有象無象の結界の中。地面も空も無い暗闇に、氷妖精の吐く息のごとく透き通った青を上塗りした世界。そこの至る所に張り巡らされた大小色とりどりのお札が入った者の目をだまし、物音ひとつしない無音の世界が聴覚を麻痺させる。かろうじて残された触角と嗅覚により、一歩間違えばどこともつかぬ世界へといざなうスキマの間を縫うように歩いて行く。それが八雲紫が作り上げた結界の世界だった。
まともな人間なら、一歩踏み出せば帰る道を忘れ、二歩目には自分の居場所を忘れ、三歩目には、自分が何をしていたのか忘れてしまう。そんな狂気の世界に、八雲藍は身を置いていた。
ここは宇宙空間に似ている、と八雲紫は言っていた。宇宙なるものを藍は見た事は無かったが、入った者をパニックに陥れるという点ではよく似ているらしい。
結界の中は、紫が空と地面の境界を無くしてしまったために、地面や空中という概念が存在しなかった。これもまた宇宙とよく似た構造らしい。
「藍も機会があれば宇宙へ出ると良いわ。その感動は言葉では足りない程よ」
藍は苦笑いをしながら、遠慮しておきますと丁寧に断った。
普段から紫の作った結界内ですら作業をする事は精神に堪えるのだ。誰が作ったのかよくわからない宇宙という名の結界の中など歩きたくもない。
そんな事を思い出しながら、藍は今日も結界の中を行く。突然に現れるスキマに落ちないように、慎重に行く。前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのか、と言うのはよくわからない。ただ目的地までたどり着けばそれでいい。
結界内のスキマはその出現に複雑な周期を持つ。藍は得意の計算で瞬時にスキマが何秒後に、どれくらいの大きさでどこに現れるかを知る事が出来る。藍はこの高い計算能力が買われて、紫の式として選ばれたのだ。
「ここか」
藍は修復する結界へとたどり着いた。お札のような四角い紙が空中に漂っている。藍はそれをつまみ上げ、紫から渡された新しい札と交換する。この作業が一体何を引き起こすかを藍は知らなかった。ただ一度だけ紫にそれを尋ねた事がある。すると紫は、意外にもそのシステムをあっさりと教えてくれた。
ただし藍には理解が出来なかった。
「それはそうでしょう? この私が作った結界なんですから。他の連中に簡単には理解させないわよ」
紫は胸を張ってそう言った。
結界は言わばプログラムと一緒である。藍や人間でも途方もない数字の羅列を文字通り一瞬で解析、分析すれば作れない事もなかった。
ただ紫の解析力は、もはや天才を通り越して神の領域に達していた。物事を一面でしか考えられない藍にとっては、思考を二面三面と無限に展開する紫の処理能力の高さは尊敬に値した。
「藍、あなたと私の違いはそこよ。あなたは抜群の処理能力を持っているけれど、それだけでは遅すぎるの。数字の概念を吹き飛ばさない限りその遅行性は解決できないわ」
藍は数字の処理には長けている。それ自体は主人である紫にも負けはしないだろう。
しかし紫は数字の概念を飛び越し新たな概念を生み出した。それを用いて紫はこの世界を自分の中で独自に解析、再構成した。
その中で出来た結界は、もはや紫以外には理解できない代物だった。
「数字の概念を吹き飛ばす事など出来るのでしょうか?」
「この世の全てを数字で表そうとすると、そこには限界がある。世界は1と0で出来ているわけじゃない。でもあなた達は、無理やり0と1で表そうとする。そんな矛盾を許すから歪みが生じて、処理が遅くなる。まずは0と1の間に無限の数字がある事を認めるのよ」
