春には青葉を茂らせ、夏には一面のひまわりが咲き誇り、黄色い絨毯とかす開けた平地に、ひとつの影が佇んでいた。
今の季節は冬で、少し前まで咲いていたコスモスなどの花も、今は凍える土の下でまた来る秋を待っているようだ。
今は何も生えていない大地が、森との境目まで広がっていた。
そんな場所を、持っている日傘をくるくると回しながらゆっくりと歩くその人影は、空に浮かぶそれを見つけてそれはそれは嫌な顔をした。
「やっぱりあんたがいたのね。どうりで寒いはずだわ」
「あらあら、いきなりずいぶんな御挨拶ねぇ。まあ、寒いのはホントだけど」
空に浮かぶその人影は、ふよふよ浮きながらそう返す。その顔は、にっこりというのが相応しい笑顔である。
それを見上げていた人は、さらに苦々しい顔をしながらこう言った。
「本当に冬にしかいないのね。レティ・ホワイトロック」
「ええ、だって冬の妖怪だもん。こんにちは風見幽香」
じろりと睨みつける幽香の視線をひらりとかわしながら地面におりて、何もなかったかのように会話を続けるレティ。
草も生えていない地面が広がる大地を眺めながら、こう切り出す。
「一体こんなところで何をしているのかしら?」
「それはこっちのセリフね。さっさと私の目の前から消えてくれないかしら」
取りつく島もない幽香の様子に肩をすくめる。
くるりと幽香に背を向けて、てくてくとそのあたりを歩き始める。
たまに寒さで凍てついた地面を指でつついたりしながら、レティが幽香に話しかける。
「ここって夏になったら向日葵が咲くんでしょう?」
「ええ、そうよ。今は誰かさんがほっつき歩く季節だから咲いてないけど」
「ふうん、残念だなぁ」
何もない地面をじーっと見つめるレティ。
初めの方はそんな様子を眺めている幽香だったが、だんだんとそんな様子が気にかかってくる。
「あんた、一体何しに来たのよ」
「さあ、何しに来たんでしょうね」
「ふざけてるの?」
「ふざけてなんてないわ。そうねぇ、あえて言うなら花の香りに誘われたってところかしら」
微笑みながら答えるレティに、呆気にとられる。
(何が花の香りに誘われたよ、この冬妖怪)
パチン、と持っている日傘を畳み、ピリピリとした空気を出しながらレティを見る。
そんな幽香とは裏腹に、
ぽわんとた雰囲気をまといながら、そこら辺を歩きまわっていたレティが、不意に問いかける。
「あなた、冬は嫌い?」
レティの突然の質問に戸惑う幽香だったが、舌打ちを一つ返して言葉を返す。
「何よ急に」
「嫌い?」
「……そうね、うん。大っ嫌いね」
「どうして?」
「花は枯れるし、太陽は遠くなるし、何より寒いし。それにあんたがいるしね」
先ほど畳んだ日傘を片手で持ち、不気味な笑顔を浮かべてそう答える幽香。
そんな様子の幽香に対しても、一切の緊張感も持たずにレティは言葉を続ける。
「そっか。それは残念」
小さい声でそう呟く。その顔には本当に残念という色が浮かんでいた。
そんなレティを不思議に思いながらも、幽香は会話を続ける。
「何が残念なのかしら」
「それは、私が大好きな季節が嫌いって言われたんだもん。普通残念でしょ?」
「そういうあんたも、夏は嫌いなんでしょう」
「う~ん、どうかな。……どっちかって言うと好きかな」
「どうして」
「だって、――夏がないと冬は来ないもの」
レティは地面を人差し指でいじりながらそう答える。
つつかれた地面は、レティが触った所から霜が降り、氷で出来た華が咲いた。
その華を満足そうに見つめて、ほうと息を吐く。
その息は寒い外気にさらされても、白く浮かび上がることはない。
すっくと立ち上がって、レティは幽香と目を合わせながら、はにかんだような笑顔を浮かべてこう答えた。
「くるくるくるくるまわるように、春が来て夏が来て、秋が来てから冬が来る。だから多分、大好きなんだと思うのよね」
その言葉にぽかんとする幽香。
恥ずかしそうに笑いながら頬をかき、それでも嬉しそうにレティは続ける。
「ほら、遠くにあるほど待ち焦がれるって言うじゃない。あれよ、あれ」
「……あんたは一年の半分も、この世界に居られないのに?」
「うん、一年の半分もこの世界に居られなくても」
目と目を合わせたまま、そんな言葉を交わす二人の間を冬の風が通り抜ける。
畳んでいた日傘を広げながら幽香は一言、どうでもよさそうに
「そう」
