これは下の方にある『そこそこにキャプテンが悪い話』の続きの話になっています。
でも、見なくても大丈夫だと思います。
君は本当に、とてもずるい船長だと思うよ。
だって、君はそんなにも簡単に、彼女を、屈託なく笑わせてしまうのだから……
ゴロゴロと、心地良さそうな音が聞こえて、覗いてみたら案の定。
ご主人と船長が、二人で寛いでいた。
ご主人は本来の虎の姿へと戻り、船長はその毛皮に身体を埋めて、比較的のんびりと鼻歌なんて歌っている。
それは、まるで一枚の絵みたいに、和やかな光景だった。
「…………」
柔らかそうで、明るい色の毛並みを撫でるその手を、羨ましいだなんて、思っていない。
時たま、ご主人が片目をチラリと開けて、のそりと首を上げて、船長の頬を舐め上げるのを、ずるいだなんて、思っていない。
大きくて太い、ふかふかの尻尾が、船長の身体に巻きついて、それを機嫌良くくねらせる姿が、そんなに、船長といるのは嬉しいのかい? って、嫉妬だって、していない。
体の奥から、黒くて汚い感情なんて、溢れていない……!
「……っ」
自然に、拳を強く握り締めて、私は、君たちの事なんて、全然気にならないさと自分に言い聞かせて。
ぐるりと、彼女たちに背中を向けて去るのだ。
そして、そうするのが、
最近の、私の日課だった。
◆ ◆ ◆
「あー……癒される」
すりすりと、星の首元に抱きついて頬ずりすると、星がくすぐったそうに「がう」と鳴くので、名残惜しげに、星が身体に巻きつける尻尾の力に従い、大人しく離れる。
そのまま、尻尾でぽんぽんと肩をたたかれて、ざらりと頬を舐められて、くすくすと笑う。
「もう、星ってば命蓮寺の癒しよね。聖と匹敵するわぁこれ」
ころりとお腹を見せる星の、背中の毛皮よりも柔らかいふかふかに顔を埋めて、足をじたばたとして、星に「えいっ」って乗ると、星は「くぅ」とお腹の息を吐き出すみたいな可愛い声を出して、顔をざらりざらりと舐めてくる。
尻尾がくねくねとご機嫌だから、私も楽しくなって、星のお腹をもふもふする。
……あぁ、幸せ。
あまりの癒し空間に、涙が出てきそうだった。
星のお腹にもう、全体重をかけてすりすりしながら、でも星は平気そうにゴロゴロと喉を鳴らして、私の帽子を尻尾で悪戯している。
最近。理不尽に罵倒されていた私は、星と戯れながら心からの安堵を覚えて、星の大きな顔を両手で抑えて、その鼻先にチュッとキスをする。
星は驚いた様に目を見開き、ぴんっとひげを立てて、ペロリと自身の鼻を反射的に舐め上げる。
その動作が面白くて、私は声を上げてくすくすと笑うのだった。
◆ ◆ ◆
悔しくなんてない。
ああ、何も、悔しいとか、思う事はないさ。
私のご主人が、普段は私の前で元の姿になんて戻らないご主人が、虎の姿で船長と寛いでいるなんて、そんなのもう、聖が復活して、ここで暮らす様になってから、当たり前の光景だもの。
船長がぬえにぼこぼこにされるのと同じぐらい、見慣れた光景じゃないか。
「…………」
脳裏に浮かぶ、ぬえにぼこられる船長や、一輪に拳骨される船長を思い浮かべて、ちょっと落ち着きながらも、部屋に戻った私は、箪笥の中から取り出した、ご主人の虎バージョンのぬいぐるみを取り出し、それを抱きしめながら、むかむかとする気持ちを追い出そうと努力する。
その耳に噛み付いて、ちょっと伸ばしながら、ご主人と船長は、今頃仲良くしているんだろうなと思ったら、次第に、歯に力が篭って、ぬいぐるみを強く抱いた。
このもやもやの正体を、私はあえて見ない振りをして、ぬいぐるみを強く強く抱いた。
……大体だ。
船長は少しばかり、配慮が足りないんじゃないか?
