昔々、綺麗な海が見える丘に、立派なお屋敷がありました。
そのお屋敷には、小さな女の子が1人ぼっちで住んでいました。
女の子の名前は、レイラと言いました。
レイラには3人の姉と優しい両親がいました。
かつて、この立派なお屋敷にはたくさんの家政婦さんが勤めていました。
でも、今はもう、この屋敷には誰もいません。
レイラは1人ぼっちでした。
毎日毎日、寂しい思いをしていました。
◆ ◆ ◆ ◆
ある日の夜のことです。
レイラはいつも通り、1人寂しくベッドで眠りにつきました。
すると、夢の中で大きな魔物が現れ、レイラに話しかけてきました。
魔物は言いました。
「おまえは家族と離れ離れになって、毎日寂しい思いをしている。また姉さん達と会いたくないか?」
毎日恋しい思いをしていたレイラは、すぐに「また会いたいです」と答えました。
すると魔物は、
「会わせることができないわけではない。しかし、願いが叶えばおまえは目が見えなくなるだろう」
と言いました。
これには、レイラもすぐに返事をすることはできませんでした。
すると魔物は、
「分かった。返事は明日の夜に聞こう」
と言って、霧となって消えてしまいました。
◆ ◆ ◆ ◆
目を覚ますと、いつも通り1人ぼっちの朝でした。
窓の外の綺麗な海を眺めながら、レイラは魔物の言った言葉をずっと考えていました。
レイラは、窓枠に切り取られた海の綺麗な青色が、好きでした。
もし目が見えなくなったら、もうこの景色は見られません。
レイラは考えに考えましたが、
(もし、また姉さんたちに会えるなら……)
と思って、ついに決心しました。レイラは光を捨てることにしたのです。
その夜、レイラは魔物に姉さん達に会わせてくれるよう頼みました。
魔物は大きく頷くと、霧のように消えてしまいました。
◆ ◆ ◆ ◆
夢から覚めたレイラは、驚きました。
魔物の言ったことは半分は本当になり、半分は本当になりませんでした。
レイラはいつも通り、ものを見ることができました。
それだけではありません。彼女の部屋には、3人の姉の姿がありました。
なつかしい姿を見て、レイラは姉たちに飛びつこうとしました。
しかし、それは叶いませんでした。
そこにあったのは、姉の姿をした幻影だったからです。
触れることも、声を聞くこともできませんでした。
それでも、レイラは幸せでした。
例え幻影でも、愛しい姉たちとの再会を果たせたのですから。
その日、レイラは1日中幸せでした。
かつての幸せな生活をなぞるかのように、1日を姉たちと過ごしました。
あっという間に1日は過ぎて行きました。
夜になると、レイラは姉たちと1つのベッドで眠りにつきました。
◆ ◆ ◆ ◇
次の日の朝のことです。
目を覚ましたレイラは、ある異常に苛まれていました。
レイラは、もう何も見えなくなっていたのです。
それは単なる失明以上の意味を持っていました。
なぜなら、彼女が得た姉たちは、幻影でしかなかったからです。
幻影は音を立てません。触れることもできません。見ることしかできないのです。
でも、目が見えなくなったレイラには幻影は見えません。
レイラは、また1人ぼっちになってしまったのです。
その日は、今まで以上に寂しい日になりました。
愛しい姉たちはすぐそばにいるのに、レイラにはそれが全く分からないのですから。
◆ ◆ ◆ ◇
その日の夜のことでした。
寂しさに涙を流しながら眠りについたレイラの夢の中に、またあの魔物が現れたのです。
魔物はレイラに言いました。
「おまえ望んだものはどうだった? さぞ幸せになれただろう」
レイラが首を横にふると、魔物は続けました。
「おやおや、それはどうしてかな?」
「姉さんたちがすぐそばにいるのに、私には見ることができないからです」
魔物はそれを聞くと、レイラに言いました。
