アタイは彼女に嘘を付いた。
彼が好きなのは一応事実だが、実は告白もしてないし、もちろんOKももらっていない。
だが、そうでも言わないと、彼女はアタイを引き止めてしまうに違いなかった。それ故に嘘を付いたのは正解だ。
けれども、彼女はまだアタイのことを忘れてはくれないだろう。だから、一刻も早く既成事実を作ってしまわねばならない。
彼女がアタイを諦めてくれるように。
そう思って、アタイは今晩。彼の布団に忍び込んだ。
*
朝日が眩しい。
見れば、庭の日本庭園の白さが、朝日を反射していた。
私はもぞもぞと布団から這い出て、固まった体のコリを伸ばすことで解す。
私が起きた時には、すでに紫は布団には居なかった。
きっと、今頃朝食を作ってくれているのだろう。昨日は洋風だったから、今朝もトーストでも出るのだろうか。それとも、昨日洋風だったから、今朝はご飯に味噌汁と、和風になるのだろうか。
どちらにしても、楽しみだった。
「さて、起きますか……」
私は立ち上がって、廊下に出ようとする。
その時、じわりと、世界が滲む。
「あれっ?」
手を目にやると、涙が付いていた。
「あれっ? あれっ? あれっ?」
頭の処理が追いつかないうちに、どんどん涙が溢れてくる。全然、良くなっていなかった。涙が止まらない。自分の意志で止められない。
そして、昨日のチクチクとした感覚が蘇る。
「何で……? 何で小町は出て行っちゃったの……?」
声に思わず出てしまう。そして、一度零れてしまった感情は、我先にとどんどん込み上げてきて、また昨日みたいに大声で泣いてしまう。
「うあぁ~~~~~~~~~~っ。あああああぁぁぁ~~~~~~~~」
パタパタと、近づく音がする。
紫が泣き崩れている私を見てぎょっとする。
「あぁ。大丈夫。大丈夫よ……」
紫は昨日と同じことを言いながら、私をぎゅっと抱きしめてくれる。
昨日の再来だった。
再び、私は紫の胸に蹲り、紫の服を濡らすことになる。
*
「大丈夫? 落ち着いた?」
「うん。また濡らしちゃった……。ごめん、紫」
「いいのよ。また洗えばいいし、同じ服を何着も持ってるから」
「ありがと……」
私は紫から離れて、席に着く。紫も向かい合う形で座る。目の前には、ご飯に味噌汁にベーコンエッグ。和洋折衷のメニューだった。
とてもおいしそう。
けれど……
「食べないの? 食欲ない?」
「……うん」
食べたくなかった。とてもおいしそうなのに。ご飯はきらきらと朝日を照り返しているほど艶があるし、味噌汁は具沢山でボリュームもあるし、ベーコンも芳ばしく焼けている。
なのに、食欲が湧かなかった。おいしそうだと感じているのに、食欲が全く湧かないのだ。
原因は、分かっている。
けれど、これを口に言うのは、紫に失礼だ。
「……ここに座っているのが小町じゃないからね」
「っ! ……ごめん」
まさか当てられるとは……。いや、紫ほど頭の回る人物なら容易に分かるか。
私は申し訳なく思って、顔を俯かせる。ほんとに、申し訳なかった。ここまで良くしてくれてるのに、私の我侭で朝食を食べないのだ。けれど、紫はそれも察したようで、手を振ってアピールして言う。
「あ、別に私は大丈夫よ。むしろ、私のほうが謝らなきゃならないわね」
「……え? 何で紫が謝らなきゃいけないの? 私の我侭で迷惑をかけているというのに……」
「いいえ。あなたの心情を悟れなかったのは私の失敗。それに、それは我侭ではないわ。恋する者特有の、謂わば恋の病よ」
「恋の、病……」
「そう。しかも貴女は重症ね。これじゃ、何時か本当に潰れてしまうわ」
恋の病。そうだ。私は今病気なのだ。小町を想うが余り、私の精神は大きく揺らいでいる。
「……そう、ね。けど、小町を連れ戻すことは出来ない。それこそ我侭になるわ」
小町は好きな男が出来て、それでこの家を出て行ったのだ。私が小町の元へ行く道理はあれど、小町を連れ戻す道理は無い。
「誰も小町を連れ戻すなんて言ってないわ。けど、このままじゃ、あなたが潰れてしまうのは事実。そこで、一つ提案があるわ」
「提案?」
「そう。あなたがそうなっているのは恋の病が原因。裏を返せば、まだ小町のことを諦めていないという証拠よ」
「う……」
