Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

『でこちゅう

2009/11/13 00:50:12
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 「わ……凄く綺麗」

  彼女は、軽いステップで緑の絨毯を舞う。
 
 「ええ。来た甲斐がありました」

  開いた距離を意識して、私も歩を早めた。

 「……もう、違うでしょう?」

  長く美しい髪を靡かせ、振り向いた彼女の表情は何処か悪戯気で――

 「え……?」

  ――私の胸は、また、大きく鳴った。



 「『貴女の方が綺麗です』って言う所ではなくて、星?」
 「や、聖。ナズじゃあるまいし」
 「ふふ、そうね」



  冗談よと続けて微笑む聖に、だけど、想う――貴女の方が綺麗です、と。


 
  命蓮寺の建立から暫く経ったある日。
  私は聖を誘い、幻想郷でも有数の観光地である霧の湖へとやってきた。
  至る経緯は果てしなく長く、辛く険しい道のりだった事を此処に記す。

  尊き仲間たちの支援と犠牲があったからこそ、私は聖を誘えたのだ。



 『態度はさりげなく、言葉は簡単に!』
 『いい天気だねぇセンチョ。ちょめちょめしよう』
 『ですねぇ、一輪。いいですよってえぇぇぇ!?』
 『以上、正体不明でお送りしました。あ、なんか卑猥』



 『巨大ロボが! 巨大ロボが此方に向かってきているよ!?』
 『行くよ、雲山! この船は、皆は、私たちが守る!』
 『一輪……! 聖、星、貴女たちはこの隙に!』
 『こっちには私のジャマーがあるんだから!』

 『くくく……ふふふ、はぁーはっはっ! 塵一つ残しませんっ!!』

 『早く! 行ってください、姐さん!』
 『速く! なぁに、ご主人、私らはそう簡単にやられはしないさ』
 『疾く! あの時は邪魔しちゃったから……その借りを、今、返す!』

 『聖、星。
  キャプテンムラサが命じます。
  早く、速く、疾く、行きなさい!
 
  皆、散ってください、主砲を使います!

  ――聖輦船、モードチェンジ! トランスフォーメーション!』



  そんな感じ。一部脚色。

 「んー、やっぱり皆も連れて来るべきだったかしら」
 「早苗さんが乗ってきた巨大ロボに夢中でしたし」
 「それもそうね」

  どさくさと言えばどさくさだが、勢いに任せて私は聖を誘いだせたのだ。
  彼女の背を押し離れながら振り返ると、皆が皆、親指を立てていた。
  誰もが皆、良い笑顔。

  ちくしょう覚えていやがれありがとう。

 「でも、星、貴女、こんな素敵なところをよく知っていたわね?」

  聖の声に我に返る。

 「あ、いえ。
  ナズが教えてくれたんですよ。
  あの子、探し物で色々飛び回っていましたから」

  飛倉とか。

 「貴女の宝塔とか?」

  そうそう、私の宝塔とか。

 「……ってなんで知ってるんですか!?」
 「魔法僧正ひじりんに知らない事なんてないのよ!」
 「その手の呼称は止めなさいと言うに」
 「じゃあ、魔法少女ひじりんで手を打ちましょう!」
 「いえ、そちらではなく。……しょうじょ?」

  頬を膨らませる聖。容姿とあいまって、その、とても可愛い。

 「……なんてね」

  舌を出す聖。どうしよう、とても凄く可愛い。

 「星?」
 「あ、はい」
 「酷いわね、そんなにショックだったの?」

  そう言う訳では――紡ごうとした言葉は、発音できなかった。

 「冗談。あぁ、風も気持ちいいわ」

  呟き、駆け出す聖が、私には余りにも眩しすぎたからだ。

 「あ……聖、急に走ると!」

  翻る黒い法衣。
  靡く白いスカート。
  のぞくスカートと同色の下、え?

