この話は、作品集52、『神様だって恋をする 』の設定を引き継いでおります。
そちらの方を先にお読み頂けると何となく話が飲み込めるんじゃないかなと、思います。
日課であるMy賽銭箱の蓋を開ける作業が今日もやってきた。
毎朝これを行っているが、賽銭が入っていた試しなど一度も無い。
──そう、これまでは。
ここ一週間。毎日のように賽銭が入っていた。
これに私のテンションが上がらない筈が無い。
今日もルンルンルン気分でスキップなどを踏みながら賽銭箱の前へ。
さぁ今日は幾ら入ってるかな? 10円? 100円? それともご、ご、500円?
「ん? これは……。」
──手紙だった。
いや、封書といった方が正しいのか。勿論目的の賽銭も入っていたのだが、あからさまなその白い物体を無視できるほど、私の神経も図太くは無かった。
賽銭の中身を数える片手間で、中身を見てやることに。
宛名も差出人の名も無かったが、この博麗神社に入っていたのだ、私宛で間違いない。
──いや、今はもう一人居るか。
とにかく中身を見てみることに。すると真っ白なその紙には短くこう書き連ねられていた。
「 シキュウ サナエヲ カエサレタシ 」
差出人など、調べるまでも無かった。
「霊夢さ~ん! どうかされたんですか~?」
いつもの巫女服に、私の割烹着を纏った早苗が、神社の裏手から回ってきた。
グシャ!
「何でもないのよ、早苗。それより朝ごはんに呼びに来てくれたんでしょう?」
早苗から隠すように手紙を握りつぶす私。
少々不信そうなそぶりを見せるも、私の問いに素直に頷く彼女。
「はい! 冷めないうちに食べて貰いたくて!」
「そう。何時も悪いわね。」
「いえ! 居候ですから、このくらいは!」
まぶしすぎるくらいの笑顔で答えてくれる早苗。
──そう、彼女は今、ここに訳あって居候しているのだ。
急かす早苗に背中を押されながら私は居間へと向かうのだった。
ことの発端は一週間前──
「はぁ? 暫くの間泊めて欲しいですって!?」
「お願いします! 私、何でもしますから!!」
その日早苗は、突然博麗神社の境内に現れたかと思うと、暗い顔して項垂れていたのだ。
何度か声も掛けたが、返ってくるのは気の無い返事か意味不明な言葉……
これはもう放っておくしかないと思ってたら夕暮れ時になってそんなことを言い出してきた。
その時の私はといえば、勿論良い顔などしなかった。
泊めるだけならまだしも、この調子じゃ食事だって必要だろう。
しかし、現状では私一人の分さえ十分に用意出来ないのに、二人分の食事など賄える筈が無かった。
渋る私にただただ繰り返し頭を下げる早苗……。
(困ったわね……。)
理由は知らないが、そうとう困っている様子なのは伺える。
今朝から今の今まで境内の階段に座り込んで黄昏ていたのだ、余程の事だろう。
力になってやりたいのは山々だが、私にはちょっとばかし荷が重すぎた。
胸の前で腕を組み、どうしようかと考えあぐねていると、早苗が急にばっと私の手を取った。
「なっ! なに!?」
「お使いですか!? 宜しければ私が!」
腕にぶら提げていた買い物袋が目に入ったのだろう。
早苗は私から強引に買い物袋を奪い取ると、そのままこの場を立ち去ろうとした。
「ちょっ!? 待ちなさい、早苗! 私はまだ、アンタを泊めるなんて言ってないわよ!?」
「良いからお任せください!」
良いからって……一体何を買えば良いのか分ってるのかしら……。
そもそも財布の中身などあってないようなもの……普段あの子が買ってるものなんて買えやしないだろうに……。
私が止めるのも聞かず、飛び去ってしまう早苗。
「はぁ……仕方ない。すぐに戻ってくるでしょう……晩御飯は在り合わせていっか……。」
果たしてその在り合わせがあるかどうかも不明だったが、今から追いかける気力も無い……
──いや。
なんだろう、巫女としての勘が告げているのか、一瞬でも早苗を行かせても良いと思ってしまった自分がいたのだ。
(……まさかね。)
しかしこの後、私は信じられない奇跡を目の当たりにする事になる……。
早苗を買い物に送ってから一時間後。
玄関を開けて入ってきた早苗に、お小言の一つでも言ってやろうと、そして仕方ないから一晩泊めてやる。
少ないけど、私の一食分、分けてあげると言ってやるつもりで私は出迎えた。
──が、
「なっ、何よそれは!?」
信じられない事に、私の買い物籠は大量の食材で一杯になっていた。
「あっ霊夢さん! 只今戻りました!」
何事も無いかのように、笑顔で帰ってきた早苗に私は唖然としてしまった。
「只今って……どうしたのよ、その食材は。」
買い物籠を指差す私に、最初は不思議そうな顔をしていた早苗も、漸く合点がいったのか得意そうな笑みを浮かべた。
「里の人達からの、お裾分けです!」
そう言って胸を張る彼女──悔しいが、明らかに私よりもある。いや、何が、とは言わないが……。
そんな早苗からふんだくった買い物籠の中身には、ありとあらゆる食材で溢れ返っていた。
その中には野菜だけでなく、なんとお肉まであったのだ!
