「はい! そういう訳で”幻想郷バカNo.1決定戦クイズ大会”を始めまーす!! 司会は
もちろん、幻想郷最速にして才気溢れる天才ブン屋、万人から愛される究極美少女鴉天狗、
射命丸文がお送りいたしますっっっ!!」
野原にでんと置かれたボックス席二つの前で、やたらなハイテンションの文。ずいぶん
適当な事を叫んだ気がするが、それは置いておこう。件のボックス席にはふたりの、
おそらくは”幻想郷バカNo.1決定戦クイズ大会”の回答者であろう姿。
ひとりはバカといえばもうおなじみ、公式設定でもバカと表記される氷の妖精『チルノ』
である。かたや新たなバカとして地霊殿でデビューし、非想天則でもそのバカッぷりを
発揮し続けている核の力を取り込んだ地獄烏『霊烏路 空』。まさに冠打たれた通り
幻想郷で一、二を争うバカのふたりである。
そんなふたりといえば、勝つのは自分に決まってるだろ、とばかりの無駄に不敵な
笑顔を浮かべ、時おり視線が合えば飛び散る火花。もちろん勝って得るものなど無い
のではあるが、バカのふたりにそれを分かれというのは少し酷であろうか。
チルノの応援団であろう、幼い容姿をしたその手の人にはたまらんメンバー。あるいは
対面の可愛らしい相貌の裏にえげつない本性を隠した地霊殿の面々、それらの声援を背に
受けながら文はバカふたりに近づく。
「はい、じゃあまずインタビューしますよ! じゃあまず空さん!」
「うにゅ! 何でも聞いてよ!」
「ではズバリ、今日の抱負は?」
「まーぼーどうふ!!」
「はい、期待に応えるようなバカっぷりありがとうございます!! じゃあチルノさん!」
「そうだよあたいチルノ!」
「勝つ自信はありますか?」
「あたいは冷やし中華が好き!!」
「予想を斜め上に裏切るバカっぷりも素敵ですありがとうございます!!」
初っ端からすでにカオスである。バカふたり、今のお互いの回答が常人には理解できない
ところでライバル心を煽ったらしく、端から見ると可愛らしくも思える、(本人たちの脳内では
凶悪な)笑みを浮かべてあっていた。背景で劇画調のカラスとイワトビペンギンが対峙する
姿を幻視してもよろしかろう。そんなふたりはさておいて、意気揚々と今回の趣旨を説明
しはじめる文。
「この”幻想郷バカNo.1決定戦クイズ大会”はその名の通り、今から私が出すクイズに挑戦
してもらい、その敗者が栄えある”幻想郷バカNo.1”として後世まで語り継がれるという素敵な
企画なのです!! クイズの形式は早押し」
ぱしん! ぷぃんぽぉーん!!
「……え?」
一気呵成に出るはずの言葉が、どこか気の抜けた電子音で断ち切られた。口を半開きに
したまま、美人が台無しの顔で、文がボックス席の方を向く。
そこには片手を早押しのボタンに押し付け、やたらに勝ち誇ったどや顔のチルノがいた。
「やった! あたいが早かった! 早かったから勝った!! これであたいがなんばーわんね!」
「え、ちょ?! チルノさん?」
早押しクイズはボタンを誰が一番早くに叩けたかで勝負がつくものではない。と、それを
理解してないのは明白。だがしかしチルノはすでに勝者となった気分である。高らかに
ガッツポーズを極めるその姿は、確かにバカNo.1の貫禄をかもし出していた。
しかし文としては、クイズで決着を付けてもらいたい。ルールをもう一度、バカにも
分かるように説明しようと口を開きかけた。
「いや、あのですねー……」
「……くっくっく」
文の視界に飛び込むもうひとりのバカ。お空はなぜか静かに笑みを浮かべていた。それに
ぎょっとする文。
「え、あの、空さ」
「ふふふふふ、アァーッハッハッハッハァ!! それで勝ったつもり?! 愚かな氷精よ!!」
「な、なんだとぉ!? うにゅほ、きさま!」
「なんですかこの小芝居」
いきなり悪人ご用達、基本的負けフラグ満載の三段笑いを豪快に決めるお空。それに
対してやたらかっこよさげっぽい表情をして飛びすさり構えを取るチルノ。文の言うとおり、
ホント端から見ればお遊戯会の練習のようである。超和む。
「早ければいい、その考えが愚かだといったのよ、ちるの! スピードは確かに貴女のほうが
上。……しかし、勝負を決めるのはそれだけではない!!」
「な、なにをするうにゅほ!」
本当に芝居がかった、にやりとした笑みをひとつ浮かべ、右手の制御棒を空高く掲げる
お空。誰の目にも分かるバカげた霊力がそこに集結していく。そんなものがクイズに必要
であろうか。まぁ、そんな訳ないわな、と文は諦めの境地に達した。
「見よ!! 勝負を決めるのは……パワーだァァァァァッッッ!!」
「やめろうにゅほー!!」
