彼女の事が、私は大好きだ。
先に好きになったのは、きっと私。
告白したのも、私だった。
付き合い始めた今でも、きっと好きの気持ちが大きいのは私の方で。
この距離は、いつまでも縮まらないのだと思う。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
白い雲、飛び交う鳥達。
広い広い、どこまでも続く空。
「アリスー!」
そんな空から、下を歩く愛しい愛しい彼女を大声で呼んで。
彼女が振り返る。いつもと同じ、涼しげな顔で。
大きく手を振って、彼女をおーいと呼ぶ。
そんな私に、はぁ、と彼女が大きく溜息をついた。
またか、と思う。
私にこうやって出会う事は、彼女にとって苦痛なのだろうかと不安になる。
いや、出会ってしまった事を間違いだったと思っているのかもしれない。
ふと、良い事をそこで思いつく。
思いついてしまったからには、即実行だ。
「あっ」
その言葉と同時に、スッと空中に倒れ込むように箒から落ちる。
視線の先、主を失った箒が気持ちよさそうに宙を駆けて行ったのが見えた。
落ちる落ちる。
風を切る自分の身体の感覚が、気持ちいい。
思わず目を閉じ、その感覚に酔いしれる。
落ちる落ちる、落ちていく。
ふわふわする独特の感覚。
なにか自分に翼があるようで、思わず両手を広げた。
この翼の向かう先は、あなたの元。
落ちる、落ちる、落ちていく。
このふわふわする感覚はアレに似ていると思う。
私が良く知っている、あの心地良さに。
「なっ!?」
彼女の焦ったような声が耳に届いて、目を開ける。
いつもとは逆に流れて行く景色が、何か新鮮だった。
そのままくっと首を伸ばし、下を見やれば、
両手をめいっぱい伸ばしながら、焦った表情で駆けてくる愛しい彼女。
いつもは結構クールなアリス。
あんなに焦った表情、見た事が無い。
不謹慎だけど、嬉しい。
嬉しくて嬉しくて、勝手に顔がニヤけていく。
心が、少しだけ満たされるのを感じる。
堕ちる、堕ちる、堕ちていく。
このふわふわする感覚は、あなたに恋に落ちたあの瞬間に似ていると思う。
彼女に心を撃ち抜かれたあの日感じた、心地良さだ。
この心地良さに魅せられて、私は。
あの日から、私は彼女に堕とされていくばかり。
あなたとの距離が、縮まらない。
落ちる、堕ちる、おちていく。
あなたの元へ。
アリスの元へ。
なあ、アリス。
私を、真っ直ぐに見て欲しい。
私をもっと、好きになって欲しい。
もっと好きだと、言って欲しい。
地面まで、あと数メートル。
彼女が広げた腕の中まで、あと数メートル。
今にも泣き出しそうな彼女の瞳が一瞬見えて。
グッと、胸が締め付けられる。
少し、やりすぎた。
ごめん。悲しい思いをさせた。
そんな風に、心の中で謝って。
大丈夫だよって、笑いかけた。
ああ、そうか。
縮まらないけど遠くもならぬこの距離。
つまりは、彼女も……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……飛べるなら飛べるって言いなさいよ」
「飛べないと言った覚えはないぜ?」
目の前で逆さまにふわふわと浮かぶ彼女は、ちっとも悪びれた様子は無くって。
こっちの気も知らずに、いつもの笑顔でへらへらとニヤついている姿を見ると、ドンドンとイラつきが増してくる。
「こういう冗談は感心しないわね」
「これでも魔法使いだぜ?」
ああ、本当にこいつはわかってない。
大好きな人が、自分の目の前で落ちた。
焦った。本当に焦った。
必死に腕を伸ばして、ただただ一心不乱に走って。魔法の糸を伸ばして。
「まあ、今まで黙ってた私も悪かった」
それなのにただの冗談でしたで済ませるなんて。
こんな風に、目の前でへらへらと笑うだなんて。
グッと拳を握り、俯く。
こんな顔、彼女に見せられない。
彼女を失うかもしれないという恐怖に取り憑かれた表情なんて、絶対に。
「でもまあ、なんというか……」
とりあえず怒った振りをして魔法の糸で縛り上げてやろうかと考え始めた時、先ほどより小さめな声。
その声に顔を上げれば、先程とさほど変わりの無い笑顔。
それなのに、何故か泣き出す手前のような表情に思えて。
ギュッと、胸が締め上げられる感覚がする。
どうして、魔理沙がこんな表情をするのか、わからない。
「アリスが本気で焦ってるのをみて、安心したぜ。その……それだけ私の事を──」
どうして私は、こんなバカな悪戯をさせてしまうほどに魔理沙を不安にさせてしまうのかが、わからない。
答えが出るよりも先に、勝手に体が動いて。
「ぅお?」
ギュッと、彼女のおさげを握って思いきりグイっと手前に引っ張る。
ちょっと痛いかもしれないけれど、これは、
「お仕置き、よ」
目の前にきた彼女のふっくらとした唇に、自分のソレを重ねた。
ふんわりと柔らかな感触が、心地良い。
驚いて息を呑んだ彼女の反応が、嬉しくて、恥ずかしくて。
ねぇ、魔理沙。
私はあなたの事が、どうしようもないくらいに好きなの。
だから、こんな事だって、平気で出来てしまう。
あなたが思っている以上に、きっと、私は。
ふと、先程の光景が脳裏にチラつく。
恐怖が、戻ってくる。
いつでも先をいくのは、彼女だ。
私がいくら願っても、この距離は縮まらない。
私はずっと離されて行くばかり。
きっと彼女が彼女である限り、縮まってはくれないのだ。
なんという、ジレンマなのだろうか。
わかっているのに。
わかって、いるのに。
ゆっくりと唇を離せば、茹蛸みたいに真っ赤になった彼女。
思わずそれに、笑ってしまう。
ああ、どうして。
どうしてあなた過ごす時間は、こんなにも幸せで甘美なのだろうか。
こんなにも苦くて切ないに。
どうして、そんなことも忘れてしまうほどに甘くて幸せなのだろうか?
今はただ、この甘い甘い時間に身を任せたい。
あなたという存在に、堕ちれるだけ堕ちてしまいたい。
幸福という甘い甘い時間にどっぷり浸かって、下に下にと、堕ちていこう。
私があなたから墜とされたあの瞬間から、もうこの運命から逃れることなど、出来はしなかった。
そうなのだとしたら、堕ちるところまで共に堕ちてしまおうではないか。
例え堕ち切った場所に、絶望が待っているとしても。
こんなにも簡単な答えにたどり着くまで、どうしてこうも時間がかかってしまったのだろうか?
「魔理沙」
あなたの名前を呼ぶ時、
「大好きよ」
気持ちを伝える度に胸に拡がる、この甘くて苦い感覚に、
「……私もアリスが大好きだぜ」
私は、私達は堕ちていく。
あなたと二人で堕ちれるのなら、それはきっと幸福。
あなたと一緒なら、どこまでも行っても幸福なのだろう。
愛があればいいのです!
甘リアリもいいけど苦みもね!
う~ん、苦甘い
いや、いいお話でした。二人の心情が綺麗に表れていたように思います。
たまにはこういう甘くて苦いのもいいですね
ほんとうにいい。
この話見てあの絵を思い出して、あとがき見て確信しましたw
これはいい甘苦…いや、苦甘?