「そんなの簡単なことだ。おまえはまた、姉さん達に会うことができるだろう。ただし、今度は音を失うことになるだろう」
レイラは再びためらってしまいました。
光に続き音を失うことは、彼女には恐怖だったのでしょう。
すると魔物は、前回のように1日の猶予をくれました。
次の日も、やっぱりレイラは1人ぼっちでしかありませんでした。
1度、姉達と幸せな生活を取り戻してしまったレイラには、耐えがたい虚無感でした。
それでとうとう、レイラは音を失うことも決意したのです。
その日の夢に出てきた魔物に、レイラは取引を承諾しました。
◆ ◆ ◆ ◇
夢から覚めると、
「おはよう、レイラ」
なつかしい声がしました。
愛しい姉達の、優しい声でした。
例えそれが幻聴であったとしても、レイラにはかけがえのないものであったことにかわりません。
もう目が見えないレイラには、それはより一層染み透るように聞こえました。
優しい話声や、楽しい笑い声、なつかしい一言一言がレイラをたちまち幸せにしました。
けれど、幸福な時間はあっというまに過ぎていくものです。
夜はすぐに来てしまいました。
レイラは姉達と一緒にベッドで眠りにつきました。
姉達は優しい声で子守唄を歌ってくれました。
「おやすみなさい」
明日には音が聞こえなくなると、レイラは分かっていました。
しかし、こんなにも幸せな時間を過ごせたレイラには、後悔などこれっぽっちもありませんでした。
◆ ◆ ◇ ◇
次の日は、レイラが覚悟していた通り、静かすぎる朝でした。
もう何も聞こえません。もう何も見えません。
姉達の幻影も幻聴も、レイラには届きません。
レイラはまたしても1人ぼっちになってしまったのです。
いずれ1人ぼっちになってしまうことは昨日のうちに分かっていましたが、いざとなると耐えがたいものでした。
レイラは泣きました。
泣いて、泣いて、泣きました。
その日は、昨日とは違ってとても長い日になりました。
見えず聞こえずの生活は、レイラが想像していた以上につらいものでした。
それが誰も感じられない寂しさに拍車をかけたのでしょう。
やがて夜が来て、レイラは眠りにつきました。
隣に姉達が一緒にいても、子守唄を歌ってくれても、レイラにとっては1人ぼっちと何も変わりません。
寂しい夜でした。
そして、夢の中でまたあの魔物に会いました。
レイラは言いました。
「もう1度、姉さん達に会わせてほしい」
それを聞くと、魔物は言いました。
「いいだろう。ただし、今度はおまえは全ての感覚を失うだろう」
レイラは少しも迷いませんでした。すぐにこれを承諾しました。
何を失ってでも、その心の中の風穴を埋めたかったのです。
◆ ◆ ◇ ◇
優しく肩を叩かれて、レイラは目を覚ましました。
誰が叩いたのか、レイラには見えません。聞くこともできません。
でも、その手が姉さん達であることを、すぐにレイラは悟りました。
光と音を失ったレイラでしたが、昨日とは違って少しも怖くありませんでした。
姉さん達が優しく手を引いてくれたからです。
いずれはこの手のぬくもりも失われてしまうと、レイラは分かっていました。
だからこそ、この短いの幸せを大切にするように、1日を過ごしました。
それでも、やがて夜は来てしまうものです。
空が見えなくたって、風が冷たくなれば夜だと分かります。
明日になれば、全ての感覚がなくなります。
このまま眠りにつくことなど、レイラには嫌で仕方がありませんでした。
レイラは自分の部屋で、3人の姉達に囲まれて夜をすごしました。
姉達の温かさを、全身で感じていました。
少し痛いくらい、強く抱きしめてもらいました。
そうして夜が進んで行きました。
冷えが徐々に進んできた頃、突然レイラは何も分からなくなりました。
魔物が言っていた通り、レイラは全ての感覚を失ったのです。
もう何も分かりません。