紫は自慢げにそう言った。藍は紫のその言葉に一応相槌を打ったものの、やはり自分には到底無理だと思った。
「神は生まれた時から数字の概念が無い。私が作り上げた理論、というか概念を最初から持っている。もし神とそれ以外を分ける物があるとすれば、それを持つか持たないか、でしょうね」
「ならば、紫様は神になられたということですか?」
紫は意味深ににやりと笑い、呟くように答えた。
「さあどうでしょうね。砂山から一つずつ砂を取り除き、最後の一粒になった砂は、はたして砂山と言えるのか。あなたが聞いている事はそんな事よ?」
「これでよし」
作業を終えると藍は外へ出るための札を掲げた。すると目の前から紫のスキマにも似た穴が開く。ちょうど人一人分が通れる大きさで、紫との違いは中は空っぽだと言う事だ。
藍は身を少しかがめてスキマの中へと身を投じる。すると一瞬にして紫の屋敷の庭に出た。振り返るともうそこにはスキマ等は無かった。
藍はすぐに次の仕事に取り掛かる。それは家事だ。
今、主人である紫は深い眠りについている。その間の家事等は式である藍の仕事でもある。それが面倒だとは思わなかった。当たり前になっていたからかもしれない。
藍は時間を確認する。すると、もう紫が起きる頃だった。急いで紫の寝室へ駆けつけると紫は布団から上半身を起こし、ぼうっと前を見つめていた。藍に気がつくと、へにゃんと笑った。
「おはようございます。紫様」
「ああ、藍。今日は霜月のちょうど半分が過ぎた日かしら?」
「はい、その通りです」
紫の起床時間は正確だった。早起きはするが、決して遅くは起きなかった。
「何か変わったことは?」
「特にありません。しいて言えば、博麗の巫女が金銭でのトラブルがあったようです」
「そう、平和ね」
紫は嬉しそうに微笑んだ。藍は用意しておいた紫の着替えを差し出し、主人が着替えるのを待っていた。
「紫様、どのような夢をご覧になっていたのですか?」
藍は興味本位で紫に尋ねる。紫は口を半開きにしたままだらしなく答える。
「藍、私は考えていたの。考えるために、他の機能をダウンさせていたのよ」
「何をですか?」
「未来の事よ」
「未来? 将来の事ですか?」
紫は言葉を覚えたての子どもを見るような笑顔で藍に話しかけた。
「将来なんて、生易しいものじゃないわ。私は頭の中で、幻想郷を作り上げていたの。その架空の世界で結界をいじることで、ここの結界の影響を調べる。何事も仮定を考えないと効率が悪いわ」
藍は腰を抜かすほど驚いた。実際にはあまりの壮大さに言葉も出なかったと言った方が正しい。
「紫様は……その、仮想の幻想郷を作り上げ、結界の効力を調べていた、と言う事ですか?」
「ええ。今回は百年分の幻想郷を試したから、長く眠ってしまったわ」
何て事の無いように紫は話しているが、藍は驚きを隠せない。
数字に頼ったプログラミングでの未来予想では、人一人の五秒先の行動予測も難しいのに、それを紫は幻想郷に住む生き物全て、しかも天候や気温などの外的要因も含め、文字通り全ての未来を頭の中で構築したという。
藍がもしそれをやれと言われても、多分一秒先の未来ですら、途方もない時間と労力が必要だろう。
「……紫様は一体何通りの未来を考えたのですか?」
「それは好奇心から聞いているの? それとも畏れ?」
「いいえ。紫様とのスキンシップです」
藍は恭しく礼をしながら答える。その様子に一瞬だけ呆気にとられた紫は、すぐに微笑んで顔をあげなさいと言った。
「いいわ。教えてあげる。あなたの限界をはるかに超えた数、とでも言っておこうかしら」
藍の頭に浮かんだのは無量大数、という単位だった。
それを超える?
