Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

合羽

2009/10/17 11:24:34
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 朝食を作っているときだった。

 台所の小窓を何かが叩く音が響いた。

 ──いけない、雨だ!

 洗濯物を干しているわけではない。しかし、それ以上に大切なものがこの雨によって脅かされている。

「藍? どうかしたの?」

「ああ……紫様、雨です。雨が──」

 寝ぼけ眼で現れた主に、てんぱりながら説明をする。

「それで慌ててるのね。良いわ、行ってお上げなさい。」

「し、しかし、まだ朝食が──」

「ここは私に任せなさい。ふふふ、久しぶりに腕が鳴るわ。」

 頼もしいお言葉をいただいて、私は深々と頭を下げた。

「すいません……紫様。それではお願いします。」

「そうだ、ちょっと待って。」

 そう言って紫様は、スキマから何やら引っ張り出した。

「これを持って行きなさい。」

 その手には、幼児用の雨合羽が握られていた。







 猫屋敷からマヨヒガまで、少し距離がある。普段なら飛べば直ぐなのだが、雨が降れば話は別である。

(橙は無事だろうか……。)

 先程からこればかり考えてしまう。

 猫屋敷で、野良猫たちとちぢこもっていればまだ良い。
 マヨヒガに向かう途中で降られたりなどしたら、きっと怖い思いをしているだろう。

 そんな事をつらつらと考えながら歩いていると、見慣れた緑の帽子が見えた。
 かわいそうに、よっぽど怖かったのだろう。
 橙は木の陰で怯えるように、頭を抱えて座り込んでいた。

「ちぇぇぇぇぇん!!!」

 慌てて駈け寄ると、橙が私に気付き顔を上げた。
 ──瞳には大粒の涙が溢れていた。

「ら、らんしゃまぁぁぁあ!!!」

 思い切り擦り寄ってくる橙を抱きとめ、あやす様に頭を撫でてやる。

「おお、よしよし。怖かったね。よく頑張ったね。」

「ううぅ……らんしゃまぁ。橙は、橙は怖かったです……。」

 しゃくりを上げながら、涙を拭う橙。落ち着くまで、しばらく頭を撫で続けた。

「ありがとうございます……橙はもう大丈夫です。ご心配をおかけしました……。」

「良いんだ、お前が無事で何よりだよ。」

 思ったほど、橙は濡れていなかった。強く降り出す前に、逃げ果せたのだろう。

「そうだ、橙。紫様が、お前にだそうだ。」

「紫様がですか?」

 橙は不思議そうに首を傾げながら、雨合羽を受け取った。

「らんしゃま、これは一体なんですか?」

「おや、橙は合羽を知らなかったかい?」

「河童というと、あの山の川に住んでる──。」

「ああ、いやいや。その河童じゃないよ。これは合羽、とも言うがレインコートなんて呼ばれててね。人間が考えた、雨の日に着る服さ。」

「レインコート? 雨の日に着る服?」

 すっかり混乱している橙に、苦笑しつつも、とりあえず着せてやる事にした。

「流石紫様……サイズもぴったりだ。」

「でも……ちょっと苦しいです。」

 橙に良く似合ったオレンジ色の合羽だったが、橙はしきりに頭やお尻を気にしている。

「耳や尻尾の部分が窮屈に感じられるのは仕方ないよ。元々人間用だからね。でも、濡れるよりはましだろう?」

 私の言葉に、厳かに頷く橙。どうやら、まだ合羽を今一信用して無いようだ。

「ほら、私を信じて。出てきてごらん。」

 橙の手を取って、ゆっくりと木陰から引っ張り出す。

 すると恐る恐る出てきた橙の顔が、驚愕へと変わり、また今度は歓喜へと移っていった。

「らんしゃま! すごいです! 雨が逃げていきます!」

 余りの喜びように、私はまた苦笑い。
 調子に乗った橙は、長靴──どちらかというと、これもレインブーツと言うべきか──を履いている事を良い事に、自ら進んで水溜りへと足を入れていた。

「このこの! よくもやってくれたな! お返しだ! えいっ!」

 橙の中では、雨を懲らしめてるつもりなんだろう。
 当人は真剣だが、私には微笑ましい光景にしか映らなかった。

「こらこら、橙。あんまり暴れると──」

「なんですか、らんしゃま? ひゃあ!?」

 ──いわんこっちゃない。

 深い水溜りに足を思いっ切り踏み入れた橙は、泥跳ねを受けて情けない悲鳴を上げた。

「ら、らんしゃまぁぁあ……。」

 また瞳を潤ませ始めた橙の顔を、手拭でやさしく拭いてやる。

「ほら、橙の分の傘だ。これでもう、安心だろう?」

「はい! 雨なんてへっちゃらです!」

 調子のいい橙に、三度目の苦笑い。

 すると、橙もはにかむ様な笑みを返してくれた。

「……帰ろうか。」

「はい!」

 私たちは手を繋ぎながらゆっくりと、マヨヒガに向かって歩き出した。







「「只今戻りました。」」

「お帰りなさい、朝ごはん、とっくに出来てるわよ。」

 私の割烹着ではなく、自前のエプロンを着た紫様が私たちを出迎えてくれた。
 ──紫様曰く、ハイカラらしい。私にはよく分らない。

「紫様! お借りしたかっぱ──「レインコートよ。」 あ、はい。えっと、このレインコートのお陰でとても助かりました。本当に、ありがとうございました!」

 私には要らぬ訂正だと思うが、紫様は拘っているらしい。

 深々とお辞儀をする橙に、紫様も満足したらしく、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「良いのよ、橙。それにそのレインコートは貴女にあげるわ。」

「本当ですか!?」

 喜ぶ橙に対し、紫様がその代わり、と口を挟んだ。

 なんだろうと、私と橙が目を合わせそろって首を傾げた。

「雨の日でも、それを着て必ず此処に帰ってらっしゃい。此処は貴女の家なんだから。」

 紫様の言葉に、輝くほどの笑みを浮かべた橙は元気良く頷いた。

「はい!」

 こうしてマヨヒガでは、雨の日でも変わらず平和な時が過ぎていくのであった。









「紫様。まるで孫の顔を見て喜ぶ、お婆ちゃんのようです。」

「藍っ、人がせっかく綺麗に閉めたのになんて事言うの!」
雨の日の八雲家でした。これを書いてた時は降ってたんです、雨。
こんな日は橙も大変だろうなぁ~なんて考えながら。

皆さんも急な雨にはご注意を。
余計なお世話でしたね、すいません(^_^;)

それではまた。
ヘルツ
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
いいね!
怠惰なゆかりんよりこんなゆかりんのが好きだ
2.名前が無い程度の能力削除
急に降ったからびっくりしたわね~。
3.名前が無い程度の能力削除
藍さまご幼少の頃は、蓑(みの)と笠(かさ)でしょうか?(w
4.名前が無い程度の能力削除
お婆ちゃんwwww
5.奇声を発する程度の能力削除
急に降る雨ほど困るものはない!
6.名前が無い程度の能力削除
いい話なのに、ちょww最後www
7.名前が無い程度の能力削除
お婆ちゃん呼ばわりはひどいよな
丁寧に祖母と(スキマ
8.名前が無い程度の能力削除
照れながら簀巻きにされてるらんしゃまを幻視した
9.名前が無い程度の能力削除
やべぇ…
雨に仕返ししようとする橙が超かわえぇ…っ!!