Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

これが彼女の成れの果て

2009/12/02 18:27:22
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私は名も無き妖怪。いつ生まれたかもわからない。私の記憶は唐突に始まっているから。
ただ、私にはたくさんの知り合いがいる。
私にとっては初めて会う人でも、向こうから親しげに接してくれる――そんな知り合いが。

人間の友達だっている。人里に住む、可愛い可愛い女の子。
彼女は里から出るという危険を冒してまで私に会いに来てくれる。だからその時は私もなるべく里の近くで待っている。



「私、これでも妖怪に詳しいのですよ。でもあなたのような妖怪は初めてです」

――へぇ、そうなんだ。

「こんな言い方では悪いのですが、あなたに興味があります。もっともっとあなたの事を教えて頂けませんか」

――こんな私に興味を持ってくれるなんて嬉しいわ。私に答えられることなんてほとんど無いけれど、教えられる限りのことは全部話すわ。

彼女は私にとって大切な友達。頼まれれば応えてあげたい。

――でも一つ条件があるの。

「何ですか? どうぞ言ってみて下さい。私も出来るだけのことはしますから」

――じゃあ……私に、名前を付けて欲しいの。

「……」

私がそう言うと、彼女は急に黙り込んで俯いてしまった。

「ごめんなさい。それは無理です」

――どうして?

「“名は体を表す”ということわざを知っていますか? 名前はそのものの本質を表している――という意味なんですけど」

――えぇ。それが?

「あなたにはその本質がありません。“何かもわからない存在”に、私なんかがそう簡単に名前なんて、付けられないんですよ」

――本質が、無いから……

「そうです。だからごめんなさい」

「もうすぐ夜になりますね。それじゃあ、今日はもう帰りますので。また今度」



彼女が里に帰った後も、私は黙々と考え続けていた。

――名前が欲しい。しかしその為には本質とやらが要る。つまり逆に言えば本質さえあれば名前が手に入る!

私はすっかり暗くなってしまった空に飛び立った。





――名立たる天才薬師さん。あなたの頭脳を私に下さい。

「あら、あなたは……。いいわ、どうせ私は死なないから」

――ありがとう。

「その代わり、ちょっと実験に付き合ってね」

――わかったわ。



――穢れなき美麗のお姫様。あなたの髪を私に下さい。

「……何て様かしら。まぁいいわ。髪ぐらい持っていきなさい」

――ありがとう。



――赤い瞳の月兎さん。あなたの耳を私に下さい。

「えぇ!? そんなの無理に決まってるじゃない!」

――お願いします。

「そんなッ」
「まぁまぁ落ち着いてよ鈴仙」

――あなたは詐欺兎。

「幸せ兎だよ。そんな私からあなたに幸せをあげよう」

――耳をくれるの?

「うん、あげるよ。私――の部下の耳をね」
「ちょっと、てゐ!?」
「妖怪なんだからすぐ治るよ。さぁ、受け取りなさい」

――ありがとう。



――澄んだ歌声の夜雀さん。あなたの喉を私に下さい。

「そんなに私の声が羨ましいの?」

――えぇ、とっても。

「ならしょうがないね」

――ありがとう。



――蟲を統べる蛍さん。あなたの触覚を私に下さい。

「えぇー、すっごく痛いじゃない、それ」

――お願いします。

「むぅ……我慢してあげる」

――ありがとう。



――器用な人形遣いさん。あなたの腕を私に下さい。

――幻想郷を飛び回る鴉天狗さん。あなたの翼を私に下さい。

――山を見回る白狼天狗さん。あなたの眼を私に下さい。

――紅い館の門番さん。あなたの脚を私に下さい。

――すきま妖怪の式さん。あなたの尻尾を私に下さい。

――酔っ払いの小柄な鬼さん。あなたの角を私に下さい。



――“  ”さん。あなたの“  ”を私に下さい。





何度それを繰り返したか。こうして今の私はたくさんの妖怪の一部を分けて貰い、たくさんの性質を手に入れた。

――これでやっと名前が貰える。

私はまた里の女の子に会いに行った。



――ねぇ、見て? 私、たくさん性質を貰ったの。これで名前を付けられるでしょう?

「きゃあっ!?」

私の姿を認めた瞬間、耳をつんざくような悲鳴を上げられた。
今の私の聴覚ではあまりに大きく聞こえて頭が痛い。

――そんなに驚かなくてもいいじゃない。

私は彼女に笑いかけた。

「き、気持ち悪いッ」

……今、彼女は何と言っただろうか。気持ち悪い?

――この私が気持ち悪いですって? 友達じゃなかったの? 名前をくれるんじゃなかったの?

彼女は私に嘘をついた。

――許せない、殺してやるっ。

彼女のか細い首を絞めようと手を伸ばす。

――あれ?

ボロボロと腕が落ちた。ガクンと脚が折れた。ピシッと胴が裂けた。ブチリと翼がもげた。ボトッと首が取れた。
私が、崩れていく……
バラバラになってしまった名も無い妖怪は、そのまま再生することもなかった。体のパーツは色々あるが、その中に元の妖怪のものはもう一つも無かったのだ。
妖怪は名前を求めた挙げ句、自身の存在そのものを失ってしまった。他の性質を付ける為に、自身の性質を外していったから。
「名は体を表す」という言葉があるが、では“名”が無ければ“体”はどうなるのだろうか。

種々の残骸を見下ろし、佇む少女。

「死んでしまいましたか。残念です」

そう呟いた十代目阿礼乙女は懐から取り出した手帳を開くと、「     」と「名失くしの妖怪」と書かれた頁を破り捨てた。
なまこ
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