「頭痛が痛い。」
寝起きの気分は最悪だった。
別に何か有ったって訳じゃない。
昨晩はごくごく普通にみんなと同じ食事をとって、下らない会話で笑い合って、何故かアイツに馬鹿にされたので腹を立ててベッドに潜り込んで眠った。それだけ。
パチパチと両手を打ち鳴らす。合図だ。
「お呼びでしょうか?」
即座に現れるメイド長。時間を止められる事を差し引いてもその地獄耳は大した物だと思う。
自分で呼んでおいて何だけど頭痛が痛い今の私にとって彼女の完全無欠の造り物じみた微笑みは余り気分の良いものではなかった。
「頭痛が痛い」
「言語回路が混線する程度に重症なのですね?」
当たり前の事を言わないで欲しい。らしくない。私は頭痛が痛いんだから。
「うん、甘い物が食べたいな」
「かしこまりました。何かご注文はありますか?」
「ケーキがいいな。イチゴショート。クリームたっぷりのドロっとしたヤツ」
こういう時は糖分を摂るのが良いって誰かが言ってる。誰かに心当たりなんか無いんだけど誰かが言ってる気がするからきっと間違いではないんだろうと思う。頭痛が痛い。
「お飲み物は紅茶で宜しいでしょうか?」
「うん、よろしく。ああ、そうだ、一つ忘れてた」
「?」
「ケーキは六人分。ワンホールを六等分して大きなお皿に盛って持って来て」
「六人分……ですか」
「六人分。」
確かこの館の主だった住人は六人だったはずだ。
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
「うん」
そう言って煙のようにメイド長は姿を消した。
私は間を置かずに右手に魔力を込める。
目標は目の前の空間。さっきまで彼女の居た空間。
バリンと 音がした。
頭痛が一層痛くなった。
「お待たせ致しました――って、あらま」
彼女の右手に乗っていた皿が粉々に砕け散って甘白いクリーム色の雨が部屋中に弾けている。
頭痛が痛い私としては雨が紅くなかった事が残念な気もするし嬉しい気もする。
ああ、どっちでも好いんだね。
「ありがと。」
「お礼には及びませんわ。無駄になってしまいましたし」
顔中を白いわたで埋めたメイド長はその事には全く感心を示さずに言う。
私はふわりと飛んでいってその顔をひと舐めふた舐め。うん。甘い。
「もう一回よろしく」
「仰せのままに」
再び煙のように消え去ったメイド長、同じ事を繰り返す。
右手に魔力を込める。
パチン。
砕けた空気の音が虚しい。
メイド長が遅い。メイド長のくせに。
頭痛の痛みに合わせて8ビートを刻みながらパチンパチンと空間を破壊しているとやがてドアを蹴破ってそいつがやってきた。
「ハローハロー愛しの妹。貴女の愛しのお姉様が糖分の塊を持ってきやがったわよ?」
そう言うアイツの視界には私の姿なんて映ってない。
だって私の視界には飛んできたドアしか映ってないんだからアイツからも私は見えないはずじゃないか。
別にドアの一枚や二枚壊すのは訳無いけど壊さなくても顔面にドアがめり込んで痛いだけなので気にしない事にした。頭痛と顔が痛い。
「あらお姉様ご機嫌よう。両手にケーキ抱えてご苦労様。とっととそれ置いて出てって下さる?」
「あら冷たい。頭痛が痛くて死ねばいい妹の為に一生懸命運んできたのに。そんな風にあしらわれたらお姉ちゃん泣いちゃうわよ?」
そんなに愉しそうな顔でそんな事を言われても説得力の欠片もない。ケーキをテーブルに置いたソイツは当たり前みたいに私の正面に腰掛ける。
「そう、じゃあお礼に一コあげるよ。アーンして?」
「アーン」
あ、その顔餌をねだる雛鳥みたいですごい可愛い。
べちゃん。
頭痛が痛い私としては可愛いお姉様にケーキを投げつけざるを得ない。
「フッ、甘いわね……」
「そりゃまぁケーキだからね」
