この話は、作品集48、『幽香、どSからの卒業 』等の設定を引き継いでおります。
お読みにならなくても大丈夫だとは思いますが、補足いたしますと、幽香・メディ・リグル
の三人が家族として一緒に暮らしています。
朝の冷え込みに、私は思わず両手で肩を擦ってしまった。
最近めっきり寒くなったと思う。
しかしそれも、日課である日めくりカレンダーを捲ってみると妙に納得してしまった。
──もう11月か。
早いもので、メディと出会ってから三ヶ月も経つ。
この別荘に移ってからというもの本当に色々な事があったが……今は大分落ち着いている。
「幽香ぁ~! たいへんたいへんっ! たいへんだよ!」
物思いに耽っていたものの、やっぱりうちは長閑とは無縁ね、と思い直す。
「どうしたの、メディ? そんなに慌てて……」
「リグルがたいへんなの! いいからきて!」
余程慌ててるのか、ろくに理由も言わず私の手を引っ張るメディ。
一体リグルの身に何があったというのだろうか……?
そういえば今朝はまだ起きてきてないわね、と内心では私もなんだか言い知れる不安を感じ始めていた。
──何事もなければいいのだけど……。
連れてこられたのは、三人の寝室。
そこではリグルが一人、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
「メディ……? 何ともなさそうだけど?」
本当にただ寝てるだけっぽいリグルに私は安堵するも、メディは大きく首を振った。
「ちがうの! わたしがいくらゆすったりしても起きてくれないの……!」
心配のあまり瞳を潤ませて訴えるメディを無視できるはずも無く。
私はリグルに近づいて、そっとその頬を撫でた。
「……リグル。ねぇリグル……? 起きて。」
確かに……揺すったりしてみても身動ぎすらしないリグル。
これはまさか──。
「冬眠……しちゃってるわね。」
「とうみん?」
聞きなれない言葉に首を傾げるメディ。
理解できず、今だ不安そうにしている彼女を安心させてやろうと思い、体を屈ませて彼女の目線に合わせた。
スカイブルーの綺麗な瞳からは、今にも涙が零れそうだった。
「大丈夫よ、メディ。生き物によってはね、冬を越すために冬の間眠っている事があるのよ。それが冬眠。」
「でもっ! 昨日はリグルなにも言ってなかったよ?」
確かに、冬眠にだって準備があるだろう。
それに私たちに何の相談も無いのは変だ。
でもそれも私の中で結論は出ていた。
「きっと寒さのせいね。」
「寒さの?」
「そう。リグルも無意識なのよ。本当は冬眠するつもりなんて無かったのに急に寒くなったものだから身体が勝手にしちゃったのね。」
「それって大丈夫なの……?」
なおも心配そうにするメディに、私はついつい嬉しくなってしまった。
「そうね、お昼には暖かくなるでしょうから、そのときに目を覚ますんじゃないかしら……そんなにリグルの事が心配?」
「うん……ってちがうよ! べ、べつにリグルの事なんて心配じゃないもんっ!」
素直じゃないメディに苦笑いしつつも私はふと、思い出した。
「そっか……そんな時期か。そろそろ咲いてるかしら。」
私の呟きに、メディは声を弾ませて反応してきた。
「なになに? ひょっとして冬の花?」
「そうよ、此処からさほど遠くないし……見に行く?」
──聞くまでもなかった。
期待に瞳を輝かせたメディがこちらを見ていた。
私の誘いに、二つ返事で頷いたメディはその場で飛び跳ねたりと、身体全体で喜びをアピールしていた。
