これは『知らない内に、キャプテンが悪い話』の続きになっています。
前の話は読んでいた方がいいと思います。
帽子を深く被りたい。
そうすれば、こんなにも眩しいものから、一時的にでも目を逸らせるのだから。
ざわざわと、ここは輝いている。
賑やかな人の営みを感じる、心地よい人里の中心部。
がやがやと活気が溢れる大通りを歩きながら、子供たちの楽しげな声を耳に、平和を噛み締められる一時。
私は、そんな中でそっと微笑み、眩しくも壮大な青空を見上げていた。
今は、この空だけを見つめていたかった。
だって、他を向いたら視線が痛い。
右腕に星。左腕にナズ。
私より背が高い星と、私より背が低いナズ。
サンドイッチ状態の私。
「………うふふ、綺麗な空」
現実逃避気味に、心無く呟いた。
二人にぴったりとくっ付かれ、半分以上は引きずられている私に、逃げ場はない。
がやがやの隙間に聞こえる、ひそひそという、里の方々からの色々な視線に晒されながら、私をそっちのけでお互いの事を気にして、ほんのりと頬を染めている二人。
えっとね?
どうしてこうなった?
ちょっと回想。
本日晴天。時刻は正午前。
私、村紗水蜜は結局二人の誘いを断りきれず、しょうがないので、目印の錨を手に、デートの待ち合わせによく使われていると小耳に挟んだ、龍神の石像前で待機していた。
そして、二人は並んでやって来た。
…………。
おい?
当然、私は最初に至極まっとうに、あんたら待ち合わせしてたんじゃないのか? と突っ込みそうになり、その次に、えらくもじもじとした二人を見て、その言葉と、衝動的に振り上げそうになった錨を引っ込めた。
「と、途中で、一緒になりまして」
「っ、ご、ご主人は、本当にしょうがないな……、まあ、私でよければ、別にいくらだって、一緒にいてあげるけどさ」
「ふあっ?!」
「え? なっ、何でそんなに身を引くのさ! し、失礼な奴だねまったく、私のご主人は!」
「しゅ、しゅみません」
……。
ん。帰ろう。
尻尾をびんびんにして、怒ったり泣きそうになったり、情緒不安定に、いつものすべらかな舌が固まって噛みまくりのナズと、ひたすら赤面して「あぅあぅ」と子猫みたいに大人しい虎の星。
「……よしっ」
さっきから、ちらちらとお互いの手を見ている所を予測するに、ここにくる道中で何度か手を握ろうとして、あえなく失敗をしていたらしい。お互いに。
船長として、友人として、二人の事を知っているからこそ、いらない予想と行動予測がついて、まったく、仲直りしたんなら私を巻き込まないでよと、二人にこっそりと背中を向け――――
「ど、何処に行くんだい船長!」
「ま、ままま待って下さいムラサ!」
あまりに息がぴったりに、同時に飛びつかれた。
見事、私は顔から地面に突っ込み、砂煙をあげてざりざりと音を立てた。
「…………。…………何か言う事はありますか?」
むくりと起き上がり、それでも離さない二人に笑顔を向けると、二人は同時に顔を青くして謝罪する。
息がぴったりというか、相当に相性が良いのか、私は鼻からの出血を星に拭いて貰いながら、ちらりと二人の瞳を見る。
ナズは、お願いだ船長! 今、ご主人と二人きりになんてしないでくれ! と必死に頼み込んでくるし。星もまた、すみません、でも、後生ですから一緒にいて下さい! とにゃがぁって鳴きそう。
……あぁ、船長として仲間として、こいつらの心の内が目を見るだけで分かる自分が憎い。
結局私は、必死で私を逃さんとばかりにくっ付く二人から、逃げる術も動機も、ついに見失ってしまうのだ。
今日は、少し長い一日になりそうだと、嫌な予感をたてながら。
で、回想終了。
そのまま、何故か二人に両側からぴったりとくっ付かれて、身動きすら上手くできないキャプテンムラサこと私。
そして私には分かる。
この迷惑な二人が何を考えているのか、目を見れば分かる。
(……ご、ご主人と、間接的にだけど触れ合っている。うわわ、顔がにやけそうになる、頑張れ私!)
