それでも季節は春だった。悲しいことに。
聖の復活以降、命蓮寺は順風満帆だったと言える。それは、問題なく里に建立できたこと、また里の面々から拒絶されることなく、日々の糧を得られることなどからも明白だった。
聖風に言えば、人心未だ荒廃せず、重畳至極、と言ったところだろうか。
そう、一点。只一点、毘沙門天の代理がぷくぷくと太りつつある点を除けば。
最初に気がついたのは、毘沙門天より監視を任されているナズーリンだった。
最近の星の生活はといえば、聖救出のために張り詰めていた緊張が解けたこと、また里から受け入れられたことから、穏やかなものへと変化していた。
具体的に言えば、甘味三昧である。
さぁ今日も行きますよと毎朝毎朝グイグイと渋るナズーリンの腕を抱きかかえて半ば引きずる勢いで里の甘味処へ日参する姿は、かつての面影などどこにあろうかという状態だった。
そう、そんな日々だったから、ナズーリンが気がつけたのだ。かつて腕を引かれた際に感じていたみっちりとしていた肉感が、今やむっちりという肉感に変化いていることに。
そして今、守矢の巫女が聖へと贈ったものは、部外者の目から見ても最早そうなのだと告げるものだった。
虎縞のだるま
「藪から棒に、どうしたというんだい? こんなものを」
「えぇ、里で見つけまして、これはと思いまして。みっちり、むっちり、もっちりの三種類があるんですが、これはむっちりタイプです。如何です?」
よくもまぁ、そこまでの出鱈目を、とナズーリンは内心毒づいた。どこからどうみても手作り品。ご丁寧に、背中には『いんすぱいやーど・ばい・星』の文字。
こっちにしようか悩んだんですよ、と豚の貯金箱を掲げてみせる始末。イイ性格に磨きがかかっているのは唐傘のせいか。聖の後ろに控えている星の目は既に涙目となっていた。
そんな二人のやり取りを尻目に、どうしたものかしら、と実のところ聖は悩んでいた。
確かに星の甘味三昧が一因で命蓮寺の財政がほんのりと桜色だったりするので、これを機に星の生活が改められるのならと思う一方、長きにわたって張り詰めていた気を緩めるのに甘い物がなによりだというならば信徒としてそれを拒むのもどうかと。
そんな悩める聖から、ちらりと視線を送られたナズーリンは肩を竦め、
「うん? 虎縞のだるまなどこの命蓮寺には既にあるよ?」
「そうなんですか?」
「ああ。最近猫と見分けがつかなくなってきていてね。いっそのこと丸くしてしまえば、分かるんじゃないかとね」
早苗はさもがっかりした、とばかりに溜息を一つ吐く。それに対してナズーリンは、早苗が卓に置いた豚の貯金箱を手に取ると
「それにしても最近の造形というのは、どうしてこう区別が着きにくいんだろうね?」
「なにが、ですか?」
「この小豚なんか、ちょっと色を変えれば、猪にも猫にも、それこそ本当に虎にもなるんじゃないかな?」
「量産するには、デフォルメするのが一番で、デフォルメするには丸くするのが一番なんですよ」
「とはいえ、こんな物を飾ったが為に折角の信仰が失われては、元も子もないと思うがね」
「そうですか? 昔なんかは虎や猪を飾って力があることを示していたと思いましたが? 実際にそれをやると方々から苦情がでるでしょうし、飾り物で代用できないかなぁ、と思いまして」
「まぁ、確かにそうなんだが。ここにいるのは精々猪か小豚位じゃないかい?」
「確かにそうですが、猛々しい猪を倒すのとぷくぷくの小豚さんを倒すのとで信心の集まり具合がどれほど違うか、それは聖さんもご存じでしょう?」
じわり、と聖の額に脂汗が滲む。自分が求めたのはこんな鞭打つようなものだったろうか、と。そんな聖の様子を気に留めることなくナズーリンは続け、
「それにだ、ぷくぷくの小豚さんを倒して飾ったとしても、だ。聞くところによれば英雄など言われている博麗の巫女だって似たような感じで神社に出没する幼女老女をことあるごとに殴り飛ばしているそうじゃないか。今更君が小豚を虐待したからといって誰も君を咎めない、そうだろう?」
「いえいえ、やはり小豚を虐めるとなると心が痛むじゃないですか」
のほほんと、笑いながら粗茶だがとナズーリンが出したお茶をすする早苗。その二人に対して、今まさに小豚を虐めているじゃないですか、と口を滑らせそうになり、聖は愕然とした。
そう、この二人は共犯だ、と。
自分の口から、うっかりと、そう、本当にうっかりと『肥えている者を豚と貶むなど、情けを知らず、言語道断である』などと言おうものならその時点で詰みだ。恐らくその瞬間に星は昏倒し、恐らく起き上がるだろう次の日から寅丸星ではなく豚丸星として生きていくなどと言い出しかねない。ぶーぶー言いながら部屋の隅でいじける星の姿が聖の脳裏をよぎる。
そうでなくとも、最近はぬえなどから猫丸などと揶揄されていたのだ。虎らしくないなどと言ってはその時点でお終いだろう。
そこまで考え、ちらり、と星に視線を走らせる。うつむきがちに、涙目で両膝の上で拳を硬く握ってぷるぷる震えている星の姿に心を痛めるも、確かに東風谷さんやナズーリンの言う通り所々衣服に張りが出てきていますね、と内心溜息を吐く。甘やかしと救いは別物でしたね、とかぶりを振り、そしてぐっと腹に力を入れると、
「こちらの品、確かに頂戴しました。ですが、頂いてばかりでは良いお付き合いとは言えませんので」
そこで聖は一旦言葉を句切り、早苗からはっきりと星が見えるよう座り直し、
「この星を人足として暫くお使い下さい。虎の化身ですから力は折り紙付き。申し訳のないことに今の命蓮寺は、建立以降の宴で少々手元が不足しておりまして、頂戴した物に見合うだけの物がありませんので」
聖の言葉に込められた意図に早苗はにこりと微笑むと
「では、お言葉に甘えまして」
そうして、毘沙門天の化身 寅丸星は、期限付きで守矢神社へと貸し出されたのだった。具体的には、かつて着ていた服がゆったりと着られる程度に痩せるまで。
後日、その話を聞いた博麗の巫女は、文々。新聞にこうコメントを残した。ウチにくれば、三日で痩せられたのに、と。
――ぶーぶー――
>磨きがかかっているのはなのは唐傘のせいか
なのは、が余計なのかな?
星かわいいと思った矢先に霊夢wwww
ナズーリンと早苗がひでぇやw