「お弁当、持ってく?」
これも聞かなくても良さそうなものだけど、やっぱりメディの喜ぶ姿が見たくて問いかけた。
しかし彼女の答えは私の期待を大きく裏切るものだった──それも良い意味で。
「わ~い、お弁当! あっ……でもリグルお昼には起きるんだよね? それまでに帰ってきたほうが良いんじゃない?」
思いもしない返答に、私は目を丸くしてしまった。
「優しいのね……メディ。」
「だから違うってば……! 後でうらみごと言われたくないだけだもん!」
──ホント、リグルに対しては天邪鬼なんだから。
優しい気遣いができるようになったメディが、私は本当に嬉しくて、誇らしくて……。
思わず彼女を抱き寄せて、頭を撫でてやった。
「それじゃあお昼は帰って三人で食べましょうか?」
「…………うん。」
メディの声はぶっきらぼうだったけど、どこか嬉しそうにも聞こえた。
メディの着替えも済ませ、寝ているリグルに向かって二人して「行ってきま~す」とだけ言うと、私たちは別荘を後にした。
そうして手を繋いで空を飛ぶ事数分。
見えてきたのは、一本の桜の木だった。
「これが……冬に咲く花?」
メディと一緒に見上げると、そこには確かに蕾が花を咲かせていた。
「そう、冬桜って言ってね。冬と春に二度咲くのよ。でも冬の間ずっと咲いているわけじゃないわ。大体12月までかしら。
本格的な冬の寒さとは、無縁なのよ。」
私の説明を真剣な顔で聞くメディ。嬉しくもあるが、それよりもやっぱり花を見て貰わないと。
「まだ満開じゃないわね……やっぱりまた満開になるころに出直そうか?」
「うん……でもせっかく来たからもうちょっと見てく。」
静かに桜を見上げるメディ。鈴蘭という花の力で自我を持つに至った彼女は、やはり感じるところがあるのか花に対して並々ならぬ関心を持っている。
私も一緒になって見上げる事にした。
そこへ──
「アンタたち! その木になんのよう!?」
幼い、しかし明確な敵意を乗せた声に私たちは揃って振り返った。
そこにいたのは、氷精──チルノちゃんだった。
「あら、レティさんところの……」
「なんだ幽香か……と、何時ぞやの毒人形!」
言い掛けた私の言葉は遮られてしまった。
というか、チルノちゃんは私にたった今気づいたようだった。
「何……こいつ幽香の知り合いだったの? ていうかレティって誰?」
あら、貴女は聞いてくれてたのね──なんてどうでも良いこと思いつつ、折角だから紹介しておこうとメディの背中を押してやる事に。
「ええ。レティは冬の妖怪で彼女の保護者の名前よ。私の友達。」
「友達? なんで……冬の妖怪なんかと?」
「これでも私は“四季”のフラワーマスターよ? 季節に関わる妖怪や妖精とはそれなりに付き合いがあるのよ……レティの他にも──」
メディの“なんかと”というくだりでチルノちゃんがむっとしたのを見て、私ははっとなって慌てて話題を逸らす事にした。
「──そんなことよりほら、ちゃんと挨拶しなきゃ、ね?」
私の方ばかり向いて、ちっともチルノちゃんと話をしようとしないメディ。
この子も大概人見知りだ。
「でも……」
「大丈夫だから……ね?」
再度私に背中を押されて漸くチルノちゃんの面前へ。
「うん…………私は、メディ。メディスン・メランコリーよ。」
「あたいはチルノ。で、あんた達は一体何しにここに来たの?」
「幽香と、冬の花を見に。」
「冬の花……? あっ花が咲いてる!」
ぎこちない会話の中で突然大声を上げるチルノちゃんに、メディは思わず肩を竦めた。
