私、古明地さとりは大ピンチに陥っていた。
「コタツから抜けられなくなりました」
私はすごい微妙な表情をしている映姫に向かっていった。
泣く子も笑うヤドカリスタイルだ。
「…………は?」
「抜けられなくなりました」
映姫の顔が微妙なものから残念なそれへと変わる。
「……説明を」
「コタツに入ったら抜けられなくなったんです、助けてください映姫」
首だけ必死に動かして、まさに手も足も出ない状態であることをアピールする。
映姫がひとつため息をついた。
「――人を、」
「映姫?」
「人をそんなくだらない理由で呼ぶなああああっ!」
悔悟の棒を亜音速で頭に振り下ろされて私は意識を失った。
恐いな、示現流。
「で、一体どうしたというのですか」
「ですからコタツに……」
「それはもう聞きました」
言い切る前に映姫にぴしゃりと遮られた。
「とりあえず、体を引っこ抜くの手伝ってくれませんか?」
「いいですが、その前に確認したいことがあります」
そう言うと映姫は、立ったままでは話しにくかったのか、よいしょ、と、
私の前にしゃがみこむ。
ぱんつみえた。
「……オシオキが足らないようですね」
「やだもう、映姫、そんな恐い顔しないでくださいよ。私とあなたの仲じゃないですか」
「最近素振りしてないんですよね」
「ごめんなさい、あやまりますから悔悟の棒を下げてください」
映姫は物騒な凶器を肩にかけると再び尋ねた。
「普通に出ることはできないんですか?」
「できません。吸い込まれているんです」
「そんなばかな」
映姫はひょいとコタツの掛け布団をめくる。
「ってあぶないですよ!」
「は?」
注意したが遅かった。
「は、わ? わわわわー!!」
映姫は差し込んだ右腕から飲み込まれ、私の脇から体全体がコタツの中へと飲み込まれてゆく。
「映姫、映姫ー!」
私はとりあえず叫んでみたが、返事はない。
ただじたばたと足が虚しくもがいているだけだ。
やがてそれも亜空間(?)の中に取り込まれた。
「映姫……、あなた、無茶をして」
力なく私は呟いた。
思わず頬に熱いものが伝う。
「―――っぶはっ!」
足のほうから、声がした。
この久しぶりに新鮮な酸素を味わうような声は……。
「映姫?」
「な、なんなのですかこれは!?」
映姫はどうやらコタツの反対側から顔を出したようだ。
「大丈夫でしたか?」
「と、突然なんか引っ張られて……こ、コタツの中押された。どうなっているの」
「嘘じゃなかったでしょう」
まだ混乱しているらしい映姫にコタツ越しで話しかける。
「ああああああ、本当に出れない。なんですかこれは」
「あまり動かないでください。私もいるんですから」
コタツの中で映姫の動く気配がする。私たちの入っているコタツは大きめなのでまだ空間に余裕はあるが、暴れられると困る。
「へ、ふ、わあああ! なんかスカート、引っ張られてます」
「ちょ、映姫、そんなところ触らないでください」
「不可抗力です! 私だって好きで……あ、ちょ、引っ張らないで」
「ひゃう! ちょ、足が私に……」
映姫のせいでコタツの中の圧力が様々に変わる。
主に映姫の生足が私の体の様々な部分に当たった。
ちょっと変な気分になった。
やがて、どうあがいても出られないと観念したらしい映姫が、ようやくおとなしくなる。
「しかし、あなたに引っ張り出してもらおうと思ったのに、これは困りましたね」
「うう、どうしてこんなことに……」
映姫の落ち込んだ声が聞こえた。
「なんなんですかこのコタツ」
「あなたこたつを愛する会会長でしょう? 何か知らないんですが」
「知るわけないでしょう。あとその称号で呼ばないでください。不服です」
「でもあなた、前に是非曲直庁の机をこたつにしようとして怒られていましたよね」
「そんな昔のこと持ち出さないでください。…………あのころは足元が寒かったんです」
「こうなったらペットの帰りを待つしかないですか」
「やはりそうなるんですか」
「みかん食べますか?」
「なんであるんですか?」
「初期装備です。まあ、こうなればのんびり待ちましょう」
私は何とか右腕だけ引っ張り出すと、コタツの上にある駕籠の中から、映姫に向けてみかんを放った。
待てど暮らせどペットは来なかった。
「そういえば今日は地上に遊びに行くと言っていたんでした」
「そういうことは早く思い出しなさいっ!」
通算37個目のみかんを食べた映姫が叫ぶ。
ちなみに私は41個。手が黄色い。
「いやあ、しかしぬくぬくですね」
「話題をそらさないで」
「ついつい長居をしてしまいます」
「さとり、私はこれでも、ものすごく忙しいのですが」
「ふわあ、眠くなってしまいました」
「人の話し聞いてますかっ!?」
わたしはあくびをかみ殺した。
どうもコタツは入っていると眠くなる。
もぞもぞと体を動かす。眠気は治まらない。
もういっそこのまま眠ってしまおうか、と思ったとき、
「何やっているんですか、四季様?」
頭の上から声が聞こえた。
「小町!」
映姫の声が聞こえる。
私もよく見知った、三途の川の渡し守がいた。
「どうしてここに?」
「四季様があんまり戻られるのが遅いから、見てこいって言われたんです。で、なんでコタツで温まっているんですか?