紫の推測は正解だった。私はまだ小町のことを諦め切れない。だから、このどうしようもない状況に絶望し、心が不安定になる。
「そこで、小町がどんな男と付き合っているのか、尾行しましょう」
「え?」
「小町がどんな男と付き合っているのかを見れば、その不安定な心にも道標が出来るでしょう。男がもし四季映姫様から見て小町を預けるに信頼足る男性ならば、四季映姫様は安心して小町を祝福でき、諦められるでしょう。逆に、男がもし小町に相応しくない男性ならば、そこは四季様得意の説教を持って男性を改心させるか、もしくは小町と男を引き剥がさせて小町を連れ戻せばいいでしょう。その場合、悪い男から引き剥がしたという大義名分が出来て、小町を安心して連れ戻すことが出来ます」
「おぉ……なるほど。それなら、この病がどうにかなるかも知れませんね!」
「そうです。さぁ、善は急げ。ところで、小町がどんな男と付き合っているのか、知ってますか?」
「……あ」
そう言えば、小町からは男と付き合ってるという情報以外は何も聞いていない。男がどういう奴なのか、どこに住んでいるの等は全く聞いていないのだ。
紫もその辺の事情は察したみたいで、しばらく顎に摩って考え込む。
「……そうですね。それならば、そこら辺の情報に詳しい人物に聞いてみるのが一番でしょう」
「へ? 詳しい人物って……誰?」
「ふふふ……」
紫は意味深な含み笑いをしながら、扇子で隙間を開けた。
*
「あやややややや。それで私のところに来たというわけですか」
「えぇ。あなたなら常にネタを集めているから、ゴシップには詳しいでしょう?」
「文文。新聞はゴシップ紙ではないですけどね!」
「あら? どう違うのかしら?」
「むっ! そんなこと言うようなら情報はあげませんよ!」
「あぁ。もう拗ねない拗ねない。あなたにとってもいい話のはずよ?」
「ううん……まぁ、確かにそうなんですけどねぇ……」
そう言って、射命丸 文はネタ帳を捲る。
紫の隙間によって運ばれた場所は天狗がいる妖怪の山だった。
私の名はここにも届いているらしく、「射命丸 文はどこですか?」と他の天狗に聞いたら、素直に教えてくれた。
まぁ、去り際に「あいつも年貢の納め時か?」なんて会話も聞こえてたけど、私が来た目的は射命丸 文を裁くためではない。
むしろ、教えを請いに来たのだ。小町の手がかりを掴むために。
文は一頻りにネタ帳を捲った後、私に向かいあった。私は早く知りたいという焦燥感から、話を切り出す。
「それで、小町の居所は知っているのですか?」
「えぇ、まぁ。私の情報網に掛かってました」
「あぁ、それは良かった……。それで、小町は何処にいるのか、言いなさい!」
「そりゃ、幻想郷の死者を裁く閻魔――四季映姫・ヤマザナドゥ様の頼みです。断るはずもありません。ただ……物事には道理というものがありましてね。物事を得るためには、それなりに対価が必要なんですよ」
「うっ……。こ、この私を脅すつもりですかっ!?」
「いえいえ。そんなつもりは毛頭もありません……。ただ、楽園の閻魔たる四季映姫様が物事の道理を守らないはずはありませんよね?」
「うぅ……」
確かにその通りだ。この天狗の言うとおり、私は閻魔。最も道理を守らなくてはならない存在だ。文が言うことは十分に分かる。 「……良いでしょう。何が望みですか? お金ですか? なら、私の家から好きなだけ取っていくといいでしょう」
「いえいえ。私にお金なんてものは必要ございません。ただ私はしがない新聞記者。なので私は――ネタが欲しいのです」
「ネタ……?」
「はい。単刀直入に言わせていただきますと、今回の小町さんの尾行作戦に私を同行させて欲しいのです」
「同行……新聞を書くためのネタとしてですか?」
「はい。私はしがない新聞記者ですから。どうしますか?」
私は頭を抱えたくなった。今回のこの騒動にこの新聞記者を連れて行けば、面白おかしく脚色された新聞を書くことは間違いないだろう。そうすれば、私の閻魔としての権威は失墜してしまうかも知れない。しかし、だからと言って、他に小町の情報を知っている者がいないのだ。どうすればいいものか……。
…………いや、待て。私は小町と何を比べているのだ?