紫の話は、もはや藍にとってはお伽噺の世界以上に不思議で神秘的な話にも聞こえた。すると紫は不意に藍に話しかける。
「ねえ、藍。あなたのその尻尾、気をつけなさいよ? 私の見た未来だと、あなたの尻尾から、8547本の毛が抜けおちて、4009本が生えてくるわ。まあ100年それだけしか抜けないのだから、大したものよね。で、肝心なのは49年と36日後に、あなたが人里へ買い出しに行った八百屋の前を通る背の高い男の肺に、あなたから落ちた2897本目の毛が入り、その男が急性の肺炎を起こして死んでしまうわ。原因はアナフィラキシーショックかしらね。その男はそのちょうど1年と16日前に一度あなたの毛を吸いこんで、肺炎を起こしているわ。その時は2890本目だったわ。だから、あなたが無暗に殺生をしたくないと言うならば、2890と2897という、あなたの大好きな『数字』とやらをよく覚えておくことね」
紫は不敵に笑って藍を試すようにそう言った。藍はその言葉にただただ畏まるばかりだった。
「それは確実な未来ですか?」
「藍が気付けば防ぐ事は可能よ。防いだ場合の未来もこの中に入っているわ」
そう言って紫は自分の頭を指差した。
「……では紫様は100年先までは確実に未来がわかる、と言う事ですか?」
藍は気になってそんな事を聞いてみた。紫は首を横に振って否定する。
「実際には多少の誤差が毎年生まれて、だから私も毎年冬眠してその誤差を修正しながら少しずつ未来予想を変えているわ。まあ、この誤差も予想しようと思えばできなくは無いけれど、全てを知ってしまう事はおもしろくないでしょう?」
紫は少しだけ神社によって霊夢の様子を見てくる、と言って屋敷を後にした。藍はその間に紫が好きそうな晩御飯の献立を考えていた。
こんな突飛もない話をした後に、急に現実を帯びた思考に耽る。そのギャップが何だか可笑しかった。
紫様であろう御方でも、皆と同じで普通にご飯を食べ睡眠をとり空を飛び会話ができる。その事が藍には改めて不思議に思えた。
きっと、紫にとってはこの世界を生きる事は録画されたビデオを見る行為に等しいのだろう。運動、呼吸、思考、会話、誕生、死。それらが紫の中では全てに等しく意味を持ち、流れる時間の中でそれらを消化していくだけの世界。
それでもこの世界を紫は生きている。ある時は楽しそうに、またある時は怒りに満ちて。
藍は改めて八雲紫という妖怪の偉大さを実感したような気がした。
そこまで考えて、白菜を切っていた手がはたと止まった。
紫がもしその仮想世界を三次元の世界で試しているとすればどうだろうか。
あるいは紫にその思考を現実にアウトプット出来る機能があるならば。
それは藍にとってとても自然な事に思えた。
藍は背筋が寒くなる。一体紫の脳内で、いくつの世界がリセットされたのだろうか。もしかすると、自分の居るこの世界ですら紫により作られた世界なのではないか。
紫には怖くて聞けない。
もはや、この世界が現実なのか夢なのかを判断できなかった。
確かにここにある冷たい皿を手に取り、藍はそんな事を考えるのだった。
「ご飯が出来ましたよ。紫様」
藍がそう言うと、スキマから紫が飛び出してくる。そうしてそのまま机に乗った料理を口に放り込む。
「おいしい! さすが藍ね」
藍はその言葉は是非現実であってほしいと切に願った。
主人に褒められて喜ばない式神などいないのだから。
まともな人間なら、一歩踏み出せば帰る道を忘れ、二歩目には自分の居場所を忘れ、三歩目には、自分が何をしていたのか忘れてしまう。そんな狂気の世界に、八雲藍は身を置いていた。
ここは宇宙空間に似ている、と八雲紫は言っていた。宇宙なるものを藍は見た事は無かったが、入った者をパニックに陥れるという点ではよく似ているらしい。
結界の中は、紫が空と地面の境界を無くしてしまったために、地面や空中という概念が存在しなかった。これもまた宇宙とよく似た構造らしい。
「藍も機会があれば宇宙へ出ると良いわ。その感動は言葉では足りない程よ」
藍は苦笑いをしながら、遠慮しておきますと丁寧に断った。
普段から紫の作った結界内ですら作業をする事は精神に堪えるのだ。誰が作ったのかよくわからない宇宙という名の結界の中など歩きたくもない。
そんな事を思い出しながら、藍は今日も結界の中を行く。突然に現れるスキマに落ちないように、慎重に行く。前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのか、と言うのはよくわからない。ただ目的地までたどり着けばそれでいい。
結界内のスキマはその出現に複雑な周期を持つ。藍は得意の計算で瞬時にスキマが何秒後に、どれくらいの大きさでどこに現れるかを知る事が出来る。藍はこの高い計算能力が買われて、紫の式として選ばれたのだ。
「ここか」
藍は修復する結界へとたどり着いた。お札のような四角い紙が空中に漂っている。藍はそれをつまみ上げ、紫から渡された新しい札と交換する。この作業が一体何を引き起こすかを藍は知らなかった。ただ一度だけ紫にそれを尋ねた事がある。すると紫は、意外にもそのシステムをあっさりと教えてくれた。
