この作品は、下の方にある『たぶん、キャプテンが悪い話』の続きになっています。
でも多分読まなくても大丈夫です。
馬鹿は死ななきゃ治らない。
でも、死んだ後も馬鹿だったら、もう、どうしようもない。
腹が立つ。怒りで泣きそうなぐらい、悔しかった。
『私は、ぬえの事けっこう好きよ』
なんで、あんな事を言うのだろう。
あんなにも、爽やかに、涼しげに、まるで小さな子供にでも言うみたいに、あっさりと。
そしてどうして。
私はこんなに、あんな軽い台詞を、言葉を、想いを、こんなにも嬉しいなんて、思っちゃうんだろう?
「ムラサの、ばか、ばかばか、ばかばかばかばか!」
ムラサの部屋からくすねた、可愛いカモメのパジャマを胸に抱いて、ムラサの香りにむかむかしながら、私はこっそり、ぐすんと泣いた。
◆ ◆ ◆
「さて、ムラサ」
「……うん」
「ぬえが、もう三日も部屋から出て来ない事について、何か言い分はあるかしら?」
「……いやぁ、ありすぎてむしろ困るわ」
何だろうね?
この、私が原因みたいな、ほぼお前のせいだろうっていう目。
しかも、その冷たい眼差しが親友から放たれているという現実が、私の心に深く突き刺さってくる。
「……あのね、一輪」
「ええ」
「……ぬえが引き篭もったら、どーして私のせいになるのかしら?」
おかしいでしょう、その流れ。
はっきりとこの三日間。針のむしろ状態で、私は何度かマジ泣きしそうになったわよ?
聖に、しょんぼり悲しげに「……っ」とか見つめられた時なんて、私悪くないのに土下座したくなるし、ナズなんか「……この鈍感が」とか明らかにきつい侮蔑の目を向けてくるし、星も「ムラサ、あの……、な、何でもないです」とか、労わりつつも気まずげに微笑むとか。
……ちょっと、言いたい事が山済みです。
「さて、鈍感キャプテンムラサ」
「え? 私の疑問無視? というか、鈍感って酷くない?」
「私は、貴方の親友として、命蓮寺代表者として聞きます。―――何をしたの?」
ちくしょう。
泣いてやろうかな!?
「……いえ、何もしていません」
「分かったわ。無自覚にぬえを追い詰めたという事ね?」
「だから、どうしてそういう結論になるのよ?!」
思わず声を荒げて、ハッとして抑える。
いけない。真の船長たる者、女子に対して、そう簡単に声を荒げて怯えさせたりなんかしちゃいけない。
ましてや、一応はぬえの事を考えて、私と向き合おうとしている一輪に怒るなんて、いくら不条理で不自然で理不尽で疑問符で違和感で不快感で不義理で…………って、あれ? これ、怒ってもいいかなぁ?
「…………くっ」
でも、でも我慢よキャプテンムラサ……!
そうよ、怒りに怒りで返すからこそ、争いは終わらない。
ここは、怒りに愛で返すぐらい、私は船長として器がでかい事を示さなくてはいけない……!
