Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

おかしをつくろう

2009/10/25 22:03:36
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最近おかし作りに凝っている。といっても、シンプルな焼き菓子である。
今はマドレーヌを作るために本と睨み合いながら材料を用意しているところだ。
邪魔な上に騒ぐので大半のペットは追い出してある。
私のおかし作りはここ数日続いているために、昼下がりになると地霊殿の一角には良い匂いが漂い出す。

さてはて、今作っているのはマドレーヌだ。分量さえ間違えねば確実に美味しいものが出来上がるらしい。
今までも教科書通り、堅実におかしを作り続けてきた。
今日も――むい、と。考えごとの半ばで、頬が誰かに引っ張られた。心を読む前に首が動く。

「うえ、凄い目。それはさすがに妬ましくないわ」

かわいげのない緑の目が呆れた様子でこっちを見ていた。水橋パルスィ。仲は良くないが旧知である。

「帰って下さい。料理の邪魔ですから」
「何をしているのか気になったのよ」

私の言葉にもめげず、パルスィは更に頬を引っ張った。地味に、うざったい。
怨霊も恐れ怯むとは名ばかりか、いやいやそんなことはない。
実は内心自分を嘲笑っているのではないか今もこうして自分を蔑んでいるのではないか云々。
彼女の発想は今日もネガティブ、彼女の行動は常にアグレッシブ。水橋パルスィは元気いっぱい、私の我慢はいっぱいいっぱい。さて。

「邪魔ですよ」
「と、とてつもなくつれないわね今日のあんた」
「いつもより三割り増しうざいですねあなたは」
「ぐう」

ぐうの音は出たようだ。

「見て分かりませんか、私の姿を」

問うとパルスィはやれやれと肩をすくめてみせた。

「掃除かしら?」

ぐーで殴って黙らせた。今度はぐうの音も出ない。

「痛い」
「痛くしたんですよ」

逆恨みのパルスィを下目づかいに嘲笑いながら準備を始める。
この橋姫は粘着気質なので何を言っても離れない。よって無視するのが最適である。
もちろん、無視したからといって去る訳ではないが、他に有効な手段がないのだ。
粉を混ぜて、ふるって、次はどうするんだったか。
本に手を伸ばしたつもりだったが、手は空を切る。

「バター溶かしてないでしょあんた」

パルスィが澄まし顔で言う。

「菓子作りが得意そうな言い方ですね」
「菓子姫と呼んでもいいわよ」
「ですか。本に書いてあったことを読んだだけと顔に書いてありますが」

まあ、一々本に目を遣るよりはこの子に訊いた方が楽なこともあるだろう。
それにしても今日は体が怠い。マドレーヌを作ったら少し休むのも良いかも知れない。
パルスィは黙っている。しかしながら

「先程から暇暇暇暇煩いですよ。帰って下さい」
「いや、暇なのよ」
「だからといって私にまとわりついて良いという道理はありません」
「そこを何とかっ!」
「駄目です」
「何とか!!!」
「……」

嫉妬深いのに根明なのはどうかと思う。溜息を一つ。

「まあ良いでしょう。でも、手伝いはさせませんからね。あなたは本を読むだけです」
「ひゃっはー!」
「はしゃがないでください」
「いやさとり、退屈って恐ろしいわよ」

何か語り出しそうだったけれど、右から左である。
私はメレンゲ作りで忙しい。

「ああ。パルスィ」
「ん?」

話の腰を折られても嫌な顔一つしないのは――少しだけ意外だった。

「バニラエッセンスを取ってください。一滴なら舐めても良いですよ」

言うと、彼女は大喜びした。
卵黄と共にバニラエッセンスをふりかけ、しかる後にパルスィの人差し指に一滴落とす。

「良い匂いね」
「美味しいに違いないですね」

うんうんと頷き、彼女はぺろりと指を舐める。表情は見ずとも心の声は聞こえるので私は料理を再開した。
よほどショックだったのかパルスィはふるふると体を痙攣させていた。

「にが、まず……」
「そうでしょうね」

菓子姫。






そこからはパルスィが拗ねて黙り込んでいたので作業は進んだ。
薄力粉を加えて混ぜ、バターを加えてまた混ぜる。
マドレーヌ作りの肝は混ぜ混ぜにありということである。
問題は私の細腕は重労働に悲鳴をあげているということだ。
今日あたりでおかし作りはやめようと思う。もうたくさんだ。結構だ。
混ぜたものを型に流し込み、オーブンに入れる。
ちなみに型はまんまるである。
これで焼き上がりまでは暇となる。私はどっこいしょと椅子に腰を下ろした。
不覚にもパルスィと目が合う。