それに気付かず、大喜びで飛び跳ねるチルノちゃんをメディは恨めしそうな目で見ていた。
「花が咲いたのが、そんなに嬉しいの?」
しかし共感できるところもあったのか、気付けばメディから話しかけていた。
「うん! アタイはこの花が咲くのをずっと待ってたんだ!」
「ふ~ん……。」
チルノちゃんの答えに無関心を装いつつもどこか嬉しそうなメディ。
そう言えばこの花はチルノちゃんにとって──
「どうして待ってたの?」
「アタイはこの花が冬に咲いて、また散るのを待ってるんだ。だって──」
「メディ!!!」
咄嗟だった。
チルノちゃんに飛び掛ろうとしたメディを私は力いっぱい抱き止めた。
「え……?」
動き出す前に止めたものの、向けられた敵意は感じたのだろう。
理由も分らず戸惑うチルノちゃん。
「どうして!? どうしてそんな酷い事言うの!? 花が散るのを待ってるなんて……!」
今にも私を振りほどいて噛み付かんとするメディ。
宥め様にも、この場にチルノちゃんが居てはそれも無理みたいだ。
「ごめんね、チルノちゃん……! ちょっとこの子が誤解してて……。」
「どうしてそんなやつ庇うの幽香! こいつは花に対して酷い事を……っ!」
「あ、アタイ……何か悪いことした?」
現状を理解できないチルノちゃんは私にそう問い掛けてくるが、今は説明している余裕なんてない。
兎に角この場を収めるには二人を引き離さない無いといけない。
「大丈夫、貴女は悪くないわ。だからお願い、今日ところはこれで帰って?」
「別に良いけど……」
納得のいかない様だったが、しぶしぶと踵を返すチルノちゃん。
それでもメディは私の腕の中で暴れていた。
「この子には私から説明しとくから……良かったら今度はこの子と遊んであげて、ね?」
「幽香が……そう言うんなら。」
バイバイ。
そう言って今度こそ飛び立っていったチルノちゃん。
その背中はちょっぴり寂しそうだった。
彼女が見えなくなってから漸く私はメディを離した。
「…………わたし、悪くないもん。」
顔を俯かせて、悔しそうに小さな手で握りこぶしをつくるメディ。
思わず抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、今は説明が先だと自分を良い聞かせる。
伸ばしかけていた手で、そのままメディの振るえる肩を押さえてこちらを振り向かせる。
「そうね……メディは悪くないわ。」
「じゃあどうして……!」
「花はね……一生懸命に咲いたその姿で人の心に残るわ……でもねそれだけじゃないの。」
ざぁ、と風が花びらを散らした。
あっ、とメディが顔を上げて桜を見た。どこか切なそうなその表情は、やはり花が散るのを悔やんで要るようだった。
その気持ち、優しいメディの気持ちが間違ってるなんてことは絶対に無い。でも、チルノちゃんにも事情があるのだ。
「花は季節を告げる役目も担っているの。この冬桜が散るの頃にはきっと本格的な冬の厳しさが訪れてる筈よ。」
「それが一体…………冬?」
何かに気付いたように、メディの目が見開いた。
「そう。あの子の保護者……お母さんは冬の妖怪。チルノちゃんはね、お母さんと冬の間しか一緒に居られないのよ。」
「……っ!?」
前にレティに聞いた事がある。彼女が活動を始めるのは、この冬桜を目安にしているのだと。
花は気温に合わせて毎年咲く時期を僅かにずらす……花ほど正確に季節を告げる存在など、あとはリリーホワイトくらいのものだろう。
「わたし……謝らなきゃ……。」