「一輪……!」
「な、何かしら」
「――好きよ!」
キラリと言った。
そして「へ?」と一輪が動きを止めたのをすかさず抱きしめて、彼女の方が少し背が高いので、背伸びをして無理やり上から抱きしめる様にする。
こういう時、自分の身長が低めなのを恨むけれど、そんな事はおくびにも出さずに、私は一輪の背をそっと撫でた。
「――――――」
「だから、さ。ちゃんと話し合いましょう?」
「む、ムラ、ムラサ?!」
「……大丈夫、話し合えば、きっとお互いを理解できる。私は一輪の事が、知りたいだけなの」
頭巾越しに、頭を撫でて。
声色に愛を含ませて、私はそっと両腕を外し、一輪と改めて顔を見合わせる。
彼女は、真っ赤だった。
「………………って、あれ?」
何だか、茹でたタコ並みに赤い。
というか、涙目でふるふると震えている。
全身がぎくしゃくと固まっていた。
「あ、あの…………。い、一輪?」
「っ」
予想外すぎる彼女の反応に、私は戸惑う。
えーと……。い、いや、怒りに愛を返す私の作戦は、とりあえず成功し、一輪が私を責める姿勢を消してくれたのはいい。
でも、その代わり生まれた、このおかしな空気は何だろう? ちょっと息苦しいんだけど……
「こっ、この……」
「え?」
「この、このっ、ムラサの、鈍感ジゴロキャプテンムラサ!!」
「酷い単語がまた増えたぁ?!」
ベシッと何故か頭巾を投げられて、ふわりとした短い髪を露出する一輪。
ああ、そういえば、昔彼女を何度も怒らせていた頃、こうやって頭巾を投げていたっけと、遠い所で思い出していた。
そして、こうするとかなり可愛いのが分かる彼女の、頭巾無しの久しぶりでレアな立ち姿に、ほうっと息を呑む。
見惚れて、船長として笑顔で反射的に口が回ってしまう。
「可愛い。やっぱり、一輪はその髪型が良く似合っているわね」
「ッ?!」
まあ。
そしてそれが、私の最大級の失敗だった様で。
「…………っ、……ふぅ」
泣かせちゃった。
一輪の瞳からポロリと涙が零れて、木目の板にポタポタと落ちていく。
私、大混乱。
「むらさの、むらさのあほぉ」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! わ、私本当にアホですいませんッ!」
「わたし、そういうの、いわれるのいやだって、しってるくせにぃ」
「そうだったよね、本当に私って最悪だよね、もうお願い、泣かないでぇ!?」
駄目。
これはまずい。
はっきり言って、私は女子の涙が、その瞳から零れる液体が、本当に駄目なんだ。
――――かつて、海に沈み、船を沈め、人を沈め、ありとあらゆる全てを沈めていた私。
聖に助けられ、犯した膨大な罪の中、それでも前を見ようと決めた私は、彼女が与えた船の、良き船長を目指している私は。
キャプテンムラサは。
ただの船幽霊は。
村紗、水蜜は。
――自分を沈めた、『水』が怖い。
「な、泣かないでよ、一輪」
「……うぅ」
「ご、ごめんね!? でも、本当に一輪は可愛いし、でもそう言われたくないって知ってるけど、私は、正直に言っちゃって、その、ごめんなさい!」
抱きしめて、さらさらと指通りの良い髪を撫でて、もう全力で泣き止んで下さいと懇願する。
そうしたら、一輪が座り込んでしまい、私も追いかけて座り、「ムラサのばかぁ」と私の顔を見たくもないとばかりに、一輪が私の服をぎゅっと掴んだまま俯いてしまった。
本当に、心が恐怖に彩られながら、焦る。
「本当に、ごめんね……!」
雲居一輪。
強くあろうとする、実際に心身ともに強いと言える彼女は。
でも。
不器用なのか照れ屋なのか、それとも、恥かしがり屋なのか、たまにこういう風に暴走する。
それを、知っていた癖に、怒りにまかせて、愛がどうとか言っておきながら、これでは無意識に仕返ししたのと同じだ。
本当に、私は船長失格すぎる……!
歯噛みして、徐々に嗚咽が収まっていく彼女の背中を撫で続ける。
そうしていると、急に私は引き剥がされる。
「……ムラサ」
「は、はい」
「もういい。……落ち着いた」
「そ、そうですか」
ぎくしゃくと、腫れ物に触るみたいに、彼女から離れる。
一輪は、顔を伏せたまま、私の服を握ったまま、ぎゅっと睨みつけてくる。
「……か」
その表情が、また可愛いとか言いかけて、自重。
ぐっと唇を噛む。
もう、本当にいい加減にしろと、自分自身に強く釘をさした。
「……もういい。もう分かった」
「な、なにが?」
「……ムラサが、そういう奴だって、私も忘れていたって事よ」
「?」
ぐすりと、涙をぬぐって、少し腫れた瞼を隠すように片腕で覆ったまま、私をトンッと押す。
「……早く、謝ってきなさい」
「……? う、うん」
「貴方は知らなくても、貴方が悪い。この、鈍感天然ジゴロキャプテンムラサ」
「だから、また酷い単語が増えた?!」
すでにどういうキャプテンなのか分からないから!