閻魔の権威? 何を言っているのだ? 私は。小町と閻魔。
――どちらが大事かなんて、答えを出すまでもない。
「……良いでしょう。同行を許可します」
「ほんとですか!? やった!」
文がガッツポーズを取って、喜びを表現する。……だが、そう甘くは無い。
「ただし、記事が出来たら真っ先に私が見ます」
「へ?」
「そして、私が認めるものであるならば、発行を許可します」
「え、えぇ~~~~~~~~~~!?」
「楽園の閻魔たるこの私を記事にするのです。それくらい当然でしょう?」
「ぶー! 検閲反対! 表現の自由侵害反対!」
文が口をすぼめて抗議する。その可愛らしい抗議姿は一部のファンが見たら、涎ものの可愛さなのだろう。例えばそこの物陰に隠れている白狼天狗とか。
私はとりあえずそれを見なかったことにして、話に決着をつける。
「心配しないで下さい。私は閻魔。閻魔の座をかけて、公平に白黒を付けましょう」
「うー……」
「ふふっ。天狗さん。諦めなさいな。そもそも相手が悪いのよ」
「んー……分かりましたよ。それでいいです」
決着が付いた。これで、私は文に密着取材を受けることになるが、私は小町の情報を得ることが出来た。
「それで、小町はどこにいるのですか? どんな男と付き合っているのですか?」
「そうですね。あなたでも知っているところですよ」
「……何ですって……?」
「私も驚いたのですが、小町さんがいるところ。そこは――」
*
「それじゃ、小町さん。行ってくるよ」
「あぁ。行ってらっしゃい」
「……あぁ、そうだ。小町さん」
「何だい?」
「布団に潜り込むんなら、せめて事前に言ってくれ。正直、毎回驚くのは嫌だからね」
「……分かった」
「よろしく頼むよ。僕も一応男なんだからさ。ほんとは……布団に潜り込んで欲しくはないんだけどね」
「いや、でも……」
「分かってる。夜は寂しいんだったよね。僕が四季映姫様の代わりになるとは思えないけど……」
「――っ!」
「まぁ、喧嘩中なら仕方ないよね。それで行く当てなくてここに住み込んでいるわけだし」
「…………」
「あぁ、ごめん。思い出させちゃったかな。うん。僕の言うことなんて忘れて。それじゃ、人里に行ってくるよ」
「うん。行ってらっしゃい」
「あぁ。それじゃ、また」
そう言って、彼は人里へと向かって行った。アタイは彼に言われた昨日の光景を思い出す。
アタイは昨晩、彼の布団に夜這いを仕掛けた。彼と関係を持つために……。
けれど、彼の布団に入った瞬間のその温かさがアタイを止めた。脳裏に蘇ってしまったのだ。彼女の笑い顔。一緒に寝た時の温かさが。
それを思い出してしまったから、アタイは行動をする勇気が完全に無くなってしまった。
ダメだ……。やっぱりアタイには出来ない。
彼女がアタイを忘れても、アタイは彼女を忘れることは出来ない。
アタイはその場で立ち尽くすことしか出来なかった……。
*
「……話を聞いたときにはまさかと思ったけど……」
「ね? 私の情報に間違いはありませんよね?」
「そんな……小町……」
私は上空からその光景を見ていた。
小町が彼を見送り、しばらく突っ立ていた後、そのまま中に入って行った光景を。
――小町が、香霖堂に入っていく光景を。
彼が好きなのは一応事実だが、実は告白もしてないし、もちろんOKももらっていない。
だが、そうでも言わないと、彼女はアタイを引き止めてしまうに違いなかった。それ故に嘘を付いたのは正解だ。
けれども、彼女はまだアタイのことを忘れてはくれないだろう。だから、一刻も早く既成事実を作ってしまわねばならない。
彼女がアタイを諦めてくれるように。
そう思って、アタイは今晩。彼の布団に忍び込んだ。
*
朝日が眩しい。
見れば、庭の日本庭園の白さが、朝日を反射していた。
私はもぞもぞと布団から這い出て、固まった体のコリを伸ばすことで解す。