夜の冷えも、姉達の温かさも、何も分からないのです。
またしても、レイラは1人ぼっちになってしまいました。
◆ ◇ ◇ ◇
どのくらいの時が経ったでしょう。
レイラにはもう、時間の感覚も分かりません。
今が昼か夜かも分かりません。
自分が今、どこにいるのかも分かりません。
誰が近くにいるのかも分かりません。
自分が何をしているのかも分かりません。
もう、何も分かりません。
それでも、もう1度姉達に会いたいという気持ちは変わりませんでした。
でも、もう失えるものは全て失ってしまいました。
けれども、やっぱりレイラは諦められませんでした。
その気持ちが、あの魔物を心の中に呼びだしてしまいました。
魔物は言いました。
「おまえはあらゆるものを失ってしまった。もう願いを叶えることはできない」
それでもレイラは何回も何回も頼みました。
とうとう魔物も、言い分を変えました。
「分かった。おまえに光や音、全ての感覚を返そう。ただし、おまえの屋敷にいる姉さん達は消えてしまうだろう」
レイラはためらいました。
何も分からない生活は、苦しく寂しいものでした。
でも、姉達を失ってまで取り返したいかというと、そうではありません。
やっぱりレイラには、姉達は何よりも大切なものだったのです。
「やっぱり私は、姉さん達と別れたくありません」
魔物はまたしても言うことを変えました。
「姉さん達と最後の再会の代償として、おまえは心を失うだろう」
レイラは、ゆっくりと、しかし躊躇せず頷きました。
その瞬間、魔物は霧となって消えて行きました。
それだけではありません。
レイラの中から、何かが抜けていくような感覚がこみあげてきました。
それはやがて体中を覆い尽くし、ありとあらゆるものが消えていくように思えました。
かつての幸せな生活の思い出も、愛しい姉達を思う心も、消えていくようでした。
そして、とうとう最後になったかと思った頃、突然レイラの視界が白く開けました。
見えます。聞こえます。
全ての感覚が戻ってきました。
レイラは、自分が最も愛したお屋敷の中で、自分が最も愛した家族に囲まれていました。
すぐに彼女は、今まで経験したこともないような幸せに包まれました。
「みんな、ただいま……」
それが、レイラ・プリズムリバーの最後でした。
◇ ◇ ◇ ◇
レイラは全てを失いました。
しかし、レイラはとうとう最後まで、自分が選んだ道を悔いることはありませんでした。
最後の最後でレイラは、とうとう最大の幸福をつかみとったのです。
幸せな終焉でした。
◇ ◇ ◇ ◇
レイラが光を失ったとき、姉達は光に照らされる存在を手にしました。
レイラが音を失ったとき、姉達は音を発せられる存在を手にしました。
レイラが感覚を失った時、姉達は全ての感覚でとらえられる存在を手にしました。
レイラが心を失った時、姉達はレイラの思い出から外れて、自分で考えて行動できる力を手にしました。
朝が来ました。
心を手に入れた姉達は、全てを失ったレイラをいたわるように、そっと毛布をかけてあげました。
夢中に消えた妹に彼女たちがしてあげられたのは、それだけでした。
今度は彼女たちがどうしようもない虚無感を背負う番でした。
そのお屋敷には、小さな女の子が1人ぼっちで住んでいました。
女の子の名前は、レイラと言いました。
レイラには3人の姉と優しい両親がいました。
かつて、この立派なお屋敷にはたくさんの家政婦さんが勤めていました。
でも、今はもう、この屋敷には誰もいません。
レイラは1人ぼっちでした。
毎日毎日、寂しい思いをしていました。
◆ ◆ ◆ ◆
ある日の夜のことです。
レイラはいつも通り、1人寂しくベッドで眠りにつきました。
すると、夢の中で大きな魔物が現れ、レイラに話しかけてきました。
魔物は言いました。
「おまえは家族と離れ離れになって、毎日寂しい思いをしている。また姉さん達と会いたくないか?」