 「き――」

  っ!
  両足に力を込め跳ね、
  草に足をとられた聖の肩を掴み、
  直立するのを諦めた私は衝撃を自身で受け止めるため、下になった。

 「――ゃ……?」

  遅れて短い悲鳴が耳に入る。

  近すぎて、また胸が鳴った。

  両足に、聖の体重。
  失礼な話だが少し重く感じた。
  ……同時に、胸へと嬉しさがこみ上げる。

  聖は確かに、此処にいる。

 「だから……言わんこっちゃない」

  振り向く聖に、私はどうにかそんな悪態をつく。

  彼女は視線を合わせる癖がある。
  それ故、今は微かに見上げられていた。
  聖も寺の面子の中では背の高い方だが、私ほどではない。

 「聞こえなかったわ」

  開く口がどうにも艶かしく思えてしまい、目を逸らす。

 「……星?」
 「抹香の匂いが」
 「貴女もでしょうが」

  少し機嫌を損ねたような響きに、それもそうだと微苦笑しながら頷く。

 「でしょう?」

  返答に満足したのか、聖は顔を戻し、前を見つめた。
  彼女はそのまま両の手を地面へとつけ、小さく伸びをする。
  さらりとした感触が左頬を撫で、ふわりとした感触が右頬を擽った。

  どうやら、足の上がお気に召したようだ。

  私も、前を眺める。
  草は力強く生え、木々も逞しく聳え、花が可憐に咲いている。
  それら全ての先にある湖は、透き通るような色合いで、そう、綺麗だ。

 「あぁ、天気はいいし、空気も美味しい」

  尤も、そう感じるのは……。

 「それに、本当に綺麗」

  聖の細い両肩に手を置く。

 「そう思います。だけど……」
 「ん? 何か不満でも?」
 「まさか」

  振り向いた聖に、私は口を開いた。

 「だけど、ねぇ、聖。
  この風景をそう私が思えるのは、貴女がいるからです。
  貴女が今、傍にいてくれるから、私は此処を綺麗だと感じられるんです」

  春、桜の美しさも。
  夏、太陽の輝きも。
  秋、木枯らしの切なさも。
  冬、雪の煌きも。

 「全て、色あせていました。
  けれど、貴女が傍にいてくれるなら、同じ風景を感じられます。
  いえ、少なくとも今は、貴女よりも美しいものを、この双眸に映せています。

  湖、花、木、草――そして、私の目には、聖、貴女が映っているんですから」

  聖には癖がある。
  視線を合わせる癖だ。
  つまり、私は彼女の瞳を見つめながら、そう言った。
 
 「星……」

  紡がれる、私の名前。
  続くかと思った言葉は途切れた。
  のみならず、その瞳までもが閉じられる。

 「……聖?」
 
  彼女は、だから、唇を閉じ、私の前にいて。
  えっと、つまり、その。
  ……口吸い?

  【口吸い】:接吻という単語ができるまでの間、日本で使われていた、所謂口と口のコミュニケーション名。有体に言うと、キス。
 
  おおおお落ち着いて寅丸星、貴女はできる子よ!?
  初心なねんねじゃあるまいし、せっぷんの、の。
  聖ときす……って、きゃー!?

 「……もう。時間切れよ、星」

  え?

 「じかんぎれ?」
 「ええ、時間切れ」
 「マイッガァ!?」

  頭を両手で抱えて叫ぶ私の耳に、聖の愉快気な笑い声が響いて消えた。

  ……けれど、あぁ。

  私は、心の何処かで安堵の息をついている。
  その単語を聴いただけで取り乱したのだ。
  実行に移すなんて大それた事、できやしないだろう。
  結果、行為を果たせず聖を傷つけるかもしれない。
  だとすれば、早々に切り上げてもらえたのは幸運と思うべきか。



  こつん――と、小さな音。



  手を頭から離し、私は視線を戻した。
  ほぼ零距離に、聖の瞳。
  胸が鳴る。

 「ひ、じり……?」
 「口は、早いかしら」
 「え、あ、その……あぅ」

  思いもよらぬ追撃に、意味のある言葉を返せない。
  うろたえる様子に、聖が小さく笑んだ。
  冗談よ――そんな笑い方。

  三度目の‘冗談‘……本当にそうなのだろうか。

 「ねぇ、星」

  小さく囁き、聖は、両手で自身の前髪をかきわけた。
 
 「額なら、どう?」
 「部位の問題では」
 「違うの?」

  響きは、何処かねだるように聞こえて。
  だけど、本当は促していて。
  あぁ、そう、そうですよ。

 「……額、ならば」

  飲み込んだ唾の音が、自身の声よりも大きく聞こえる。

 「じゃあ」

  それよりも耳を支配する、優しい響き。

 「はい」



  手に手を重ねて――



 「知っていて、星?
  いいえ、貴女は知らないんでしょうね。
  知っているなら、こんなにも躊躇しないでしょうから。

  額への口付けはね、可愛らしいものなの。そう――」

 「――‘でこちゅう‘と呼ぶんでしょう?」



  ――私は、口を閉じた』





 ぺらり。





 『でこちゅうしたい。
  あぁぁでこちゅうしたいっ。
  したいしたいしたい、したいったらしたいよぉ!
  ふわさらの髪を持ち上げてちゅって、ちゅって、あぁんもぉ!
  聖はきっとくすぐったそうに笑ってあぁそんな顔された私は……私はっ!
  それでもって「しょ、う……」なんてちょっと舌足らずに名前呼ばれちゃったりして!?

