*この話は「小町と映姫が一緒に」シリーズの続き物で、読んだ方がすんなりと理解出来ると思います。また、この作品はこまえーき分が多量に含まれているため、摂りすぎにご注意ください。それでは、ごゆるりと。
「いや~、相変わらず賑わってますね~」
「……そうね」
中有の道は小町の言うように賑やかさで包まれている。
ここは、本来なら三途の河に辿り着くための単なる通り道でしかなかったのだが、地獄の財政状況があまりよろしくなく、そのため、三途の河の渡し賃以外にも収入源を得ようとして、こういう出店が出来たのだ。
で、何故この店に私と小町が赴いているのかというと、別に罪人が開いている店の偵察なんかではない。私が珍しく休暇が取れたのを見計らって、小町が誘ってきたのだ。
「たまの息抜きは必要ですよ、映姫様。アタイと、遊びに行きませんか?」
と、小町が言ったら私が断るわけが無く、今は小町と一緒に出店巡りをしている状況だ。
「あ、映姫様! 射的がありますよ! やりません?」
「まぁ、いいですけど」
小町の瞳が少年のように輝いている。私の手を引いて、射的屋の前まで走り、店主に金を払う。それらの行動一つ一つがとても楽しそうで、眩しくて、そして微笑ましくもあった。
「さ~て、映姫様。どれが欲しいですか?」
「え? 私?」
「はい。映姫様の欲しいものを取りますから。さ、早く選んで下さい」
「あ、うん……」
困ったな。小町がそこまで言うなら、仕様が無い。私は小町に笑いかけて、並んでいる商品に目を移す。そして絶句した。
一、上海人形
「アリス・マーガトロイドのお気に入りがなぜここに……」
良く見れば目元に薄っすらと水滴が溜まってる。思いっきり涙目だ。無理矢理捕まえられてきて、ここに並ばされたのが伺える。というか、人形を泣かせるなんてアリスはすでに自立人形の領域に入っているのではないのか?
問題はまだある。
二、スーさん
「メディスン……」
やはり無理矢理捕まえられたのだろうか。いや、まだ幼いメディスンのことだ。うまく言い包まれて騙されたのかも知れない。その根拠にスーさんは捕まえられて涙目というより、裏切られて血の涙という感じだし。というか、最近の人形は泣くぐらいわけないのかも知れない。
三、楼観剣
「何があったんだろう……」
白楼剣とセットじゃないところがまた気になる。そもそも刀は武士は魂だろうに。妖夢の楼観剣なら尚更だ。
まだまだ魂魄 妖夢は未熟のようである。後で幽々子に伝えておこう。
四、悔悟の棒
「おいコラ店主」
私は店主の首を思いっきり締め上げる。最近手元にないなぁ、と思ったらここにありやがった。とりあえず盗んだルートを吐かせて一網打尽にしてやろう。もちろん、全員即地獄行きだ!
ちなみに私は何も悪くない。だって被害者だもの。ねぇ?
店主を吐かせるのと捕縛と盗品返却の手配を後続の死神に任せ、私と小町は何事もなかったかのように出店巡りを再開する。幸い小町は何も気にしてないようだ。少年の目は変わらずに、店を舐めまわすように見ている。
「あ! 映姫様! ソフトクリームですって!」
「へぇ。珍しいわね」
最近外の世界から入ってきたという氷菓子。ここの店にも並ぶようになったのか。
小町は再び店の前まで私を引っ張り、お金を払う。
そして来たのが――
「……何? この赤黒い物体は……」
「中有の道限定、ソフトクリーム『血の池』味だそうです」
「誰も求めてないわ! こんなリアル血色!」
「でも味はまともだそうですよ? ほらほら、食わず嫌いは良くないですよ。まずは一口食べてみてください」
「はぁ……まぁ、いいでしょう。ダメで元々ですし……」
私は滴り落ちる赤黒い液体に気をつけながら、そのまま口に運ぶ。
「……む! ほんとだ! 意外とおいしい……!」
どうやら心配事は色だけだったようだ。ソフトクリームの基本的な甘さはそのままで、赤黒いのはどうやら苺と……この風味は胡麻……だろうか? を混ぜ合わしているようだ。何と言うか、二つの普段なら相容れないはずの味と風味が見事にマッチしている。正直これを作った人はすごい。天才。映姫褒めちゃう。ただ、食べた後の口周りは結構スプラッタな感じになるけど……。
「おいしいんですか? 映姫様」
小町が『中有の道限定、剣の山ソフトwith Blood』を手に持って訊いてくる。ていうか、その苺シロップが掛かった、先端が尖っている氷の塊は最早ソフトクリームとは言えない。
それでもあえて指摘せずに、私は「うん。おいしいですよ」と言って、ソフトを舐める。
「じゃあ、私も」