「なんだこれ、バカか。あぁそうでした、バカでした。あははー」
もうどうにでもなーれ、といった感じで呟く文の視線の先、白熱した制御棒が恐ろしい勢いで
弧を描き、早押しボタンごとボックス席を叩き潰した。音にするなら、
ゴゥッぷぃんぽゴガッシャァバリバリメキグシャァッ
とかそんな感じだった、らしい。自らの職務にまっとうしようとした早押しボタンの音が
あまりに悲しすぎた。
残骸となったボックス席の影からゆるりと体勢を立て直し、仁王立ちのお空の顔は
先ほどのチルノと同じかそれ以上に何かに勝ち誇ったようなどや顔をしていた。
「うにゅほ」
名を明らかに間違えられているのに関わらず、お空はその声の主のほうへと振り返る。
バカというのはおおらかでもあるのだ。
「あんた、なかなか凄いわね」
確かにいろんな意味で凄いのだが、そういう意味合いとかは無視してチルノは好敵手として
お空を見据えた。不敵な笑みが少し柔らかくなり、すっ、と右手が差し伸べられた。しばし
怪訝な顔でチルノの顔と手のひらを交互に見るお空。だがこちらも、フッ、となんだかやけに
かっこつけたニヒルな笑いを浮かべ、うんしょ、と制御棒を外して右手を差し出す。
バカふたりは滅茶苦茶いい笑顔をしつつ、がっちりと握手した。
「貴女もね、ちるの」
「きょうからあたいたち、”しんゆう”とかいて”まぶだち”ね!」
「えぇ! あと”かん”とかいて”おとこ”ってよぶわ!」
「「あっはっはっはっ!!」」
今さっきの謎の小芝居含めたやりとりのどこに友情を育む要素があったというのか。
おそらくは幻想郷でもぶっちぎりなバカふたりにしか分からない謎の心の交信があったの
だろう、たぶん。バカみたいに、というかバカそのものの明るい笑い声を、虚ろな気持ち
で眺める文にはそれを知る術はないし、知りたいとも思わないので謎は謎のままではあった。
ちなみにどうでもいいことではあるが、もちろんバカふたりは”親友”も”漢”も漢字で
書くことができないのは言うまでもあるまい。
腰に手を当て高らかに笑いあうバカふたりではあったが、
「ねー、あや」
チルノがいきなり文に話しかけてきた。
「……。え、あ、はい。なんですかー」
虚脱しきった様子で答える文。それにどうだのこうだの言うわけでもなくものすごく
純粋な、何も考えてなさそうな笑顔でチルノが言い放った。
「あたいおなかすいた! あや、ご飯食べにいこうよー」
「あ、私もおなかすいたー」
同調してこれまた、名の通りの抜ける青空のような笑顔でお空。純真な、といえば
どこまでも純真、バカっぽい、といえば完全バカな笑顔二つを呆けた顔で眺めて文。
クイズの続行も無理だし、何よりこんな笑顔を向けられて断るわけにもいかないな、と
ため息一つ。小さくうなずいた。
「しょうがないですね。じゃあ、飯屋にでも行きますか」
「やった!!」
「わーい!!」
子どものように喜ぶ二人を引率しながら里へと向かう文。あとには始終空気だったチルノ
応援団と地霊殿の面々、そして、
「おお……あぁー、うぁーん!! わ、わたしの、わたしの”幻想郷最大メリケンまっぷたつ
ウルトラトメさん号EX”がぁー。あああああ、あんまりだぁー!!」
と大破した自作クイズマシーンの前で泣き崩れる幻想郷たってのエンジニア『河城 にとり』、
そのにとりをまぁまぁそういう日もあるさ相手が悪かったってことで諦めなよホントっていうか
あいつらにクイズとかハナから無謀だったんだって、みたいな事を言いつつ慰める白狼天狗
『犬走 椛』だけが残された。
「私はまーぼーどうふ大盛り!! あとキムチチャーハン!」
「あたいは冷やし中華! あといちご味のカキ氷大盛り!!」
やたら通る声で注文するチルノとお空。ここは里の飯屋である。
「あはは、ふたりともよく食べますね……って、あれ。あの、一つ聞きたいことが」
食欲に素直なふたりに気持ちを和ませられた文。だが、肝心な事に気づいた。
「あの、おふたりとも。財布、持ってますか?」
「さいふってなに?」
「あー……さとりさまからもらったけど……どこにやったっけ? 忘れちゃった」
どこまでも透き通るような爽やかな表情のバカふたり。文の笑顔が凍りつく。その笑顔の
ままぎこちなく自分の財布の中を一瞥し、突っ立ったままの店員に小さく、水でいいです、
と告げる。店員は何も言わず、ただ悲しそうな目をして一礼し、厨房へと戻っていく。
その背を、どこまでも空虚な瞳で見つめる文。チルノとお空がなにやら楽しそうに騒ぐ声を
BGMに、あぁ、もしかしたら幻想郷で一番バカなのはこうなると分かってたのにふたりの
笑顔に負けた自分ではないのかなぁ、と心の中で呟くのであった。
許せるっ!