ただでさえ、私がいる前で仲良くしているし。
何より、
『ムラサ、ああ、また怪我をしていますよ?』
『……あはは。幽霊なのに生傷が絶えないって、情けないやら悲しいやら』
『ふふっ、貴方は人気者ですからね』
『うん。星、貴方はきっと勘違いをしている。まず言いたい事は、人気者はこんなに傷だらけにはならないという事よ!』
ぺろぺろと、人型のご主人に傷跡を舐めて貰いながら、むっすりとしている船長を思い出した。
お返しとばかりに、その後、船長がご主人の鼻先と頬にキスをしているのを見た時、よくもまあ、私は船長の錨を奪って投げなかったなと、長い間、無防備なご主人と暮らして培った理性を恨みたくなったものだ。
「ああもうっ! 君たち、何か!? 実は付き合っていたりするのか!? 何故そんなナチュラルに普通の恋人同士でもしない様な事をしているんだっ!?」
衝動が抑えられずに怒鳴った。
ああ、イライラする!
駄目だ、自分でも抑えられないぐらい苛立ってきた。
うっかりで、実はちょっと泣き虫で、でも外では必死に頑張る努力家のご主人。
そんなご主人が、元の姿に戻りながらリラックスする出来る相手は、聖と一輪。そして、船長で。
……私の前では、全然、その綺麗な毛皮を見せてくれない。
胸が痛くて。
あの数百年の時間は、私とご主人の間に、何の意味も無かったのかと、虚しさが、今更の様に背中に圧し掛かる。
一緒に、慎ましく生きてきた。
彼女の微笑を、たくさん見てきた。
――――でも。
私は、私のご主人が、あんなに子供みたいに声を上げて、笑った姿を見た事が無くて。
『あっはっははははっ、だ、駄目! ツボに嵌った! ぶはっ!』
『そ、そんなに笑う事ないじゃないですかっ! わ、私は真剣なんですよ!』
『くっぷぷはっ! くっくっく、あ、あのね星、いい事を教えてあげるわ』
『……ぐぅう』
『―――知らなかった? 貴方は、可愛いわよ』
ちょんって、ご主人の額を、無理やりに背伸びしながら突いての台詞。
そして私は、そう船長が言った後の、ご主人の顔が今でも忘れられない。
きょとんとして、そして疑って、でも、船長の顔に嘘が見られなくて、その瞬間に少し切なげに微笑んで、それでも、「そ、そうですか」って。
えへへって。
頬を染めて、君は、子供みたいに笑った。
私が、君と過ごした時の中で、一度だって見た事のない笑顔を、君は船長に向けていた。
――――嫉妬、なんてものじゃないよ。
それは、ただの、
『悲しい』だった。
◆ ◆ ◆
「ごくらく、ごくらく♪」
たっぷりと、星の毛皮を堪能し、心から癒された私は「ああ、これで明日も頑張れる!」と気力を胸に、くうくうと眠ってしまった星に寄り添いながら思っていた。
喉の下を撫でてあげて、口元をふむんと動かす星は、虎って可愛すぎない? という感動を深く与えてくれる。
「……お?」
と、開けっ放しの戸から、見慣れた尻尾を発見。
どうやら星に用があるらしく、ちろちろと忙しなく動いている。
尻尾に、星と同じで感情が出るなぁと笑って、私は星の尻尾に踏まれていた帽子を被り、星の毛皮から背中を外した。
「そんな所で、どうしたんですかナズ?」
「っ!」
私の気配に気づいていなかったらしく、私が顔を覗かせると耳と尻尾を総動員して驚きを表してくれた。
うわ、可愛いなぁ。
「……な、んでもないよ。船長こそ、こんな所にいていいのかい?」
「はい?」
「……ご主人と、お昼寝の最中の様に見えたからね。別に用事はなくて、ただ足が向いただけなのだけど、その……邪魔をしてしまったのなら、謝罪するよ」
「ああ」
ちらりと見ても、星は熟睡中である。
