はあ、と息を吐く。
白く染まったそれは冷えた手にほんの少しの温かみを与えて、すぐに霧散してしまった。
もう冬なんだなあ、とぼんやり考えてみる。
これが何度目の冬なのかもう数えてはいないけれど、冬はそれほど好きではなかった。
寒いし。ほとんどの人が家にこもって、面白いことをしないから。
新聞のネタを探すにも、いろいろな意味できつい季節だった。
「今日は寒い、なあ」
足をぷらぷらとさせて、そうつぶやく。
はあ、と今度は空に向けて息を吐いた。
「そうね。寒いわ」
隣に座るのは紅白の巫女。
今日も今日とて腋を開けている。寒くないのか、と問えば寒いわよ、と怒られてしまった。
彼女なりのポリシーかなにかなのだろう。
今度、それを取材してみたいと思った。
「文は今日も暇なの?」
「そうであると言えば、そうですね」
「素直にそうと言いなさい」
そうです。そう返すとよろしい、と霊夢は頷いた。
新聞のネタ探しや、ちょっとした調べものもあることを考えると、
実はそれほど暇ではないのだけれど、わざわざ言うのも無粋だろう。
ここにいても、それが降って湧いてこないのだとは分かり切ったことで。
暇でもないのに、それでも、なんとなくここに来たくなったのだ。
本当に、なんとなく。どうしてかは、自分にも分からない。
「……霊夢?」
じぃ、とこちらを見つめる視線に気づく。
どうしたんだと訊ねると、おかしそうにふふ、と笑いをこぼして。
「鼻、赤くなってるわよ」
む。寒いのだから、それくらい当り前だろう。
「霊夢だって、赤いじゃないですか」
「寒いんだから、当たり前じゃない」
なんだそれ、と睨んでやる。
霊夢は何がおかしいのか、くつくつと喉を鳴らしていた。
「……はあ。もういいですけど」
「諦めた?」
「呆れました」
「なによそれ」
「なんでしょうね?」
手持無沙汰になって空を見上げてみる。もう夕方だからか、星が出ていた。
茜色の空に、星ひとつ。
一般的に言うところの一番星だ。
冬は好きではないけれど、星が綺麗なのは素敵だと思う。
「一番星か。明日はいいことあるかもね」
「珍しいことを言いますね」
「私だって、たまには言うわよ」
明日は雨なのかもしれない。
雨の日にいいことなんてあるのだろうか。
まあ、一応、祈っておくことにしよう。
明日は、いいことありますように。
「あー、寒い」
……人がせっかく星に願っているというに、この巫女は。
ちょっといいセリフを吐けばこうなんだから締まらない。
「何か、上に羽織ればいいのに」
「それは神が許しても私が許さないわ」
「巫女が何を言うんですか」
神様に使える立場のくせに。
やっぱり取材してみた方がいいかな。
幻想郷七不思議。探せば、あと六つくらいはあるだろう。
七じゃ収まらない可能性の方が高いけれど。
「どうしても寒いなら、私が温めてあげましょうか。なんて」
「むう……」
……どうして、そこで苦渋な顔をするかな。
もちろん冗談なのだけれど、そこまで嫌そうな顔をされるとつらい。
その表情は選べば死。選ばなくても死。と語っていた。
「……じゃあ、お願いしようかしら」
「はあ?」
いやいや、冗談。冗談ですって。
あなたそんな冗談も通じない人じゃなかったでしょう。
そんなばっちこーい、とばかりに腕を広げられても、困る。
とっても困る。すっごく困る。
「何よ。そんな嫌がらなくてもいいじゃない」
「嫌がると言いますかねえ……」
正直、自分が新聞のネタになるようなことはしたくないというか。
何が悲しくて人を温めてあげなきゃいけないんだろう。
……自分が蒔いた種なのは分かっているけれど。
「人が辛酸を嘗めてお願いしようってのに、それって、酷いわよね」
「あーもう、しますよ。すればいいんでしょう」
