森近霖之助が度外れた蒐集趣味の持ち主だということは、幻想郷全土に隠れ無き事実である。
彼の興味の範囲は実に幅広い。
ここ半年の間に彼が集め始めたものを挙げれば、まず碁石、次に薬瓶、それからキセルの根付、絆創膏、さらには稲刈り用の鎌にまで至る。
で、集めたものは、大事に店の中に仕舞っておく。
そう。
ただ貯蔵しておくだけなのだ。
実用に供することも無ければ、商品として値札を付けることも無い。
生活にも商売にも役立たない物ばかりを、そんなに大量に集めて一体どうするの?
と、誰かに聞かれることも度々あるが、そんな時、彼は決まって「風流だろ?」と答える。
しかし何がどう風流で、その行為のどういった点に面白味があるのかについては、一向に説明しようとはしない。
「見て分からない奴には、言って聞かせたところで無駄だろう」というのが彼の持論だ。
傍から見れば統合を失調しているとしか思えない生き様であるが、そんな陰口はなんのその。
霖之助自身は、そんな生活に割かし満足していた。
「今日(こんにち)は良いお日和だぜ、香霖」
とある日の昼下がり、香霖堂を魔理沙が訪れた。
その肩には、大き目の頭陀袋がかけられている。
「うん」
霖之助は読んでいる書から目を離さぬまま、生返事をもって応えた。
彼女の訪問は、特に珍しいことではない。
季節は晩春。
窓の外では、穏やかな陽光を受けて葉桜が輝いている。
「あいかわらず無愛想の仏頂面だな。その辺の石地蔵の方が、まだ人情味があるぜ」
こうして軽い讒謗を浴びせかけられるのも、いつものことだ。
彼女が開け放した入り口から、仄かな新緑の匂いが流れ込んでくる。
その清冽な空気を肺に吸い込んで、霖之助はようやく客の顔に視線を転じる気になった。
「今日は何の用だい」
「決まってる、取引だ。ガラクタをくれてやるから、何か面白いモノを寄越せ」
「そんな一方的な取引があるか。僕の店では等価交換が原則なんだよ」
「お前の物差しで測る価値なんて、あんまり信用できないけどな」
一言を口にするたびに、相手もまた一言、憎まれ口を叩く。
常にそうしていないと死んでしまうのだろうかと訝しむぐらい、魔理沙の皮肉癖は一徹している。
いちいち受け答えしていたら、たぶん数分で精神的に疲弊しきってしまうだろう。
だから霖之助は言葉を打ち切り、一度肩をすくめて見せた後、
「とりあえず、持って来たものを見せてごらん」
「おう」
魔理沙は、持参した頭陀袋の中身をカウンターの上にぶちまけた。
「駄目だね、こりゃ」
持ち込まれた拾得物の山を取り崩し、ひとつひとつ、丹念に鑑定していく。
だが、霖之助の興味をひくモノはなかなか見つからない。
中には『外の世界』から流れ着いたと思しき道具もいくつか混じっていたが、それらは全て既知の存在であり、積極的に引き取りたいという気分は湧いてこなかった。
「何の役にも立たないクズばかりだ」
「はあ? そういうクズばかりを取り扱うのが香霖堂だろうがよ」
「僕の崇高なる知的好奇心を刺激しないモノは、この店に鎮座する意味も資格もない」
「ふん! そうやって貴重な顧客を大事にしないから、店が繁盛しないんだ」
ここでまた言い返したのでは、いつまでたっても話が進まない。
霖之助は黙って、鑑定作業を続ける。
(魔理沙には悪いが、今日のところは全部お持ち帰りいただくしか……)
そう思いながら、最後に残った「それ」に手を伸ばす。
「お!」
「お?」
それまで苦虫を噛み潰してその体液に味蕾を毒される一方だったかのような霖之助の表情が、一転した。
その様子を見て、魔理沙もまた、いささか頬を緩ませる。
「うむ。これはまあ……まだマシな方かな」
彼の関心アンテナに引っかかったのは、五、六寸ほどの背丈を持つ、一体の人形だった。
……いや、果たしてこれは、本当に「ヒト」の「カタチ」を模したものなのだろうか。
その肌は銀と紅の珍妙なまだら模様に覆われていて、到底まともな生き物には見えない。
頭には鶏のようなトサカがついており、しかもその色は、やはり銀色である。
大きく見開かれた瞳は黄色一色に濁っていて、死んだ魚から黒目を奪ったみたいだ。
