「はい、水」
「……ありがとう」
霊夢から、冷たい水の入ったコップを受け取る。
一気に流し込むように飲み干すと、熱かった喉がすうっと冷やされた。
空に浮かぶ月が、ぼやけて見える。
「気分はどう?」
「それなりに、かしら。お嬢様は?」
「先に帰る、って。私にあんたを任せて帰ったわ」
流石お嬢様だ。私の気持ちを理解してくれている。もし、酔い潰れた私をお嬢様がわざわざ連れて帰ったなら、私の立場が無い。
酔いはまだ回っているのか、ふわふわした気分。
「珍しいわね、あんたがここまで飲むなんて」
「飲まされたんですわ」
霊夢が私の隣りに腰掛けた。
縁側は夜風が吹いていて、ちょっと寒いくらいだけど、心地良い場所だ。
それにしても、今日の私は愚かだった。
珍しく、鬼に絡まれ天狗に絡まれ、魔理沙にまで絡まれ、飲まされる一方だった。いつもならば、ふらりと躱すのだが、絡まれた相手が悪かった。
「はぁ……」
「ため息を吐くのも珍しいわね」
「人前じゃあ、あまり弱いとこを見せないタイプなのよ」
「今は私が居るけど?」
「あぁ、ごめんなさい。人って認識してませんでしたわ」
「頭をさっぱりさせるために、陰陽玉でもぶつけてあげようか?」
「遠慮しますわ。どこかの巫女みたいに、年中頭の中が春にはなりたくないもの」
「早苗の悪口はやめなさい」
「あなたの悪口よ」
ムスッとした霊夢を見て、なんとなく感覚を取り戻した気がする。
こんな風に、軽いやり取りをするくらいには回復したようだ。
それでも、身体が熱くてまだ動く気はしないけど。
一際強い風が、髪をふわりと撫でる。
霊夢の長い黒髪が、揺れた。
片目を瞑りながら、少し乱れた髪を直す霊夢の姿が、なんだか綺麗だった。
「ん、何よ?」
「え?」
気が付いたら、無意識に霊夢の髪へと手を伸ばしていた。
柔らかくて、ふわっとしていて、触っていると心地良い。自分の髪を触るのとは、また違う感じだ。他人の髪というのは、ここまで触り心地が良いものなのだろうか。いや、霊夢だからかもしれない。
霊夢は、何やら良く分からない視線をぶつけてくるが、拒否をされてはいないので、触り続ける。
「あなた、意外にお洒落に気を遣うタイプ?」
「そうでもないわよ。普通よ、普通」
むぅ、特に何もしないでこの髪質だったならば、幻想郷中のお洒落に気を遣う女の子全員を敵に回すことになる。
今さらだけど、霊夢も立派な女の子なのよね。博麗の巫女だのなんだの言われてるけど。
「……いつまで触ってるのよ?」
「あら、拒否されないから良いのかと思ってましたわ」
ジトっとした目で、私を睨む。
そんな態度が、どこか幼く感じて、笑ってしまう。
「何笑ってんのよ?」
「可愛いらしいなぁ、と思ってね」
「っ!?」
「あら、照れてる?」
「誰が照れるか! いい加減に離せ!」
手を払われてしまった。少し残念。
霊夢の頬が赤いのは、お酒のせいでは無いだろう。
こんな霊夢は、珍しいと思う。
もしかしたら、案外ストレートな言葉に弱いのかもしれない。霊夢の周りに居る人物たちは、回りくどいことばかり言う者が多いから、なんとなく納得出来る。
「あんた、帰らなくて良いの?」
「実はまだ、身体が本調子じゃないの」
「あんたって、表情に出さないわよね。いつもと同じに見えるわ」
「クールで格好良いと思うでしょ?」
「無理して馬鹿みたいって思うわ」
「手厳しいですわ」
「実際あんた、ちゃんと休んでる?」
「まぁ……」
実はあまり休んでいない。お嬢様や美鈴やパチュリー様にまで、ちゃんと休んだ方が良いと言われている。
もちろん、今の曖昧な返事の意味は霊夢にばれた。今度は霊夢が、ため息を吐いている。呆れた表情で、だ。
「咲夜、倒れたらどうするのよ?」
「それは、その時考えますわ」
「やっぱり、あんたって馬鹿だわ」
「失礼ね。それに、休めと言われても、何をしたら良いのか分からないのよ」
「何もしなきゃ良いのよ」
「それじゃあ、落ち着きませんわ」
「我慢しろ。なんなら寝てれば良いじゃない」
ずっと寝ていたりなんかしたら、身体が鈍る。
私はメイド長だから、そんなことになってはいけない。
「寝てるだけなんて、私らしく無いでしょう?」
「倒れて寝込んでいるあんたをいずれ見るよりはマシよ」
ふむ、なるほど。確かに、倒れてしまって寝込んでいる私は、らしくないだろう。