そう言った瞬間、小町が私のソフトをべろりと舐めた。その時、私もソフトを舐めている途中で、ついでに小町は舐めるというよりも舌でごっそりと持っていく感じだ。だから、私が舐めている舌と小町がごっそり持っていく舌は鉢合わせになるわけで――
「――っ!?」
「あー、確かにおいしいですねー。味と風味がミスマッチしている感じで――って映姫様?」
私は小町の言うことを聞いている場合では無かった。何故なら、今小町の舌と私の舌が触れ合ったんだから。私は思わずその場に屈んで、身悶えてしまう。
「映姫様!? ――っは! ま、まさか……!」
一方、小町は焦っているようだった。それはそうだろう。傍から見れば、目の前で突然屈まれたのだ。私だって、きっと焦る。
「あ、大丈夫ですよ。別に何ともな――」
そう言おうとしたのだが、言えなかった。
小町が、私の唇に自分の唇を重ねてきたのだから。
「むぅ!?」
小町が食べた私のソフトの味が、私の口に戻ってきて、私は頭が真っ白になる。
「ん……」
小町が少し艶かしい声を出した時、体の奥底から耐え難い衝動が襲って来た。
このまま、小町と……
脳裏に浮かび上がったその言葉。私にとっては、とても魅力的な提案。
このまま衝動に身を任せてしまおうと思ったけれど――
ざわ、ざわ……
周囲に人が集まっているのに気付いて、急いで身を引いた。
「こ、小町! 走りますよ!」
「あ、はい!」
私と小町はお互いに手を握って、群衆の掻き分けて走る。案外、すんなりと道は譲ってくれるんだが――
「ひゅーひゅー! いいぞー二人共ー! お似合いだぞー!」
「そのまま勢いでヤってしまえー!」
ぎゃはははは、と周りがそう騒ぐものだから、私と小町は赤面するしかなかった。
普段から面白そうなネタに飢えている彼奴らにとって、絶好の話題となったのは言うまでも無い。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……ふぅ……」
私の家の前で、息を上げているのは私と小町。
結局、三途の河を小町の能力ですっ飛ばして、ここまで走ってきてしまった。
しばらく息も絶え絶えで、まともに話すことは出来なかったが、私は小町に訊きたいことがあった。
息も整ったところで、私は小町に質問をぶつける。
「こ、小町……。どうして、私にせ、せ、接吻を……?」
あんな往来で。しかもタイミングが私が屈んだ時って、どう考えても接吻には繋がらない。小町が、あんなことをする理由が知りたかった。
小町も息が整ってきたのか、次第に口を開く。
「そ、それは……映姫様が“呪い”に掛かったのかと思いまして……」
「の、呪い……?」
「そうです。実はあのソフトには、ランダムに呪いが掛けてありまして……」
「どうしてそんなものを売り出すのかな……」
まぁ、その方がスリルがあって売れる。みたいな思惑だろうけど。
「それで、どうして、接吻を……?」
「その……呪いを解く方法が一つだけあって……それが……」
「……接吻、と?」
「はい。その通りです……」
なるほどね。私は空を仰いで、ため息を吐いた。
つまり、小町はまんまと商売の思惑に嵌ったと。そういうわけだ。
あぁ、もう。何で小町は死神のくせにそんなピュアなのかなぁ……。もっと、死神というものは相手の命が関わる仕事なんだから疑り深くなるはずなのに……。まぁ、小町は船頭だから、そういう性格でも問題なかったのかも知れないけどね。
……でも、やっぱり小町は他の死神とは明らかに違う。
優しくて、気配りで、そのくせピュアで……。いっつも仕事をサボって、自由気ままに生きていて……。私のことを慕って、信じて、笑顔で語りかけてくれる。
そんな死神は、小町だけだ。
だから、だからこそ私は……
「映姫様?」
「……え、あ、はい。何でしょう?」
「早く家に入りませんか? 結構寒くなってきたので、風邪引かないうちに、中に入ったほうが……」
「あ、そ、そうですね。早く入りましょうか。小町は先に部屋に帰っていなさい」
「はい、分かりました」と小町が言ったのを確認して、私は家に入る。
家の中は結構な広さを誇っているため、多くの下働きが働いている。その下働きの大半は地獄行きの罪人で、中有の道の出店同様、地獄の卒業試験のようなものだ。
で、その働いているはずの下働き達がすっかりといなくなっていた。
「え……?」
その時、下働きの亡霊が通ったので、話しかけてみた。
「……えっと。何があったのですか?」
「あ、四季映姫様、おかえりなさい。えっと、ですね。先程、警備担当の死神達がごっそり捕縛していきましたよ。何でも上からの命令とかで。一体何があったんですかねぇ」
「…………」
(あいつら……! 望み通り全員地獄に送り返してやるわっ!)