「キモいだろ?」
「不気味だね」
「一体なんなんだ? とりあえず人形だというのは分かるが、あのアリスに聞いてさえ、こいつの正体は分からなかった」
「だろうね。これはおそらく、『外』の人形さ」
「今の『外』じゃ、人間の代わりにこんなシルバー鶏野郎が大手を振って歩いているのか?」
「ふむ」
霖之助の脳裏に、人形の名前と使い方が浮かぶ。
「これは、英語で『超人』を意味する名で呼ばれている。用途は……『ごっこ遊び』らしい」
「超人? ごっこ? なんだそれ、訳が分からん」
「ううむ……そうだな、僕が考えるに……君だって、幼い頃には洋人形を使って着せ替えごっこを楽しんだことがあるだろう? それと同様に、『外』の子どもたちは、こいつで遊ぶのを好むのだろうな」
「へえ、こんなもんにドレスなんかを着せて喜んでいるのか。絶対似合わないと思うがなあ。ますますもって、『外』のセンスは不可解だぜ。」
「そうでもないよ。例えばオシラサマのように、民間の伝承にまつわる異形の人形を造り、それを子どもの遊び道具にすることで一種の呪物に変えるという風習は、この国に古くから……」
しまった地雷を踏んだ、と魔理沙は思った。
ひとたび道具について退屈な講釈を始めれば、何時間だって語り続けてしまうのが霖之助である。
「そうかそうか喜んでもらって良かったぜ! 今回の取引は成立だな!」
「ちょっと待て、僕の話はまだ終わっていないぞ」
「今回の交換アイテムは、っと……そうだな、これで手を打っておいてやるぜ! じゃ、あばよっ!」
手近に逢った電動目覚まし時計(ただし、とっくの昔に電池切れ)をひっつかんで、魔理沙は慌しく出て行った。
「やれやれ」
引き止める間もなかったが、別に孤独を苦に感じる性格でもない。
霖之助は改めて、番台の上に置かれた人形をしげしげと見つめる。
(ううむ。見れば見るほど、突飛なデザインだ。)
未知の存在。
初見の道具。
心臓が高鳴る。
触れてみれば、指に心地よい弾力が返ってくる。
(材質は……『塩化ビニール』? 一体どんな物質なんだろうか)
謎が多い。
この正体について、たっぷりと考察する必要がある。
店内でひとり、にへら、とだらしなく相好を崩す。
その翌日。
今度は、霊夢が来た。
「何かしら、これ」
彼女が掲げて見せたのは、驚いたことに、またしても『超人』の人形だった。
ただし細部のデザインが、魔理沙の持ち込んだものとはいささか異なっている。
昨日の『超人』よりも吊り目気味で、トサカのサイズもやや大きい。
「これを、どこで?」
「なんとなく散歩してたら、なんとなく拾ったの。あんまりにも禍々しい姿かたちをしているもんだから、一応正体を調べてもらおうと思って」
手渡される。
すぐに、『超セブン』という名前が知れた。
「これは子どもの遊び道具で民俗学的に考察すれば云々かんぬん」
「あー、特に害になるものじゃなければ、どーでもいいわ。霖之助さんにあげる」
「え! いいのかい?」
「代わりに、お茶っ葉もらっていくね。ちょうど神社のストックが尽きて、困ってたのよ」
「……人形は口実。本命は、そっちかい」
天然ながらも、なかなかの商売上手である。
いつもなら渋い顔を見せるところだが、今回ばかりは霖之助にとってそう悪い取引でもない。
「奥の箪笥の引き出し。上から二番目に、買い置きの茶葉がしまってあるよ」
「あら、今日はやけに素直なのね」
「ふん、たまにはサービスに徹するのも商売のセオリーだからね」
商売のセオリーだって、と軽く噴き出しつつ、霊夢はお目当ての物を奪ってさっさと帰っていった。
残された霖之助は、番台の下に隠しておいた『超人』を取り出し、『超人セブン』と並べてみた。
(セブン。つまり、第七番目)
(と、いうことは、だ)
(この『超人』と『超セブン』の間には、残り五体のヴァリエーションが存在するに違いない)
血が、燃える。
蒐集家としての魂が、無言の咆哮を発する。
不思議な人形の正体に関する考察とか推理とか、そんなものはすでに二の次だ。
今の彼が何よりも望むのは、たったひとつのこと。
(集めねば。これらの全てを……一体残らず!)