不敵そのものの表情で顔中に付いたクリームを拭っては舐めするお姉様。美味しそうだ。
「ねぇお姉様、私にも食べさせて?」
もともと一人で平らげるつもりだったケーキを一コ、わざわざお姉様に食べさせてあげたのだから……私にはそういう権利があるはずだ。
「いいわよホラ、アーンして?」
そう言ってアイツはわしづかみにしたケーキを差し出してきた。あーん。
べちゃり。
口の中で音がした。
「ふぁふぁいへ(甘いね)」
「そりゃケーキだもの、手は食べちゃだめよ?」
「ん」
もごもごと口を動かして捻じ込まれた手に付いたケーキを食べる。口の中は氾濫中。ケーキは甘い。甘いだけだ。頭痛はおさまらない。
「おねえさまこのけぇきふぁふぁいだふぇだへ」
「わざわざ血抜きにして貰ったからね」
まだクリームまみれのお姉様の手をぺっと吐き出す。
「イジワル」
「だから手は食べちゃ駄目って言ったでしょう? ホラ、あーんして?」
クスクスと嗤ってソイツは次のケーキを寄越してみせる。
口の中にはまださっきのケーキが残ってる。私はかまわずに差し出されたケーキに食いついた。
ぐちゃぐちゃと咀嚼する音が顎の骨を伝って聞こえる。
口の中でケーキが解剖されている。
赤い苺のキツイ酸味と白いクリームの蕩ける甘味と紅い、よくわからない味。
ようやく自分の大好きな、いつものケーキの味になったので私はきっと満足した。
頭痛おさまるまで後いくつケーキを食べればいいのだろう?
「吸血鬼って割といい加減だよね」
「あら? そんな事無いわよ?」
丸々2ホールのケーキを食べ切って、うつらうつらとした気分で言う私にアイツは嗤って言った。
「ヒトとヒトモドキの違いも判らないのに?」
「知らないものが判るわけないじゃない」
そんな言葉でまた頭痛になるのはまっぴら御免だったのでそのまま眠る事にした。おやすみ。
寝起きの気分は最悪だった。
別に何か有ったって訳じゃない。
昨晩はごくごく普通にみんなと同じ食事をとって、下らない会話で笑い合って、何故かアイツに馬鹿にされたので腹を立ててベッドに潜り込んで眠った。それだけ。
パチパチと両手を打ち鳴らす。合図だ。
「お呼びでしょうか?」
即座に現れるメイド長。時間を止められる事を差し引いてもその地獄耳は大した物だと思う。
自分で呼んでおいて何だけど頭痛が痛い今の私にとって彼女の完全無欠の造り物じみた微笑みは余り気分の良いものではなかった。
「頭痛が痛い」
「言語回路が混線する程度に重症なのですね?」
当たり前の事を言わないで欲しい。らしくない。私は頭痛が痛いんだから。
「うん、甘い物が食べたいな」
「かしこまりました。何かご注文はありますか?」
「ケーキがいいな。イチゴショート。クリームたっぷりのドロっとしたヤツ」
こういう時は糖分を摂るのが良いって誰かが言ってる。誰かに心当たりなんか無いんだけど誰かが言ってる気がするからきっと間違いではないんだろうと思う。頭痛が痛い。
「お飲み物は紅茶で宜しいでしょうか?」
「うん、よろしく。ああ、そうだ、一つ忘れてた」
「?」
「ケーキは六人分。ワンホールを六等分して大きなお皿に盛って持って来て」
「六人分……ですか」
「六人分。」
確かこの館の主だった住人は六人だったはずだ。
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
「うん」
そう言って煙のようにメイド長は姿を消した。
私は間を置かずに右手に魔力を込める。
目標は目の前の空間。さっきまで彼女の居た空間。
バリンと 音がした。
頭痛が一層痛くなった。
「お待たせ致しました――って、あらま」
彼女の右手に乗っていた皿が粉々に砕け散って甘白いクリーム色の雨が部屋中に弾けている。