「いつか復讐してやるわ」
「そうですか」

そうだ、そうですか、という意味のない遣り取りが二、三続いた。
それからしばらくすると、ふわりふわりと良い匂いがただよい出す。
パルスィの機嫌もそれにつられて少しばかり落ち着いたようだった。
そういえばさ、とパルスィが不思議そうに問う。

「あんた何でまたいきなりおかし作りなんて始めたわけ?」
「かわいいじゃないですか」
「へえ」
「……嘘です」

さすがに恥ずかしかったので止めた。

「料理本見て興味をひかれたんですよ」
「なるほど。今度食べさせてよ」
「あなたは本当に強欲ですね」
「地霊殿の素敵な主様は寛大と存じておりますはい」
「強欲な上に調子も良いですね」
「おかしください」
「いずれまた」

言うと、パルスィは恨めしそうにオーブンを見やった。部屋の中はお腹の空きそうな匂いが充満している。
甘くて美味しそうな匂いだ。手作り出来たてというのはとんでもない美味しさを誇る究極の一品である。
どうやら今回も成功のようだ。マドレーヌで失敗するような人は居ないだろうが。
しかし、怠い。何だか最近寝不足だ。焼き上がったら一つ食べて寝るとしようか。
ともあれ。

「あなた本当はおかし食べるためにここに来ましたね?」
「そうとも言うかもしれないわね」

はあ、と息を吐く。

「まあいいです。私は眠るのでしばらくしたらおこして下さい」

ふわぁ、と思わず漏れた欠伸をかみ殺す。
思うに睡魔は根暗な人間が好きなのではなかろうか。一日中まとわりついてくる気がする。
目を閉じると、頭にじいんと心地よい疼きのようなものが広がった。
時間もちょうど、昼下がり。眠りに落ちるにはとてもとても素敵な頃合いであった。










随分長い間、眠っていた気がする。体が妙に動かしにくいと思ったが、どうやらいつの間にか、毛布が被せられていたらしい。
それをはぎ取ると、しんとした冷たい空気が肌を刺す。ぶるり、と身震いを一つ。眠い目を擦って体を伸ばす。
寝ている間に夜がおりてきたらしい。
テーブルの上には、蓋を被せられた皿がぽつんと乗っかっている。
さて、向かいの椅子には案の定眠そうな顔をしたパルスィが腰掛けている。あろうことかこくりこくりと船を漕いでいる。

「起こせと言いましたよね」

開口一番詰ってみると、パルスィはいやいやと首を振った。

「妹さんが寝かせとけと言うもんだから」
「ああ、こいしが」

視線を彷徨わせると、確かにいつの間にか、椅子がもう一つある。彼女は睡魔に負けたのかすうすう寝息を立てている。

「あんたが起きたら起こせと言ってたけど」

はあ、と息を一つ。

「寝かせてあげましょう。一週間もふらついていたんですから、疲れていて当然です」

はいだ毛布をこいしに掛ける。もぞもぞと動いたけれど、起きる様子はなかった。よく見れば、頬におかしの屑がひっついている。

「……食べさせましたね?」

睨め付けると、パルスィは珍しくきょとんとした顔になった。へ、と素っ頓狂な声を出して、彼女は首を傾げる。

「だってあんた、この子に食べさせるためにせっせせっせと作ってたんでしょ?」

はて、と首を傾げる。

「そういえば、こいしがおかしを食べたいと言っていた気がしないでもありませんね」
「料理本をあちこち駆け回ってやっとこさ手に入れてきたって聞いたけどね私は」
「まあ気にしない方向で行きましょう」

そんなことより、である。

「こいしはいつ来たのですか?」

問いに対してパルスィはああ、と頷いた。

「ここに来る前に会ったから、さとりがおかし作ってるらしいよって教えておいたんだよ。
面白いこと好きそうだし、この子が来たら暇潰しになりそうじゃない」

ふうむ。

「で、実際の所、その子と二人っきりでどうでした?」
「疲れた」

即答である。人の妹に失礼な。

「それで」

私は少しばかり身を乗り出した。

「あなたは食べたのですか、マドレーヌ」

パルスィは、にやりと笑んだ。

「すうすう寝ている間に全部平らげたけど何か問題でも?」
「おーけい分かりました」

右足を、ぶんと振る。スリッパが飛び、パルスィがそれを避ける。

「何すんのよ!」
「さてはて困りました。スリッパが無いと歩けません」
「あんたねえ……」

パルスィは転がっているスリッパを放って寄越す。低い軌道だったので、そのまますぽっと右足に装着してやろうと思った。
決まればなかなか爽快であるに違いない。しかしながら現実は甘くない。