「え……?」
先程まで悔しさで一杯だったメディの瞳には、今は決意に溢れていた。
「あいつに酷いこと言っちゃった……わたし、追いかけてくる!」
「そうね。それじゃあ一緒に──」
「一人で大丈夫だからっ! さき帰ってて!」
それだけ言うとさっさと飛び立って行こうとするメディ。
私は慌てて呼び止めた。
「待って! ……そんなに慌てなくてもまだ遠くには行ってないわ……それより……一人で本当に大丈夫なのね?」
本当は心配で、一緒に着いて行きたいけれど……それはきっとメディの成長を妨げる事になるのだろう。
「うん!」
大丈夫……だって私の娘があんなにも自信に溢れた顔をしているのだもの……きっと大丈夫。
自分に強く言い聞かせ、私は精一杯の笑顔を作った。
「そう。それじゃあ行ってらっしゃい。お昼ごはん作って待ってるから……良かったらチルノちゃんも連れておいで。」
自分を精一杯繕って、これだけの事を言うのに私はやっとの思いだった。
──ああ、子供の成長って、時には寂しさを伴うものなのね。
きっといつかは巣立っていくのであろう彼女に、不安よりも寂しさを感じずには要られない私だった。
「ありがとう、幽香!」
空高く飛び去っていくメディの後姿は、思いの外頼もしく見えた。
「ただいま……。あらリグル。起きたのね。」
ひとり別荘に戻ってみると、リグルが出迎えてくれた。
──格好は今だに寝巻きだったが。
「お帰り……えっとそれから……おはよう?」
リグルが困り顔でそんなことを言うものだから、思わず私は噴出してしまった。
「もう、リグルったら。まだ寝ぼけてるの? もうお昼よ?」
ごめん、と苦笑いを零すリグルだったが、ふと何かに気付いたようだ。
「あれ、メディは?」
ああ、そっか。気付くわよね普通。
玄関からまっすぐ台所に向かい、エプロンを手に取りながら私は答えた。
「時期に戻ってくるわ、お友達と一緒にね。」
それまでにお昼ごはんの仕度しないとね。
「ふ~ん、あのメディにねぇ……。」
心底意外そうな顔をするリグルに、私はちょっとお小言を言ってやる事に。
「リグル、それは流石にメディに失礼よ。あの子だって日々成長しているのだもの。」
それは身近にいる私が一番感じていることだから。
「そうだね、ごめん。でも、そう言う幽香もすっかりお母さんが板についてきた感じだね。」
リグルが、何故か嬉しそうに言った。
だから私も自信をもって答える事にする。
そう、だって私は──
「当然! 私はあの子の母親だもの!」
いつか本当に別れがきても、それだけは永遠に変わらないのだから。
お読みにならなくても大丈夫だとは思いますが、補足いたしますと、幽香・メディ・リグル
の三人が家族として一緒に暮らしています。
朝の冷え込みに、私は思わず両手で肩を擦ってしまった。
最近めっきり寒くなったと思う。
しかしそれも、日課である日めくりカレンダーを捲ってみると妙に納得してしまった。
──もう11月か。
早いもので、メディと出会ってから三ヶ月も経つ。
この別荘に移ってからというもの本当に色々な事があったが……今は大分落ち着いている。
「幽香ぁ~! たいへんたいへんっ! たいへんだよ!」
物思いに耽っていたものの、やっぱりうちは長閑とは無縁ね、と思い直す。
「どうしたの、メディ? そんなに慌てて……」
「リグルがたいへんなの! いいからきて!」
余程慌ててるのか、ろくに理由も言わず私の手を引っ張るメディ。
一体リグルの身に何があったというのだろうか……?
