この話は、作品集50にある『きっとキャプテンが悪い話』の続きな話です。
でも、前のは読まなくても大丈夫だと思います。
きっかけ、というか発端は。
単に、ムラサがあんまりに鈍くて馬鹿で愚鈍で聖馬鹿だから、いい加減、告白しようと決めた事からだった。
「ムラサなんて大嫌いッ!」
「はいはい。知ってますよ~」
起き抜けにビシッと言ってやると、ムラサは私の下で眠そうにげんなりした。
本当は、ムラサに夜這いをかけてやろうと意気込んでいたのだけど、ムラサの部屋に侵入し、寝ているムラサに馬乗りになって、さあ起こそう! という所で、ムラサのすやすやと気持ち良さそうな寝顔が、もうあまりにかわ……間抜け面すぎて! つい時間が経つのも忘れて魅入り、気がついたら窓の外は明るく、ムラサが目を覚ましてしまったので、つい言ってしまった。
「……というか、わざわざ起こしに来てくれたのなら、もう少し優しい起こし方を希望したい」
「うっさい! いいから早く寝ろ!」
「……なんで?」
あれー? 起こしに来たんだよね?
と言わんげのムラサに、違うわよ! と怒鳴るのは我慢する。
私は夜這いに来たのであって、そしてこう、いい雰囲気になった所を告白して、それでムラサを私にメロメロにしてやりたいのだ。
という訳で、ムラサには寝ていて貰わないと困る。
「……寝ろ」
「をいちょっと? その用途不明で正体不明どころじゃない、薬瓶をどうするつもりよ」
無理やりでも寝かせようとすると、ムラサが脇に置いていた錨を手に、僅かに戦闘体勢に入ってしまった。
「むぅ」
ちょっと悔しい。
ムラサは細身の癖に腕力が洒落にならないので、この至近距離でもし攻撃されてしまっては、大怪我的な意味で困る。……なので、しぶしぶとムラサからどいた。
「……もう。朝から何だってのよ」
「……知らない。嫌い」
「…………」
ムラサが、カモメ柄のパジャマ姿のまま、「あ、そう」と疲れた顔で、んーと伸びをする。
そのまま布団から出ると、てきぱきと布団を直し、そのままパジャマを脱ぎ捨てる。早着替えが得意なムラサは、そのまま下着姿になり、愛用の服を取り出し―――え?
「ピッ」
「え? ピッ?」
セーラー服を首に通したあたりで振り返ったムラサは、私を見て不思議そうに一瞬停止し、すぐに着替えを再開した。
「ぬえ? 私のパジャマ、そんなに気に入ったの?」
「う、うっさいうっさい! か、返して欲しくば、私を抱きしめる事ね!」
何言ってるんだろう私。
ムラサの下着姿にぐはっ! ときて、そのまままだ暖かいパジャマを抱きしめて、心の中でキャーキャー言いながら、私はムラサの生着替えに釘付けだった。
へ、変態なのかな私?!
「はいはい。それお気に入りだから返してね」
ぎゅう。
よしよし。
ふわふわ。
「…………うん、返す」
「あれ? 今日は素直なのね」
ムラサ、恐ろしい奴……!
私の混乱なんて無視して、一瞬で私を抱きしめてきやがった!
私のムラサラブ度はとっくにマックスだ馬鹿ッ! なのに、今上限値を遥かに上回って突き抜けちゃった!
「……ムラサ」
「ん~?」
鏡の前で、帽子を丁度良く斜めにしながら、ムラサは気のない返事をする。
「ムラサ」
「うん」
「あのさ」
「うん、何?」
「―――な、何でもない!」
今なら、
さっきのタイミングなら、
私はムラサに、嫌い、じゃなくて、好きって言えたかもしれなくて。でも、口を噤んだ。
おかしいな。
言うつもりなのに、そのつもりだったのに、何か言えない?
「?」
いぶかしげに振り向くムラサは、もういつもの船長で。
可愛いのに格好良くて。
優しいのに意地悪で。
聖馬鹿で、でも皆に紳士な。
キャプテンムラサ。
村紗、水蜜。
?
ふと引っ掛かった。
そして、気づいた。
……ぁ、ああ。
いま、なんか分かった。
好き、が言えなかった理由。
「……ムラ――。ううん、水蜜」
ふえ? とおかしな顔になる水蜜に、私はにやりと笑う。
「好きだから!」
――よしっ! 言えた。
「―――は?」
驚くムラサに、私は胸を張ってやる。
そう、なんだ。
やっと分かった。
私は、まだ皆のキャプテンムラサには、好きだと、素直に言えないんだ。
船長のムラサは皆に優しくて、紳士で、だから私はきっと、怖いのだ。
皆と同じなのが、嫌なのだ。
でも、
ただの村紗水蜜になら、ただの幽霊で、少女で、カモメのパジャマが似合う彼女になら、素直に言える。
だって彼女は、船長じゃない時の水蜜は、とても女の子だから。
「…………えっと? ありがとう」
「ふふん。まあね。さあ、他に言うべき事は?」
どっくんどっくんうるさい音を無視して、赤面しながらも、私はおかしな顔を続行しているムラサを指差す。
指先ががくがく震えているのは無視する。
とにかく、好きと伝えたからには返事が欲しい。
ムラサにだけ意地悪をして、邪魔をして、追いかけて、仲間になっている私の行動を、少しはその意味を、その根底にある感情を、知って欲しい。
私の想いの強さに気づいたのか、
ムラサは、それは真剣な表情で―――
「……つまり、今日の朝御飯はぬえの好物があるから、それをよこせと言っているのね?」
とってつもない勘違いをしてやがった。
あっはっはっはっは、この野郎♪
ムラサがそこらに置いていた錨を手に、私はムラサに懇親の一撃をおみまいするのだった。
このエセ紳士、乙女の告白をなんだと思ってやがる♪
「ちょぶはんっ?!」
ズシン……! と悲鳴すら飲み込んでめり込んだムラサと床に、何事かと皆が駆けつけてきた時には、私はムラサの分の朝食も全部食べてやろうと、ぷりぷりしながら台所へと向かった。
ああもう! ムラサの馬鹿ッ!!
