「そのイヤリング、つけてきてくれたんだね……」
「ばっ、ばっかじゃないの! これはいつものイヤリングが見つからなかったから仕方なくつけてやってるだけなんだから! べつにアンタに見せようと思ってつけてきたわけじゃないわよ! カンチガイしないでよね!」
これはひどい説明口調。実際言わねーよ、こんなセリフ。
自分で演じといて何だけど、そんなに嫌ならつけなきゃいいのに、って思う。
おそらくこれで隠しきれない好意ってものを表現しているのだろうけれど、こんなヘタレで何の取り得もないくせに八方美人で(設定上は)ごくごく普通の見た目っていう、丼物屋のメニューよりも無個性なゴミクズ主人公のどこが良いのだろう、と思う。
突然だが、あまり余計なことはするものではないな、とも思う。
きっかけは、『幻想郷には娯楽が足りないのでは?』って世論。
そんなの無視しとけばいいのに、私ったら妙な仏心見せちゃって。
まずかったのはそのチョイス。
幻想郷に地デジは時期尚早だった。ましてや萌え萌えアニメなんて輸入禁止処分にしておくべきだった。
かわいい女の子+かわいい女の子が大好きなダメ人妖。
そんな具合の悪い二元論でカタがついてしまう幻想郷のことだ、爆発的に流行らない方が不自然。
一番まずかったのは私の気まぐれ。
一本だけチョイ役で出演してみたらそれが大反響。「永遠の17歳」こと私、八雲紫も今や業界のトップスター。
――主にツンツンデレデレしてる女の子役で引っ張りだこ。
若干トーン高めなアニメ声の使いどころがこんなところにあったとは驚きだったけれども、体力的にキツイ割にちっとも稼げない仕事だから嬉しくもなんともない。お金なんてちょっとチートすればいくらでも手に入るわけで。
「おにいちゃん、一緒におフロ入ろっ?」
「ばっ、ばば、ばかっ! 小さいころとは違うんだ!」
アリスと魔理沙の演技は今日も冴え渡っている。
どうにも素でやってる感がなきにしもあらずだが、二人ともやたらめったら輝いてるので楽しんでやってるのだろう、きっと。
だけど私は違う。正直なところ今すぐにでもブッチしたい。
「部員になれって、そんなこと急に言われても困るんだ!」
二階堂なんとかってこの声優、ほんのりクールな演技が女の子達に大人気らしいが、中の人の本性知ったらみんな泣くぞ。
呉作て。ばっちり農民だし。
(……にしても)
話題作だがなんだか知らないけど、なんなんだこの脚本は。
転校生が初対面の男子をイミフな活動に誘うとか、まずはその正気が疑われるべき。そんで、くさいものには蓋をされるのが世の常。つまりガン無視こそが必然。
だけど主人公はあーだこーだ言いながら世話を焼いちゃうわけで……。
ご都合主義な展開になんだかイライラしてきた。
ここは一つ、夢見がちな視聴者に現実ってものを教えてやることにしようか。ホンモノの電波ってのは、こんなもんじゃないんだ。
「いったい何なんだ君は! いい加減にしてくれ!」
「あ、いえ、ごめんなさい、思いっきり勘違いしてました。私ったらホントは桃色光子力研究所に行くつもりで気づいたら何の関係もないこの学校に……あら? あなたの後ろで八本足の苺ショートが空を飛んでいるわイヒヒヒウフフフお薬が切れたのかしら。ところでてめーらの血は何色ですの? わたくし? わたくしの血は緑色でしてよケヒッヒヒヒィ。あーあー、アァーアーッ! お母さーん、お母さーん! なんで私を捨てたのー!? その男のヒト誰なのー!? ねえ? ねえ? ねえ!?」
「カーット!」
せっかくノッてきたところだったのに。
藍の、敏腕プロデューサーぶりが憎い。
「頼みますよ紫様、ほのぼの甘口ラブコメディなんですから。のっけからどんよりさせちゃってどうするんです。視聴者ドン引きで視聴率一桁進行が目に見えてますよ」
「もうイヤ、なんで私が演じる子たちって、こんなに素直じゃないの。そんなに好きならとっとと告ればいいじゃない。っていうかこれぐらいの歳でこんなにかわいけりゃ男の一人や二人いるに決まってるでしょ、非現実的すぎて気味が悪いわ」
「いまさら何を仰るんです。私たちがやっているのは現実を都合良くねじ曲げて口当たりの良い夢と幻想を売る稼業じゃないですか」
「っていうかあなた、なんでそんなに乗り気なの。かわいい式神が言うからと思って今まで頑張ってきたけどもう限界よ」
