小さい音が聴こえる。
風が大広間を過ぎていき、庭の大きな木が茂っている音が一層、強くなったと思ったら、視界が急に明るくなった。
「・・・。 何よ、起きちゃったじゃないのよ・・・」
途端に目が覚めると、太陽の温かい光がギラギラと私の顔を照らしていた。
朝に行う庭掃除など、一通り、やることを終えたあと、少し横になったはずだが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
まるで子猫のように丸まって寝ていたところ、陽が強い割に風が吹いてきていたのだろう。 肌寒かったせいでこんな格好で寝ていたようだった。
「ふぅ・・・」
何かの夢を見ていたような気がするが、目が覚めると見ていたものは忘れるなんて誰にでもあるはずと言われているけど、今の私も夢の内容なんて覚えていない。
儚いような楽しい夢だったような気がするが、どんなものだったかなんて、直ぐに言えるほど、簡単に考えは生まれてこなかった。
それどころか考えれば、考えるほど、低迷するばかりで、いっそ思い出す努力を止め、立ち上がる。
「よいしょっと!」
一気に立ち上がり、身体を仰け反らせて背伸びをしてみるとバキバキと間接が鳴っている音がした。 鈍った身体に鞭を入れ、昼ごはんの用意をしようと、台所に歩いていく。
朝は白いご飯に味噌汁と秋刀魚だったから、昼はご飯と、味噌汁と、簡単に納豆なんていいかもしれない。
「お米を洗って、それから野菜を切って・・・」
いつものように調理を進めていき、釜に研いだ米を入れると、薪に火を点けて炊いていく。 反対に火を点けたところで、鍋に入れた水と野菜を温め、味噌汁を作っていった。
日ごろ、毎日やっているせいでたんたんと作業は進んでいき、ご飯の炊けるいい匂いと味噌汁のダシの匂いが家中を駆け巡っていく。
「昼ごはんはまだ?」
ふと後ろで声が聴こえたので、振り返ってみるとそこには居候の萃香が顔を輝かせながら立っていた。 あまりの表情に、苦笑いをしてしまいそうになるがここは平静を保っておく。
「あんたは、作り終わる頃にいつも来るわね。 実は、狙ってるでしょ?」
「別に、狙ってなんかないわよ。 そんなことより、早く早く!」
「・・・。 はぁ・・・」
思わずため息が口をついて出てしまうほど、気が重くなるがこれもいつものことと言えばいつものことなのだ。
その後も昼ごはんは瞬く間に出来ていき、太陽がちょっと西に動いたかなと思う頃には2人分の食事が食卓に並んでいた。
「わぁ~!」
質素ながらも、白菜の漬物や豆腐、納豆だけではなく、一通りのものを揃え、それらを置いてみると思ったより、
豪勢に見えるのは、日ごろろくなものを食べてなかった昔を思い出させるからか・・・。
居候の萃香が神社に、来てからというもの、自然とおかずに気を使っているのか、だんだんとレパートリーが増えているような気がした。
「食べよう! 食べよう!」
「全く調子いいんだから、あっ! 何、昼間からお酒なんか飲んでるのよ! 私にも頂戴よ!」
「えっ!? 飲むっていうなら、私は大歓迎だけど・・・。 うそ、ひょうたんに口つけた!」
迷いなく、ひょうたんの中の酒をラッパのみする。 萃香が衝撃的な顔をしているが、このほうがおいしいのだ。
それはさておき、鬼の飲むお酒は私たち、人間にはきついくらいのアルコール度数だが、昼間の暖かいときに飲むというのはお酒に強い私でも、本当に酔いが早く来そうな感じだった。
一口、飲んだだけで少しからだが熱くなり、体温が上がったかのようだ。
「巫女が昼間にお酒なんか飲んでいいの?」
私が気兼ねなく、お酒を口にしたことに疑問があってか、唐突に聞いてくる。 今さら、そんなこと聞いてどうするというんだ。
「大丈夫、神様も目を瞑ってくれるわよ♪」
饒舌に言葉を紡ぐあたり、私は酔っているのかもしれない。 丁寧に両手を合わせて、2人でいただきますをする。
普段どおりの昼の風景、2人仲良く話をしながら、食べるご飯は昔、1人ぼっちで食べていたときとは全く違うものだった。
「・・・。 あれ?」
「・・・!? 急にどうしたの?」
自然と笑顔が溢れ、話に華を咲かせていたとき、ふと脳裏に何かがよぎった。 それはとても暖かくて、まるで身体中が、ぽかぽかしているような・・・。
(そうだったのね・・・、私が見た夢って・・・)
私の見ていた夢は儚いものではなく、萃香と一緒に楽しく団欒をしている今の姿だったのだ・・・。
「大丈夫?」
心配そうに声を掛けてくれる相手が居る。 ただそれだけなのに、1人で広い神社に住んでいたときとは違う。 誰かが、ときおり尋ねてくるのとも違う。
真に触れられる人が居る。 本当にそれだけなのに、こんなに暖かい・・・。
「うん、大丈夫よ・・・」
「大丈夫なの? 良かったぁ・・・」
気付かないうちに、私は萃香との時間を大切に思っていた。 昔の自分と比較しながら、私はこの時を大切にしている、そう実感できた瞬間だった。
この後、気分を良くして、真昼間から、飲みすぎてしまうのは言うまでもない。