そういえば今朝はまだ起きてきてないわね、と内心では私もなんだか言い知れる不安を感じ始めていた。
──何事もなければいいのだけど……。
連れてこられたのは、三人の寝室。
そこではリグルが一人、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
「メディ……? 何ともなさそうだけど?」
本当にただ寝てるだけっぽいリグルに私は安堵するも、メディは大きく首を振った。
「ちがうの! わたしがいくらゆすったりしても起きてくれないの……!」
心配のあまり瞳を潤ませて訴えるメディを無視できるはずも無く。
私はリグルに近づいて、そっとその頬を撫でた。
「……リグル。ねぇリグル……? 起きて。」
確かに……揺すったりしてみても身動ぎすらしないリグル。
これはまさか──。
「冬眠……しちゃってるわね。」
「とうみん?」
聞きなれない言葉に首を傾げるメディ。
理解できず、今だ不安そうにしている彼女を安心させてやろうと思い、体を屈ませて彼女の目線に合わせた。
スカイブルーの綺麗な瞳からは、今にも涙が零れそうだった。
「大丈夫よ、メディ。生き物によってはね、冬を越すために冬の間眠っている事があるのよ。それが冬眠。」
「でもっ! 昨日はリグルなにも言ってなかったよ?」
確かに、冬眠にだって準備があるだろう。
それに私たちに何の相談も無いのは変だ。
でもそれも私の中で結論は出ていた。
「きっと寒さのせいね。」
「寒さの?」
「そう。リグルも無意識なのよ。本当は冬眠するつもりなんて無かったのに急に寒くなったものだから身体が勝手にしちゃったのね。」
「それって大丈夫なの……?」
なおも心配そうにするメディに、私はついつい嬉しくなってしまった。
「そうね、お昼には暖かくなるでしょうから、そのときに目を覚ますんじゃないかしら……そんなにリグルの事が心配?」
「うん……ってちがうよ! べ、べつにリグルの事なんて心配じゃないもんっ!」
素直じゃないメディに苦笑いしつつも私はふと、思い出した。
「そっか……そんな時期か。そろそろ咲いてるかしら。」
私の呟きに、メディは声を弾ませて反応してきた。
「なになに? ひょっとして冬の花?」
「そうよ、此処からさほど遠くないし……見に行く?」
──聞くまでもなかった。
期待に瞳を輝かせたメディがこちらを見ていた。
私の誘いに、二つ返事で頷いたメディはその場で飛び跳ねたりと、身体全体で喜びをアピールしていた。
「お弁当、持ってく?」
これも聞かなくても良さそうなものだけど、やっぱりメディの喜ぶ姿が見たくて問いかけた。
しかし彼女の答えは私の期待を大きく裏切るものだった──それも良い意味で。
「わ~い、お弁当! あっ……でもリグルお昼には起きるんだよね? それまでに帰ってきたほうが良いんじゃない?」
思いもしない返答に、私は目を丸くしてしまった。
「優しいのね……メディ。」
「だから違うってば……! 後でうらみごと言われたくないだけだもん!」
──ホント、リグルに対しては天邪鬼なんだから。
優しい気遣いができるようになったメディが、私は本当に嬉しくて、誇らしくて……。
思わず彼女を抱き寄せて、頭を撫でてやった。
「それじゃあお昼は帰って三人で食べましょうか?」
「…………うん。」
メディの声はぶっきらぼうだったけど、どこか嬉しそうにも聞こえた。
メディの着替えも済ませ、寝ているリグルに向かって二人して「行ってきま~す」とだけ言うと、私たちは別荘を後にした。
そうして手を繋いで空を飛ぶ事数分。
見えてきたのは、一本の桜の木だった。
「これが……冬に咲く花?」
メディと一緒に見上げると、そこには確かに蕾が花を咲かせていた。
「そう、冬桜って言ってね。冬と春に二度咲くのよ。でも冬の間ずっと咲いているわけじゃないわ。大体12月までかしら。
本格的な冬の寒さとは、無縁なのよ。」
私の説明を真剣な顔で聞くメディ。嬉しくもあるが、それよりもやっぱり花を見て貰わないと。
「まだ満開じゃないわね……やっぱりまた満開になるころに出直そうか?」