虎の姿になるとついつい本能のままに行動してしまうと嘆いていたから、多分、気が済むまで眠っちゃうだろう。
その前に、善意で叩き起こしてあげるけれど。
「いえ、私はそろそろって、そうだ。何ならナズが星と一緒にお昼寝なんてどうです? 久しぶりにすると気持ちよいですよ」
「……っ、……いや、いい。遠慮するよ」
「そうですか」
二人が一緒にお昼寝なんてしたら、相当に絵になるのにと残念ではあるけど、眠くないのなら無理強いするのも悪い。
私はそれじゃあと一声かけて、伸びをしてから、立て掛けていた錨を取った。
「……船長!」
「はい?」
ふと、足に違和感。
ナズの尻尾が、巻きついていた。
「……ちょうどいいから、雑談をしたいのだが、いいかな?」
「? ええ、構いませんよ」
はて。唐突でナズらしくないなと思いながらも、特に問題もないので、私はナズと向き合う。
どうせなら、ちゃんとした場所で、とも考えたけど、ナズの顔が、雑談にしては強張っていたので、私も姿勢を整えた。
「ねえ、船長」
「はい」
「君に、ずっと聞きたかった事があるんだ」
「……?」
ぎりっと、尻尾の食い込みが、骨に響くほど強くなる。
私は顔に出さずに、続きを促した。
ナズは、少しだけ戸惑って、でもからかうみたいに、ようやく笑った。
「いや、船長には、好きな人はいるのかなって……」
「――はい?」
「それが、聞きたいんだ」
……。
えー?
何となく、シリアスな空気かと思ったら、なんだ。そういう話題か、と。
私の体から力が抜けた。
話題が話題だからといって、そこまで固い表情をする事もないのになぁと、苦笑する。
だから、私は気を抜いたまま、ナズの尻尾痛いなぁと思いながら、ナズに素直に答えた。
「私は船長ですから、皆の事が好きですよ。勿論、ナズの事もね」
ぽんっ、と。
その頭を撫でて、「…は?」と強張ったナズの表情をほぐしたいと思って、星にするみたいに、よしよしと撫でる。
「……それって、聖は?」
「勿論、信仰しています!」
「……え? いや、そうじゃなくてって、じゃあ、ぬえ、とか」
「悪友ですね。最近はやけに絡んでくるけど、可愛い妹分みたいなものです」
「い、一輪は? 雲山は?」
「私の親友と、親友の相棒」
「じゃあ、私とか?」
「頭が良くて、探し物が得意な、私の仲間です」
「……ご主人、は?」
「親友ですよ。一輪と同じぐらい大切な」
にこりと、心から、聖が封印される前からの仲間であり親友であると、私は伝える。
ナズが、どうしてそういう事を聞いてくるのかは分からないけど、きっと、星の事で何か思う所があるのだろうし、私はそこで嘘をつくべきでもないと思った。
素直に、真摯に、貴方たちは私の大切な仲間だと伝える。
「…………」
ギリリッと、足に絡めるナズの尻尾が、更に強く締め上げられて、「いや、痛いのですが」とナズに外してくれと懇願するけど、どうしたのか、ナズは俯いたまま、固まっていた。
「ど……して?」
「え?」
「い、いや、君だって、船長だとしても、女の子で、……だから、私は、きっと君は、恋の一つや二つは、していると、思っていたから、だから」
「はぁ、恋」
「……、きっと、していると思ったから。……君は、こっそり、ご主人と、って……」
「?」
「き、君とご主人は、親友で、あんなにベタベタしていたのか?! 本当に、ただの親友で?!」
「……あの、え?」
ベタベタって、
そりゃあ、私は星が、ただの虎の妖怪の時から知り合いで、けっこう舐められたり、お返しにキスしたり、じゃれつかれたりとかしていたし、まあ、べたべたといえば、べたべた、かな?