(ナズーリンを、これ以上なく近くに感じる。……直に触るなんて恐れ多い私に、これはなんと幸運な事でしょう。ムラサ、ありがとうございます……!)
ああもう!
とても面倒臭い二人だった。
本当に、分かる自分が憎いッ!
何といっても、片方は嬉しそうに、でもクールにはにかむ、内心はでれでれの鼠。
もう片方も、幸せそーに、頬を染めて、私という邪魔者が間にいても気にしない、むしろだからこそ嬉しいとばかりに満たされている虎。
できれば、振り切って逃げたかった。
そして、人々からの視線が、こう、私に向かって集中しているというのがどうも気になる。
……あれかな? 前にぬえと一緒に歩いていた時に、ずっと首を両腕で絞め続けられて目立っていたからかな? それとも、一輪とよく一緒に買い物に来ると、「よっ、今日も初々しいねぇ!」とか、よく分からない感想と共におまけを一杯貰えてほくほくで、……つまり、私は覚えられていて。
……明日から、人里を一人で歩くのは止めた方が良いと、本能が何故か痛いぐらいの警鐘を鳴らしている。
どうしてかな?
ちょっと泣きそう。
気分はこの青空に似合わないどす黒い曇り空だった。
「……ぁ」
そして、私は泣きそうながらも、このままじゃあまり意味がないと気づいていて、
幸せそうな二人には悪いけど、彼女達は、やっぱりボタンを掛け間違えていると、感覚的に私には理解できて、「いけない」と、そっと溜息を押し殺す。
そうでした。
悲観、というか、こうやって流されるのは、少しぐらいは抵抗しようって、昨日誓ったばかりでしょう? と、自分を叱咤する。
また、いつもの悪い癖で、流されるままだった。
気づかれない様に、深く深呼吸。
「ん、こほん!」
そして咳払い。
「うん?」と、その音に気づいて注目した二人に、私はにこりと笑いかけて。
先手必勝。思い立ったら即行動。とばかりに、私は「では現状を打破します!」と、心の中で指先を立てて敬礼した。
そして、彼女たちには唐突だろう、私には計算の内の一歩を、ぐんっ! と大きく後退した。
「え?」
「へ?」
ぐっ、と、私にくっ付いていた二人は、慌てて私に引き寄せられる事になり、そうすると自然の法則で、二人の距離は短く、そして。
ごっちん!
と、痛そうな事になる。……南無。
私に合わせてちょっと背伸びしていたナズと、少し屈んでいた星は、見事に額と額がごっつんこした。そのいきなりすぎる痛みに、二人は目を白黒させて、ついでに外野な皆さんも目を丸くしている。
よしっ、上手くいった!