あ! もしかしてついに四季様もサボって昼寝の気持ちよさを……」
「出れないんです、助けてください」
「はあ?」
赤い髪の死神が目を丸くする。
「……出れないって、そりゃあ、この時期のコタツの気持ちよさは悪魔的魅力がありますけど……」
「そうじゃなくて、物理的に出られないんです。抜けるのを手伝ってください」
死神はますますわからないといった顔をした。
「あの、何が一体……さとり様、どういうことですか?」
私は死神の顔を見上げる。
「映姫は何も間違ったことを言ってませんよ。私も出られないんです。助けてください」
「はあ……なんかよくわかりませんけど」
死神は言って、
「まあ、何のお遊びか知りませんが、遠慮しませんよ」
映姫の方へと回ってその体をつかむ気配がした。
「しかしこうしてると四季様も子供みたいで可愛いですねえ」
「三途の川に沈めますよ」
「ふふ~、そんなこと言われても恐くないです~。――それじゃ、まあ、行きますよ!」
力をこめる音がした。コタツの向こうががたがた揺れる。
「せえっのおっ!」
「ん!」
すっぽん!
「やった抜けた!」
景気のいい音がして、映姫が抜けると同時、
にゃーーん
にゃーーん
にゃーーん
コタツからばらばらと猫たちが飛び出した。
とてもコタツの中に入ってたとは思えない数の猫があふれ出す。
猫、猫、猫。
あっという間に地霊殿の床は黒猫で一杯になった。
私もようやく圧力から解放されてコタツからでる。
「あててて」
一匹の猫、お燐が、人間の姿になって頭を押さえる。
「もう~さとり様、窒息するかと思いましたよ~」
お燐は軽く頭を振った。
「いつまでも入ったままになるんですから」
「へ……」
映姫と死神がこちらを向いて固まっていた。
「さ、さとり、これはどういうことですか?」
「あ、あハハハハ」
私は目を泳がした。
「いや、初めはコタツに一緒にお燐が入ってきただけだったんですよ。でもしばらくしたら他のペットたちもどんどん入ってきてしまって」
人差し指を突きながら必死に弁明する。
「気付いたら一杯になって出られなくなってしまって………その……はい、ねこたつを」
「……なるほど。それに私は一日の大半をつき合わされたと」
話を聞いてるうちに、映姫の顔はどんどん変わっていった。
後ろでオーラが揺らいでいる。
悪鬼だ。
悪鬼がいる。
「す、すみません、謝るから許してくれないですか!?」
「……ゆるすかゆるさないか……心のなかを読んでみればいいじゃないか」
「え、そ、それじゃあ……白?」
NO!NO!NO!NO!NO!
「ヒイ! では……黒?」
NO!NO!NO!NO!NO!
「も、もしかして『赤』ですかあ~」
YES!YES!YES!YES!YES!
