自分を愛してくれる人がどれだけいるだろうか。さとりは考えた。
お燐はどうだろう。あの子だったら、きっと自分の全てを受け入れてくれるはず。覚りだからと変な目を向けたりしないし、心を読まれても純粋なままでいてくれる。
お空はどうだろう。あの子は基本的に何も考えていないし、覚りという言葉の意味もよく分かっていないようだ。たださとりが心を読むという情報だけはちゃんとインプットされているらしく、その上で避けることなく自分と付きあっていてくれる。
ならば、こいしはどうだろう。あの子は。
「………………」
ふっ、と自嘲めいた溜息を零した。
こいしについて、さとりは何も知らない。
この世で唯一、こいしはさとりが心を読むことのできない相手。かつて心を閉ざしていなかった頃ならいざ知れず、最近のこいしの事になると何を考えているのか全く想像もできなかった。
だから自分を愛してくれるのか。その答えも、こいしが関わると分からなくなる。
「お姉ちゃん? 好きだよ」
言葉では好きだと言ってくれるけれど、それが真実である保証などどこにもない。
本来なら誰にだって保証することはできないのだけれど、覚りだけは例外だ。心を読めばすべからく、本人でさえできない保証をすることが出来る。
だけど、こいしは。
保証ができない。
何を考えているのかさえ、分からない。
その目は本当に私を見ているの?
その言葉は本当に私へ向けられているの?
一切の質問が意味を成さず、あらゆる言葉は表面上の意識に遮られる。
無意識こそが彼女の本質であり、本音であった。
だけどこいしは無意識を操る。
誰もが見せてしまう不意の本音。それすらも操ることができるのだから、もう彼女の本音を知ることなど当の本人ですら不可能だろう。
知りたかった、こいしの心を。
それが出来るのならば、第三の目を失っても構わない。
さとりにとって本当に愛して欲しいのは、この世でこいしただ一人。
だから彼女の心が分からないことほど、さとりを苦しめるものはない。
じっとこちらを見つめるこいし。
彼女に応えるように、さとりもこいしを見つめ返す。
双眸を使っても、第三の目を見開いても、こいしの心の声は聞こえてこなかった。
当たり前だ。分かり切ったことを、どうして試そうとするのか。
馬鹿な自分に呆れ、さとりはこいしの前から去っていった。
こんな愚かしい姉でも、愛してくれるのかしら。こいしは。
心の中で呟いた声は、誰にも届くことなく、空しく消えた。
去っていく姉を、ただただこいしは見続けていた。
どうしてお姉ちゃんは服を着たままお風呂に入るんだろう、と疑問に思いながら。
肩を落として、お湯を垂らしながら歩いていく姉をいつまでも、いつまでも。