それじゃあ、船長としてフォローしとかないとね。
二人の手が離れたのと同時に、私は、ふわりと、二人から距離を取る。
痛む頭ばかりを気にする二人から気配を消すなんて、幽霊でもある私には簡単すぎる事だった。
うん、とりあえず、痛そうでごめん。
◆ ◆ ◆
ズキズキする。
涙目になりながら、痛む額を押さえて、情けなく呻いた。
ムラサの腕力は、あの錨を軽々と扱える事からも分かる様に、とても強い。
普段はセーブされているし、特にそう感じる事もないのだけど、彼女のいざという時の力を馬鹿にする事は出来ない。
つまり、勢いよく引かれてぶつかった額は、とても痛いのだ。
「……っ、大丈夫かい? ご主人」
「な、なんとか」
どうやらナズーリンも私と同じ様で、
顔を上げると、涙目の愛らしい彼女の表情が、呼吸を感じられる程、間近に私を向いていた。
やはり痛いのだろう、額は赤く、瞳は普段よりずっと潤みきっている。何より、その距離の近さに、瞳孔が眩しさを感じた時の様に勝手にきゅっと絞られたのを感じて、
そうして私は、ドクンッ! と動揺したのだ。
「―――――ぁ」
同時に、ギシリと体が動かなくなる。
座り込んで、見つめ合って、いつの間にか触れ合っている私たち。
ムラサがいないと気づいても、直に触れた、この手に無造作に重なる彼女の温もりに、胸が、痛みと癒しを同時に生んで、酷く困惑する。
「…………」
喉がむずむずする。
多分、私は叫びたいのだと思う。
今にも、この不可解な状況で触れ合う、ナズーリンに、そんな状況を卑屈にも利用して、想いを伝えたいなんて、浅ましくも考えてしまったのだ。
育まれて、大きく、本人にすら扱いきれないたくさんの感情を、僅かにでも知って欲しくて、散り散りになってでも、身勝手に叫びまわりたいのだと。
あぁ、喉が、歯が、酷くむず痒い。
自身の罪深さに、この爪で、自分の喉を切り裂きたくなる。
「……っ」
そうして、ようやく私は人の視線を感じた。
そうだ。そういえば、ここはこんなにも人が居る。
私たちを遠巻きに見て、様々な視線を向けている。
ムラサ越しにナズーリンと触れ合っていた時には、幸福でそんな事を気にする余裕なんてなかったのに。
今は、直に触れ、驚きの表情で見つめあうその時間が、ずっと続けばいいのにと一杯で、だからこそ、「そんなのは無理に決まっているのに……」と、頭が冷たく透き通る。
……彼女は、ムラサと共にあるべき、愛しき女なのに。
むしろ、共に過ごして、執着だけが増してしまっている自分に、愕然とした。
今にも抱きしめてしまいたい程に、私は、ナズーリンが愛しくて堪らなかった。
例えるなら、
冬空の下、唇が乾燥し、幸せに笑った瞬間に、血がピュッと吹き出す様な、冷たい熱と痛み。
流れる血が、涙の様に絶え間ない、でもすぐに塞がってしまう痛みだけが残る傷跡。
塞いでは、すぐに裂かれる、その悲しい痛みを、私はずっと感じている。
それは、自業自得の感覚。
「……ぃや。大丈夫、の様で、安心しましたよ、ナズーリン」
「まあ、私も船長ほどじゃなくても頑丈だからね。もう平気だよ」
「それは、良かったです」
嘘の微笑み。
聡いナズーリンはすぐに気づいて、曖昧に表情を固めてしまう。
あぁ、気まずさが、呼吸を阻害する。
どうしてだろうと、ふと思った。
酷いじゃないですかと、我知らずムラサに、八つ当たりをしてしまう。
いつもの貴方ならきっと、ずっと、
私たちを、このまま穏やかにしてくれるのにと、
それは勝手な事を……
「はい、お待たせ」
ぽんっ、と。
気まずさを破る様に、明るい声が響く。
驚いて、ムラサの事を考えていたから、余計に跳ねて、肩を、唐突に叩かれて、同時に私たちは顔を上げた。
そこには、ムラサが困り顔で立っていた。
「二人とも、いつまで道端で座っているつもり? ほら、ナズーリンも星も、早く行きますよ」
え?