まあ、でも。
「……しょうがない。……謝ってきます」
「そうよ」
私の親友の、状況を見る目を、私はとびっきり信用しているのだ。
聖がいなかった千年間。共に地底で過ごした、私の自慢の親友なのだから。
「じゃあ、納得いかないけど、いってきます」
「ええ、いってらっしゃい」
ひらりと手を振って、私は帽子を被りなおして、赤い目をこちらに向ける彼女に、もう涙のない彼女にほっとして、歩いていった。
◆ ◆ ◆
自覚がないからって、悪くないとは言わせない。
たくさん謝っても、そう簡単には許してあげないのだから。
その背中を見送りながら、私はまた呟く。
「あぁ、本当に、ムラサの阿呆」
そして、年甲斐も無く泣いている自分が恥かしくて、目元をごしごしと擦って、頭巾を被る。
ムラサは本当に、何も分かっていない。
どれだけの月日が流れても、あの頃のまま、何にも分かっていない。
妖は人に惹かれるという事を。
私達が、姐さんに惹かれたように。
どうしたって、無視できない存在だという事を。
例え、元人間だとしても、ああまで人間臭い、ひたすらに理想の船長を目指す女の子が、どれだけ私たちに眩しいか、分かっていない。
貴方には、聖だけが眩しいのだろうけど。
私たちには、貴方と聖が眩しい。
「……鈍感」
ずっと、一緒にいた。
姐さんをいつか救おうと、救いたいと心に秘めて、一緒に手を取り合って、あそこで生きてきた。
星とナズーリンみたいに、同じ様に。
互いを認め合って生きてきた。
そこにぬえが加わって、ぬえの分かりやすいアピールに気づかずに、ひたすら聖と船長を目指す。
そんな、村紗水蜜だった。
「……ムラサは、絶対に気づいていないわよね」
きっと彼女は、これからも気づかないのだろう。
私が、
『可愛い』なんて言葉をかけられて、動揺して、赤面して、こんな風になるのは。
貴方が限定だなんて、ね。
その後。
ボロボロになって、ぬえに引きずられて夕食の席にやってきた二人に、私たちは「ああ、やっぱりね」と納得しながら、久しぶりに皆が揃った食事を楽しんだ。
そして、疲れ果ててぐったりとしたムラサは、食事の後、私の膝枕でいつもの様に寛ぎ、頭巾を被っている私をまじまじと見て、「……まあ、こっちも可愛いけど」と夢うつつに小さく零した。
「―――ッ」
ボッ、と赤くなる顔を誤魔化して、渾身の拳骨を落とすと。ムラサが涙目で抗議するが、いかんせん。
あんたが悪い。
ムラぬえが流行ってほしい…
でも作者様には自重をしないでいただきたいこのアンビバレンス
俺歓喜。
あと、やっぱりキャプテンが悪い。
もっともっと!
いいぞもっとやれー
なんという天然ジゴロ・・・恐ろしい娘。
ぬえに付きまとわれて損しかして無くないかな?
ぬえから船長に与えられるものがないとただの鬱陶しい
構ってちゃんにしか見えないような
例えば一輪の容姿が普通だったとしても、ムラサにとってお互い支えあう
大切な親友と言うのは変わらないだろうけど、ぬえの容姿が普通だったと
したら、それこそ登場人物、読者含めて誰からも見向きもされないただの
害獣になっちゃうし。
何と言うか、ぬえに容姿以外の魅力というものが欲しいなと思った。
納得もせず原因も分からずに謝っても仕方ないと思うのですが・・・。
あと鵺にデレが無いので単なるツンツンなんじゃ?と思いました。
どっちがモテモテなのかな?