と呟いた。
そして、それに対してレティもどうでもよさそうに
「うん、そう」
とだけ返した。
日傘を背中にさして、くるくると回しながら歩いていく幽香。
レティに背を向けながら、今思いついたかのようにこう言った。
「今から家で紅茶淹れるけど、飲んで行く?」
その言葉を受け、う~んと考えていたレティだったが小さく首を横に振る。
「いいや。待たせている子がいるから」
「あの氷精?」
「そうそう。たぶん今頃、そわそわしちゃっているから行かなきゃ」
もうそれが可愛いのよね~、なんて言いながらだらしなく笑うレティに自然に笑みがこぼれる。
幽香はレティの方を振り返ることなく、またもや思い出したかのように言う。
「遅れたけど、一応言っておくわ。――おかえり」
今度はレティがその言葉を聞いてポカンとして、そしてとても嬉しそうに答える。
「あらあら、おかえり第一号をいただいちゃたわ。しかもチルノより早く」
「いらない称号ね、それ」
「チルノが聞いたら悔しがるわね。それもまた見てみたいような気が……」
「いいから早く行きなさい。待たせてるんでしょ」
「うん。それじゃあ、またね幽香」
そう言うと、ふわりと空に浮かび上がる。
そしてそのまま飛び去ろうとしたが、あっ、と何かを思い出したかのように振り向いた。
「忘れてたわ。――ただいま」
そう言って、レティは冬の寒空の中にふよふよと飛び去っていった。
「またねって、また来るつもりか、あいつ」
そう呟く幽香の息が、真っ白に染まる。
それからまもなくして、白くて淡い雪がひらりひらりと空から舞い降りてきた。
完全なる冬の訪れである。
舞い降りてきた雪の結晶を一つ、幽香は指先に止まらせる。
それは一瞬、幽香の指先で純白の花を咲かせ、そして溶け去っていった。
指を伝う水滴を満足そうに見つめて、幽香は空を見上げる。
そこには、空から落ちてきた雪の花びらが舞い狂い、真っ白に染め上げている世界が広がっていた。
「冬には花が枯れるって言ったけど、冬にしか咲かない花もあったわね」
しんしんと降り注いでくる雪をその身に受けながら、でもやっぱり向日葵の方がいいわねと、幽香は一人呟くのだった。
今の季節は冬で、少し前まで咲いていたコスモスなどの花も、今は凍える土の下でまた来る秋を待っているようだ。
今は何も生えていない大地が、森との境目まで広がっていた。
そんな場所を、持っている日傘をくるくると回しながらゆっくりと歩くその人影は、空に浮かぶそれを見つけてそれはそれは嫌な顔をした。
「やっぱりあんたがいたのね。どうりで寒いはずだわ」
「あらあら、いきなりずいぶんな御挨拶ねぇ。まあ、寒いのはホントだけど」
空に浮かぶその人影は、ふよふよ浮きながらそう返す。その顔は、にっこりというのが相応しい笑顔である。
それを見上げていた人は、さらに苦々しい顔をしながらこう言った。
「本当に冬にしかいないのね。レティ・ホワイトロック」
「ええ、だって冬の妖怪だもん。こんにちは風見幽香」
じろりと睨みつける幽香の視線をひらりとかわしながら地面におりて、何もなかったかのように会話を続けるレティ。
草も生えていない地面が広がる大地を眺めながら、こう切り出す。
「一体こんなところで何をしているのかしら?」
「それはこっちのセリフね。さっさと私の目の前から消えてくれないかしら」
取りつく島もない幽香の様子に肩をすくめる。
くるりと幽香に背を向けて、てくてくとそのあたりを歩き始める。
たまに寒さで凍てついた地面を指でつついたりしながら、レティが幽香に話しかける。
「ここって夏になったら向日葵が咲くんでしょう?」
「ええ、そうよ。今は誰かさんがほっつき歩く季節だから咲いてないけど」
「ふうん、残念だなぁ」
何もない地面をじーっと見つめるレティ。
初めの方はそんな様子を眺めている幽香だったが、だんだんとそんな様子が気にかかってくる。
「あんた、一体何しに来たのよ」
「さあ、何しに来たんでしょうね」
「ふざけてるの?」
「ふざけてなんてないわ。そうねぇ、あえて言うなら花の香りに誘われたってところかしら」
微笑みながら答えるレティに、呆気にとられる。
(何が花の香りに誘われたよ、この冬妖怪)
パチン、と持っている日傘を畳み、ピリピリとした空気を出しながらレティを見る。
そんな幽香とは裏腹に、
