はじまりは一輪の何気ない一言だった。夕餉の時ふと白蓮の顔を見た彼女は、その表情が妙に綻んでいるのに気がついた。何か楽しい事でもあったのだろうか、彼女は思わず声をかけたくなってしまうくらいにニコニコ笑っている。その笑顔があまりにも輝いていたので、一輪は微笑を浮かべながら白蓮に話しかけた。
「姐さん、今日はずいぶんご機嫌ね。何かいい事でもあったの?」
「うふふ、実はね、今日お茶を飲みながらのほほんとしていたら里の女の子が私に相談してきたのよ。寺子屋に好きな男の子がいるんだけど、どうしたらいいのかわからないんですって。かわいいでしょう? それでね、一番いいのは気持を伝える事だけど、急にそういう事を話すのはお互い大変だろうから、まずはどこかに誘ってみたらどうかって言ってあげたの。好きですって言うのは仲良くなってから、ってね。そしたらあの子、“ありがとう、お姉ちゃん!”って言いながら走っていったわ。その時の顔が本当に可愛くてね~」
感謝されたのが余程うれしかったのか、白蓮は一息で昼間の出来事を語りきった。その表情は相変わらずにこやかで、見ている者まで微笑んでしまうようだ。「なるほど」や「へぇ」など、思い思いに一輪達が相槌を打っていると、ちょうど台所から料理を運んできた星が白蓮に言った。
「よかったですね、聖。相談を受けるなんてさすがです! 頼りにされてらっしゃるんですね」
特別でもない、まったくもって普通の反応だった。台所にいても話し声は聞こえてくるから、星にも今日の出来事は把握できる。彼女の立場ならば、おそらく誰もがこんなふうにして入ってくるだろう。
しかしながら、この何気ない一言が白蓮の社会貢献精神に火をつけてしまったのだ。彼女は急に立ち上がり、その突然の奇行に唖然とする面々をよそに拳を固く握りながら熱弁を振るう。
「そうよ! ああ、どうして今まで気づかなかったのでしょう!?」
「あのー……聖? どうなさったんですか?」
「星、ありがとう! 私は大事な事を忘れていました。人助けも仏門の教えの一つだということを。ですから私、決めました! 明日からお寺でお悩み相談を始めます! よーし、そうと決まったら準備しなきゃ!」
南無三――! と気合の雄叫びを上げながら白蓮は自分の部屋へと走り去っていく。気持が昂ぶると無意識に身体能力を強化してしまうのだろうか、それはまさに目にも止まらぬ速さだった。星は溜息をつきながら残された仲間達に訊ねる。
「ええと……どうしましょうか?」
「どうするも何も、姐さんがやる気になっちゃった以上好きにさせるしかないんじゃない? 変な事をするわけでもないし」
「ねぇ、そんなのどうでもいいから早くご飯にしましょうよ」
「そうね、とやかく言っても無駄だもの」
「ふむ、ぬえも偶にはいいことを言う。せっかくの焼きチーズが冷めてしまっては台無しだ」
「ふん、余計なお世話ですよーだ」
「まあまあ。それじゃあ、私達だけでもいただきましょうか。では、いただきます」
星に合わせるように残りの四人も手を合わせ、彼女達は夕食を食べ始めた。しかしながら、普段ならうるさいくらいに盛り上がる会話も、今夜は不発のようだ。誰も何も話さないというわけではないが、いつもの食卓と比べるとやはり火が消えたように感じられる。
妙に静かな夕餉の時間を過ごしながら、星は白蓮の事を心配していた。勿論、彼女がしようとしていることに反対なわけではない。彼女が一度言い出したら聞かない事は知っているし、悩みを聞いてあげるのはいい事だとも思っている。ただ、彼女が無理をしないかが心配だった。一度決意するとものすごい集中力を発揮する白蓮だが、そういう時彼女は得てして周りの状況に疎くなりがちなのだ。無理をして、自分の限界を顧みずに人助けをされては気が気でならない。現に夕食のことを完全に忘れているようだし、あまり無茶をされては困る。そんな事を考えながら、星は差し入れにいただいた鮎に手をつけた。
おなかへった。
夜遅く、白蓮は自室で思わずそう呟いた。悩み相談を始めるならやはりチラシの類が必要だと考えた彼女はその原案を書きに自室へ急いだのだが、今更になって夕飯を食べ損ねた事を思い出した。