ただし藍には理解が出来なかった。
「それはそうでしょう? この私が作った結界なんですから。他の連中に簡単には理解させないわよ」
紫は胸を張ってそう言った。
結界は言わばプログラムと一緒である。藍や人間でも途方もない数字の羅列を文字通り一瞬で解析、分析すれば作れない事もなかった。
ただ紫の解析力は、もはや天才を通り越して神の領域に達していた。物事を一面でしか考えられない藍にとっては、思考を二面三面と無限に展開する紫の処理能力の高さは尊敬に値した。
「藍、あなたと私の違いはそこよ。あなたは抜群の処理能力を持っているけれど、それだけでは遅すぎるの。数字の概念を吹き飛ばさない限りその遅行性は解決できないわ」
藍は数字の処理には長けている。それ自体は主人である紫にも負けはしないだろう。
しかし紫は数字の概念を飛び越し新たな概念を生み出した。それを用いて紫はこの世界を自分の中で独自に解析、再構成した。
その中で出来た結界は、もはや紫以外には理解できない代物だった。
「数字の概念を吹き飛ばす事など出来るのでしょうか?」
「この世の全てを数字で表そうとすると、そこには限界がある。世界は1と0で出来ているわけじゃない。でもあなた達は、無理やり0と1で表そうとする。そんな矛盾を許すから歪みが生じて、処理が遅くなる。まずは0と1の間に無限の数字がある事を認めるのよ」
紫は自慢げにそう言った。藍は紫のその言葉に一応相槌を打ったものの、やはり自分には到底無理だと思った。
「神は生まれた時から数字の概念が無い。私が作り上げた理論、というか概念を最初から持っている。もし神とそれ以外を分ける物があるとすれば、それを持つか持たないか、でしょうね」
「ならば、紫様は神になられたということですか?」
紫は意味深ににやりと笑い、呟くように答えた。
「さあどうでしょうね。砂山から一つずつ砂を取り除き、最後の一粒になった砂は、はたして砂山と言えるのか。あなたが聞いている事はそんな事よ?」
「これでよし」
作業を終えると藍は外へ出るための札を掲げた。すると目の前から紫のスキマにも似た穴が開く。ちょうど人一人分が通れる大きさで、紫との違いは中は空っぽだと言う事だ。
藍は身を少しかがめてスキマの中へと身を投じる。すると一瞬にして紫の屋敷の庭に出た。振り返るともうそこにはスキマ等は無かった。
藍はすぐに次の仕事に取り掛かる。それは家事だ。
今、主人である紫は深い眠りについている。その間の家事等は式である藍の仕事でもある。それが面倒だとは思わなかった。当たり前になっていたからかもしれない。
藍は時間を確認する。すると、もう紫が起きる頃だった。急いで紫の寝室へ駆けつけると紫は布団から上半身を起こし、ぼうっと前を見つめていた。藍に気がつくと、へにゃんと笑った。
「おはようございます。紫様」
「ああ、藍。今日は霜月のちょうど半分が過ぎた日かしら?」
「はい、その通りです」
紫の起床時間は正確だった。早起きはするが、決して遅くは起きなかった。
「何か変わったことは?」
「特にありません。しいて言えば、博麗の巫女が金銭でのトラブルがあったようです」
「そう、平和ね」
紫は嬉しそうに微笑んだ。藍は用意しておいた紫の着替えを差し出し、主人が着替えるのを待っていた。
「紫様、どのような夢をご覧になっていたのですか?」
藍は興味本位で紫に尋ねる。紫は口を半開きにしたままだらしなく答える。
「藍、私は考えていたの。考えるために、他の機能をダウンさせていたのよ」
「何をですか?」
「未来の事よ」
「未来? 将来の事ですか?」
紫は言葉を覚えたての子どもを見るような笑顔で藍に話しかけた。
「将来なんて、生易しいものじゃないわ。私は頭の中で、幻想郷を作り上げていたの。その架空の世界で結界をいじることで、ここの結界の影響を調べる。何事も仮定を考えないと効率が悪いわ」
藍は腰を抜かすほど驚いた。実際にはあまりの壮大さに言葉も出なかったと言った方が正しい。
「紫様は……その、仮想の幻想郷を作り上げ、結界の効力を調べていた、と言う事ですか?」
「ええ。今回は百年分の幻想郷を試したから、長く眠ってしまったわ」
何て事の無いように紫は話しているが、藍は驚きを隠せない。
数字に頼ったプログラミングでの未来予想では、人一人の五秒先の行動予測も難しいのに、それを紫は幻想郷に住む生き物全て、しかも天候や気温などの外的要因も含め、文字通り全ての未来を頭の中で構築したという。
藍がもしそれをやれと言われても、多分一秒先の未来ですら、途方もない時間と労力が必要だろう。
「……紫様は一体何通りの未来を考えたのですか?」
「それは好奇心から聞いているの? それとも畏れ?」
「いいえ。紫様とのスキンシップです」
藍は恭しく礼をしながら答える。その様子に一瞬だけ呆気にとられた紫は、すぐに微笑んで顔をあげなさいと言った。
「いいわ。教えてあげる。あなたの限界をはるかに超えた数、とでも言っておこうかしら」
藍の頭に浮かんだのは無量大数、という単位だった。
それを超える?