  あぁんもぉあぁぁぁんもぉぉぉぉぉ!



  聖にでこちゅうしたいよぉぉぉぉぉ!!』





 ぱたん。





 私は、本を……いや、ノートを閉じた。
 先に断っておくが、閉じたのは一連の文章が終わっているからだ。
 自発的にそうしたのであって、決して、それ以外の要因からではない。

 つまり、背に浴びせられる莫大な妖気は、私――ナズーリンの行動とは関係がない。

 ノートを元あった場所、机の上に戻そうかと一瞬悩み、結局手に持ったまま、振り向く。

「やぁ、ご主人様」

 呼びかけた我が主人――寅丸星様は、長年仕える私にして余り見覚えのない表情をしていた。

「こんにちは、ナズーリン」

 感情を押し殺した声。
 ぼやけた、焦点の合っていない瞳。
 妖力で形作った独鈷杵も向けられている。

「そして、さようなら、ナズーリン」

 けれど、寸分も臆せず視線を合わせ、私は言った。

「霧の湖の描写ですけどね、間違えてますよ、ご主人。あそこ、昼間は名前通りですから」
「だって私行った事ない……って他に言う事があるんじゃないでしょうか!?」
「これは流石に私でもどうかと思います」

 指示のとおりに率直な感想を伝えると、主人は勢いよく仰け反った。

「しかも、ご自分の筆記にもかかわらずキスがダメって。
 どれだけ乙女ですか。
 ご自重ください」

 誤解される事が多いのであらかじめ言っておくと、私は主人を尊敬している。
 部下という立場においても、一個の妖怪としても。
 彼女は強く賢く美しい。

 いささか特定の感情に振り回されがちだと思わないでもないが、なに、ご愛嬌だろう。

「――じゃなくてっ! もっとこう、謝罪とかあるじゃないですか!」

 両手を丸め拳を作った反動で戻ってくる主人。
 顔は、頬も耳も赤く染まっている。
 先ほどと変わらず、だ。

 態度をそのままに、私は返す。

「そうは言いますがね。
 此処がご主人様の自室ならば謝りましょう。
 ですが、この部屋は居間です。団欒の場、皆が集う場所。
 そんなところにぽつねんとノートが一冊ですよ。
 ……普通、見ませんか?」

 呻き声をあげ、主人は怯んだ。

「わ、私はちゃんと自室で書いていました! 
 それが忽然となくなっていたんです!
 ナズ、貴女が持ち出したのでは!?」

 主人は眼光を鋭くし、私を睨む。
 若干涙目ゆえ、全然怖くない。
 むしろ可愛い。

 ……こほん。

 動揺されているようだ。
 私が彼女に対して不利益になる事をすると思っているのだろうか。
 宴会での些事ならともかく、こんな子供染みた悪戯をする訳がない。

 そんな私の思いを知らぬ主人ではないのだ――動揺という他、あり得ないだろう。

 ……そして、犯人の目星もついた。

 さて、どうするか。
 一つ唸って覚悟を決めた。
 有耶無耶にしてしまうのが手っ取り早い。

「ご主人様。
 犯人は私じゃない。
 今それを、証明してみせましょう」

 未だ腰をかがめて視線を合わせてくる主人に、私はノートを開き、読み上げた。

「『私にでこちゅうしたい、まで読んだ』」
「全文じゃないですかそれ!?」
「『私はセンチョにしたいなぁ、ちゅっちゅって』」
「一輪、直接言いましょうよ!」
「『ちゅっちゅっ、は駄目です。ちゅ、なら。だって、私も、その』
「なんて羨ましい! じゃない!?」
「『心情及び動作を主としているため、風景が分かりづらい。
 その心情においても至る過程が書かれていなく、物足りないものがある。
 ただ、最後の行為は破壊力がある。結局、これをどう思うか次第であろう』」
「妄想に冷静な指摘はいりませんよ、うんざぁぁぁんっ!!」