「ぶ、ぶぶ豚バラじゃない! これもまさか貰ったなんて言わないわよね!?」
お肉なんて高級食材……まさかこの手に触れるときが来るなんて……。
「何をそんなに驚いてるんですか? それはですね、お肉屋の店主が気前良く振舞ってくれたんですよ。
前を通りかかっただけなんですが、声を掛けてくださって。『いつも山から来るなんて偉いね。』って。
『今日までのだけど、良かったら食べてくんな!』とも言ってました。ああ、でも勘違いされてたみたいで、
三人分も貰っちゃいましたけど。」
照れくさそうに一部始終を話してくれる早苗だったが、私は話半分しか聞けなかった……。
なんせもっととんでもないもの見つけてしまったからだ。
「早苗さん? こここここ、これってもしかして?」
「どうしちゃったんですか、早苗で良いですよ。えっと……ああそれは『メロン』です。ひょっとして知らなかったですか?」
──知らないはずないじゃない!
野菜、肉に続いて、フールツである。はははっ、笑いが止まらねえや。
「あっ、それより霊夢さん!」
「……な、なによ?」
急に腰に手を当てお説教スタイルなんて取るもんだから、思わず私も身構える。
しかし言葉を続ける早苗の顔には悪戯っぽい笑みが広がっていた。
「財布間違ってましたよ。中身無いじゃないですか。霊夢さんでも、こんなミスしたりするんですね……私、なんかだか安心しちゃいました!」
何かと思えばそんなこと……。
どうやらその財布の僅かな残りが私の全財産とは思いも付かない様子だった。
しかし、今はそんなことはどうでもいい……!
「早苗! 貴女……好きなだけ此処にいても良いわ!」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!!」
こうして博麗神社に下宿することになった早苗。
しかし彼女の起こす奇跡はこれだけに飽き足らず、早苗が居候を始まてからと言うもの、様々な形で舞い降りてきた。
例えば早苗目当ての参拝客がやってくるようになったこと。
どうやら里の信仰者達が、山に行くのは大変だが博麗神社ならと喜んでやってきているのだ。
当然ここにある賽銭箱は私のしかない。一応分社も建ててあるんだから私の持分という事で問題ない筈だ。
ちなみにこれは早苗も了承済みだ。『泊めてもらってますから。少ないかもしれませんが、その御代だと思っていただけると助かります。』
だ、そうだ。
それだけではない。
「あ、あのう……神社の可愛い巫女さんに会いに来ました……。」
(ああ、早苗目当ての参拝客か……。)
なんとも冴えない男の二人組みが年季の入った一眼レフを片手に境内へとやってきた。
巫女、といえば勿論私もそうなのだが、早苗が人気者なのはこの度の事でよく分っていた。
だから当然彼らの言う、“可愛い巫女”とは彼女の事だと私は察したのだ。
「早苗なら奥に──。」
しかし思わぬ展開が、私を待っていた。
「あ、いえ早苗さんじゃなくて貴女に会いに着ました……」
「わ、私!?」
驚愕の出来事に、私は咄嗟に聞き返してしまった。
すると男達は、揃って頷いて見せたのだった。
「そ、そんなことって……。」
──有り得ない。
そう思ったのも束の間、更なる客が境内へとやってきた。
今度は子供の集団だった。
「あ! 見ろよ! 博麗霊夢だぜ!」
「ホントだ! けーね先生が言うとおり実在したんだ!」
(じ、実在ってアンタ……)
思わずこけそうにもなったが、すんでのところで食い留まる。
自分の認知度の低さが最早此処までとは思わなかったのだ。
どおりでいままで参拝客がこないわけだ。
そんな初めての参拝客に、私は何をして良いのか分らなかった。
早苗がいてくれなかったら、ホントどうなっていた事か。
「ほら霊夢さんも見た目は可愛いんですから、笑ってあげたら良いじゃないですか。」
「アンタはいつも一言余計なのよ。」
ゴン
「痛い!」
でも、助けてもらっておいて頭叩いて終わりもどうかと思うわね、人として。
だから練習もかねて笑って見ることにした。
「でもそうね。一応お礼は言っとく。ありがと。」
ボンっ!