毎日恋しい思いをしていたレイラは、すぐに「また会いたいです」と答えました。
すると魔物は、
「会わせることができないわけではない。しかし、願いが叶えばおまえは目が見えなくなるだろう」
と言いました。
これには、レイラもすぐに返事をすることはできませんでした。
すると魔物は、
「分かった。返事は明日の夜に聞こう」
と言って、霧となって消えてしまいました。
◆ ◆ ◆ ◆
目を覚ますと、いつも通り1人ぼっちの朝でした。
窓の外の綺麗な海を眺めながら、レイラは魔物の言った言葉をずっと考えていました。
レイラは、窓枠に切り取られた海の綺麗な青色が、好きでした。
もし目が見えなくなったら、もうこの景色は見られません。
レイラは考えに考えましたが、
(もし、また姉さんたちに会えるなら……)
と思って、ついに決心しました。レイラは光を捨てることにしたのです。
その夜、レイラは魔物に姉さん達に会わせてくれるよう頼みました。
魔物は大きく頷くと、霧のように消えてしまいました。
◆ ◆ ◆ ◆
夢から覚めたレイラは、驚きました。
魔物の言ったことは半分は本当になり、半分は本当になりませんでした。
レイラはいつも通り、ものを見ることができました。
それだけではありません。彼女の部屋には、3人の姉の姿がありました。
なつかしい姿を見て、レイラは姉たちに飛びつこうとしました。
しかし、それは叶いませんでした。
そこにあったのは、姉の姿をした幻影だったからです。
触れることも、声を聞くこともできませんでした。
それでも、レイラは幸せでした。
例え幻影でも、愛しい姉たちとの再会を果たせたのですから。
その日、レイラは1日中幸せでした。
かつての幸せな生活をなぞるかのように、1日を姉たちと過ごしました。
あっという間に1日は過ぎて行きました。
夜になると、レイラは姉たちと1つのベッドで眠りにつきました。
◆ ◆ ◆ ◇
次の日の朝のことです。
目を覚ましたレイラは、ある異常に苛まれていました。
レイラは、もう何も見えなくなっていたのです。
それは単なる失明以上の意味を持っていました。
なぜなら、彼女が得た姉たちは、幻影でしかなかったからです。
幻影は音を立てません。触れることもできません。見ることしかできないのです。
でも、目が見えなくなったレイラには幻影は見えません。
レイラは、また1人ぼっちになってしまったのです。
その日は、今まで以上に寂しい日になりました。
愛しい姉たちはすぐそばにいるのに、レイラにはそれが全く分からないのですから。
◆ ◆ ◆ ◇
その日の夜のことでした。
寂しさに涙を流しながら眠りについたレイラの夢の中に、またあの魔物が現れたのです。
魔物はレイラに言いました。
「おまえ望んだものはどうだった? さぞ幸せになれただろう」
レイラが首を横にふると、魔物は続けました。
「おやおや、それはどうしてかな?」
「姉さんたちがすぐそばにいるのに、私には見ることができないからです」
魔物はそれを聞くと、レイラに言いました。
「そんなの簡単なことだ。おまえはまた、姉さん達に会うことができるだろう。ただし、今度は音を失うことになるだろう」
レイラは再びためらってしまいました。
光に続き音を失うことは、彼女には恐怖だったのでしょう。
すると魔物は、前回のように1日の猶予をくれました。
次の日も、やっぱりレイラは1人ぼっちでしかありませんでした。
1度、姉達と幸せな生活を取り戻してしまったレイラには、耐えがたい虚無感でした。
それでとうとう、レイラは音を失うことも決意したのです。
その日の夢に出てきた魔物に、レイラは取引を承諾しました。
◆ ◆ ◆ ◇
夢から覚めると、
「おはよう、レイラ」
なつかしい声がしました。
愛しい姉達の、優しい声でした。