「む」

思った以上に足が振り上げられてしまい、端的に言って、私は転けた。地味に腰が痛かった。

「馬鹿がいる」

しかも指をさされて笑われた。不愉快だったのでもう一度足を振り上げようとしたところで、パルスィが待った、と声を掛ける。

「机の上の皿を見るが良い」

ふむ、と頷いて皿を見やる。その時、パルスィの考えていることがふわりと私の心に届いた。

「……なるほど」

頷き、パルスィに目を遣ると、彼女は目を丸くしたあと、やれやれと息を吐いた。

「そういやあんた心が読めるんだったね」
「私に秘密で事を運ぶことは不可能ですよ」

胸を張るものの、口許がついつい弛んでしまうのは致し方ない。
パルスィの心の本音と建て前が両方透けて見える。
この皿は、空っぽではない。たくさんのマドレーヌが乗せてあるはずである。
もちろん私が作ったものではない。
そこで寝ているこいしと、そして目の前で非常に不愉快そうな顔をしてる橋姫の作だ。

「どうしても作ってみたかったんですね」
「ニヤニヤするな!」
「そうですね。こいし一人では作るのが大変ですからね。一度作ったことのあるあなたに監督して貰えば良い物が出来るでしょうね」
「くっ……さとり妖怪滅べばいいのに」

それでもまあ、人の作ったものを食べるのも悪くない――かも知れない。
蓋を開けた先で待っていたのは、私の作ったものと寸分変わらぬ焼き菓子である。
教科書通り、お手本通りに作り上げられたのだろう。それが良い。それが、美味しい。
冷めてしまっているのがいささか残念だが、それでもなおやはり、素敵な味には違いあるまい。
見ればパルスィがうずうずしている。

「駄目ですよ、食べては。そこで狸寝入りしているこいしもです」

ぴくん、と毛布にくるまった影が震える。

「あなた達は私のを全部食べたわけですから、これは私が頂きます」

そう言って、きつね色に焼けたマドレーヌを一つ、手に取り口に入れてみる。
柔らかく、甘く、そして良い匂いがした。
悪くない。
もう一度視線を動かした、毛布と橋姫がうずうずしている。
片一方は一度どこかに行けばなかなか会えない愛しい妹であり、もう一方は一度怒らせると後が面倒な旧知である。
やれやれ。元々私に食べさせるために作ったのだろうに。仕方がない。机を人差し指で小突き、二人の注意を私に向けた。
仏頂面でいたいのだが、苦笑がこぼれるのはいかんともし難い。

「分かりました、分かりました。一つずつ、食べさせてあげましょう。残りは私が頂きます」

歓声が声高に響く。おかし一つではしゃぐとは、全く子供であることだ。
しかしまあ、それも悪くない。色々忙しい日々が続いたし、たまにはこんなのんびりした夜が無ければやるせない。
ゆるりゆるりと、時間が過ぎる。秒針のかちこちという音を何となく聞きたいと思ったが、残念ながらそれはかないそうになかった。
こいしとパルスィが、嬉しそうな顔をしている。なんとまあ、気の抜けた表情であることか。
しかしそれも良しとしよう。これを食べたらまた眠ろう。甘いおかしと気怠い眠り。それらはとても魅惑的だった。
マドレーヌの甘い香りが漂いだす。ああ、今宵も姦しい。
たまにこういう日が訪れてくれるというのは、とても幸運なことである。
ああ、それにしても――良い匂いだ。手に残った最後のひとかけらを口に放り、そんなのんきな感慨を私は抱いた。
久し振りに、なにかおかしをつくってみたいものです。
与吉
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
パルスィかわいいよパルスィ
2.名前が無い程度の能力削除
さとりとパルスィって結構いいコンビっぽいですよね
さとりんやパルこいが作ったマドレーヌ凄く食べたいです
3.名前が無い程度の能力削除
スリッパ投げるおねえちゃんアグレッシヴすぎるw
4.名前が無い程度の能力削除
与吉さんきた!相変わらず素敵だ
そして明羅さんはまだですかい?
楽しみに待ってますよ
5.名前が無い程度の能力削除
素晴らしく妹煩悩な姉。
パルパルかわいい
6.名前が無い程度の能力削除
これはよい雰囲気のお話ですね
7.名前が無い程度の能力削除
雰囲気がスキ
8.読む程度の能力削除
今回のも素敵です

もぞもぞこいし可愛いよ~