「も、もしかしてLunaticですかーッ!?」
YES!YES!YES!YES! ”OH MY GOD”
「コタツから抜けられなくなりました」
私はすごい微妙な表情をしている映姫に向かっていった。
泣く子も笑うヤドカリスタイルだ。
「…………は?」
「抜けられなくなりました」
映姫の顔が微妙なものから残念なそれへと変わる。
「……説明を」
「コタツに入ったら抜けられなくなったんです、助けてください映姫」
首だけ必死に動かして、まさに手も足も出ない状態であることをアピールする。
映姫がひとつため息をついた。
「――人を、」
「映姫?」
「人をそんなくだらない理由で呼ぶなああああっ!」
悔悟の棒を亜音速で頭に振り下ろされて私は意識を失った。
恐いな、示現流。
「で、一体どうしたというのですか」
「ですからコタツに……」
「それはもう聞きました」
言い切る前に映姫にぴしゃりと遮られた。
「とりあえず、体を引っこ抜くの手伝ってくれませんか?」
「いいですが、その前に確認したいことがあります」
そう言うと映姫は、立ったままでは話しにくかったのか、よいしょ、と、
私の前にしゃがみこむ。
ぱんつみえた。
「……オシオキが足らないようですね」
「やだもう、映姫、そんな恐い顔しないでくださいよ。私とあなたの仲じゃないですか」
「最近素振りしてないんですよね」
「ごめんなさい、あやまりますから悔悟の棒を下げてください」
映姫は物騒な凶器を肩にかけると再び尋ねた。
「普通に出ることはできないんですか?」
「できません。吸い込まれているんです」
「そんなばかな」
映姫はひょいとコタツの掛け布団をめくる。
「ってあぶないですよ!」
「は?」
注意したが遅かった。
「は、わ? わわわわー!!」
映姫は差し込んだ右腕から飲み込まれ、私の脇から体全体がコタツの中へと飲み込まれてゆく。
「映姫、映姫ー!」
私はとりあえず叫んでみたが、返事はない。
ただじたばたと足が虚しくもがいているだけだ。
やがてそれも亜空間(?)の中に取り込まれた。
「映姫……、あなた、無茶をして」
力なく私は呟いた。
思わず頬に熱いものが伝う。
「―――っぶはっ!」
足のほうから、声がした。
この久しぶりに新鮮な酸素を味わうような声は……。
「映姫?」
「な、なんなのですかこれは!?」
映姫はどうやらコタツの反対側から顔を出したようだ。
「大丈夫でしたか?」
「と、突然なんか引っ張られて……こ、コタツの中押された。どうなっているの」
「嘘じゃなかったでしょう」
まだ混乱しているらしい映姫にコタツ越しで話しかける。
「ああああああ、本当に出れない。なんですかこれは」
「あまり動かないでください。私もいるんですから」
コタツの中で映姫の動く気配がする。私たちの入っているコタツは大きめなのでまだ空間に余裕はあるが、暴れられると困る。
「へ、ふ、わあああ! なんかスカート、引っ張られてます」
「ちょ、映姫、そんなところ触らないでください」
「不可抗力です! 私だって好きで……あ、ちょ、引っ張らないで」
「ひゃう! ちょ、足が私に……」
映姫のせいでコタツの中の圧力が様々に変わる。
主に映姫の生足が私の体の様々な部分に当たった。
ちょっと変な気分になった。
やがて、どうあがいても出られないと観念したらしい映姫が、ようやくおとなしくなる。
「しかし、あなたに引っ張り出してもらおうと思ったのに、これは困りましたね」
「うう、どうしてこんなことに……」
映姫の落ち込んだ声が聞こえた。
「なんなんですかこのコタツ」
「あなたこたつを愛する会会長でしょう? 何か知らないんですが」
「知るわけないでしょう。あとその称号で呼ばないでください。不服です」
「でもあなた、前に是非曲直庁の机をこたつにしようとして怒られていましたよね」
「そんな昔のこと持ち出さないでください。…………あのころは足元が寒かったんです」
「こうなったらペットの帰りを待つしかないですか」
「やはりそうなるんですか」
「みかん食べますか?」
「なんであるんですか?」
「初期装備です。まあ、こうなればのんびり待ちましょう」
私は何とか右腕だけ引っ張り出すと、コタツの上にある駕籠の中から、映姫に向けてみかんを放った。
待てど暮らせどペットは来なかった。
「そういえば今日は地上に遊びに行くと言っていたんでした」
「そういうことは早く思い出しなさいっ!」
通算37個目のみかんを食べた映姫が叫ぶ。
ちなみに私は41個。手が黄色い。
「いやあ、しかしぬくぬくですね」
「話題をそらさないで」
「ついつい長居をしてしまいます」
「さとり、私はこれでも、ものすごく忙しいのですが」
「ふわあ、眠くなってしまいました」
「人の話し聞いてますかっ!?」
わたしはあくびをかみ殺した。
どうもコタツは入っていると眠くなる。
もぞもぞと体を動かす。眠気は治まらない。
もういっそこのまま眠ってしまおうか、と思ったとき、
「何やっているんですか、四季様?」
頭の上から声が聞こえた。
「小町!」
映姫の声が聞こえる。
私もよく見知った、三途の川の渡し守がいた。
「どうしてここに?」
「四季様があんまり戻られるのが遅いから、見てこいって言われたんです。で、なんでコタツで温まっているんですか?