さすがにもう夕飯は下げてしまっただろう。ああ、星に悪いことをしたな。せっかく作ってくれたのに食べてやれなかった。後でちゃんと謝ろう。それより、今はこの空腹をどうするかだ。台所に何か漁りに行くのは気が引けるし、かといってこのままでは飢え死にしてしまいそうな勢いだ。さて、どうしたものかと白蓮が悩んでいると、不意に星の声がした。
「聖、起きていらっしゃいますか?」
「え、ええ、どうぞ」
どうかしたのだろうかと首を傾げていた白蓮だったが、襖を開けた星の姿を見た瞬間その表情は晴れ渡った。
星が持ってきたお盆には、おにぎりとお茶が乗せられていた。白蓮のうれしそうな様子を見て、星も笑みを零す。
「わざわざ作ってくれたの?」
「お腹空いてらっしゃるだろうと思いまして。わざわざだなんて、おにぎりくらい気になさらないでください」
「ありがとう、いただくわ。……うん、おいしい!」
「ふふ、よかったです。……聖、無茶はしないでくださいね?」
「ええ、わかってるわ。心配してくれてありがとう、星」
うれしそうに笑っている星を眺めながら、白蓮は決意を新たにした。応援してくれている彼女のためにも頑張らなければ。そう心に決めて、白蓮はお茶をすすった。
* * *
明くる日の早朝、白蓮は幻想郷全体を所狭しと言わんばかりに駆け回っていた。普通一人で幻想郷を回ろうとすれば一日がかりどころではないのだが、彼女の身体強化を以ってすればそれも数刻で済んでしまうらしい。実際、日の出頃に命連寺を出発した彼女は皆が起きる頃には用意したチラシを全て捌き終えてしまった。
早く貼り終えることが出来てよかった。よし、あとは相談者が来るのを待つだけだ。そんな事を考えていると、不意に大きな欠伸が出た。やはり徹夜で作業したのはまずかったか。まだ誰も相談にこないだろうし、少し眠ろうか。いや、もし私が寝ているうちに誰かが相談に来たらどうするんだ。人に悩みを打ち明けるのは、その種類にもよるが一般的にはそれ相応の覚悟が要る。せっかく来てくれた人を待たせるなど、あってはいけないことだ。仕方ない、今日は睡眠も返上しよう。そう考えながら、白蓮は伸びをした。これからやってくるであろう相談の様子を思い浮かべていたのだろうか、その表情はどこかうれしそうだった。
正午近くになっただろうか。本殿の縁側に待機している白蓮はお茶をすすりながらのほほんとしていた。
遅くとも午前中には相談者第一号がやってくるかと思っていた白蓮だったが、その予想に反して未だに相談を持ちかけてくる者は誰一人としていなかった。もしかしたら誰もチラシに気づいてないのかもしれない。そう思った白蓮はたまたま参拝に来た老人に訊ねてみる事にした。
「こんにちは、おじいさん」
「こりゃ白蓮さん。こんにちは」
「突然ですが、私が悩み相談を始めたのをご存知ですか?」
「おお、知っとるよ。『聖白蓮の南無三ッ!お悩み相談室』じゃろ?」
「そうです! 実は全然相談に来てくれる方がいらっしゃらなくて……おじいさんは何か相談したい事、ございませんか?」
「儂かい? 特にないなぁ……相談するってほど大袈裟な事もないしのぉ」
「そうですか……どんなことでもいいので、何かあったら宜しくお願いしますね。それでは」
老人にそう告げて、白蓮は本殿に戻っていった。
このまま誰も相談に来なかったらどうしよう。勿論、相談するべき悩みを誰も抱えていないのはいいことだと思う。けれども、本当に誰も来ないとそれはそれで寂しいものがある。どんな悩みでもいいから、誰か来てくれないだろうか。お茶をすすりながら白蓮がこんなことを考えていると、不意にどこからか元気な声が聞こえてきた。
「白蓮ー! びゃーくーれーんー!!」
「あら? この声は」
白蓮が空を見上げると、紫色の妙ちくりんな傘を翻しながら可愛らしい化け傘が降りてくるところだった。化け傘の少女は、白蓮の腰掛ける縁側に着地するとすぐに彼女のほうへ駆け寄ってくる。
「こんにちは! そしてうらめしやー!!」
「こんにちは、小傘ちゃん。今日も見事な驚かせっぷりね、私びっくりしちゃったわ」