「うん……でもせっかく来たからもうちょっと見てく。」
静かに桜を見上げるメディ。鈴蘭という花の力で自我を持つに至った彼女は、やはり感じるところがあるのか花に対して並々ならぬ関心を持っている。
私も一緒になって見上げる事にした。
そこへ──
「アンタたち! その木になんのよう!?」
幼い、しかし明確な敵意を乗せた声に私たちは揃って振り返った。
そこにいたのは、氷精──チルノちゃんだった。
「あら、レティさんところの……」
「なんだ幽香か……と、何時ぞやの毒人形!」
言い掛けた私の言葉は遮られてしまった。
というか、チルノちゃんは私にたった今気づいたようだった。
「何……こいつ幽香の知り合いだったの? ていうかレティって誰?」
あら、貴女は聞いてくれてたのね──なんてどうでも良いこと思いつつ、折角だから紹介しておこうとメディの背中を押してやる事に。
「ええ。レティは冬の妖怪で彼女の保護者の名前よ。私の友達。」
「友達? なんで……冬の妖怪なんかと?」
「これでも私は“四季”のフラワーマスターよ? 季節に関わる妖怪や妖精とはそれなりに付き合いがあるのよ……レティの他にも──」
メディの“なんかと”というくだりでチルノちゃんがむっとしたのを見て、私ははっとなって慌てて話題を逸らす事にした。
「──そんなことよりほら、ちゃんと挨拶しなきゃ、ね?」
私の方ばかり向いて、ちっともチルノちゃんと話をしようとしないメディ。
この子も大概人見知りだ。
「でも……」
「大丈夫だから……ね?」
再度私に背中を押されて漸くチルノちゃんの面前へ。
「うん…………私は、メディ。メディスン・メランコリーよ。」
「あたいはチルノ。で、あんた達は一体何しにここに来たの?」
「幽香と、冬の花を見に。」
「冬の花……? あっ花が咲いてる!」
ぎこちない会話の中で突然大声を上げるチルノちゃんに、メディは思わず肩を竦めた。
それに気付かず、大喜びで飛び跳ねるチルノちゃんをメディは恨めしそうな目で見ていた。
「花が咲いたのが、そんなに嬉しいの?」
しかし共感できるところもあったのか、気付けばメディから話しかけていた。
「うん! アタイはこの花が咲くのをずっと待ってたんだ!」
「ふ~ん……。」
チルノちゃんの答えに無関心を装いつつもどこか嬉しそうなメディ。
そう言えばこの花はチルノちゃんにとって──
「どうして待ってたの?」
「アタイはこの花が冬に咲いて、また散るのを待ってるんだ。だって──」
「メディ!!!」
咄嗟だった。
チルノちゃんに飛び掛ろうとしたメディを私は力いっぱい抱き止めた。
「え……?」
動き出す前に止めたものの、向けられた敵意は感じたのだろう。
理由も分らず戸惑うチルノちゃん。
「どうして!? どうしてそんな酷い事言うの!? 花が散るのを待ってるなんて……!」
今にも私を振りほどいて噛み付かんとするメディ。
宥め様にも、この場にチルノちゃんが居てはそれも無理みたいだ。
「ごめんね、チルノちゃん……! ちょっとこの子が誤解してて……。」
「どうしてそんなやつ庇うの幽香! こいつは花に対して酷い事を……っ!」
「あ、アタイ……何か悪いことした?」
現状を理解できないチルノちゃんは私にそう問い掛けてくるが、今は説明している余裕なんてない。
兎に角この場を収めるには二人を引き離さない無いといけない。
「大丈夫、貴女は悪くないわ。だからお願い、今日ところはこれで帰って?」
「別に良いけど……」
納得のいかない様だったが、しぶしぶと踵を返すチルノちゃん。
それでもメディは私の腕の中で暴れていた。
「この子には私から説明しとくから……良かったら今度はこの子と遊んであげて、ね?」
「幽香が……そう言うんなら。」
バイバイ。
そう言って今度こそ飛び立っていったチルノちゃん。
その背中はちょっぴり寂しそうだった。
彼女が見えなくなってから漸く私はメディを離した。
「…………わたし、悪くないもん。」
顔を俯かせて、悔しそうに小さな手で握りこぶしをつくるメディ。