ぷしゅ~
「? ちょっと早苗? なに顔赤くしてんのよ?」
天然って本当に分んないわね。
そんなこんなな一週間。振り返って見ると本当に充実していたと思う。
そしてそんな充実した一日の終わりを夕日が告げようとしていた。
「今日のおかずは何かしら♪」
最近では台所は早苗に任せっぱなしだ。ついでに財布も預けてある。
何だか自分が着実に堕落していっている気がする……が、それも杞憂だろう。
「今日は鮮度の良いお肉が手に入ったので、奮発してすき焼きにしてみました。」
そう言って出される具沢山の鍋からは湯気さえも美味しそうに立ち上っている。
私は舌鼓を打ちながらちゃぶ台の前に座る。そして早苗は炊飯器を持って私の向かいに座った。
「あの……霊夢さん?」
私にご飯を山盛りによそってくれたお茶碗を手渡しながら、何やら遠慮がちに早苗は呟いた。
「何? 改まって?」
「あの……私が居候を始めて一週間が経ちますよね?」
「そうね。それがどうかした?」
「……迷惑じゃないですか?」
「何かと思えばそんな事。私は最初に言った筈よ、好きなだけいなさいと。それに迷惑ならさっさと追い出しているわよ。」
早苗を置いているのはこれまでの功績があってこそだ。それ以外に他意はない……はずだ。
「じゃあ……私、霊夢さんの役にたってますか?」
「たってるってもんじゃないわね。早苗さまさまよ。あっ、あんたそういや現人神だったわね。いっその事ここで祭っちゃうかしら。なんちゃっ──」
「本当ですか!? 霊夢さんが望むなら私……!」
「ちょっ? 何、真に受けてんのよ、冗談よ冗談。」
早苗ってば生真面目なんだからと、笑って見せるも、何故か乾いた笑いしか出て来なかった。
──なに、この空気……。
「私が家を飛び出してきた理由。まだ話していませんでしたね……。」
それは単に、私がめんどくさかっただけだ。
「私、あの2人の関係を知って戸惑ってしまったんです。受け入れられなかったんです……。」
2人とは、やはり神奈子と諏訪子の事だろう。しかし、関係とはなんだ? 早苗の話は全く要領を得ない。
「で、でも今ならわかる気がするんです! 霊夢さんと一緒にいる今の私なら! ううん、本当は気付いていなかっただけ……私、霊夢さん事──」
「待って!」
──殺気!?
場の空気を一瞬にして氷付かせる程の殺気に、私はつい早苗の話を遮ってしまった。
(よくも早苗を誑かしてくれよったのぉ?)
神奈子だった。
早苗の視界に入る事を嫌ったのだろう。早苗の頭上を陣取り、ふよふよと浮かぶその姿を見るに、どうやら実体では無いのかやけに透けている。
だがその威圧感は本物だ。
(言い掛かりも甚だしいわね……早苗が望んで此処にいるのよ? それでも無理やり連れてこうってんなら私が容赦しないわよ?)
(……やる気かい?)
(必要ならば。)
これだけのやりとりを全て目だけで済ませると、互いに臨戦態勢に入る。神奈子も実体化が徐々に始まっている。
きっと分社を通してやって来ているのだろう。
袖にそっと針と札を忍ばせる。
いつでも投擲できるよう意識を目の前の神奈子に集中させている、その時──
(またなの!? それも今度は後ろから!?)
此処にきて殺気がもう一つ。
神奈子のそれに引けをとらないそれは私の真後から感じられた。
諏訪子か、最初はそう思った。しかしその答えは間違っていたのだと直ぐに気付かされた。
──殺気は、私ではなく早苗に向けられていたのだ。
「…………私の霊夢にちょっかい出すなんて良い度胸してるじゃない……この泥棒猫が……!」
振り返らなくても声だけで分った。
それに微かに漂う少女臭……紛れも無く紫のものだ。
(くっ……! 近頃姿を見せないと思ったら……こんなときに!)
下に恐ろしきは早苗の鈍感さだろうか……よもやこれほどの殺気にも気付かないとは。
ひょっとしたら私の知らないところでずっと早苗は紫に監視されていたのかもしれない。
兎に角これは不味い。
三つ巴となっては勝機薄い……。
いや、今の私は早苗の精進料理のお陰でスペックの全てを発揮出来る。勝つ事は難しくないように思える。
ましてや正気を失った愚か者どもが相手とならば、だ。
しかし、早苗はどうなる?
