「貴女はいつも気楽で良いわね」って、私は色んな人に言われる。
例えばそれは、お嬢様だったり、パチュリー様だったり、霊夢だったり、魔理沙だったりするんだけど、言われるたびに私は首を傾げる。
良いわねって言うなら、気楽に生きれば良いのに。自然体でいれば良いのに、どうしてそうしないんだろう? って。
しかも毎回、どこか呆れたような顔で、ため息まじりに言われるものだから、あまり良い気はしない。
皆、本心で言ってるわけじゃないんだ。と気付いたのは、いつのことだったろう。
でも、そんな中で、咲夜さんだけは様子が違っていた。
「貴女はいつも気楽で良いわね」って、心から言ってるように見えた。
皆みたいに、馬鹿にした感じじゃなくて、本当に感心しているような口ぶりだったから。
だから私も、ある日、ついぽろりと言ってしまった。
「だったら、気楽に生きれば良いじゃないですか」
「え?」
何気なく言うと、少し驚いたような表情をされて、そんな表情をされた私のほうも驚いてしまった。
お互い口ごもり、真昼間の門の前で、顔を見合わせて立ち尽くす。何だか気まずい。
何気ない世間話をしていた穏やかな空気から一転、何とも言えない微妙な空気になってしまった。
「私には無理よ。人に弱みを見せるの嫌いなの」
「弱み……ですか?」
無言に耐えかね、必死で会話の糸口を探していると、先に口を開いたのは咲夜さんのほうだった。
良かった。助かった……と内心胸をなで下ろしながら話を合わせた。
「気楽でいると、弱みを見せることになるんですか?」
「そういうリスクもあるってこと。気楽で、自然体でいるというのは、そういうことよ」
「じゃあ、私は常に弱みを見せていることになりますけど……」
「そうかもしれないわね」
「実感としてはないんですが、本当にそうなんですか?」
「貴女はそう思わないの?」
そう切り返されて、はい、と素直に首を縦に振った。
弱みって……、のびのびと自然体でいることがどうして弱みになるんだろう。
むしろ自分らしくふるまえるのは、楽だし、強みだと思うんだけどな。
あるがまま、自然のまま、気の向くままに。すばらしいことだと思うんだけど……。
即答すると、咲夜さんは「ふぅん、そう」と何か考え込むように目を伏せて、次の瞬間ふわりと笑った。
「やっぱり面白いわね。貴女って」
あ、こんなふうに笑ったりもするんだ……と、新鮮な驚きを感じたのも束の間。
頭に鋭い痛みが走ったかと思うと身体がぐらつき、次の瞬間、咲夜さんの顔が目の前にあった。
「――っ!」
驚いて身を引こうとしたけど、動かない。縄でも引くみたいに強く三つ編みを引っ張られていることに気が付いた。
訳が分からなくて、目の前の咲夜さんを見つめた。途端にぞくりと背筋に悪寒が走った。
青い瞳が、暗く濁っている。底が知れなくて怖い。深海に引きずり込まれるような錯覚に陥る。
目は、確かに咲夜さんが笑っているという情報を伝えてくるけど、心が違う、と訴えてくる。
笑っていない。咲夜さんは、笑ってない。……何で? 私、何かした?
「貴女みたいなのを見てると、苛めたくなるのよ」
「え?」
「その能天気に笑う顔を引っ叩いて、蹴り倒して、踏みつけたくなる」
「さ、咲夜さん?」
「貴女はきっと、苦しそうにもがいて……怒ったような、傷ついたような表情で、私を見る。今みたいに、咲夜さん、なんて言うかもしれないわね。ふふ、そんな貴女を、私はとても見てみたいの」
「何……で」
緊張から声が掠れた。喉元にひたりと当てられたのは、ナイフではなく、手のひら。
ただの手のひらなのに、ひりひりとした緊張感が首筋から伝わってきて、呼吸がおぼつかなくなる。
つつっ、と撫でられて身体が跳ね上がった。それはまぎれもなく恐怖から来るものだった。
殺されるのかもしれない。殺されたくない。けど身体が言うことを聞かない。
別に時を止められてるわけじゃないのに……あぁでも、時を止められたら私は敵わないんだ。
そう思い至って、愕然とした。私は、咲夜さんに勝てない。再認識した途端、恐怖が膨れ上がった。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。怖い。咲夜さんは人間なのに。私は妖怪なのに。どうして……。
「さぁ、何故かしら。……良いわね、その表情。嫌いじゃないわ」
今の私の表情なんて、どうして良いか分からなくて、動揺してる顔に違いないのに、どうしてそんなことを言うんだろう。分からない。私には咲夜さんの言ってることが分からない。人の困った顔を見て一体何が楽しいんだろう。私の知ってる咲夜さんは、こういうことは言わないはずなのに……。確かに、冷静で素っ気無いところはあるけど、こんなことを言う人じゃなかったはずなのに……。