「でしょ? でもなあ、皆は全然びっくりしてくれないんだ。それでね、今日は白蓮に相談に来たの!」
「まあ! おめでとう、貴女が記念すべき相談者第一号よ! さあ、何でも言ってみて?」
「ええとね……どうやったら皆をびっくりさせられるかな? 私、色々試してみたんだけど駄目なの。皆は全然驚いてくれなくて……」
白蓮の隣に座った小傘は俯きながら相談を始める。その表情は暗く、今にも泣き出しそうだ。その背中をさすってやりながら、白蓮は暫く考えていた。
正直なところ、小傘の人を驚かせるセンスは皆無に等しい。それに、そもそも彼女のように可愛らしい姿で誰かを驚かすというのが無茶だと思う。では、どうすれば万人をびっくりさせる事が出来るだろうか。一番手っ取り早い方法としては姿を恐ろしいものに変えてしまうというのがあるが、そんな事はしたくない。確証はないが、彼女が求めているのは人間の恐怖ではないはずだ。それに、彼女のような愛らしい姿の少女が人を驚かせる事に一生懸命になっているのが可愛いのであって、姿を変えてしまえば彼女の愛らしさが消えてしまう。それはよくない。何か別の方法を……そうだ。何も姿を変える必要などない。普通にやって駄目なら、スピードで驚かしてやればいいのだ。
そう結論づけた白蓮は立ち上がり、小傘に笑みを向けた。小傘が不思議そうに見ていると、急に彼女の視界から白蓮が消えた。
「えっ!? び、白蓮?」
「わっ!!」
「うわっ!! な、なんで隣に!?」
「ふふ、超スピードで貴女の視界から外れて、すぐさま隣に駆け込んだのよ。これならきっと皆びっくりしてくれるんじゃないかしら」
「すごい、すごいよ白蓮! あっ、でも無理だよ。私は白蓮みたいに速く動けないもん……」
「大丈夫よ。それ!」
そう言いながら白蓮は小傘に手をかざした。眩い光が小傘を包み込み、彼女の身体に溶け込んでいく。光が消えた頃、白蓮は穏やかな口調で小傘に言った。
「はい、出来上がり。試しに速く動けーって念じながら歩いてごらんなさい」
「う、うん。速く、速く……うわっ!?」
一歩踏み込んだところで、小傘の身体はものすごい速度で前に突き進んだ。そのスピードは凄まじく、常人では目で追うのがやっとだろう。うれしそうにニコニコ笑う白蓮とは対照的に、小傘は喜びと驚きの入り混じったような顔をしている。
「ちょ、ねえ白蓮、これどうやって止めるのー!?」
「ああ、止まれーって念じればいいのよ」
「止まれー、止まれー!!……ふぅ、止まった」
「どう? すごいでしょ」
「すごい! これなら皆びっくりするよね! ありがとう、白蓮!」
「いえいえ。力の使いすぎには気をつけてね。無理すると疲れちゃうわよ」
「はーい!」
うれしそうに手を振って、小傘は帰っていった。それを見送りながら、白蓮はまた縁側に腰掛ける。
ちょっと無理矢理だったが、なんとか相談に応えてやることができた。やはり誰かに感謝されるのはいいものだ。考えてみれば、相談室が大盛況になるよりもこのくらい閑散としていたほうがいいではないか。相談者が次々にやってくるようでは、こうしてのんびりお茶をすする時間もない。やはり自分にはこういうゆったりした時間の過ごし方が合っている。そんな事を考えていると、一輪が境内のほうから誰かを連れてやってきた。どうやら次の相談者らしい。よし、と気合を入れて白蓮は二人を迎えた。
「姐さん、この妖精の子が相談したいんだって」
「あたいチルノ! あんたが白蓮?」
「こら、姐さんに失礼でしょ!」
「いいのよ。よろしくね、チルノちゃん。じゃあ早速相談……あ、一輪、悪いけど……」
「そうね、私がいたら相談しにくいものね。それじゃあ姐さん、頑張って!」
「ええ。さてと……どんな相談かしら?」
「さいきんね、大ちゃんがさびしそうな顔するんだ」
「大ちゃんっていう子はチルノちゃんのお友達かしら」
「うん、親友ってやつだよ! でもね、今日一緒に話してたらね、なんだかさびしそうなの」
「うーん、それだけだとわからないわね……何か心当たりはない?」
「わかんない。大ちゃんもレティが来るの楽しみにしてるはずなのになあ」