◆ ◆ ◆
拝啓。すでに転生しているだろうお母さん。お父さん。
私はもしかしなくても、苛めにあっているみたいです。
とか、頭の中で意味不明な事を思考しながら、私は頭と顔に軽く包帯と巻き、一輪に膝枕されて呻きながら苦しんでいた。
「同情の余地がないわね」
「私は無実だー」
「残念だけど、ぬえが絡めばムラサの言い分はいきなり信用性がなくなるわよ?」
「……ひどー」
おもいきり被害者なのに、明らかな加害者を見る目の親友に、ちょっと泣きたくなる。
だって、私朝食すら無かったよ? ぬえに食われて。
「ねえ、ムラサ」
「うん?」
「好きよ」
真面目な顔で言われた。
なので、真面目に返す。
「私も好きよ」
「…………」
一輪は、そこで小さく溜息。
私がこうなる一端を説明して、何かを悟ったらしい彼女は、しょうがないなーって顔で、私の前髪を整える。
「……ムラサさあ」
「うん?」
「……ツンデレの心意を、よぉく勉強するべきだわ」
「?」
つんでれ?
「え? でも、私の周辺にツンデレ属性の子なんていないわよ」
「…………」
一輪は、それはそれは呆れ果てた顔をして、そっと拳を握った。
「ムラサ。これは私の意志じゃない」
「ぅえ?」
「天の意思よ」
「んな無茶あいたああぁっ?!」
雲山かと言いたいとんでもない拳骨の一撃に、私は二度目の頭への強襲に、なすすべなく震える事しかできなかった。
一輪は、「天の怒りを知りなさい」と酷く切なげな顔で去っていく。
まずは謝れと言いたかった。
さて。頭が痛い。
廊下を歩きながら、いまだ痛む頭をおさえて、私はゆっくりと歩く。
ああもう、ズキズキする。
天の意思って何やねんと理不尽で、頭をさすりながら、目的無く歩いた。
というか、ツンデレ、ねぇ。
あれでしょう? ツンツンしている子が、急に脈絡なくでれでれっとしてくる、素直じゃない癖に、変なプライドだけが高い、子供みたいな奴の事でしょう?
……多分。
うーん。詳しい所は一輪に聞いておけば良かったけど。ツンデレの子の心意を学べって、あれでアドバイスなんだろうし、無碍にもできない。
頭が痛いので実は無碍にしてやりたくなるけど、ここは親友として船長して我慢だ。
そして、そうこう歩いている内に、ぬえを見つけた。
「げっ!? ムラサ」
「あぁ、うん。太ればいいと思う」
「はあ? いきなり呪いの言葉って何様よ」
やかましい。私はお腹がすいているのよ。
さげすみの目を向けるぬえに、イラッとしつつも我慢、我慢と自分に言い聞かせる。
……にしても、ぬえは私にあんな事をしたというのに、けろりとして、目には剣呑な光を宿してはいるものの、いつも通りだった。
「ねえ、ぬえ」
「嫌だ。何?」
「いきなり否定から入るな。なんていうかさ」
「だから、何よ」
「私の事、好き?」
「―――、……嫌い」
「だよねぇ」
俯いて、けっと吐き捨てるぬえに、うんうんと頷く。
いつも嫌がらせをしてくるわ、苛めてくるわで、どう考えても私に好意がない彼女。
わざわざ私だけを狙ってくるしつこさと視界の狭さ。
私を苛められるから! とかいうふざけた理由で、私達の仲間になった彼女に、私は何度も頷く。
あいもかわらず、素直な奴だと。
ツンデレっていうのには、なれないだろうなぁと。
好きな奴には、好きってはっきり言って、どんなにふられても諦めなさそうな、強そうな所。
まあ憎からず思わせる、その有り方は嫌いじゃない。
「うん。すっきりした」
「……何がよ」
「ううん、気にしないで、ああそれとさ」
「……」
通り過ぎざま、私はぬえに、とりあえず言っておこうと首だけで振り返る。
「私は、ぬえの事けっこう好きよ」
「――――」
「じゃあね」
手を振って、ずきずきする頭に顔をしかめて苦笑。お風呂とか沁みそうだなと、軽くおさえた。
「……ばか」
と。
後ろで、ぬえの憎まれ口が聞こえてきたので振り返ると、ぬえはもういなく。ただ彼女に殴られた傷が、一際大きくずきりとなっただけだった。
私は首を傾げて、また歩き出した。
あと、それから、私の愛用のカモメ柄のパジャマが消えた。
ショックで、しょうがなく今は、ペンギン柄のパジャマを着ている。
作者は自重を思い出さないべき
いいぞもっt(ry
作者はもっとやるべき
ぬえぬえが可愛すぎて生きてるのが辛い。
ぬえ可愛いよぬえ、船長可愛いよ船長。
村紗は本当にどうしようもなく有罪。