私が起きた時には、すでに紫は布団には居なかった。
きっと、今頃朝食を作ってくれているのだろう。昨日は洋風だったから、今朝もトーストでも出るのだろうか。それとも、昨日洋風だったから、今朝はご飯に味噌汁と、和風になるのだろうか。
どちらにしても、楽しみだった。
「さて、起きますか……」
私は立ち上がって、廊下に出ようとする。
その時、じわりと、世界が滲む。
「あれっ?」
手を目にやると、涙が付いていた。
「あれっ? あれっ? あれっ?」
頭の処理が追いつかないうちに、どんどん涙が溢れてくる。全然、良くなっていなかった。涙が止まらない。自分の意志で止められない。
そして、昨日のチクチクとした感覚が蘇る。
「何で……? 何で小町は出て行っちゃったの……?」
声に思わず出てしまう。そして、一度零れてしまった感情は、我先にとどんどん込み上げてきて、また昨日みたいに大声で泣いてしまう。
「うあぁ~~~~~~~~~~っ。あああああぁぁぁ~~~~~~~~」
パタパタと、近づく音がする。
紫が泣き崩れている私を見てぎょっとする。
「あぁ。大丈夫。大丈夫よ……」
紫は昨日と同じことを言いながら、私をぎゅっと抱きしめてくれる。
昨日の再来だった。
再び、私は紫の胸に蹲り、紫の服を濡らすことになる。
*
「大丈夫? 落ち着いた?」
「うん。また濡らしちゃった……。ごめん、紫」
「いいのよ。また洗えばいいし、同じ服を何着も持ってるから」
「ありがと……」
私は紫から離れて、席に着く。紫も向かい合う形で座る。目の前には、ご飯に味噌汁にベーコンエッグ。和洋折衷のメニューだった。
とてもおいしそう。
けれど……
「食べないの? 食欲ない?」
「……うん」
食べたくなかった。とてもおいしそうなのに。ご飯はきらきらと朝日を照り返しているほど艶があるし、味噌汁は具沢山でボリュームもあるし、ベーコンも芳ばしく焼けている。
なのに、食欲が湧かなかった。おいしそうだと感じているのに、食欲が全く湧かないのだ。
原因は、分かっている。
けれど、これを口に言うのは、紫に失礼だ。
「……ここに座っているのが小町じゃないからね」
「っ! ……ごめん」
まさか当てられるとは……。いや、紫ほど頭の回る人物なら容易に分かるか。
私は申し訳なく思って、顔を俯かせる。ほんとに、申し訳なかった。ここまで良くしてくれてるのに、私の我侭で朝食を食べないのだ。けれど、紫はそれも察したようで、手を振ってアピールして言う。
「あ、別に私は大丈夫よ。むしろ、私のほうが謝らなきゃならないわね」
「……え? 何で紫が謝らなきゃいけないの? 私の我侭で迷惑をかけているというのに……」
「いいえ。あなたの心情を悟れなかったのは私の失敗。それに、それは我侭ではないわ。恋する者特有の、謂わば恋の病よ」
「恋の、病……」
「そう。しかも貴女は重症ね。これじゃ、何時か本当に潰れてしまうわ」
恋の病。そうだ。私は今病気なのだ。小町を想うが余り、私の精神は大きく揺らいでいる。
「……そう、ね。けど、小町を連れ戻すことは出来ない。それこそ我侭になるわ」
小町は好きな男が出来て、それでこの家を出て行ったのだ。私が小町の元へ行く道理はあれど、小町を連れ戻す道理は無い。
「誰も小町を連れ戻すなんて言ってないわ。けど、このままじゃ、あなたが潰れてしまうのは事実。そこで、一つ提案があるわ」
「提案?」
「そう。あなたがそうなっているのは恋の病が原因。裏を返せば、まだ小町のことを諦めていないという証拠よ」
「う……」
紫の推測は正解だった。私はまだ小町のことを諦め切れない。だから、このどうしようもない状況に絶望し、心が不安定になる。
「そこで、小町がどんな男と付き合っているのか、尾行しましょう」
「え?」
