幻想郷の少女達と言いますとそこらの男共よりよっぽど勇ましい感じが致します。
人を食っちまう妖怪もいればそれを指先ひとつでダウンしちまうおっそろしい聖職者なんかもおりまして。
それでも歳相応の女の子らしく誰しも怖いもんの一つや二つあるだろうってんで、
魔「…そういや、ここに集まってる奴らは妙に戦闘能力が高いのばっかだけどさ。
それでもこう、どうしても苦手!とか怖い!ってもんは無いのか? 特に霊夢なんて思い付かないぜ」
昼間っから神社の宴会で何人か集まったある時、魔理沙がこんな話を始めました。
霊「私ぃ? 苦手ってったら、ワサビが駄目ねワサビが」
魔「ワサビ? なんだ、ワサビが食えないなんて人生の二分五厘くらい損してるぜ」
霊「いや、好きよ? でもパチュリーが『お前の弱点はワサビだ』とか何とか」
魔「なんだそりゃ。アリス、お前はどうだ?」
ア「唐辛子…らしいわよ? パチュリーが言ってた」
魔「パチュリー?」
パ「属性的なアレが…こう」
魔「お前適当に言ってんだろ」
パ「Exactly」
魔「妖夢は?」
妖「前に…パチュリーにゴーヤで延々と殴打されて以来…ゴーヤ…ゴーヤが…」
パ「やってない」
魔「それは私がそそのかしたんだった」
パ「やりました」
魔「よし、偉いぞ」
霊「おい主犯」
魔「萃香…は想像出来るしいいや」
萃「 」
魔「ちなみに私は…」
パ「ウナギ」
ア「エロティック!」
順繰りに話してきまして最後に回ってきたのが早苗。割と最近、山のてっぺんに神社ごと越してきた巫女です。
引っ越しと言ってもその辺から気軽にひょいっと越してきた訳じゃなく、何でも結界の外からやってきたとか。
そんな訳で時々おかしな事やよくわからない事を口走りますが、最近は随分幻想郷に馴染んできたようです。
魔「おう早苗、お前は怖い物は何だ?」
早(…おや? この流れは…)
その早苗、暫く難しい顔をして黙ってましたが、ふっと嬉しそうな顔をして
早「…私は怖い物なんてありませんね。全くいい歳してあれが怖いこれが怖いなんて」
と言い出します。
霊「何よ、あんたワサビが怖くないの? いや、怖くないけど」
早「ワサビなんて寿司に乗っけて食っちまいますよ」
霊「そりゃ普通ね」
早「普通ですね。あれ?」
ア「唐辛子は?」
早「唐辛子なんて物はね、大根に詰めてもみじおろしにしちまえばいいんです」
ア「さっぱり辛くて美味しい」
早「そうそう、…あれっ」
妖「ご、ごご、ゴーヤは」
早「豚肉と卵で炒めてスタミナ料理チャンプルーにって馬鹿っ! 大体ゴーヤが怖いとか訳わからんわ!」
魔「早苗は変な子だなぁ」
早「どうして全員揃いも揃って食べ物なんですか! 豆もウナギも食えばいいんですよ!」
パ「なんで全員揃いも揃って食べ物なのよ!」
魔「お前!?」
パ「そうね、じゃあ早苗の弱点は食べ物じゃなくて…何にしようかしら」
早「しゃっとゆあまうす。完全種族である風祝に弱点は無いのです、そう貴女たちと違って!」
なんて饒舌に喋ってましたが突然サッ、と顔色が変わったかと思うとへたりと座り込んじまいました。
魔「んあー? どうした、便所ならあっちだぜ」
霊「デリカシー」
ア「そっち薮しかないわよ」
パ「え…やだ…性的嗜好が特異な人よ…」
魔「今のは私が悪かった」
早「いや、あの、…怖い物を思い出してしまいまして…」
ア「何よ、やっぱりあったんじゃない」
魔「何だ何だ、一体何が怖いんだ?」
早「うう、く、口に出すのも嫌です、勘弁してください」
妖「わわ私だって、ごごごゴーヤの恐怖とた戦ってるっていうのにいいっ…」
パ「この子大丈夫? 病気?」
妖「…ケェーッ!」
パ「うぎゃあ!? こ、この子ゴーヤで殴り掛かって来やがったわ!? 誰か精神科を(ボグッ)むぎゅっ」
ア「で、何なのよ。苦手なものって」
早「だから…。それに、その…、絶対笑われるし…」
霊「言わないと苦手なものをなすりつけるわよ」
早「い、言います言います! まんじゅうが! まんじゅうが怖いです!」
霊「なるほど」
早「あぁっ謀られたっ!」
魔「まんじゅう? まんじゅう…、蟹か。あの毒のある」
早「それはスベスベマンジュウガニ」
萃「あぁ、あいつか…。あの妖怪は凶暴だからね、仕方無いよ。まぁ私に掛かれば指先ひとつで」
早「居ません」
萃「 」
ア「…栗饅頭に酒饅頭、肉饅頭に素饅頭」
早「いぎィィッ」
魔「あ? まんじゅうって、あの、食べる饅頭か?」
早「そ、そうですよ…。ううっ、話をしてるだけで寒気がする、だから嫌なのに…」
真っ青な顔をしてガタガタガターッと震え始めて。
懐から薬瓶を取り出し5、6錠バリボリ噛み砕くと、
早「れ、霊夢さん霊夢さんお布団借りますね…!」
と言い残し、隣の部屋に駆け込んで布団を被っちまいました。
こうなると賑やかだった宴の席もなんとなーく盛り下がってしまいます。
別に怖いもんでも無かったわけですが、それでもあんな事を言われると良い気はしません。
妖「うぎぎぎぎ、こっちは真剣に恐ろしがってるって言うのに何ですかあの言い方は…!」
パ「前が見えねェ」
魔「…つまりあれか、あいつが寝てる間に枕元に饅頭積んどけば…洒落にならない心の傷を…」
霊「…でも…」
ア「…じゃあ…」
しばらくヒソヒソ話し声が聞こえてましたが、その内こっそり神社を出る気配。
それを早苗は布団の中でしっかりと感じてしめしめとほくそ笑んでおりました。
…おりましたはいいのですが、はてさて霊夢達は一向に帰ってきません。
そのうち日も傾き始め、いよいよおかしいぞと早苗は隣の部屋を覗いて見ますがやはり誰もいません。
と、机の上に紙切れが置いてありまして、
『何やら体調が悪い様子なので、あまり近くで騒ぐのも何だろうという事で場所を移します。
魔理沙が酷いことを言ったのが聞こえたかもしれませんが、彼女も心配そうな様子でした。
人の嫌がる事はしてはいけない、程度の常識は魔理沙も持っています。許してあげてください。
机の上に薬を置いておきます。まだ気分が優れないようならそれをどうぞ。』
早苗は紙切れを手にポカーンとした後、布団にコテンと倒れて一言。
早「これが本当のコテン落伍(キリッ」
早苗さんだけ常識の捨て損。たしかにじょうしきこわい