例えそれが幻聴であったとしても、レイラにはかけがえのないものであったことにかわりません。
もう目が見えないレイラには、それはより一層染み透るように聞こえました。
優しい話声や、楽しい笑い声、なつかしい一言一言がレイラをたちまち幸せにしました。
けれど、幸福な時間はあっというまに過ぎていくものです。
夜はすぐに来てしまいました。
レイラは姉達と一緒にベッドで眠りにつきました。
姉達は優しい声で子守唄を歌ってくれました。
「おやすみなさい」
明日には音が聞こえなくなると、レイラは分かっていました。
しかし、こんなにも幸せな時間を過ごせたレイラには、後悔などこれっぽっちもありませんでした。
◆ ◆ ◇ ◇
次の日は、レイラが覚悟していた通り、静かすぎる朝でした。
もう何も聞こえません。もう何も見えません。
姉達の幻影も幻聴も、レイラには届きません。
レイラはまたしても1人ぼっちになってしまったのです。
いずれ1人ぼっちになってしまうことは昨日のうちに分かっていましたが、いざとなると耐えがたいものでした。
レイラは泣きました。
泣いて、泣いて、泣きました。
その日は、昨日とは違ってとても長い日になりました。
見えず聞こえずの生活は、レイラが想像していた以上につらいものでした。
それが誰も感じられない寂しさに拍車をかけたのでしょう。
やがて夜が来て、レイラは眠りにつきました。
隣に姉達が一緒にいても、子守唄を歌ってくれても、レイラにとっては1人ぼっちと何も変わりません。
寂しい夜でした。
そして、夢の中でまたあの魔物に会いました。
レイラは言いました。
「もう1度、姉さん達に会わせてほしい」
それを聞くと、魔物は言いました。
「いいだろう。ただし、今度はおまえは全ての感覚を失うだろう」
レイラは少しも迷いませんでした。すぐにこれを承諾しました。
何を失ってでも、その心の中の風穴を埋めたかったのです。
◆ ◆ ◇ ◇
優しく肩を叩かれて、レイラは目を覚ましました。
誰が叩いたのか、レイラには見えません。聞くこともできません。
でも、その手が姉さん達であることを、すぐにレイラは悟りました。
光と音を失ったレイラでしたが、昨日とは違って少しも怖くありませんでした。
姉さん達が優しく手を引いてくれたからです。
いずれはこの手のぬくもりも失われてしまうと、レイラは分かっていました。
だからこそ、この短いの幸せを大切にするように、1日を過ごしました。
それでも、やがて夜は来てしまうものです。
空が見えなくたって、風が冷たくなれば夜だと分かります。
明日になれば、全ての感覚がなくなります。
このまま眠りにつくことなど、レイラには嫌で仕方がありませんでした。
レイラは自分の部屋で、3人の姉達に囲まれて夜をすごしました。
姉達の温かさを、全身で感じていました。
少し痛いくらい、強く抱きしめてもらいました。
そうして夜が進んで行きました。
冷えが徐々に進んできた頃、突然レイラは何も分からなくなりました。
魔物が言っていた通り、レイラは全ての感覚を失ったのです。
もう何も分かりません。
夜の冷えも、姉達の温かさも、何も分からないのです。
またしても、レイラは1人ぼっちになってしまいました。
◆ ◇ ◇ ◇
どのくらいの時が経ったでしょう。
レイラにはもう、時間の感覚も分かりません。
今が昼か夜かも分かりません。
自分が今、どこにいるのかも分かりません。
誰が近くにいるのかも分かりません。
自分が何をしているのかも分かりません。
もう、何も分かりません。
それでも、もう1度姉達に会いたいという気持ちは変わりませんでした。
でも、もう失えるものは全て失ってしまいました。
けれども、やっぱりレイラは諦められませんでした。
その気持ちが、あの魔物を心の中に呼びだしてしまいました。
魔物は言いました。