投げやり気味に腕を広げて受け入れる態勢になる。
なんでこんなことになるかな。
まあ、私のせいなのは分かってるんだけれど。
でもその頼み方も酷いと思う。苦渋とか辛酸とか。
「文はあったかいわねー」
「霊夢はちょっと体温低くありません?」
「だって、ほら、あんた鴉だから。体温高いんでしょ」
「そうなんですかね。で、これは、私に何の得があるんでしょう」
「自分から言いだしたことなんだから、我慢しなさい」
あんなこと言わなきゃよかったなあ。
でも霊夢が冗談を冗談と受け取ってくれないというのもあると思う。
あー、微妙に寒いよう。私は暖を取れないし。
「やっぱり寒い時は人肌恋しくなるものよね」
「またさらに珍しいことを」
「言わせてよ。それくらい」
「いくらでも言ったらいいじゃないですか」
私は知らないし。
霊夢がいくら人恋しくなろうと、あまり関係ないことだ。
「あんたはやっぱり妖怪ねえ」
「そうなのかもしれませんね」
そうは言うけれど私だって、人恋しくなる気持ちは分からないでもないのだ。
寒い時はとにかく、温かくなりたいもので。
寒いよりは、その方が、絶対にいい。
「もしかしたら、私も、人恋しかったのかもしれませんね」
「あんたにもそういうこと、あるの?」
「妖怪でも、寂しくはなります」
「ふうん。へえ」
「なんですか、面白そうな声して」
「なんでもないわよ?」
本当かなあ。すごく嘘くさいけれど。
真偽はよく分からない。
「あんたからまさか寂しいなんて言葉が出るなんてねー」
珍しいなあ、と霊夢がつぶやいた。
抱き合っているからその顔はよく見えないけれど、おかしそうに、あははと笑っている。
髪をくすぐる吐息は、ほんのりと温まっているように思えた。
「……らしくないとは、思います」
「別に、それくらい言えばいいじゃない」
「言ってもいいのかなあ」
「寒いんだから、仕方ないわよ」
ああ、そうですね、と頷く。
確かに寒いからいいか。
たまには弱音くらい吐かせてもらっても罰は当たらないだろう。
きっと、そういう言葉も大事なものなのだ。
「本当、寒いなあ。温泉でも湧いて来ないかしら」
「そうしたら記事にも出来ますしね」
「神社に人も来るかもね」
「それはどうなんでしょう……」
言った瞬間にばきぼきごきと不吉な音。
その音は私の背中から鳴ってい――たたたたこれ本気で痛いですって!
人肌恋しいって言ってた人のする行動ですかそれが!
「ま、口は災いの元ね」
「霊夢が私の災いでしょう」
「………………」
「……ごめんなさい」
沈黙になんとなく身構える私。
一回の鯖折りは私のトラウマになってしまった。
「ねえ」
「なんですか」
今日の霊夢はよく話すなあ。
いつもはこっちの方が話しかけても適当な相槌を返すくらいなのに。
「そろそろ離れた方がいい?」
は? と呆れたような声が漏れた。
今まで思う存分暖を取っておいて、また何を言い出すかな。
「今さら遠慮なんかしないで、好きなだけ抱きついてればいいじゃないですか」
「そう? なら遠慮なく」
きゅっと少し強くなる腕の力。
反射で私の体が硬くなるけれど、まあ、それはあまり関係ない話で。
少しぬるいくらいだった霊夢の体温は少し、高くなっていて、ちょうどよかった。
「ああ、霊夢、あったかいじゃないですか」
漏れた自分の声は、驚くくらいに柔らかかったように思う。
なんとなく気恥ずかしくなって、もう一度空を見上げてみる。
茜色の空はもうすっかり暗くなっていて。
寒い空には星空が映し出されていた。
らしくないけれど、もう一度願いごとをしておこう。
明日も、いいことありますように。
文霊夢ほのぼの最高だ
これはいいれいあや
温かなあやれいむごちそうさまです。