スカーレット・スカーレット

「ふっ、殺しなさい」
「殺しなんかしないわ……。そうね、あなたはこれから私の下で働くの。素敵でしょう？」
「働く？　命を狙った私なんかを？」
「そう。主人の命を狙う部下の一人や二人、持っていたほうが箔がつくというものです」
「……なるほど、それが吸血鬼の考える遊び心というものか」
「どうとでも、さあ、あなたの名前を教えなさいな」
「名前なんて、ないわ」
「そう……。そうね、今日は月が綺麗だわ。満月から過ぎた、あとは欠けていくだけの悲しい月。
　でも、人は満月よりもこの月を尊ぶと言うわ。こんな素敵な夜に出会えたのだから」

　そういって、目の前の悪魔は哀しそうに目を伏せた。

「貴女の名前は、ちちしりふとももでどうかしら」
「やだ」

　即答すると、吸血鬼の少女は目を大きく見開いた。

「なぜ？」
「前フリと全く関係ないじゃない」
「いつもスムーズに話が進むと思ったら大間違いよ。それはあなたが歩んできた人生でも学んできたはず」
「いや、その、それとは関係なく」
「悪魔との契約は絶対よ。悪魔は契約の元でのみ自由に振舞えるの」
「いや、だから、ちちしりふとももというのは、あんまりだと思うのだけど……」
「ふともも、早速だけど館の掃除をしてもらおうかしら」
「話聞けよ！」
「そうそう、うちには聞き分けの悪い妹が居るから……」
「あんたが聞き分け悪いよ！」
「気をつけるのよ、ふともも」
「ああもう！　帰っていい！？」
「空いてる部屋を勝手に使っていいわよ」
「う……。使うけど」

　どうせ私に帰る場所などない。私はしばらく、ちちしりふとももという名でこの悪魔の館に厄介になることにしたのだった。

「ちちしりふとももというのはあなた？」
「そういうあなたは？」
「私の名前？　フランドール。フランドール・スカーレットよ、ふともも」
「ということは、あなたが妹様なのね」
「妹様。お姉様に仕えてる身だから私を妹様と呼ぶのね、ふともも」
「……」
「ちちしり？」
「帰りたい……」
「まぁお姉さまは気が触れているから」
「えっ？」
「ほんの遊び心だから許してあげて。お姉さまってば恥ずかしがり屋で寂しがり屋なんですもの。
　どうせ考えた名前を授けるのが恥ずかしかっただけよ。明日にはふとももなんて呼ばれなくなるわ」

　そういって金髪の吸血鬼の少女。私にちちしりふとももという不名誉な名前を付けた悪魔の、その妹は、スキップをしながら去っていった。



　次の日、私はレミリア・スカーレットの下へと呼び出された。
　会食のテーブル、そこには見知らぬ少女が本を携えて座っていた。行儀が悪い

「ちちしりふともも」
「何いきなり変態発言をなさっているのですか？」
「友人を紹介しようと思って。パチュリー・ノーレッジよ」
「よろしくね、ちちしりふともも」
「性癖暴露みたくなってるじゃないですか！」
「クールだって聞いてたけど？　レミィ」
「名前が嬉しいのよ、パチェだって新しい本を読むときはワクワクドキドキするでしょう」
「確かにね、ふともももそうよね？」
「まるでふとももに興奮してるみたいですけど」
「私は好きよ。ふとももは本の次ぐらいに」
「……」

　彼女らの表情から真意を読み取るのは困難だった。
　なんせ至って真面目に私をちちしりふとももと呼ぶのだから。

「でもレミィ？」
「なぁにパチェ」
「この子をいつまでもそう呼ぶのはどうかと思うのよ。ちちしりふとももだなんて呼びにくい」
「一理あるわ」
「名前の案はないの？」
「そうね……。この子と相対した晩は、綺麗な十六夜が出ていたわ」

　そう、欠け始めた満月。もう一度満ちるために、欠けていく月。










「服のスリットが深いし、むちむちふとももとかどうかしら」
「夜また関係ないじゃん！」

最終的に髪が赤いので、紅美鈴となりました。