頭痛が痛い私としては雨が紅くなかった事が残念な気もするし嬉しい気もする。
ああ、どっちでも好いんだね。
「ありがと。」
「お礼には及びませんわ。無駄になってしまいましたし」
顔中を白いわたで埋めたメイド長はその事には全く感心を示さずに言う。
私はふわりと飛んでいってその顔をひと舐めふた舐め。うん。甘い。
「もう一回よろしく」
「仰せのままに」
再び煙のように消え去ったメイド長、同じ事を繰り返す。
右手に魔力を込める。
パチン。
砕けた空気の音が虚しい。
メイド長が遅い。メイド長のくせに。
頭痛の痛みに合わせて8ビートを刻みながらパチンパチンと空間を破壊しているとやがてドアを蹴破ってそいつがやってきた。
「ハローハロー愛しの妹。貴女の愛しのお姉様が糖分の塊を持ってきやがったわよ?」
そう言うアイツの視界には私の姿なんて映ってない。
だって私の視界には飛んできたドアしか映ってないんだからアイツからも私は見えないはずじゃないか。
別にドアの一枚や二枚壊すのは訳無いけど壊さなくても顔面にドアがめり込んで痛いだけなので気にしない事にした。頭痛と顔が痛い。
「あらお姉様ご機嫌よう。両手にケーキ抱えてご苦労様。とっととそれ置いて出てって下さる?」
「あら冷たい。頭痛が痛くて死ねばいい妹の為に一生懸命運んできたのに。そんな風にあしらわれたらお姉ちゃん泣いちゃうわよ?」
そんなに愉しそうな顔でそんな事を言われても説得力の欠片もない。ケーキをテーブルに置いたソイツは当たり前みたいに私の正面に腰掛ける。
「そう、じゃあお礼に一コあげるよ。アーンして?」
「アーン」
あ、その顔餌をねだる雛鳥みたいですごい可愛い。
べちゃん。
頭痛が痛い私としては可愛いお姉様にケーキを投げつけざるを得ない。
「フッ、甘いわね……」
「そりゃまぁケーキだからね」
不敵そのものの表情で顔中に付いたクリームを拭っては舐めするお姉様。美味しそうだ。
「ねぇお姉様、私にも食べさせて?」
もともと一人で平らげるつもりだったケーキを一コ、わざわざお姉様に食べさせてあげたのだから……私にはそういう権利があるはずだ。
「いいわよホラ、アーンして?」
そう言ってアイツはわしづかみにしたケーキを差し出してきた。あーん。
べちゃり。
口の中で音がした。
「ふぁふぁいへ(甘いね)」
「そりゃケーキだもの、手は食べちゃだめよ?」
「ん」
もごもごと口を動かして捻じ込まれた手に付いたケーキを食べる。口の中は氾濫中。ケーキは甘い。甘いだけだ。頭痛はおさまらない。
「おねえさまこのけぇきふぁふぁいだふぇだへ」
「わざわざ血抜きにして貰ったからね」
まだクリームまみれのお姉様の手をぺっと吐き出す。
「イジワル」
「だから手は食べちゃ駄目って言ったでしょう? ホラ、あーんして?」
クスクスと嗤ってソイツは次のケーキを寄越してみせる。
口の中にはまださっきのケーキが残ってる。私はかまわずに差し出されたケーキに食いついた。
ぐちゃぐちゃと咀嚼する音が顎の骨を伝って聞こえる。
口の中でケーキが解剖されている。
赤い苺のキツイ酸味と白いクリームの蕩ける甘味と紅い、よくわからない味。
ようやく自分の大好きな、いつものケーキの味になったので私はきっと満足した。
頭痛おさまるまで後いくつケーキを食べればいいのだろう?
「吸血鬼って割といい加減だよね」
「あら? そんな事無いわよ?」
丸々2ホールのケーキを食べ切って、うつらうつらとした気分で言う私にアイツは嗤って言った。
「ヒトとヒトモドキの違いも判らないのに?」
「知らないものが判るわけないじゃない」
そんな言葉でまた頭痛になるのはまっぴら御免だったのでそのまま眠る事にした。おやすみ。
フランちゃんの狂った感じが上手に表現されてる気がします。