これはプチ作品集52の「小町と四季映姫は~」シリーズの続きものです。
大した量ではないので、読んでない人は読んでくれるとより楽しめます。
また、「読むのめんどっ」という人は、小町は映姫様のところで居候している、という設定を覚えて読んでください。
それでは、以下本編。ごゆるりと。
アタイが彼女を好きになったのは何時からだろうか?
彼女と出店巡りをした時? 彼女が毛布に潜り込んできた時? 彼女が私を家に招き入れてくれた時?
いや、そんな最近ではない。遥か遠い過去の塵に埋もれている記憶。アタイが彼女を好きになったのは何時からだろうか?
……けれど、そんなことは最早どうでもいい。
アタイが彼女を幸せにすることは出来ない。
アタイが彼女の側にいても、彼女は傷付き、苦しむだけ。
けれど、彼女は優しいから、アタイから離れることはないだろう。いつも通りにお説教を聞かせて、アタイを説き伏せてしまうに違いない。
だから、彼女が有無を言わない内に……。
あぁ……願わくば、彼女がアタイを憎み、遠い過去へと葬ってくれますように……。
*
「映姫様」
私と小町がご飯を食べていると、小町が神妙な顔で私の名前を読んだ。
今日のお味噌汁もおいしい。さすが小町。と、思いながら味噌汁を啜っていた私は、小町がそんな表情で呼ぶので少し驚いた。
けれど、名前を呼ばれたからには応えてあげないといけない。
「何ですか? 小町」
私が朝食を食べながら小町に応える。
「あ、あぁ……えっと……その……」
小町は体をもじもじさせている。まるで言いたいことがあるが、言葉が見つからずに言えない。そんな感じに。
「どうしたんですか。あなたらしくない。言いたいことがあるならハッキリと言えばいいでしょう」
「え、あ、はい……それじゃ……」
どうやら小町は言う気になったらしい。やれやれ、これでようやく小町が炊いてくれたご飯を食べることが出来――
「アタイ、この家を出て行きます」
ガシャンッ!
一瞬何が割れたのか分からなかった。見れば、私が持っていたお茶碗が床に落ちて割れていた。いや、今はそんなことに気を回している場合じゃない――!
「な、なな何て言いました、か?」
私は震える体を抑えきれずに、つっかえつっかえで質問をする。
「アタイ、この家を出て行く。と、言いました」
聞き間違えで無かった。聞き間違えであって欲しかった。
「何でですか! 何でこの家を出て行くと!?」
「あ、あの……」
「私に何か非がありましたか!? この家に何か不満がありましたか!? そもそも、貴女の家はすでに差し押さえられているはずです! 一体どこに行くと言うのですか!?」
「あ、アタイ! お、男が出来たんです!」
「お……?」
「は、はい! 告白して、OK貰って、それで同居することになったんです!」
「お、お……!?」
「そうなんです! 男が出来たんです! それでは! 四季映姫・ヤマザナドゥ様! 不甲斐ないアタイを今日まで住まわせていただき、真(まこと)にありがとうございました!」
「え? こ、こま――!」
「それでは、お元気で! それでは!」
小町が走って去っていく。どうした四季映姫。追え。追うんだ! 追って小町を――
「小町を……?」
玄関から戸が開き、走り去る音が響く。結局、私はその場から一歩も動けずに、一言もまともに話せずに、小町が去っていくのを傍観するしかなかった……。そして、先程思ったことを頭の中で反芻する。
追って、小町どうするつもりなのよ……。
*
是非曲直庁に出勤しても、私の気が晴れることはなかった。
お世辞にもまともな精神状態とは言えず、今日予定していた裁判は他の閻魔に代理を頼み、私はそのまま家へと帰る。
家に帰っても、いつもの笑顔が戸から覗くことがなかった。それもそうだ。小町は今朝出て行ってしまったのだから。男が出来て、その男の家に住んで。小町の笑顔は、私だけが見るものでは無くなってしまった……。
「小町……」
名前を呼んでみる。返事はない。
「小町……」
再び名前を呼んでみる。やはり返事は無い。
「小町……! 小町……!! 小町……!!!」
何回呼んでも、語気を強めても、どんなに小町を求めようとも、小町が返事することはない。
私はそこで初めて、小町が本当に家から出て行ってしまったことを自覚した。
「……あ、あぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~っ」
私はその場で泣いた。天を仰いで、突っ立ったまま、情けない子どもみたいな泣き声を出して
周りに従者が集まってきた。皆どうすればいいのか分からないのだろう。おろおろしてその場をうろつくだけだ。
従者が集まろうとも、私の涙は止まらない。これでもかと、体中の水分を全部涙にして、体から締め出してやろうという体の策略かのようにすら思えた。いっそ、そうしてくれたほうがどんなにいいだろう。干からびて、倒れてしまえば、小町を失ったことによる深い絶望と悲しみから解き放たれるだろうか?