思わず抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、今は説明が先だと自分を良い聞かせる。
伸ばしかけていた手で、そのままメディの振るえる肩を押さえてこちらを振り向かせる。
「そうね……メディは悪くないわ。」
「じゃあどうして……!」
「花はね……一生懸命に咲いたその姿で人の心に残るわ……でもねそれだけじゃないの。」
ざぁ、と風が花びらを散らした。
あっ、とメディが顔を上げて桜を見た。どこか切なそうなその表情は、やはり花が散るのを悔やんで要るようだった。
その気持ち、優しいメディの気持ちが間違ってるなんてことは絶対に無い。でも、チルノちゃんにも事情があるのだ。
「花は季節を告げる役目も担っているの。この冬桜が散るの頃にはきっと本格的な冬の厳しさが訪れてる筈よ。」
「それが一体…………冬?」
何かに気付いたように、メディの目が見開いた。
「そう。あの子の保護者……お母さんは冬の妖怪。チルノちゃんはね、お母さんと冬の間しか一緒に居られないのよ。」
「……っ!?」
前にレティに聞いた事がある。彼女が活動を始めるのは、この冬桜を目安にしているのだと。
花は気温に合わせて毎年咲く時期を僅かにずらす……花ほど正確に季節を告げる存在など、あとはリリーホワイトくらいのものだろう。
「わたし……謝らなきゃ……。」
「え……?」
先程まで悔しさで一杯だったメディの瞳には、今は決意に溢れていた。
「あいつに酷いこと言っちゃった……わたし、追いかけてくる!」
「そうね。それじゃあ一緒に──」
「一人で大丈夫だからっ! さき帰ってて!」
それだけ言うとさっさと飛び立って行こうとするメディ。
私は慌てて呼び止めた。
「待って! ……そんなに慌てなくてもまだ遠くには行ってないわ……それより……一人で本当に大丈夫なのね?」
本当は心配で、一緒に着いて行きたいけれど……それはきっとメディの成長を妨げる事になるのだろう。
「うん!」
大丈夫……だって私の娘があんなにも自信に溢れた顔をしているのだもの……きっと大丈夫。
自分に強く言い聞かせ、私は精一杯の笑顔を作った。
「そう。それじゃあ行ってらっしゃい。お昼ごはん作って待ってるから……良かったらチルノちゃんも連れておいで。」
自分を精一杯繕って、これだけの事を言うのに私はやっとの思いだった。
──ああ、子供の成長って、時には寂しさを伴うものなのね。
きっといつかは巣立っていくのであろう彼女に、不安よりも寂しさを感じずには要られない私だった。
「ありがとう、幽香!」
空高く飛び去っていくメディの後姿は、思いの外頼もしく見えた。
「ただいま……。あらリグル。起きたのね。」
ひとり別荘に戻ってみると、リグルが出迎えてくれた。
──格好は今だに寝巻きだったが。
「お帰り……えっとそれから……おはよう?」
リグルが困り顔でそんなことを言うものだから、思わず私は噴出してしまった。
「もう、リグルったら。まだ寝ぼけてるの? もうお昼よ?」
ごめん、と苦笑いを零すリグルだったが、ふと何かに気付いたようだ。
「あれ、メディは?」
ああ、そっか。気付くわよね普通。
玄関からまっすぐ台所に向かい、エプロンを手に取りながら私は答えた。
「時期に戻ってくるわ、お友達と一緒にね。」
それまでにお昼ごはんの仕度しないとね。
「ふ~ん、あのメディにねぇ……。」
心底意外そうな顔をするリグルに、私はちょっとお小言を言ってやる事に。
「リグル、それは流石にメディに失礼よ。あの子だって日々成長しているのだもの。」
それは身近にいる私が一番感じていることだから。
「そうだね、ごめん。でも、そう言う幽香もすっかりお母さんが板についてきた感じだね。」
リグルが、何故か嬉しそうに言った。
だから私も自信をもって答える事にする。
そう、だって私は──
「当然! 私はあの子の母親だもの!」
いつか本当に別れがきても、それだけは永遠に変わらないのだから。
ほのぼのとした流れで良い味が出てる。
メディが成長しているのが良く分かる話でした。
幽香ママ素敵。