「……ふんぅ、ふわぁあ」
もぞもぞと、寒さに耐えながら毛布をから這い出るようにして起きる。
私は何時の間にか寝ていたのか……。あ、いけない、閻魔服そのままで寝ちゃった。
「ふんん……ん?」
あれ? 何で私布団なんかで寝てんだろ? 寝た記憶がないのに……。
思い返してみる。私は昨日、裁判の資料を整理していて、それで思った以上に片付かなくて、それで徹夜になって……
「で、この状態と……?」
訳分からない。まだ、頭が寝ているのかも。とりあえず、洗面台で顔でも洗ってこよう。
そう思って、私は布団から立ち上がり、洗面所まで向かう。
私が住んでいるところは、謂わば屋敷のようなところ。イメージするなら、白玉楼が相応しいところだ。なので、部屋から出ると、目の前に日本庭園が広がる。今は雪が積もっていて、中々幻想的だ。
まぁ、閻魔が仕事だし、これくらいの居住であってもいいだろう、と私は思う。私は庭園を左手に、静々と廊下を歩いていく。
歩いている途中、何か香ばしい匂いが立ち込めてきた。
「あれ?」
台所を、誰か使ってる?
私は正体を確かめるため、台所に進路を変え、廊下を進む。
台所を覗くと、見慣れた赤く、二つに結んだ髪。体つきは私より遥かに大人っぽく、その癖あどけない表情で私に笑顔で挨拶してきた。
「あ、おはよーございます。映姫様」
「小町……あなただったの。このいい匂いの元は」
「あ、はい。今朝御飯作ってるんで。そんで、もうすぐ出来るんで、映姫様は顔でも洗ってきてください」
「……」
「? どうしたんですか?」
「べ、別に」
ぶっきらぼうにそう言って、私は足早と洗面所に向かう。
正直、顔が赤いのは冬の寒さのせいではないだろう。
小町は、私の家に居候している。
理由は、小町が借金のカタで、住居が没収されてしまったからだ。おかげで小町の住居は無くなり、小町は路頭を迷う羽目に。しかも、時期的に冬に近いから、厳しい生活を強いられることになる。
ただ、これだけだったら、私は手を伸ばすことはない。「借金を返せなかったあなたの責任です」とだけ言って、仕舞いにするだろう。
けれど、私は知っている。
小町が借金をしたのは、金に困っていたからではなく、赤子を母親に会わせるために使ったのだ。
その赤子はまだ生まれてからも間もなく、母子諸共死んでしまった。母親は善行を積んでいたこともあって、すぐに河を渡れたらが、生まれたばかりの赤子はそうもいかない。
河の距離は、その人に費やした金額の量で決まる。しかし、まだ生まれて間もない子どもが死んでしまったら、一体どうなるのだろうか?
もちろん、金額はゼロなので、延々と三途の河を渡る羽目になるだろう。いや、渡ることすら出来ないのかも知れない。いずれにしても、本来ならそれは仕方が無いことで我々――閻魔や死神は放っておくしかないのだ。
だけれども、小町はそれを見て、あろうことか借金をしてまで持っている金を全て費やし、足りない分は自分の能力で補った。
ただ、赤子を一刻も早く母親に会わせるために。
そうして、結果上、自分の家の犠牲にしてまで行動した結果、赤子は無事に母親に再会したのである。
私は、それを偶然見てしまった。
本来なら、閻魔の責務を果たすため、明らかに立場を超えた行為をした小町を叱責し、小町を罰するなりなんなりするのが普通だ。私も最初はそうするつもりで、小町に近づいていった。
けれども、親子を見送った後で浮かべた小町の笑みは、余りにも寂しそうな表情で、私は思わず足を止めてしまった。
(もしかしたら、小町も人肌が恋しいのかもしれない。それで、あんな行動に出たのかも)
そう思ったら、私は急に胸が苦しくなって、それで思わず小町に近づき、こう言ってしまった。
「小町。今日から、私の家に住みなさい」
そしたら、小町は目を見開いて驚きながらも、儚げに微笑んで、「それじゃ、映姫様のお言葉に甘えて」と言ってくれた。
そうして、小町は私の家に住み始めた。
「いっただっきまーすっ」
「……いただきます」
食卓の上に乗った、朝にしては数が多すぎるおかず達を小町はどんどん胃袋に納めていく。
「あれ? 映姫様、食べないんですか? っは! もしかしてアタイの作った朝食が口に合わなかったとか!?」
「い、いえっ! そんなことはありません! いただきます!」
小町が折角作ってくれた朝食を、私が無駄にするはずがない。まずは未だ寝ている胃袋を起こすために、温かい味噌汁を啜る。
私は目を見開いた。
「おいしい……!」
「そうですか? おいしいですか? いや~、よかったぁ~」
小町は心から安堵した表情で笑う。
「すごいですね。こんなおいしいお味噌汁を食べたのは、初めてかもしれません」
「そんな褒めないで下さいよぉ。たいした味噌汁じゃありませんから」
「いえ、これは結構おいしいですよ。私が言うんだから、間違いありません」
「……そうですか? えっと、ありがとうございます」
小町が私の顔見て、くすっと笑った。
すると何でだろうか。私の心臓が突如鼓動を早めた。ドキドキ、ドキドキと胸の高鳴りが聞こえる。
「あれ? 映姫様、顔赤いですよ?」
「そ、そうでしょうか?」
「そうですよっと。どれどれ……」
「……っ!?」
小町が急に身を乗り出してきて、私の額に自分の額を合わせてきた。それに伴い、鼓動のリズムもバクバクバクバクとビートを刻む。
「う~ん、熱は無いようですねぇ……。冬だからかな?」
「こ、こ、小町!」
「あ、はい」
「は、はや、早く離れなさい!」
「え? あ、はい……」
小町がスッと身を戻し、私はホッと一息吐く。
あのまま小町とくっ付いていたら、私は酸欠で倒れていたかも知れない。
「あのぉ……大丈夫ですか?」
「え? は、はい! 心配ありません! おっと、もうこんな時間じゃありませんか!? 早く朝食を全部食べなければ!」
「あ! 映姫様!?」
私は次々と朝食を胃袋に納めていく。
炊きたての、小町が炊いたご飯。焦げ目が絶妙な、小町が焼いてくれた焼き鮭。混ぜ具合が完璧な、小町がかき回した納豆。漬け具合が最高な、小町が漬けた漬け――
「うがーーーーーーーーーー!」
「え、映姫様ー!?」
「ご馳走様でした! 行ってきます!」
私はドタドタと(むしろ雪でさくさくと)、是非曲直庁へと走る。
(これ以上あそこいると、仕事が出来なくなる! 急いで! 急いで書類に身を埋めなければ!)
私はそのまま走って是非曲直庁まで出勤した。
けれでも、着いた時にふと小町が作ってくれた味噌汁の味を思い出してしまい――
「――っ!」
今日は仕事に集中出来るか、不安になった。
さあ、早く続きを書くんだ
あまりの萌えっぷりに夜しか眠れないです
私がこまえーきに目覚めたのは二人の存在を知ったときからですよ