彼女に危害が及ばないという保障はどこにもなかった。
だから私は苦肉の策に出た……。
「霊夢さん……?」
早苗からすればいきなり沈黙して驚いている事だろう。
だけど今は事情を話している余裕など無い。
──ごめんなさい、早苗。
「早苗……今から山に帰んなさい。」
「え……?」
まるで信じられないものでも見たかのように、早苗の目は大きく見開かれた。
「でも! ……でも霊夢さん、好きなだけ居て良いって……!」
何を必死になっているかしらね……今の早苗は駄々を捏ねる子供のようだった。
「確かに言ったわ。でも私は事情を知ってしまった。そしてそれが貴女の中で解決していることも。」
大きな瞳に涙を一杯浮かべて……拭いなさいよ、全く、見っとも無い。
「アンタには隠してたけどね、神奈子から手紙が着てたのよ。帰ってきて欲しいって。」
「えっ……?」
本当は私への脅しだったけどね。嘘も方便よ、うん。
「そりゃあいつらが無理やりにでもアンタのこと、連れてこうとかなら私は許さないよ?
でもね……アンタの心の整理がつくを待って、その上で帰ってきて欲しいって願ってる奴らが居んのよ?
私は、帰ってあげるべきだと思うけど……?」
「霊夢……さん。」
すっと、早苗は立ち上がると私の隣までやってきて丁寧に指まで揃えて土下座をしてきた。
「長い間……お世話になりました。」
「ちょっ、早苗! そこまですることないわよ!」
私の制止も聞かず深々と頭を下げる早苗に、私は居た堪れない気持ちになった。
やがて満足したのか、早苗は黙って立ち上がると、今度は襖に手を掛けた。
居間を出る前に彼女は一度立ち止まると私に振り返った。
「また……遊びにきても良いですか?」
ここに来る連中は一々私の許可なんて取らないわよ。
「……もちろん。いつでも来なさい。」
「…………はい!」
早苗は、笑顔で去っていった。
瞳には涙をいっぱい浮かべて──。
「すまない……。」
「ホント、罪作りな娘。」
それだけ言うと、神奈子も紫も姿を消した。
……全く、なんのことやら。
一人残された私は二人分のすき焼きを一人で突付いた。
──あれ、おかいしわね……美味しい筈なのに、全然味しないや。
次第にしょっぱくなってきたのは私だけの秘密ということにしておこう……。
次の日──
良く晴れた青空を見やげると、太陽が眩しくてつい手で顔を隠してしまった。
じゃあ何故空なんて見上げたのかって? それは声がしたからよ、私を呼ぶ声が──
「……むさ……れい……さ~ん! 霊夢さ~ん!!」
何やら大喜びで素っ飛んできた早苗は、土煙を壮大に上げつつ境内へと着地した。
「霊夢さん! 聞いてください!」
そんな至近距離で叫ば無くても聞こえてるわよ。
早苗が居なくなったとたん、参拝客の足取りも綺麗に途絶え、私以外の生き物が全くの皆無であるこの博麗神社では尚の事である。
……あれは何かの奇跡だったのかしらねぇ。
「私、お二方とちゃんと和解することが出来ました! あっ和解って言うのもなんかおかしい気もしますが──」
「良かったじゃない。」
「はい! 霊夢さんのお陰です! あっ、それとですね──」
ふわっと、来たときとは大違いな程に優しく風に乗る早苗。
宙に浮いたままの姿勢で早苗は、私に向かって何やら警告でもするかのようにビシッと指を指してきた。
「──霊夢さんには私が傍に居ないと駄目だって事、いつか絶対に判らせて上げますから! 覚悟していてくださいね!」
何を覚悟すれば良いのよ……なんて突っ込みを思わず飲み込んでしまう程に──
飛び去っていく早苗の笑顔は魅力的だった。
どんどんやってしまってください。
どんどん書いてくれーい
続いちゃうんでしょう!?
早苗さんがいなくなって堕落しきった霊夢の元に通い妻となった早苗さんがやってくる話はまだですか?
素晴らしい。レイサナは素晴らしい。
もう二人結婚しちゃいなよ!!
神奈子さま本当は早苗さんがいないからって、1週間諏訪子さまと新婚生活を思い出して遠慮なくちゅっちゅしてたんだろ!!
お願いします。その一週間を神奈子さま編でぜひお願いします。
むしろお願いしますw