長く苦しい旅が、始まった。
一年半が過ぎた。
往時にしてすでに閑古鳥が巣食う場であった香霖堂は、今や看板朽ち果て、屋根は苔むし、もはや廃墟に近い様相を呈していた。
もともと金銭欲が希薄だった霖之助は、『超人』蒐集を人生の目的に設定して以来、ますますもって商売に身を入れなくなり、ただひたすら、銀紅の人形を求めて彷徨うだけの日々を過ごし続けた。
そして、『超人』とおぼしき人形の発見情報を耳にしたならば、どんな危険地帯だろうと勇んで出かけて行った。
ある時は、地底の奥底でマグマの海に飲まれそうになった。
ある時は、竹林の白兎に大金を騙し取られた。
ある時は、鈴蘭咲き誇る花畑で毒霧に倒れた。
ある時は、山の中の隠れ里で猫の大群に襲われ、全身に引っかき傷を負わされた。
そんなこんなで、現在の霖之助は満足な食事にありつくこともできず、幻想郷を覆い始めた冬の寒気から身を守る術も持たず、隙間風の吹きすさぶ店の中で、薄手の毛布を一枚だけ被ってガタガタと震えるだけの存在と成り下がってしまった。
(寒い……なんだか、意識が遠のいていく……)
例年この季節に頼りにしてきたストーブは、紅魔館に献上した。
吸血鬼が秘匿していた『超人』の一体を貰い受けるため、交換条件として提示されたのが、それだったのだ。
霖之助は、誰よりも道具を愛する男である。
他の誰かにとっては単なるガラクタでも、そこに自分なりの価値を認めたならば、入手にあたりきちんとした対価を払うのが、彼の美学であった。
「香霖!」
甘い永眠の誘いに堕ちそうだった霖之助を、誰かの声が呼び覚ました。
「しっかりしろ! ほら、八卦炉で火を起こしてやるから、暖まれ」
「ああ、魔理沙か……いや、だいじょうぶさ。ちょっと、うとうと、した、だけだ……ぐうぐう」
「おいこら寝るな! 今、寝たら、確実に死ぬぞ!」
「ははは、こんなところで死ぬもんか。僕にはまだ、やらなければならないことが……」
かつて有象無象の道具たちが、整理不能なレベルでそこかしこに散らばっていた店内も、今ではほぼがらんどうの有様だ。
しかし霖之助が指差した方向には、それでもなお、一個のガラスケースが月光に照らされて異様な存在感を放っていた。
「見てくれ。あと、ひとつ……もうひとつだけ手に入れれば、全員が揃うんだよ」
ガラスケースの中では、六体の人形が、大量の埃を被りながらも誇らしげに屹立していた。
まず、全ての発端となった『超人』。
次に『帰ってきた超人』、さらに『超人エース』と『超人タロウ』と『超人レオ』と……
……そこから一体分のスペースを空けて、『超セブン』が在る。
「これらは、おそらく七体でひとつのグループを構成している。全員が仲良く立ち並ぶ日まで、僕は断固闘う覚悟だ」
「闘うも何も、今のお前にゃ蝿を追っ払う体力すら残ってないだろ! それ以前に、衰弱死の心配をしろっての」
「……今はちょっと、冬眠の季節に差し掛かっただけだ。春になって、雪が溶けたら、また捜索を再開するつもりだ」
「熊か、お前は」
魔理沙には、霖之助の情熱が全く理解できない。
魔理沙もまた、一応は蒐集の楽しさを知るひとりである。
しかし彼女にとって、モノアツメとはあくまで生活のアクセントであり、それは片手間で行うべき「趣味」に過ぎない。
己の人生を破壊してまで熱中するべき行為には、絶対に成り得ないのだ。
「なあ香霖。お前は、生きるために道具を欲するのか? それとも、道具を欲するがゆえに生きているのか?」
「決まっている。その答えは、後者だ」
「なっ……!」
一瞬だけ、魔理沙は怒りに表情を歪ませた。
しかし。