「まあ、長い付き合いですからね」
「――――ッ」
数百年のブランクはあるけど、うん。
彼女とは、離れていても通じ合う、最高の友人だ。
「だから、私は―――」
言葉が、止まる。
笑顔のまま表情が固まって、ひくりと喉が不自然に絞られた。
……え?
ナズが、
さっきまで普通に会話をしていた彼女が、私の顔を呆然とした顔で見つめたまま、
泣いていた。
ボロボロと。
◆ ◆ ◆
あぁ、君は、本当にずるい船長だ。
そして、私はもっともっと、ずるくて卑怯な鼠だった。
「な、ナズ……?」
君が、誰かの涙が苦手だと知っているけれど、ごめん。今は止められないよ。
気づいて、しまった、から。
長い付き合いですからねと、笑った君を見て、ただの親友だと聞いて、雷鳴に打たれたみたいに私は悟った。
長い時間を共に過ごしながら、笑って貰えなかった自分の愚かさに、気づいて、分かったから。
私は、ご主人に一度だって、そうやって笑って欲しいと願いながら、行動に移した事は無かった。
ご主人の前で、船長みたいに、大声で笑った事すらないんだ。
「……は、はは」
滑稽だ。
愚か過ぎる。
私はご主人を監視して、報告する役目だからと、勝手に一歩も二歩も引いて、それでも、心は通じ合えていたから、勘違いをしていた。
勝手に、仲良しな二人に嫉妬して、こっそりご主人のぬいぐるみを抱くだけで、私はご主人に何も伝えていない。
伝えられないから、気づいて欲しいと。
まるで、船長の隣にいる、あの二人の様に。
心の中で、素直になればいいのにと笑いながら、私は結局、同じだった。
気づいていた事と、気づかない振りをしていた事、気づかなかった事が、怒涛の様に押し寄せて、涙が止まらない。
「……ナズ」
「……ぅ、ううぐ、ふぐぅ」
声を押し殺す。
ボロボロと、だらしなく泣いて、拳をぎゅっと握った。
目の前の船長が、指先で私の涙を拭って、私の顔を、酷く苦しそうに見つめている。
ねえ、やめてくれ。
お願いだ。
私は君に、勝手に酷い事を思っていたんだ。
勝手に悪者にして、勝手にすっきりとしていたんだ。最低だろう?
だから、そんな風に、心配しないでくれ。
「……ナズ、私は、貴方がどうして泣いているか分からない。……でもね?」
唇が、そっと、頬に触れた。
柔らかい感触が、じんと内側に染み渡る。
「涙が止まったら、笑って欲しい」
―――――ずるい、よ。
抱きしめられる。
背中を撫でられて。
結局、泣いた理由なんて聞かないで、包み込む様に慰められてしまう。
本当に、君はずるい。
でも、ごめん。……ありがとう。
私は君に抱きついて、ひんひんと声を押し殺して泣いた。
だから、ごめんなさい。最後に、もう一度我侭をさせて下さい。
泣き止んだら、笑うから。
そして、ちゃんと認めるから。
私は、ご主人に笑って欲しいから。
私の想いが、友達でも、従者でも、監視役でもない。
ただの―――『恋』だと、認めるから。
私はご主人を、そういう目で見ていると、もう、知らない振りをして、君に嫉妬したりなんてしないから。
勝手に、ご主人に選んで欲しいだなんて、図々しい事は考えないから、だから。
まだ、君を悪者にさせて下さい。
君が悪いと、思わせて下さい……!
背中に回った手が、まるで「いいよ」と言う様に、優しく叩かれて、
それは勝手な、私の思い込み。
っつか船長イケメンすぎるw
ムラぬえも気になりますがナズ星の今後の展開も見てみたいですね
やはり船長が悪い。
そして星ちゃんのお腹もふもふしたい
ナズ可愛いのぅ。
そして虎になれたのか星・・・。
なんだこの星蓮船wwww
もう夏星さんの作品でむらぬえブームがくることを祈ってますwww
そして相変わらず船長は悪い人だ。
うん、最後まで見るとタイトルに納得。