「小町がどんな男と付き合っているのかを見れば、その不安定な心にも道標が出来るでしょう。男がもし四季映姫様から見て小町を預けるに信頼足る男性ならば、四季映姫様は安心して小町を祝福でき、諦められるでしょう。逆に、男がもし小町に相応しくない男性ならば、そこは四季様得意の説教を持って男性を改心させるか、もしくは小町と男を引き剥がさせて小町を連れ戻せばいいでしょう。その場合、悪い男から引き剥がしたという大義名分が出来て、小町を安心して連れ戻すことが出来ます」
「おぉ……なるほど。それなら、この病がどうにかなるかも知れませんね!」
「そうです。さぁ、善は急げ。ところで、小町がどんな男と付き合っているのか、知ってますか?」
「……あ」
そう言えば、小町からは男と付き合ってるという情報以外は何も聞いていない。男がどういう奴なのか、どこに住んでいるの等は全く聞いていないのだ。
紫もその辺の事情は察したみたいで、しばらく顎に摩って考え込む。
「……そうですね。それならば、そこら辺の情報に詳しい人物に聞いてみるのが一番でしょう」
「へ? 詳しい人物って……誰?」
「ふふふ……」
紫は意味深な含み笑いをしながら、扇子で隙間を開けた。
*
「あやややややや。それで私のところに来たというわけですか」
「えぇ。あなたなら常にネタを集めているから、ゴシップには詳しいでしょう?」
「文文。新聞はゴシップ紙ではないですけどね!」
「あら? どう違うのかしら?」
「むっ! そんなこと言うようなら情報はあげませんよ!」
「あぁ。もう拗ねない拗ねない。あなたにとってもいい話のはずよ?」
「ううん……まぁ、確かにそうなんですけどねぇ……」
そう言って、射命丸 文はネタ帳を捲る。
紫の隙間によって運ばれた場所は天狗がいる妖怪の山だった。
私の名はここにも届いているらしく、「射命丸 文はどこですか?」と他の天狗に聞いたら、素直に教えてくれた。
まぁ、去り際に「あいつも年貢の納め時か?」なんて会話も聞こえてたけど、私が来た目的は射命丸 文を裁くためではない。
むしろ、教えを請いに来たのだ。小町の手がかりを掴むために。
文は一頻りにネタ帳を捲った後、私に向かいあった。私は早く知りたいという焦燥感から、話を切り出す。
「それで、小町の居所は知っているのですか?」
「えぇ、まぁ。私の情報網に掛かってました」
「あぁ、それは良かった……。それで、小町は何処にいるのか、言いなさい!」
「そりゃ、幻想郷の死者を裁く閻魔――四季映姫・ヤマザナドゥ様の頼みです。断るはずもありません。ただ……物事には道理というものがありましてね。物事を得るためには、それなりに対価が必要なんですよ」
「うっ……。こ、この私を脅すつもりですかっ!?」
「いえいえ。そんなつもりは毛頭もありません……。ただ、楽園の閻魔たる四季映姫様が物事の道理を守らないはずはありませんよね?」
「うぅ……」
確かにその通りだ。この天狗の言うとおり、私は閻魔。最も道理を守らなくてはならない存在だ。文が言うことは十分に分かる。 「……良いでしょう。何が望みですか? お金ですか? なら、私の家から好きなだけ取っていくといいでしょう」
「いえいえ。私にお金なんてものは必要ございません。ただ私はしがない新聞記者。なので私は――ネタが欲しいのです」
「ネタ……?」
「はい。単刀直入に言わせていただきますと、今回の小町さんの尾行作戦に私を同行させて欲しいのです」
「同行……新聞を書くためのネタとしてですか?」
「はい。私はしがない新聞記者ですから。どうしますか?」
私は頭を抱えたくなった。今回のこの騒動にこの新聞記者を連れて行けば、面白おかしく脚色された新聞を書くことは間違いないだろう。そうすれば、私の閻魔としての権威は失墜してしまうかも知れない。しかし、だからと言って、他に小町の情報を知っている者がいないのだ。どうすればいいものか……。
…………いや、待て。私は小町と何を比べているのだ?