……ああ、なるほど。そういうことか、と白蓮は思わず手を叩いた。チルノの顔を見てみると、泣き出しそうな表情をしていた。どうやら、こういう類の感情を理解できるほど彼女の精神は成長していないらしい。彼女を励ますように、白蓮は優しい口調で語りかける。
「ねえチルノちゃん、これから大ちゃんに会ってもいいかしら?」
「白蓮が? いいよ。すぐ行く?」
「ええ、善は急げよ!」
そう言って二人は命蓮寺を後にした。陽は既に傾き始めていたが、夕方までには帰ってこられるだろう。それより、今は大ちゃんという子の気持を確かめて、二人の誤解を解いてやらなければ。そんなことを考えながら、白蓮はチルノの後に続いて湖へと向かった。
「着いた! ここだよ、いつもこの辺で遊んでるんだ」
「へえ、綺麗なところね」
チルノが友達を探す間、白蓮は湖を見渡していた。透き通るような湖の真ん中辺りに紅い館が見える。素敵な洋館だなあと眺めていると、チルノが一人の妖精を連れてきた。どうやら彼女が大ちゃんらしい。
「こんにちは。貴女が大ちゃんでいいのかしら?」
「は、はい。チルノちゃんから話は聞きました。よろしくお願いします、白蓮さん」
「ええ、よろしくね。さてと……チルノちゃん、悪いけど少しの間向こうに行っていてくれる?」
「内緒話?しょうがないなあ、早くしてね!」
そう言うとチルノはその場から立ち去った。それを見送った後、白蓮は大妖精に小声で囁く。
「大ちゃんは、チルノちゃんのことが好きなのね?」
「と、突然何を言い出すんですか!?」
「そういう気持を隠しては駄目。チルノちゃんも、貴女の事が心配なの。貴女が寂しそうだって、泣き出しそうだったんだから。さあ、彼女を安心させるためにも言ってみて?」
「……好きだとか、そういうのではないんです。ただ、私はチルノちゃんと一緒に遊びたいだけで……いつもは私達二人で一緒に遊んでいるんですが、冬になるとレティっていう妖怪のお姉さんが遊びに来るんです。そうすると、チルノちゃんはレティさんと遊んでばっかりで、私なんて見向きもしてくれなくなっちゃうんです。レティさんと会えるのは冬の間だけだからチルノちゃんが夢中になるのもわかるし、私もあの人と一緒にいるのは好きです。だけど、楽しそうな二人を見ているとなんだか寂しい気持になってしまって……」
「そうだったの。そうね……やっぱり、三人で遊ぶのがいいんじゃないかしら。皆仲良くするのが一番よ。それに、貴女の気持はちゃんと届いているみたいだし」
「えっ?」
「大ちゃーん!!」
大妖精が振り向くと、チルノがこちらへ走ってくるところだった。待っているのが退屈になってしまったのだろうか、その足取りは先程のものより軽やかだ。
「白蓮、話終わった?」
「ええ、ばっちりよ」
「よかった! ねえ大ちゃん、もうさびしくない?」
「えっ? ええと……」
「あたい心配だったんだ。大ちゃんがかなしい顔する時って、いつもなんかなやんでる時だからさ。大丈夫? もう心配してない?」
「チルノちゃん……うん、何も心配してないよ」
大妖精は満面の笑みをチルノに向ける。どうやら、白蓮の言わんとした事を理解できたようだ。
自分が寂しいと感じてしまうのは、チルノちゃんをレティさんに取られたように思ってしまうからだ。けれども、二人ともそんな事はこれっぽっちも思っていない。冬の間しか一緒に遊べないのだから、その間は私よりレティさんと遊ぶ機会が多くなって当然だ。それならば、三人で一緒に遊んでしまえばいい。きっと、二人もそれを望んでいるはずだ。
大妖精の心には、もう憂いはない。むしろ、これからやってくる三人の楽しい時間を想像して、心を躍らせていた。
彼女のそんな様子を理解できたのか、はたまた彼女に笑顔が戻ってうれしかっただけなのかはわからないが、ともあれチルノは大妖精の笑みに応えるように最高の笑顔を作ってみせる。
「よかった! やっぱり大ちゃんは笑顔が一番だね! ねえ、これから何して遊ぶ?」
「もう夕方だし、遊ぶのはまた明日にしない?」
「うーん、それもそうだね。じゃあ帰ろっか。ありがとね、白蓮」