太陽は天高く、燦々と平等に光と温かさを分け与える。しかし、今の私には邪魔なものでしかなかった。温かさなんて、今の私の心には一ミリも浸透しない。光だって、天を仰いでるからただ眩しいだけ。
いっそのこと消えてしまえばいいのに……。
そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。一瞬、本当に太陽が消えてしまったのか思った。けれど、それはもちろん違う。
そう思ったのは、染み入るはずがないと思っていた温かさが、人肌から染み込んできたのと、わんわんと泣き叫ぶ子どもみたいな私を優しく慰める声が聞こえたからだった。
「よしよし。大丈夫、大丈夫よ」
「う……ゆ、かり……?」
私を抱きしめて、微笑んで顔を覗き込んでいるのは、私の友――八雲 紫だった。
「そう、私よ」
「うぐっ……な、な、んで……?」
「あなたの部下がね、『四季映姫様が大変だから、速く来てくれ!』って、緊急用の通信魔法を使ってきたのよ。で、大変なことって、何があったんだろ? と思って来てみると…………まぁ、確かに大変なことになってたわね」
今の紫の微笑みには、いつもの胡散臭さは全く感じられない。言うなれば、母性に溢れた、悲しみも、苦しみも、絶望も、全て包んで癒してくれる。そんな微笑みだった。
「う、うぅ……」
「別に無理に泣き止もうとしなくてもいいのよ。泣きたい時にはしっかり泣く。それが、一番の泣き止み方よ。だから――私の胸でよければ、いつでも貸してあげるわ」
「う、うぁぁ、うぁあああああああああああああああああああああ!」
もう止まらない。抑えようとしても、抑えられない。
涙腺というダムは、紫の優しい言葉によって完全に決壊し、私は完全に涙が枯れるまで紫の胸に寄り縋った。
*
泣き止んだ時にはもう日が傾きつつあった。それでも、紫は私の頭を撫で、背を摩り、優しい言葉を掛け続けてくれた。
「大丈夫かしら?」
「……うん。ありがとう」
私は紫から離れて、涙の残滓を拭う。すっかり紫の胸元はびしょ濡れだった。
「紫……ごめん」
「ん? 別にいいのよ、こんなの。それより、何があったのかしら?」
「う……じ、実は……小町がこの家を出て行ったの」
「へぇ……」
「す、好きな男が出来たからだって……」
「それで、四季映姫様はわんわん泣いてた、と」
「……うん」
私の顔は今熟したリンゴより赤くなっていることだろう。恥ずかしさで顔が火照って、熱い。きっと、紫には『なんて馬鹿な理由』って、心の中で笑っていることだろう。
「……それは辛かったわね」
「え?」
でも、現実の紫は笑わなかった。馬鹿にもせず、私の頭を愛おしそうに撫でてくれた。
「笑わないの……?」
「笑えるものですか。私だって霊夢に好きな男が出来た、なんて聞いたら卒倒しますわ」
紫はクスクスと笑って言う。でも、その笑いは決して私を馬鹿にしてる笑い方じゃない。私は無性に嬉しくなってしまった。でも、やっぱり恥ずかしくて、それで俯きながらか細い声で言うしかなかった。
「……ありがとう、紫」
「いえいえ。とんでもない。みんな同じですよ」
紫はにっこりと微笑んだ。その微笑みはとても綺麗で、いつもの紫らしくなかった。こんな素敵な笑みを浮かべる姿を知ってたら、きっと霊夢も足蹴に出来ないだろう。そんなことを思ってしまい、くすっとしてしまう。