紫の話は、もはや藍にとってはお伽噺の世界以上に不思議で神秘的な話にも聞こえた。すると紫は不意に藍に話しかける。
「ねえ、藍。あなたのその尻尾、気をつけなさいよ? 私の見た未来だと、あなたの尻尾から、8547本の毛が抜けおちて、4009本が生えてくるわ。まあ100年それだけしか抜けないのだから、大したものよね。で、肝心なのは49年と36日後に、あなたが人里へ買い出しに行った八百屋の前を通る背の高い男の肺に、あなたから落ちた2897本目の毛が入り、その男が急性の肺炎を起こして死んでしまうわ。原因はアナフィラキシーショックかしらね。その男はそのちょうど1年と16日前に一度あなたの毛を吸いこんで、肺炎を起こしているわ。その時は2890本目だったわ。だから、あなたが無暗に殺生をしたくないと言うならば、2890と2897という、あなたの大好きな『数字』とやらをよく覚えておくことね」
紫は不敵に笑って藍を試すようにそう言った。藍はその言葉にただただ畏まるばかりだった。
「それは確実な未来ですか?」
「藍が気付けば防ぐ事は可能よ。防いだ場合の未来もこの中に入っているわ」
そう言って紫は自分の頭を指差した。
「……では紫様は100年先までは確実に未来がわかる、と言う事ですか?」
藍は気になってそんな事を聞いてみた。紫は首を横に振って否定する。
「実際には多少の誤差が毎年生まれて、だから私も毎年冬眠してその誤差を修正しながら少しずつ未来予想を変えているわ。まあ、この誤差も予想しようと思えばできなくは無いけれど、全てを知ってしまう事はおもしろくないでしょう?」
紫は少しだけ神社によって霊夢の様子を見てくる、と言って屋敷を後にした。藍はその間に紫が好きそうな晩御飯の献立を考えていた。
こんな突飛もない話をした後に、急に現実を帯びた思考に耽る。そのギャップが何だか可笑しかった。
紫様であろう御方でも、皆と同じで普通にご飯を食べ睡眠をとり空を飛び会話ができる。その事が藍には改めて不思議に思えた。
きっと、紫にとってはこの世界を生きる事は録画されたビデオを見る行為に等しいのだろう。運動、呼吸、思考、会話、誕生、死。それらが紫の中では全てに等しく意味を持ち、流れる時間の中でそれらを消化していくだけの世界。
それでもこの世界を紫は生きている。ある時は楽しそうに、またある時は怒りに満ちて。
藍は改めて八雲紫という妖怪の偉大さを実感したような気がした。
そこまで考えて、白菜を切っていた手がはたと止まった。
紫がもしその仮想世界を三次元の世界で試しているとすればどうだろうか。
あるいは紫にその思考を現実にアウトプット出来る機能があるならば。
それは藍にとってとても自然な事に思えた。
藍は背筋が寒くなる。一体紫の脳内で、いくつの世界がリセットされたのだろうか。もしかすると、自分の居るこの世界ですら紫により作られた世界なのではないか。
紫には怖くて聞けない。
もはや、この世界が現実なのか夢なのかを判断できなかった。
確かにここにある冷たい皿を手に取り、藍はそんな事を考えるのだった。
「ご飯が出来ましたよ。紫様」
藍がそう言うと、スキマから紫が飛び出してくる。そうしてそのまま机に乗った料理を口に放り込む。
「おいしい! さすが藍ね」
藍はその言葉は是非現実であってほしいと切に願った。
主人に褒められて喜ばない式神などいないのだから。
改めて八雲紫の凄さを感じたきがします
個人的には好きな内容でした
次回作にも期待しています頑張ってください
こういったシリアス作品は場違いでもなんでもありません。
こういったものを好む人もここにはいますから。
おもしろかったです。
あと、東方らしい云々はまったく意味のない考え方だと思う。
あと、最初の方で「触角」→「触覚」の間違いかな?
凄い面白かったです!