすと、自身の居住まいを正して目の前の不埒者の瞳を覗きこむ。
その堂々とした姿には閻魔の威厳が溢れていた。
「いいですか、よく聞きなさい。私は――――」
自分の職号の認知度が低いのはショックだが、これからしっかりと広げて行けばいい話である。
ならば今回はいい機会だと、状況をポジティブに捉えた映姫は自身を納得させるように大きく頷く。
そして双眸をゆっくりと閉じながら、判決を読み上げるようにきっぱりと自分自身の名前を宣言した。
「四季映姫・ヤマザにゃぐうですっ!」
噛んだ。
見事なまでに噛んだ。
清々しいまでに噛んだ。
ピキッ……と。
まるで時間が止まってしまったかのように映姫はその場で硬直する。
堅物と言う言葉が相応しい筈のその真面目顔は、見る見るうちに紅潮していった。
穴があったら入りたいと言うのはまさにこのような状況の事を指すのだろう。
自分で言いだしておいて、自分で間違えたのでは恥ずかしいなどと言うレベルでは無い。
まるで裁きを待つ罪人のように恐る恐る少女達の顔へと視線を上げると、そこには三つのニヤニヤ顔が並んでいた。
「わかったわ。四季映姫・ヤマザにゃぐう!」
「ちゃんとこれからはそう呼ぶぜ。四季映姫・ヤマザにゃぐう!」
「幻想郷中に広げないとね。四季映姫・ヤマザにゃぐう様!」
「あ、あの、その……今のはですね……?」
「閻魔たるもの、自分の発言を翻したりしませんよねぇ。四季映姫・ヤマザにゃぐう様?」
この死神、実に楽しそうである。
普段叱られてばかりの仕返しとばかりに、下を俯く映姫の顔を覗きこむ。
平時ならば無礼を叱る所だが、映姫は真っ赤な顔で口をパクパクさせているだけ。
そしてついに耐えきれなくなると脱兎の如く、その場から逃げだした。
「う……うわあああああああああああああああああんっ!」
その後、彼女はしばらくの間『四季映姫・ヤマザにゃぐう』と呼ばれていたそうな。
……余談だが、今月の小町の給料は三割カットされていたらしい。
職権濫用である。
うん、仕方ないね
ヤマザニャグウが相手じゃ仕方ないw
何と言われようとそう呼ばなければなりません。私も明日からそう連呼します。
ところで四季映姫はれのちぐうが思い浮かんだ。
ヤマザにゃぐう様!
何処に行くんだいやまざにゃぐう!こっちにおいでよやまざにゃぐう!
やまざにゃぐう!やまざにゃぐう!やまざにゃぐう!
しかしゴロゴロドンはねーよwww
で、数泊の硬直ってなげーなおい!って思ったんですけど、数拍の誤字ですよね…?
皆さん愛を込めて呼ばれてるんだとてっきり……。