 両手をあげて吠える主人。
 含めたフェイクは一つ。
 すかさず、撃ち込む。

 もう一つのフェイクを。

「『えっと。その、ごめん』バイ」
「ぬえ、ですか」

 かすれた呟きに、私は頷いた。

 この命蓮寺でその手の悪戯をするのは、確実に彼女だ。

 振り上げた拳のやり場がない――主人はそんな表情をしていた。
 握る独鈷杵に込められた‘力‘も、急速に弱まってきている。
 この程度の悪戯、謝罪があれば罰を与える訳にもいかないのだろう。

 ……こういうヒトなのだ。主人は。

「と言う訳で、私が犯人ではないんですよ、ご主人」

 ノートを閉じる私に、主人は首を縦に振る。

 誤解は晴れた。
 犯人の罪も許された。
 さぁ、後は、主人の拳のやり場と証拠隠滅だ。

 一旦目を伏せ気を入れなおし、再度主人に向き合う。

「それにしても……でこちゅう」
「な、なんですかいいじゃないですか!?」
「どうとも言っていません」

 言葉を繰りつつ、そろりと手を伸ばす。

「知っていますか、ご主人様」
「何をです……って、ナズ?」
「額へのキスは、友情表現らしいですよ」

 華奢な両肩を掴むと、主人は不可思議そうに私の名を呼んだ。

 そう、不可思議そうにだ。
 この先の展開が読めないのだろうか。
 あぁ……読めないのだろう。

 自身へと向けられる絶対の信頼に、微かに表情が歪んだ。

「ねぇ、あの、ナズ……?」

 本来ならば手にするべきだが――。

 つま先を伸ばし、主人の額に狙いをつける。
 少し癖のある金色の髪がくすぐったい。
 思いつつ。

 私は、口を開いた。



「っぢゅぅー!」
「いっだぁぁぁ!?」



 わりかし強めに歯を突き立てるワタクシ。

「これぞ‘でこにチュウ‘ってやかましいわ!?」
「おや、一人ボケ突込みですか、ご主人様」
「ナァァァズゥゥゥ!」

 独鈷杵を振り上げる主人。

「あぁ、そう言えば。
 さっきの、皆からの感想。
 聖様のは嘘ですよ。あの方は、読んじゃいません」

 そう、それでいいんだよ、ご主人様。

「そう、ですか。で、今の行為について、何か言いたい事はありますか?」
「今夜の晩御飯はチーズ乗せチーズがいいな」
「あぃわかりました!」

 穂先に眩しい光が集まり――



「ありがとう、ナズ――法力‘至宝の独鈷杵‘!!」



 ――絶対正義の弾幕が放たれた。




 空が青い。今日は天気がいいようだ。

 ……やれやれ、ばれてしまっていたか。
 彼女に対して、私が子供染みた悪戯などするわけがない。
 だから、あれは、やり場のない怒りを向けさせる為の行為。

 概ね、上手くいったようだ――煌めく弾幕にノートもろとも貫かれ、空へと放り出された私は、自身の仕事に満足の笑みを浮かべた。

 ふむ。
 雷に象られた私。
 デコレートされた鼠。



 ――つまり、これもまさしく‘デコチュウ‘なり。あっはっは。ちゅう。





               <幕>
・でこちゅうっていいですよね! お読みいただきありがとうございます。

・星さんマジ乙女。
・ナズは忠臣。弄りつつも敬意は常に持っている、と私が嬉しい。
・一輪とセンチョはでこちゅうのしあいっこしていればいいと思うよ。
道標
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
わたしも嬉しい
2.名前が無い程度の能力削除
わたしも嬉しい
3.名前が無い程度の能力削除
わたしも嬉しい
4.名前が無い程度の能力削除
わたしも嬉しい
5.ぺ・四潤削除
わたしも嬉しい
6.名前が無い程度の能力削除
アタイったら最強ね!
7.名前が無い程度の能力削除
ごめん…実は俺、せんちょ×ぬえ派なんだ…
8.名前が無い程度の能力削除
ナズさんステキすぎるぜ…

わたしも嬉しい
9.名前が無い程度の能力削除
あぁんもぉあぁぁぁんもぉぉぉぉぉ!
落ち着け俺…ちゅっちゅの数をかぞえるんだ…
でこちゅっちゅ
10.名前が無い程度の能力削除
「あれどこ」「ああ、あれ」
で解り合える星となずね