「あ、笑ったじゃない」
「あ……わ、笑ってなんかないわよっ」
「いえいえ。笑いました」
「笑ってないっ」
「笑いました」
しばらくお互いを目を見て、そして噴出した。
「ほら、笑った」
「はいはい。笑いました。私の負けよ」
「ふふふ。それならもう平気ね。それじゃ、私は帰るわ」
「あ……」
「ん? 何かしら?」
「えっと……」
言いたいことはあるけど、どう言葉にしていいか分からずにもじもじしてしまう。何とか言葉を探して、探して。それでようやく見つかって。それでも恥ずかしいからか、顔が火照って、か細い声になってしまう。
「……今日は、泊まってって? その……寂しいから……」
「……ふふっ」
紫は微笑んで、扇子で空間をなぞり、隙間を作る。
一瞬、帰ってしまうんじゃないかと思ってしまったが、紫は隙間に入ろうとはせず、中に話しかける。
「藍。私は今日、四季映姫様のところに泊まっていくから。私のご飯の準備はしなくてもいいわ」
『……はい。かしこまりました』
「今日は橙と一緒に寝なさいな」
『……はいっ』
「ふふっ。それじゃ、お休み、藍」
『お休みなさい。紫様』
紫は扇子で隙間をなぞり、元の空間に戻す。
「そういうことで、今日はお世話になるわ」
紫は藍への連絡を済ますために、隙間を開けたようだ。つまり、紫は今日家に泊まる。それは言うのは憚れるが、嬉しいことだ。
けれど、私は先程の会話で気になってならないことがあった。
「……あの。紫?」
「何かしら?」
「……さっきの『今日は橙と一緒に寝なさい』って、藍に言ってたよね?」
「それがどうかしたのかしら?」
「それって……裏を返せば、『藍と紫は毎日一緒の布団で寝てる』ってことよね?」
「そうね。事実、私と藍は毎晩一緒に寝てるわ。たまに橙も混ざって、三人一緒っていう日もあるわ」
「そうなの……」
「それがどうかしたのかしら?」
「……ううん。何でもない」
本当はあと一つ聞きたいことがあった。けれど、『紫と藍。どっちが言い出したの?』とか聞いても、意味が無いように思えたから止めた。
「そう。じゃあ、今日は私がご飯を作るわ」
「え? 紫が?」
「そうよ? 嫌?」
「う、ううん。むしろ楽しみよ」
「そう。じゃ、腕によりをかけて作ろうかしらね」
「うん。楽しみにしてる」
「じゃ、お台所を借りますわ」
「うん」
そのまま紫は、歩いて台所へと向かっていった。きっと、台所にいる私の従者は驚いて腰を抜かしているところだろう。それを思うと笑いが込み上げてきた。
その日の夕食は、紫の豪勢な洋風料理に舌鼓を打った。紫と一緒にお風呂に入ったし、紫と夜まで語り明かしたし、布団も紫と一緒に寝て、温かかった。
その日は紫と常に行動を共にした。
けれども、紫が近くに居てくれても心の隅でチクチクするような感覚を、私はいつも感じていた。
小町……何故、去ってしまったの……? と……。
どうもお久しぶりです。
今回はじめて小町の心理描写がでましたね。このあと、どんなこまえーきが仕上がるか、
今から楽しみにしてます
続きを、続きをくれ…
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