「……なんてね」
底の知れない、暗く、観察するような眼差しに必死で耐えていると、ふいに拘束を解かれた。
「……え?」
半ば茫然としながら、改めて咲夜さんの目を見つめると、その色は普段の澄んだ青色に戻っていた。
「自然体になったら、私がこんなだったらどうするのよ」
「え、え?」
「こういう感情は、隠し持っていたほうが良いでしょう」
「あ、あの……今のはわざと、演技、ですか?」
恐る恐る尋ねると、しれっとした、いつもの調子で返された。
「そうね……わざとよ」
途端に肩からどっと力が抜けた。今頃になって、目尻から、じわりとぬるい涙が滲んできた。
「何だぁ……。良かったぁ……」
「冗談で良かったわね」
咲夜さんは、今度こそ、にっこりと笑うと、さっきまで握りしめていた三つ編みを撫でてくれた。
三つ編み……今も頭皮がひりひりと痛む。思いっきり引っ張られて、本当に痛かった。
冗談にしては力が強過ぎだと思う。まったく、ここまで強く引っ張らなくたって良いのに。
妖怪の私に、手加減して欲しい、と思わせる咲夜さんは、本当に人間なんだろうか……? と疑いたくなる。
「ねぇ、美鈴。私、少し気楽に生きてみることにするわ」
「え? どうして急に……。でも、良いと思いますよ」
「貴女の前ではね」
「私の前で、ですか?」
「貴女が自然体でいるから、私も自然体でいられるんじゃないかと思って」
「あぁ、なるほど。良いですよ。私で良ければ」
「……本当に良いの?」
そう言って、咲夜さんは確かめるように私の目を覗き込んできた。
……何だか今日は、いつもより多く咲夜さんと目を合わせているような気がする。
さっきの名残か、目が合った瞬間、ふいに恐怖が込み上げてきたけど、気にしないことにした。
だって、さっきのは冗談だって言ってたし……。ただの冗談なんだから、気にしなくたって大丈夫。
「もちろんですよ」
「ありがとう。その言葉、忘れないでね」
「はい! 私、そこまで馬鹿じゃないですよ」
不安を打ち消すように、きっぱり言い切って笑うと、咲夜さんも、ふっと笑った。
「良い子ね。……でも、その無防備さが仇になるときもあるのよ。私みたいなのを相手にするときとかね」
「え――?」
柔らかく細められていた瞳が紅く色付いていく。
――まさか。気付いた瞬間、さっと血の気が引いた。
どうして、咲夜さん、それは、それだけは絶対に嫌です!
時を止められたら、何も抵抗出来ない。普段、誰かに力を使うことなんて、ないじゃないですか。
冗談で言ってたことを、本当にされたら……身体より心がぼろぼろになってしまう。引き裂かれてしまう。
「咲夜さ――」
「黙れ」
普段聞かない低い声で命じられ、出かかっていた言葉が引っ込んだ。
ひるんだ瞬間、目の前に手をかざされて、反射的に叫んでいた。指の隙間から紅く色付いた瞳が見える。
「――嫌っ!」
「……なんて、ね」
身を守るように縮込ませた背中に、ふわりと腕が回された。……温かい。
時は、止まらず動き続けている。心臓がどくどくうるさい。冷や汗がじっとりと背中を濡らして気持ち悪い。
もう、訳が分からない。咲夜さんが何でこんなことをするのか分からない。
優しいのか怖いのか分からない。矛盾した行動が分からない。
嫌われているのか、そうじゃないのか、咲夜さんの心がまったく読めない。
真意を確かめようにも、あの瞳を見つめるのが怖くて出来ない。今一体どんな顔で抱きしめているんだろう。
あんなに怖いことをしたのに、何でこんなに優しく抱きしめてくるんだろう。抱きしめられるんだろう。
誰かにこんなに優しく抱きしめられたことなんてないのに、だけど相手は酷いことをした人で……。
もう、訳が分からないよ。こんなことされたって、私には分からない。馬鹿だもん。分からないよ……。
嫌いじゃないのに。咲夜さんのこと、嫌いじゃないのに。今は怖い。怖くて怖くて仕方ない。
「ごめんね」
「……っ」
「こんな私で」
呟かれた言葉の儚い響きに、とうとう私の涙腺は決壊した。それは懺悔にも似ていて……。
重たい鉛を飲み込んだような息苦しさに、はっ、と短く息を吐き出した。
抱きしめ返すことも、この腕を振りほどくことも、今は出来そうになかった。
甘甘が好きですが、こうゆうのもいいですね。
もっとさくめーを書いてほしい
咲夜さんマジヤンデレ
こんな咲夜さんも好きだ