私が拳を固めてわなわなと震えているところで、「そういえば」と、下働きの亡霊は何かを思い出したかの口調で話す。
「デートはどうでしたか? 四季映姫様」
「……でーと?」
でーとって何だっけ? 情報?
「って、それはデータですね……」
「何を言っているのですか? ほら、小野塚様と一緒に射的をしてらしたり、アイスを一緒に食べたり、果ては天下の往来で接吻までしたらしいじゃないですか。いや~、仲がよろしいことで何よりですよ」
そう亡霊が明るい口調で笑いながら言う。
……デート? 小町との出店巡りが、デート? ハハハ、そんなわけないじゃ――
瞬時に先程の風景を思い出す。射的で笑う、小町。剣山アイスを持った、小町。私のソフトクリームを舐める、小町。私の舌に触れる、小町。心配そうに屈み込む、小町。接吻をする、こま――
「最後が決定的じゃないですかぁああああああああああああああああああああ!!」
「し、四季様!?」
私は衝撃的な事実に気付き、そして気が付いたら自室まで走り出して布団にインをしていた。そして、自己嫌悪に陥る。
なんで、なんで私は気付かなかったのだろうか。誰が、どう見てもデートそのものではないか。
あぁ、何て私は鈍感なのだろう。どうして、私はこんなにも気付くのに遅れるのだろう。
いつも、いつもそうだ。私は毎回後手に回って、気付くのは誰よりも遅い。
これではダメだ。これだといつか取り返しのつかないことになるかも知れない。例えば――小町が、誰かに取られるとか。
そんなことはあり得ない、と思いたいが、残念。小町は死神の中でも人気があるのだ。特に男性陣から。あのスタイルに巨乳、そしてさっぱりとした、気持ちのよい性格は、誰が見ても魅力的だろう。
今は、こうして私の側にいる。けれど、私が何時までも後手側にいると、小町は……必ず離れていく。
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! そんなの、想像出来ない。したくもない! そんな……そんな悲しいことは、あってはならない……。
だから……行動しなければ!
小町が誰かに取られる前に、私は行動しなければならないのだ!
何時までも後手に回る四季映姫だと思うな。私は重い腰を据えて、ただ判決を下すだけではない。時に、あの六十年に一度の異変時には、皆に説教して回ったりもするのだ。私は――先手にも回れる。
決めた。行動しよう。そして、小町を誰にも渡さない状況を作り出すのだ。
そうだ。小町は誰にも渡さない。小町を誰よりも知っているのは、この私なのだ。この四季映姫・ヤマザナドゥ以外に他は無い。
さぁ、行動を開始しよう。けど……今日は何だか色々あって、疲れてしまったなぁ。あぁ……眠いや……。とっても……ねむいや………………。
「映姫様ー。ご飯出来ましたよー」
小町が四季映姫の部屋の襖をスッと開ける。そこに四季映姫はいたにはいたのだが、布団の中で気持ち良さそうに寝息を立てている。
「ありゃ、寝ちゃいましたか」
小町がぽりぽりと頭を掻いて、四季映姫の側に座る。
「――」
「ん?」
小町がそっと耳を澄ましてみると、四季映姫が何かを言っていることに気が付く。小町はそのまま、四季映姫の寝言を聞いてみた。
「……こまちぃ、はなれちゃ、やぁ……」
そう言って、一筋の涙が彼女の頬に流れる。
それを見た小町はフッと微笑み、彼女の涙を指で拭って静かで優しく、けれどはっきりとした口調で言った。
「映姫様。アタイは、何処にも行きやしませんよ……」
そう言って、無礼であることを知っていながら、自分の上司である人の髪を撫でる。
「……さて、夕飯は明日の朝御飯にしますかね。それでは、おやすみなさい。映姫さま」
小町は音も無く立ち上がり、襖を静かに閉めた。
小町には見えなかったが、襖を閉める瞬間――寝ている四季映姫は、まるで子守唄を歌われて、安心しきった子どものように表情を緩めていたのであった。
うんうん、いいねぇ二人とも
さあ、早く続きを書くんだ