「さて、そろそろ行くか」
私は霧雨魔理沙、どこにでもいる普通の魔法使い。今日は、私の大切な人の祥月命日だ。この日は毎年欠かさずその人のもとへ行っている。そのくせお供え物なんて持っていないが、元々そんなガラじゃないし仕方ない。
私は特に感慨に耽ることも無く、寧ろ高揚した気分で夜空を飛んでいた。そんな自分は薄情な人間なのかもしれないが、正直に生きていたい私にはこの感情をわざわざ誤魔化すつもりは無い。
「いや、違うか」
もし本当に正直だというのなら、彼女にもこの気持ちをとっくに打ち明けていただろう。あぁ、やはり自分はそんな純粋な人間ではいられないのか。まぁ、これは魔法使い故の不可抗力だと思っておこう。
箒を降りて地に足を着けた私の前には、明かりの灯っていない洋館が佇んでいた。何となくもの寂しい雰囲気を受けるその建物に近付き、私は彼女に己の来訪を告げる。
「また来てやったぜ、アリス」
「あんたねぇ、こんな夜中に人をいきなり叩き起こすなんて、どういう神経してんのよ?」
私は家の中に入るなり勝手に椅子に腰掛け、人形が台所から持って来てくれたクッキーを頬張っていた。この家には常にお菓子がある。いつでも用意出来るように、作り溜めして魔法で保存が利くようにしているらしい。今私の目の前では、二人分の紅茶を注ぐ人形遣いがテーブルの対面に立って、ぶちぶち文句を言っていた。湯気のたつ紅茶の入ったカップを私と自分の前に置くと、アリスも腰を下ろした。
「毎年のことだろ、そろそろ覚えといてくれよ。それに妖怪は夜が本番だぜ」
「あいにく私は夜は休む妖怪なのよ」
「そうだっけ?ていうかお前ならそんなに寝る必要無いんだろ?」
「必要では無いわよ、趣味だもの」
「……予想外だぜ」
「シャンハーイ」
上海語のした方を見ると、上海人形が何やら包みを抱えて台所の方から出て来た。
「おっ、もう出来たのか、早いな」
「饅頭で良かったわよね」
「おうとも。しかし去年より手際が良いな」
「ふふ、私と人形たちは日々進化しているのよ」
「私なんか毎秒進化してるぜ」
「素晴らしい老化速度ね」
「お前最近きついぜ」
「あんたのせいよ」
じと目で言われて、私はつい苦笑を漏らす。
「それにしても、毎年よく飽きないわね。一度も会えたこと無いのに」
「私の前に姿は見せなくても、私が来たことだけはちゃんと知ってくれてるさ。そういうお方なんだよ、あの人……魅魔様はな」
私はまた苦笑する。
そう、今日は魅魔様の命日だ。本人は自分の死んだ日なんて全く覚えていなかったが、私の占いで出した結果なんだから間違いない。何周忌かまではわからないが、とにかく日付は今日の筈だ、間違いない……多分、マチガイナイ。
そして毎年この日の夜中には必ず博麗神社を訪れ、魅魔様の為に饅頭をお供えするのだ。別に供養とかそういう意味じゃないが、とにかく私がまだ魅魔様を慕っているという気持ちさえ伝わってくれればそれでいい。翌日にどっかの巫女がその饅頭を食べてしまってても、まぁ構わない。
ちなみにガラじゃない私の代わりに、お供え物はアリスに用意してもらう。それを頼むのももはや恒例行事だ。
こんな私の我が儘に付き合ってくれるこの友人を、実は好いている私。魅魔様に向けるのとはまた違った、特別な感情で。何時からかと聞かれれば、はっきりとは答えられない。ただ、昔は私の目からもちんちくりんだったこいつが、今は背伸びしてクールぶってるところなんかは凄く可愛いと思う。告白はしていないし、する予定もない。まだしばらくはこの居心地の良い関係を壊したくないのだ。こんな風に私が臆病になるのも、こいつに対してだけだ。
「ホラーイ」
蓬莱語のした方を見ると、蓬莱人形が酒瓶を抱えて台所の方から出て来た。
「おいおい、これから出掛けるってのに」
「馬鹿、あんたに飲ませるんじゃないわよ。それともあんたのお師匠様は饅頭だけで満足なのかしら?」
……あぁ、何だろうこの気持ちは。魅魔様のことだって実はあんまり好きじゃない(寧ろ嫌ってるかもしれない)筈なのに、このムスッとした顔でそんなことを言う。こんな素直じゃない捻くれ人形遣いが、私は心底好きなのだ。
「アリス、ちょっと飲んでから行くか」
「はぁ?だからこれは……、ていうかこれから出掛けるって……」
「魅魔様は優しいお方だからな。自分が飲むより私に飲んで貰った方がきっと喜ぶぜ、うん」
「あんた……祟られても知らないわよ?」
そう言いつつも上海人形がグラスを二つ持ってきたということは、そういう事なのだろう。
「お前もな」
ごめん魅魔様、もうちょい待っててくれ。
心の中で大切な人に謝罪しつつ、私たちは乾杯する。
ついついクリックしてしまった。
でも内容は凄く面白かったです。