というか、意外だった。
霊夢が心配してくれてるなんて。
少し、いや、かなり嬉しいかも。
「霊夢、ありがとう」
「は? 何が?」
「心配してくれて、嬉しいわ」
素直にお礼を言うと、霊夢は一瞬きょとんとした表情になる。
そして、私の言葉を理解したのは、数秒後だった。
「な、別に心配してるわけじゃ……」
言葉がもごもごとしていて、霊夢らしくない。
うん、やっぱり、霊夢はストレートな言葉に弱いみたいだ。
これは本当に面白い発見。そして、可愛らしい。
あぁ、だいぶ思考も回るようになった。身体の怠さも、それなりに回復した。
立ち上がり、大きく伸びをする。小枝を踏んだような、軽い音が鳴った。
「さて、そろそろ帰ろうかしら」
「もう大丈夫なの?」
「えぇ、だいぶ良くなりましたわ」
「そう、良かったわ」
「え? ちょ、霊夢!?」
ガシッと、霊夢が私に抱き付いてきた。
立っている私の腰に、霊夢は座ったまま腕を回して、きつく力を込める。ちょっと痛い。
「ど、どうしたのよ霊夢?」
どうすれば良いのだろう。
ここは、優しく抱き締め返すべきなのか。いやいやいや、ちょっと待て。それはおかしいだろう。
情けないことに、私はたかがこれくらいのことで動揺しまくりだ。
いや、私にとっては、たかがではないのだろう。
こんなこと、初めてで、しかも抱き付いてきた相手が霊夢で、混乱しているのだ。
霊夢が誰かに抱き付いていたりする姿を、私は見たことが無い。
何故私に抱き付いたのか。私は一体どうすれば良いのか。
ぐるぐると回る思考で、また酔ってしまいそうだ。
「……さない」
「え?」
ぽつりと霊夢が言葉を零した。
しかし、聞き取れなかった。
「逃がさない」
「……はい?」
今度はハッキリと聞こえた。
えっと、どういう意味だろう。
「逃がさない! 後片付け手伝いなさい!」
「……え?」
霊夢が片腕だけ私の腰から離し、指をさす。
私は、その方向へと顔を向けると、そこには宴会の残骸。
つまり、これは抱き付いたわけでなく、逃がさないために拘束したわけか。
「……はぁ」
「何よ、ため息吐いても逃がさないわよ」
本日二度目のため息。
「はいはい、ちゃんと手伝いますわ」
「ん、よろしい!」
慌てていた私が馬鹿みたいだ。
けど、満面の笑みの霊夢を見ると、なんだかどうでも良くなった。
さてと、さっさと済ませてしまおう。
「また一段と凄いわね」
「それでも私と咲夜、二人何だから何とかなるでしょ」
「そうね」
それじゃあ、気合入れてやるとしよう。
一人なら嫌になるくらいだが、今は二人だ。
「咲夜はそっちお願いね」
「分かったわ」
月の灯を頼りに、私たちは後片付けを始めた。
この組み合わせが、すとん、と当てはまりました。
咲霊ひゃっほい!!!
是非とも咲霊の人と呼ばれるように頑張ってもらいたいですな
本では2箇所ほどそれで描いてくれてるサークルを知ってるけど、
SSでははじめてみたかも!
あぁ、咲霊はいいものだ…
マイナー!?知らないよそんなの!!
この二人はほの甘が似合うなぁ…w
今夜は良い夢が見れそうです♪
咲霊はサイコーですね。
今回も素晴らしい出来でした。
ところで、喉飴さんが一人称視点で書くのは珍しいですね。
動揺する霊夢と咲夜さん可愛すぎw
珍しい組み合わせを書く者として、そう言われると嬉しいです。
ありがとうございます。
>>2様
その同人誌にかなり影響受けましたw良いですよね、さくれいむ。
>>3様
SSではあんまりみないですよね。もっと増えてもおかしくないと思うのです。
マイナー上等です!
>>4様
きゅきゅきゅん。
>>5様
甘すぎない程度の距離感が似合いそうな気がしますw
>>ミナ様
楽しんでもらえてなによりです。
ええ、良いですよね。
>>7様
あれ書きたかったのですが、夏終わってしまって書けませんでしたw
ありがとうございます。
そうですね、書く内容によって使い分けてはいますが、あまりないかもしれません。『影、二つ』や『夢花火』『春、出会い』などは一人称だったりします。
>>8様
可愛いですよね二人とも。
ありがとうございます!
まぁメジャーと言ってもカップリングが当たり前になってる今程絶対数があったワケじゃないから、少数派な事には変わりないけど。
咲霊ごちそうサマー