「おまえはあらゆるものを失ってしまった。もう願いを叶えることはできない」
それでもレイラは何回も何回も頼みました。
とうとう魔物も、言い分を変えました。
「分かった。おまえに光や音、全ての感覚を返そう。ただし、おまえの屋敷にいる姉さん達は消えてしまうだろう」
レイラはためらいました。
何も分からない生活は、苦しく寂しいものでした。
でも、姉達を失ってまで取り返したいかというと、そうではありません。
やっぱりレイラには、姉達は何よりも大切なものだったのです。
「やっぱり私は、姉さん達と別れたくありません」
魔物はまたしても言うことを変えました。
「姉さん達と最後の再会の代償として、おまえは心を失うだろう」
レイラは、ゆっくりと、しかし躊躇せず頷きました。
その瞬間、魔物は霧となって消えて行きました。
それだけではありません。
レイラの中から、何かが抜けていくような感覚がこみあげてきました。
それはやがて体中を覆い尽くし、ありとあらゆるものが消えていくように思えました。
かつての幸せな生活の思い出も、愛しい姉達を思う心も、消えていくようでした。
そして、とうとう最後になったかと思った頃、突然レイラの視界が白く開けました。
見えます。聞こえます。
全ての感覚が戻ってきました。
レイラは、自分が最も愛したお屋敷の中で、自分が最も愛した家族に囲まれていました。
すぐに彼女は、今まで経験したこともないような幸せに包まれました。
「みんな、ただいま……」
それが、レイラ・プリズムリバーの最後でした。
◇ ◇ ◇ ◇
レイラは全てを失いました。
しかし、レイラはとうとう最後まで、自分が選んだ道を悔いることはありませんでした。
最後の最後でレイラは、とうとう最大の幸福をつかみとったのです。
幸せな終焉でした。
◇ ◇ ◇ ◇
レイラが光を失ったとき、姉達は光に照らされる存在を手にしました。
レイラが音を失ったとき、姉達は音を発せられる存在を手にしました。
レイラが感覚を失った時、姉達は全ての感覚でとらえられる存在を手にしました。
レイラが心を失った時、姉達はレイラの思い出から外れて、自分で考えて行動できる力を手にしました。
朝が来ました。
心を手に入れた姉達は、全てを失ったレイラをいたわるように、そっと毛布をかけてあげました。
夢中に消えた妹に彼女たちがしてあげられたのは、それだけでした。
今度は彼女たちがどうしようもない虚無感を背負う番でした。
なんとも切ない話でした
最初に一つだけ◇になってて「ん?」と思いましたがこういう事でしたか……。
ただ私はレイラは姉達の幻影に助けられて生活し、
天寿を全うするという設定を信じているのでこのハナシは少しあわなかったです。
(まぁダークというタグですからしょうがない)
けど面白く読ませて頂きました。
◇の意味に気が付いたとき、背中が冷たくなりました。
ああ、そういうことか、と。
これがなかったら、おそらくここまでコメントを残すことはしなかったでしょう。
それほどまでに怖ろしい演出でした。
孤独こそ人が最も恐れることなのかも知れませんね
レイラにとっては幸せな最期だったのでこれでいいのでしょう。
いいもの読ませていただきました。
>1
誰がHappyならHappy endなのかな、と思ってこのタイトルにしました。
でも、やっぱり難しいです。
>2
私自身も、同じ違和感がありました。
次は仲の良い4人の話も書いていきたいです。
>3
下手に言葉にしない方が何かが伝わるかもしれないと思って、
今回はシンプルな記号による演出に頼ってみました。
>4
「人は1人では何も出来ない」とも言いますし、孤独ということはかなり怖いと思います。
少なくとも今回は、そう思いながら書かせていただきました。
>5
例えこんな苦しい結末でなくても、あの「3姉妹」はかなり重いものを背負っている気がします。