元気いっぱいといった様子で手をぶんぶん振りながらチルノは白蓮に礼を言った。それに合わせて大妖精もお辞儀をする。それに応えるように手を振って、白蓮は湖を後にした。
やれやれ、今回は少しばかり厄介な相談かと思ったがなんとか解決できたか。まあ彼女の場合はただのやきもちだったからよかった。恋だとかそういうのではなく、喩えるなら大親友の家に遊びに行ったときたまたま来ていた彼女の親戚のお姉さんが部屋に来て、その親友が自分よりもお姉さんと仲良く話している時の感情といったものであったから、自ずと解決も楽だったのだろう。
何はともあれ、人助けというのは本当に気持がいいものだ。やはり悩み相談を始めてよかった。悩んでいる人に救いの手を差し伸べることが出来るし、私にとってもいい経験になる。一日に二、三人という相談者の数も忙しすぎずちょうどいい。これからも今日のように適度にのほほんとしたペースで相談に乗ることができたらいいな。さて、陽も暮れたし早く寺に帰ろう。ふふ、皆に今日の話をするのが楽しみだ。そんなことを考えながら、夕焼けの空を命蓮寺に向かって飛ぶ白蓮は一人微笑みを零した。
陽が水平線に半分ほど沈んだ頃、白蓮は寺に帰ってきた。今日は睡眠もあまり取れずに出掛けたりしたから少し疲れた。今晩はゆっくり休んで、また明日頑張ろう。そんな事を思っていた白蓮は、ふと本殿のほうが騒々しいことに気がついた。
まさか私の留守中に何かあったのだろうか。そんなことはないだろうとは思うが、この時刻にこの騒がしさは尋常ではない。妙な事になっていなければよいが、などと思いながら本殿に駆けつけた白蓮を、一輪達の怒号が迎えた。びっくりして見てみると、仲間達と里の男達がなにやら言い争っているようだった。
「だからっ! もう陽も暮れるし姐さんを待ってないで帰れって言ってるでしょうが!」
「嫌だ! 俺は白蓮さんに悩みを相談するまで帰らないからな!」
「そうだそうだ! 農作業で痛めた腰を白蓮様に揉んでもらうまで俺は帰らねぇぞ!」
「な、何を馬鹿なことを! 聖は殿方にそんな事しません!」
「いいや、してくれるね! そうだろ、爺さん?」
「そうじゃ! 白蓮さんは“どんなことでも相談してくださいね♪”と言っておった! 儂らが困っているのを知ったら、なんでもしてくれるはずじゃ!」
「黙れこのジジイが! 溺死してぇか?」
「い、嫌じゃ! 儂は白蓮ちゃんに膝枕してもらうまで死なんぞ!」
「死ね! 今すぐここで死ねぇ!!」
「ちょ、落ち着くんだ一輪、いくらなんでも殺すわけには」
「止めないでナズーリン! 私はこいつを、こいつらをおおお!!」
なんだか、酷い夢を見ているような気がする。里の人々に勘違いされるような発言をしたつもりはないのだが、これはまた酷い思い違いをされたものだ。一輪達も、私のために動いてくれるのはいいけれど手を出すのはいけない。こんな訳の分からない事になるのなら、悩み相談辞めようかな。とにかく、まずはこの場を納めなければ。溜息をつきつつ、白蓮は拳を固く握り締める。
「その辺にしておきなさい、一輪」
「あ、姐さん!? ち、違うのよ、私は別に人間に手を出そうとしたわけじゃなくて……そう、こいつらがいけないのよ!」
「なんだって!? 白蓮さん、俺達は悪くねぇ! ただ、相談したいことがあって、なぁ?」
「全て聞こえていました。貴方達の下心もね。絶対に許しませんよ。勿論、手を出そうとした一輪達もね」
「うんうん……ってうぇええ!?」
「まったく、人間も妖怪も変わらないな。誠に浅はかで笑止千万であるッ!いざ、南無三――!」
この後その場にいた者全員が一人一回ずつ南無三されましたとさ。めでたしめでたし。
下心を見せられて嫌悪感を抱く女など現実だけでおなかいっぱいです。
“ありがとう、お姉ちゃん!”
ひじりんがご機嫌なのはたぶん感謝されたからではないと思った。(滅っ☆されました)
>「こんにちは、小傘ちゃん。今日も見事な驚かせっぷりね、私びっくりしちゃったわ」
微笑ましい…
ところで南無三されるってどういうことですか!?
詳しく教えて下さい!