――あ、葬列だ。霊夢は湯呑を傍に置き、顔を上げた。
その葬列を見たのは、霊夢が人里に降り、茶屋でお菓子を食べている時だった。少し離れた民家の横から、ふと葬列が見えた。天気は良いというのに、ゆっくりと歩いてくる人たちは皆、顔を俯かせていた。霊夢は、死人みたい、とその葬列を見て思った。長い棺を担ぐ人たちも、死人よりも蒼白な顔をしている。今にも消えかかりそうな色だった。
霊夢は串に刺さった団子を一本手に取り、口に入れると、すぐ隣で立ち話をする人たちに耳をそばだてた。そこで霊夢は顔を顰める。話を聞いていれば、自ずと死んだものが誰かがわかる。聞くんじゃなかった、と霊夢はお茶をずずずと飲み込んだ。亡くなったのは今霊夢の居る茶屋のご隠居らしい。お茶が不味くなる、霊夢は咄嗟にそう思った。
葬列を見る霊夢の目は、どこか浮世離れしていて、その葬列を煙たがるような目だった。
「おや、博麗神社の……」
霊夢ははっと顔を上げて、逆光でよく見えない声の主に目を細めた。夕焼け色の長い髪に、頬を挟むようにある三つ編み、長めのチャイナ服。すかさず霊夢の隣に座ったのは、美鈴だった。
「……あんた、紅魔館の門番ね」
「覚えておいででしたか。光栄です」
鮮やかな目の色に同じ夕焼け色の睫毛が揺れた。霊夢はまた湯呑を置くと、つんと顔を背けた。美鈴はいつものように笑っていた。
「妖怪のあんたが何でここに居るのよ」溜息をついて霊夢は続けた。「お遣いでも頼まれたのかしら?」
「ええ、少し。私はこんな形ですし、人里は良く降りますから、いつも頼まれるんです」
少し眉を下げた美鈴に、霊夢はすぐに咲夜の顔を思い浮かべて、ああと唸った。
「あのメイド長ね。いけ好かない」
「まあ、そう仰らないで」
霊夢を宥めるように目を細めると、美鈴は傍の娘を呼びとめ、お茶とお団子を頼んだ。それも二人分。美鈴は不思議そうに顔を歪める霊夢に、あなたの分も、と言って笑った。霊夢はもう帰ろうと思っていたところだったが、奢りとなれば話は別だと言わんばかりに、いただくわと口元だけで笑った。それは笑うというよりも、顔が引き攣ったような風に見えた。
「ここのお茶は昔から美味しい」
運ばれてきたお茶を飲み、美鈴が言った。霊夢は追加分として置かれた団子に、早速手を伸ばしつつ、何気なく言う。
「昔から、って、あなた昔からここに来てたの?」
「ああ、お団子は少し味が変わったわね……」一人で呟くと、美鈴は霊夢の方へ視線を向けた。「人里に降りる時はいつも、ですね」
「そう」
霊夢はそれ以上詮索をしなかった。ただ単に興味がないだけのようで、霊夢の手は団子に伸びて止まらない。美鈴は綺麗に伸びた背筋のまま、目を葬列にだけ向けていた。
霊夢はふと、手を止めてお茶を啜る。啜りながら、ちらと横目で美鈴を見た。もう角に消えかかる葬列を見つめる美鈴の目に、霊夢は開きそうになった唇をすっと噛み締めた。聞くべきではない、と霊夢は誰に言われたわけでもなしにそう思った。
「あの、死んだ、人」
美鈴は突然、腕を伸ばして辛うじて見える葬列を指差した。
「何、よ」
「知り合い、なんです。いえ、知り合いだったんです」
すぐに過去形に直した理由を、霊夢は察するまでもなく理解した。美鈴が言った知り合いというのも、もう冷たい体でしかない。魂もなく、固体だけになって棺の中で横たわっているのだ。霊夢はお茶を飲み込みながら、わなわなと震え始めた美鈴の唇を見ていた。
「あの人、もう年だったから、仕方ないですよね。でも、私、あの人がずっと若い頃から、知り合いなんです。私が妖怪だって知っても、笑って茶屋に招いてくれて……。時々、内緒でお団子を一本、多めに入れてくれるんです。嬉しくて、ありがとうって言うと、照れてはにかんで――」
「そう」
震えだす声を絞るように美鈴は話し続けた。霊夢はどのくらい美鈴の声を聞いていたのかわからないが、とにかくお茶が冷めるほどには聞いていたと思う。それから美鈴は言うだけ言って、お茶も飲み干さずに帰って行った。霊夢は美鈴が話す間、ずっと美鈴を見ないでいたが、最後に美鈴の顔を見た。腫れた瞼を恥ずかしそうに腕で隠す美鈴の頬に、涙の後が幾つもあったのを霊夢は見た。妖怪のくせに、と思う反面、妖怪でも泣くもんなんだなと霊夢は感心した。
美鈴の姿はもうなく、葬列ももう霊夢には見えないが、一人には多すぎるお団子と美鈴の飲みかけのお茶だけは残っていた。霊夢はお団子を見て、どうしようかと考えてから、茶屋の娘を呼びつけて持ち帰るとだけ告げた。
「ねえ、門番」
包んでもらった団子を持つと、霊夢は茶屋を離れながら居もしない美鈴を呼んだ。
「あんた、私が死んでも泣くかしら」
霊夢は一人で呟いたことに気づいて笑うと、葬列が行った道を振り返った。もう葬列はなかったが、その名残を見つめる霊夢の目は、もう煙たがるようなものではなかった。
最後の方に、関心→感心ではないかと
いや、作者名に笑いながら読み始めてしまいましたが。
あまり接点のなさそうな二人ですが、霊夢のこの先の人生において美鈴とも色々な出来事があるのでしょう。
誤字報告です「眺めのチャイナ服」
笑いの成分は名前に凝縮してるんですね、わ(ry
きっと凄まじい切れ込みのチャイナ服なのでしょう。眼福、眼福。
しかしお名前とは裏腹にドロワ派ですか…なお自分はショーツ派