あ! もしかしてついに四季様もサボって昼寝の気持ちよさを……」
「出れないんです、助けてください」
「はあ?」
赤い髪の死神が目を丸くする。
「……出れないって、そりゃあ、この時期のコタツの気持ちよさは悪魔的魅力がありますけど……」
「そうじゃなくて、物理的に出られないんです。抜けるのを手伝ってください」
死神はますますわからないといった顔をした。
「あの、何が一体……さとり様、どういうことですか?」
私は死神の顔を見上げる。
「映姫は何も間違ったことを言ってませんよ。私も出られないんです。助けてください」
「はあ……なんかよくわかりませんけど」
死神は言って、
「まあ、何のお遊びか知りませんが、遠慮しませんよ」
映姫の方へと回ってその体をつかむ気配がした。
「しかしこうしてると四季様も子供みたいで可愛いですねえ」
「三途の川に沈めますよ」
「ふふ~、そんなこと言われても恐くないです~。――それじゃ、まあ、行きますよ!」
力をこめる音がした。コタツの向こうががたがた揺れる。
「せえっのおっ!」
「ん!」
すっぽん!
「やった抜けた!」
景気のいい音がして、映姫が抜けると同時、
にゃーーん
にゃーーん
にゃーーん
コタツからばらばらと猫たちが飛び出した。
とてもコタツの中に入ってたとは思えない数の猫があふれ出す。
猫、猫、猫。
あっという間に地霊殿の床は黒猫で一杯になった。
私もようやく圧力から解放されてコタツからでる。
「あててて」
一匹の猫、お燐が、人間の姿になって頭を押さえる。
「もう~さとり様、窒息するかと思いましたよ~」
お燐は軽く頭を振った。
「いつまでも入ったままになるんですから」
「へ……」
映姫と死神がこちらを向いて固まっていた。
「さ、さとり、これはどういうことですか?」
「あ、あハハハハ」
私は目を泳がした。
「いや、初めはコタツに一緒にお燐が入ってきただけだったんですよ。でもしばらくしたら他のペットたちもどんどん入ってきてしまって」
人差し指を突きながら必死に弁明する。
「気付いたら一杯になって出られなくなってしまって………その……はい、ねこたつを」
「……なるほど。それに私は一日の大半をつき合わされたと」
話を聞いてるうちに、映姫の顔はどんどん変わっていった。
後ろでオーラが揺らいでいる。
悪鬼だ。
悪鬼がいる。
「す、すみません、謝るから許してくれないですか!?」
「……ゆるすかゆるさないか……心のなかを読んでみればいいじゃないか」
「え、そ、それじゃあ……白?」
NO!NO!NO!NO!NO!
「ヒイ! では……黒?」
NO!NO!NO!NO!NO!
「も、もしかして『赤』ですかあ~」
YES!YES!YES!YES!YES!
「も、もしかしてLunaticですかーッ!?」
YES!YES!YES!YES! ”OH MY GOD”
(家もうこたつ無いんだよなぁ・・・・・・)
やばい、なにこの可愛い二人。ちゃいなさんが書くこの二人が大好きです。
さて、おこたでみかんとしますかね……。
素晴らしい!!
ってけーねがいってた。
コタツのない冬は厳しいですよね。
>2. 名前が無い程度の能力さん
コタツは日本の文化ですよね……
>3. 名前が無い程度の能力さん
おお、ブルジョワジー、ブルジョワぬー
>4. 名前が無い程度の能力さん
激しく同意です。
>5. 名前が無い程度の能力さん
もれなく百匹ほど猫がついてきます。たぶん
>6. 喉飴さん
勝手にいただきました。すみません。上のあとがきだと反省していない
ようですが、とても猛省しているんですよ? よ?
ありがとうございました。
>7. 名前が無い程度の能力さん
さとり様はたぶん、映姫様と遊びたかっただけだと思います。
>8. 名前が無い程度の能力さん
なんという説得力www
ちょっと、慧音の詳しい講義を聞きに行ってきます。タイトルは、「コタツ内のミンコフスキー空間」
みなさんこんな作品を読んでいただき、ありがとうございました。