ぽわんとた雰囲気をまといながら、そこら辺を歩きまわっていたレティが、不意に問いかける。
「あなた、冬は嫌い?」
レティの突然の質問に戸惑う幽香だったが、舌打ちを一つ返して言葉を返す。
「何よ急に」
「嫌い?」
「……そうね、うん。大っ嫌いね」
「どうして?」
「花は枯れるし、太陽は遠くなるし、何より寒いし。それにあんたがいるしね」
先ほど畳んだ日傘を片手で持ち、不気味な笑顔を浮かべてそう答える幽香。
そんな様子の幽香に対しても、一切の緊張感も持たずにレティは言葉を続ける。
「そっか。それは残念」
小さい声でそう呟く。その顔には本当に残念という色が浮かんでいた。
そんなレティを不思議に思いながらも、幽香は会話を続ける。
「何が残念なのかしら」
「それは、私が大好きな季節が嫌いって言われたんだもん。普通残念でしょ?」
「そういうあんたも、夏は嫌いなんでしょう」
「う~ん、どうかな。……どっちかって言うと好きかな」
「どうして」
「だって、――夏がないと冬は来ないもの」
レティは地面を人差し指でいじりながらそう答える。
つつかれた地面は、レティが触った所から霜が降り、氷で出来た華が咲いた。
その華を満足そうに見つめて、ほうと息を吐く。
その息は寒い外気にさらされても、白く浮かび上がることはない。
すっくと立ち上がって、レティは幽香と目を合わせながら、はにかんだような笑顔を浮かべてこう答えた。
「くるくるくるくるまわるように、春が来て夏が来て、秋が来てから冬が来る。だから多分、大好きなんだと思うのよね」
その言葉にぽかんとする幽香。
恥ずかしそうに笑いながら頬をかき、それでも嬉しそうにレティは続ける。
「ほら、遠くにあるほど待ち焦がれるって言うじゃない。あれよ、あれ」
「……あんたは一年の半分も、この世界に居られないのに?」
「うん、一年の半分もこの世界に居られなくても」
目と目を合わせたまま、そんな言葉を交わす二人の間を冬の風が通り抜ける。
畳んでいた日傘を広げながら幽香は一言、どうでもよさそうに
「そう」
と呟いた。
そして、それに対してレティもどうでもよさそうに
「うん、そう」
とだけ返した。
日傘を背中にさして、くるくると回しながら歩いていく幽香。
レティに背を向けながら、今思いついたかのようにこう言った。
「今から家で紅茶淹れるけど、飲んで行く?」
その言葉を受け、う~んと考えていたレティだったが小さく首を横に振る。
「いいや。待たせている子がいるから」
「あの氷精?」
「そうそう。たぶん今頃、そわそわしちゃっているから行かなきゃ」
もうそれが可愛いのよね~、なんて言いながらだらしなく笑うレティに自然に笑みがこぼれる。
幽香はレティの方を振り返ることなく、またもや思い出したかのように言う。
「遅れたけど、一応言っておくわ。――おかえり」
今度はレティがその言葉を聞いてポカンとして、そしてとても嬉しそうに答える。
「あらあら、おかえり第一号をいただいちゃたわ。しかもチルノより早く」
「いらない称号ね、それ」
「チルノが聞いたら悔しがるわね。それもまた見てみたいような気が……」
「いいから早く行きなさい。待たせてるんでしょ」
「うん。それじゃあ、またね幽香」
そう言うと、ふわりと空に浮かび上がる。
そしてそのまま飛び去ろうとしたが、あっ、と何かを思い出したかのように振り向いた。
「忘れてたわ。――ただいま」
そう言って、レティは冬の寒空の中にふよふよと飛び去っていった。
「またねって、また来るつもりか、あいつ」
そう呟く幽香の息が、真っ白に染まる。
それからまもなくして、白くて淡い雪がひらりひらりと空から舞い降りてきた。
完全なる冬の訪れである。
舞い降りてきた雪の結晶を一つ、幽香は指先に止まらせる。
それは一瞬、幽香の指先で純白の花を咲かせ、そして溶け去っていった。
指を伝う水滴を満足そうに見つめて、幽香は空を見上げる。
そこには、空から落ちてきた雪の花びらが舞い狂い、真っ白に染め上げている世界が広がっていた。
「冬には花が枯れるって言ったけど、冬にしか咲かない花もあったわね」
しんしんと降り注いでくる雪をその身に受けながら、でもやっぱり向日葵の方がいいわねと、幽香は一人呟くのだった。
これは素晴らしいダブルお姉さん!
レティは見たことすらない夏へ寄せる思いはどのようなものなのか。