と、聞き返す間もなく、引っ張られて立たされて、その手に見知らぬ包みを持ったまま、ムラサは私達の背中を押していく。
「?」とナズーリンと顔を合わせてから、ムラサを伺うように見ると、ムラサはにこりと変わらずに微笑んでいて。
「これですか? これは、お弁当です」
と、良い香りがする包みを突きつけて、背中に引っ掛けていた錨に、落とさない様にと結びつけている。
目が丸くなって元に戻らない私とナズーリンを無視して、これまでにない強引さで、私たちを押したまま、ムラサは言う。
「まあ、個人的に、付き合わされて巻き込まれるのは嫌だけど、本当に嫌すぎるけど、我慢は出来るんですよね、私。……でも、やっぱり」
苦笑というよりは、眩しくて仕方ないと、ムラサは目を細める。
「せっかく一緒にいるのなら、やっぱり、掛け間違いのままは、見ている分にも、部外者だとしても、我慢できないぐらい嫌でしたので。しょうがないんですよねぇ、本当」
と、不思議な事を言って、ムラサは強く、私達の背中を押すのだ。
私には、彼女が何を伝えたいのか、情報の食い違いでもあるのか、よく分からず、ただただ、その瞳が、私がナズーリンを見る時の様に、眩しそうなのが気になった。
ふと、ドキリと胸が鳴る。
ムラサが、私とナズーリンの手を、強引に繋がせていた。
◆ ◆ ◆
私に出来る事は、きっと、一歩を引いて全体を見る事。
そして、私にできる事を考え、実践する事だと、今は思う。
流されて酷い目に合うのは、もう諦めた。
でも、流されないで抵抗すれば、もしかしたら良い方向へと、彼女たちを導けると言うのなら、私は恐るべき波に立ち向かっても良いと、そう思えた。
でも、ね。
何だろう?
この、心の底から湧き上がる不愉快な気持ちは……
「……………はぅ」
「……………にゅふ」
ぎゅー、と手を繋いだまま、見つめ合って真っ赤になって足を止めてしまう二人。
さっきまで、星は死にそうなぐらい苦しそうな顔をしていたのに、今は幸せで死にそうな顔してた。
ナズはナズで、色々と考え込む辛そうな瞳で、無表情を気取って隠していた癖に、今は真っ赤になってあうあうと赤ちゃんみたいだ。
……私、多分、上手くはできたんだよね?
でも、それならどうして、こんなに疎外感を感じてしまうのだろう?
というか、手を繋いだぐらいで何をそんなに大混乱しているんだと、声に出して言いたい。
ナズの尻尾はもう、しっちゃかめっちゃかで、私の頬を何度もビンタしてくれていた。星が耳も尻尾も出さないでしまい続けていられるのは、もうただの奇跡だ。
ま、まあ、とりあえず、落ち着こうと溜息。
放っとかれて寂しい訳ではないと言い訳。
まだ、私たちはお昼ご飯すら食べていないのだ。
その間に、これからの事をゆっくりと考えて、この馬鹿二人を素直にさせよう。
原因は分からないけど、二人はお互いの気持ちが分からずに、追い詰められている。
でも、それでも二人は、苦しいと分かっているのに、お互いを求めて、こうやって少しの触れ合いだけで、真っ赤になるぐらい喜んでいて。とてもいじらしいのだ。
だから、そう。
私は誓う。
二人の友情を、きっとまっすぐに、これまで以上に大きくする為に、二人の友情を邪魔する原因を、何が何でも取り除いてしまおうと!
私と一輪の様に、共に過ごしてきた仲間である貴方たちを、私に出来るすべてを持って、本当の意味で仲直りさせてみせると!
ここに、船長として誓おう!
また眠れないで正座して続きを待つ作業がはじまるお…
流石船長色恋沙汰はさっぱりだ
そして長い分にはむしろ嬉しいです
有罪ですよ有罪!
メシウマ!
純朴朴訥朴念仁な船長に幸あれ。
有罪!
ここですっごいニヤニヤした。
一輪さん既成事実ですね!人里では夫婦認識なんですね!!
よって、問答無用で有罪!!
素直になったナズと星をみて、船長も変わっていくといいなぁ。
このスーパーボクネン人の船長も大好きですけどねw
せっかくまともにいい船長だったのに、ラスト三行で台無しじゃドアホ!