閻魔の権威? 何を言っているのだ? 私は。小町と閻魔。
――どちらが大事かなんて、答えを出すまでもない。
「……良いでしょう。同行を許可します」
「ほんとですか!? やった!」
文がガッツポーズを取って、喜びを表現する。……だが、そう甘くは無い。
「ただし、記事が出来たら真っ先に私が見ます」
「へ?」
「そして、私が認めるものであるならば、発行を許可します」
「え、えぇ~~~~~~~~~~!?」
「楽園の閻魔たるこの私を記事にするのです。それくらい当然でしょう?」
「ぶー! 検閲反対! 表現の自由侵害反対!」
文が口をすぼめて抗議する。その可愛らしい抗議姿は一部のファンが見たら、涎ものの可愛さなのだろう。例えばそこの物陰に隠れている白狼天狗とか。
私はとりあえずそれを見なかったことにして、話に決着をつける。
「心配しないで下さい。私は閻魔。閻魔の座をかけて、公平に白黒を付けましょう」
「うー……」
「ふふっ。天狗さん。諦めなさいな。そもそも相手が悪いのよ」
「んー……分かりましたよ。それでいいです」
決着が付いた。これで、私は文に密着取材を受けることになるが、私は小町の情報を得ることが出来た。
「それで、小町はどこにいるのですか? どんな男と付き合っているのですか?」
「そうですね。あなたでも知っているところですよ」
「……何ですって……?」
「私も驚いたのですが、小町さんがいるところ。そこは――」
*
「それじゃ、小町さん。行ってくるよ」
「あぁ。行ってらっしゃい」
「……あぁ、そうだ。小町さん」
「何だい?」
「布団に潜り込むんなら、せめて事前に言ってくれ。正直、毎回驚くのは嫌だからね」
「……分かった」
「よろしく頼むよ。僕も一応男なんだからさ。ほんとは……布団に潜り込んで欲しくはないんだけどね」
「いや、でも……」
「分かってる。夜は寂しいんだったよね。僕が四季映姫様の代わりになるとは思えないけど……」
「――っ!」
「まぁ、喧嘩中なら仕方ないよね。それで行く当てなくてここに住み込んでいるわけだし」
「…………」
「あぁ、ごめん。思い出させちゃったかな。うん。僕の言うことなんて忘れて。それじゃ、人里に行ってくるよ」
「うん。行ってらっしゃい」
「あぁ。それじゃ、また」
そう言って、彼は人里へと向かって行った。アタイは彼に言われた昨日の光景を思い出す。
アタイは昨晩、彼の布団に夜這いを仕掛けた。彼と関係を持つために……。
けれど、彼の布団に入った瞬間のその温かさがアタイを止めた。脳裏に蘇ってしまったのだ。彼女の笑い顔。一緒に寝た時の温かさが。
それを思い出してしまったから、アタイは行動をする勇気が完全に無くなってしまった。
ダメだ……。やっぱりアタイには出来ない。
彼女がアタイを忘れても、アタイは彼女を忘れることは出来ない。
アタイはその場で立ち尽くすことしか出来なかった……。
*
「……話を聞いたときにはまさかと思ったけど……」
「ね? 私の情報に間違いはありませんよね?」
「そんな……小町……」
私は上空からその光景を見ていた。
小町が彼を見送り、しばらく突っ立ていた後、そのまま中に入って行った光景を。
――小町が、香霖堂に入っていく光景を。
完結編楽しみにしてます。
期待期待!
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