「そういう人生も、また風流なものだろ?」
霖之助が、頬を痩せこけさせたままに、昔日の食えない笑みを浮かべたのを見て……
「しょうがないな、もう」
呆れ果てつつも、感心しつつ。
スカートの中に手を突っ込んで、がさごそ、何やらを探し始める魔理沙。
「これ以上、お前の無残な格好は見たくないからな」
そして彼女は、ここまで大事に抱えていたモノを、差し出す。
「あ」
「これだろ、お前の捜し物は」
霖之助は、まず、大きく目を見開いた。
「ああ……」
それから、おずおずと腕を伸ばして……
「あああああああああああ!」
「苦労したんだぜ。あのスキマ女から、こいつを奪うのは」
ぴたり。
霖之助は手を止めると、ゆっくり、頭を横に振った。
「……駄目だ、受け取れないよ」
「はあ?」
「今の僕は、それを手にするための対価を持たない」
「な、な、何を言ってやがるんだ」
「悪い、魔理沙。近いうちに必ず、何がしかの交換用アイテムを用意するから……だから、それまで……」
「ああもう! お前は本っ当に面倒くさい奴だよな!」
魔理沙は、枯れ枝のごとき霖之助の腕を掴むと、強引にその手へ人形を握らせた。
ドロワーズの中で大切に暖められてきた「それ」には、心を熱くさせる温もりが宿っていた。
「私は、お前にたくさんのツケがある! こいつで、それをチャラにしろ! いいか? いいな?」
こくり。
剣幕に押されるまま、霖之助は黙ってうなずく。
「よし! 今、栄養満点のキノコスープを作って持って来てやる。それまで、死ぬなよ!」
そして魔理沙は箒にまたがり、割れ窓から颯爽と飛び立っていった。
霖之助は、しばらく彼女の去った方角を見つめ続けていたが、やがて視線を手の中の『超人』に転じ、それから……
「やったああああああああああああ!」
叫んだ。
「きゃっほおおおおおおおおおおう!」
跳ねた。
「ばんざあああああああああああい!」
人形を固く胸に抱いて、床の上をゴロゴロ転がった。
(ついに)
(ついについについに!)
(我が大望は、成れり!)
コレクション・コンプリート。
そのあまりにも大きすぎる充実感に背筋をゾクゾク震わせつつ、霖之助はガラスケースに近寄る。
離れ離れになっていた仲間たちが、ようやく一同に会する時が来たのだ
あまりにも感動的な瞬間である。
自分が味わってきた多大な労苦は、全てこの一瞬を迎えるためにこそあったのだ。
霖之助は、涙の奔流を抑えることができない。
シリーズ最後の一体と信じるそれを、ケースの中にしっかり立たせようとして、霖之助はふと、気付く。
(ああそうだ。こいつの名前を、まだ確認していなかったな)
霖之助は鼻歌交じりに意気揚々と、天より授かった自慢の能力を発動させる。
そして、頭の中に表れた文字は……
『超人80』。
今、霖之助の新たな戦いが始まる!
(了)
この男には一生敵わねぇ……
しかし、香霖の気持ちは良く分かる。
こーりんの探している最後の一体は新聞にはいませんでしたw
80きたらユリアンだろww
つ座布団一枚
また裏で魔理沙が各地から借りてくる訳ですね、わかります。
あぁゆうのを集めるのはホントはまるんだよなぁ
80ゆかりん持ってたって…わざと?
「混沌超人災厄」や「超人影」や「偽超人」が入ってるけど…
そしてファイヤーヘッドな一番上のお兄さんの事、時々でいいから思い出して下さい…
『定冠詞☆超人』じゃなくて。
最後に80につなげて出してくるとは、なんという絶妙な天丼…
腹を抱えて笑わせていただきました。
多分海外産やOVAなどを含めると80体ぐらいなら揃うんじゃないでしょうか。