藍は私の言葉から逃げるように帽子を深く被りなおした。
「……無茶を通すには、実績が必要なんですよ」
「無茶って」
「二十六週オールで橙。名づけてエンドレスキャット」
「そう、それがあなたの望みなのね……業が深いわ……」
帽子の奥の瞳の強さから、藍の決意のほどが伺い知れた。
この子がこんなに激しい感情を私に見せるなんて初めて。だから私はもう何も言えなかった……
疲れた。
仕事だと割りきってはいても、日がな一日中、あの手この手でツンツンする作業ってのは心労がひどい。
これが無垢な子供たちの笑顔のため、というのならまだ頑張れるのだけれど、主な目的は大きなお友達をニアニアさせるためだってわかってるから、どうにも。
私さえいればアニメ界の天下を取れる、って藍は言うけど……やっぱり何か間違ってると思う。
(どうしてこんなことに……)
重いため息は冬の夕闇に溶けていった。
こういうときは霊夢をからかうに限る、と神社に行ってみたけど見当たらない。
代わりに、脱ぎ散らかした巫女服が茶の間に散乱していた。こんなの放っておけば良い、ってのはその通りなのだが、
「まったく、だらしがないわね」
グータラに見えて意外と几帳面な私。こういうのを見ていると落ち着かないのだ。
ホイホイホイとスキマランドリーに服を放りこむ。瞬時にピカピカになった服をアイロンでやっつけ、定位置に戻しておいた。
「けほっ、けほ」
紅い頬。充血した瞳。寝汗で湿った薄襦袢。
霊夢は床の間で寝こんでいた。この子が風邪をひくとは珍しい。
「無様ね。自己管理もできない娘に幻想郷の管理なんて務まるのかしら?」
「……っるさい」
枕でも投げつけるつもりだったのだろうか。私に向かって伸びた手が、ぽとんと布団に落ちた。
「あーあ、つまらない。弱ったあなたをからかっても張り合いがないわ。……あら?」
ふと気づく。
「弱っているからこそ、からかい甲斐があるって言うべきなのかしら」
自然と歪んでしまった口元を扇で覆い隠す私。
それを見た霊夢の眉が、心底困りはてたように狭まった。
「……っとと、かえれ……!」
「そう言われると、ますます帰るわけにはいかないわねぇ。お台所、借りるわよ」
特に理由はないけど。
無性に卵雑炊が作りたくなった私はチャッチャと一人分だけ作ることにした。
割烹着を装備。
鶏モモ肉たっぷり、ご飯は柔らかめに炊くのが私流。刻んだ三つ葉をのっけて完成、と。
完成したは良いものの、べつにお腹は減ってない。どうしよっかな、コレ。
「クスクス……、風邪で食欲もないんでしょうが、この私が無理やり食べさせてあげるわ」
仏頂面で布団を被った霊夢を無理やり抱え起こす。無理やりってのがポイント。征服欲が満たされて気分が良い。
「あなたはアツアツが好きなんでしょうが、そうはいきません。こうやって冷ましちゃうんだから」
霊夢の好みなど知ったことではない。有無を言わせずこうやってふーふーしちゃう。
ふーふーしちゃって十分に冷めた卵雑炊を霊夢の口に運ぶ。それを繰り返した。
「まったく、妖怪に恐れられてやまない博麗の巫女が良いザマね。私みたいな妖怪に良いようにされてしまっているのですから」
「……ゆかりぃ――けほっ、けほっ!」
「文句なんて言わせないわ。たっぷり栄養をとったあとは追い討ちの水分でもくらいなさい」
霊夢の恨み言を、裏山の清流で汲んできた清冽なお水で流す。
「んう……ふぅっ……ゆかりぃ……」
「落ち着いたかしら? 今日はもうこうやって大人しくしていることね。復讐なんて考えないように、一晩中見張っててやるんだから」
ぽんぽんと布団を叩いてやると、それを合図にしたみたいに霊夢は、少し血色が良くなった顔をこっちに倒した。
「ありがと、ね……」
ありがとう? お礼を言われる筋合いなんて、ない。
「べ、べつにあなたのためにやってるわけじゃありませんわ。カン違いしないでくださる?」
霊夢の返事はなく。代わりに、すやすやと安からな寝息だけが聞こえていた。
そのとき私はなぜだかなんでだか知らないけど、明日もお仕事がんばろう、って。
そんなことを思ったのだ。
<了>
「おにいちゃん、一緒におフロ入ろっ?」
とか想像したらのた打ち回って障子に穴を開けて皮が剥けた。どうしてくれる。
そうか、忍びの者とはこうして暗殺(萌死)することだったのか。
藍アニで早く作ってください
しかし天職