翼をください

「あんらは、ほんといいわよ」

屋台を始めてから酔っぱらいの相手など嫌と言うほどしてきたが彼女が私に絡んでくるのは初めてだった。

最近よく屋台に来てくれるようになった天人様とその付き人（本人はお守りですと言っている）さん。
天人様が最初に来たときは礼儀正しく上品な雰囲気で
「幻想郷にまだこんな教養のある素敵な人がいたんだ。さすが天人様よね」
なんて思ったりしたものだが彼女が付き人さんと杯酌した瞬間に印象が180度変わってしまった。

「なんらよ！あの鬼は！結局私の鬱憤はたまりっぱなしらのよ！！！」

呂律が回らない口調で付き人さんに愚痴を浴びせまくる彼女。
この天人様はすぐに酒に呑まれてしまうようでその上酒癖が悪いようなのだ。
付き人さんは困った様子で
「いつものことですから」
とか言いながら鬱憤を晴らして気持ちよさそうにスヤスヤ寝ている彼女を背負って天界へ帰って行った。
この人も相当苦労しているのだろう。
その後、天人様がまたウチの屋台にやってくるまでそう長くはなかった。
どうも周囲に人気もなく開放感のあるこの場所で喚き散らすのがストレスの発散になるようでたいそうに気に入ってしまったんだ、と付き人さんは溜息をつきながら私にそう話してくれた。
そしてこないだの上品な口調もどこへやら、最初から私にフランクに話してくれるようになった彼女。
それを見て「また変な常連さんがふえたな」と内心苦笑したものだ。
酒を飲んだ彼女はまた日頃のストレスを解消するように付き人さんに愚痴を浴びせまくる。
そして幸せそうに寝息をたてながら付き人さんに背負われまた天界へと帰って行くのだった。

今回の彼女らの来店もそこそこの回数。
最初はいつも通り彼女は付き人さんに愚痴をあらん限り浴びせていた。
しかし唐突に飛んでくる私への言葉。
いつもは愚痴や絡んだりするのは付き人さんばかりで彼女が私に絡んでくることは珍しく少々戸惑ってしまう。

「ほんとにあんらはいいわよね」

戸惑っている所へもう一度彼女の言葉。
とりあえず屋台の女将としては彼女のご機嫌をとらねばならない。

「えーと……。とりあえず私の何が良いんですか？」
「そんなんきまってるじゃない！！！」

そしてビシッと私に指を突きつける。

「なんれあんたは羽があってあたしはないんらよ！」
「え？」
「え？じゃらいわよ！羽よ羽！ウイングよセカンドウイング！」
「総領娘様。それを言うならセカンドウインド」
「知ってるわよ！空気読めよ！」
「はぁ……」

ふと自分についている羽を見やる。
生まれてこのかたずっとついているこの羽。
そんなに彼女にとってうらやましいものなのであろうか？
そう私が思うのも理由があった。

「けど天人様も空を飛べるじゃないですか」

幻想郷の私の知り合いで空を飛べないという方が珍しい。
彼女もまた例外ではない。
正直言うと羽なんか飛ぶときにだけ使うもの。
日常では少し動き難くなるので私は羽もないのに飛んでる人を見るといいな、とか思ったりしたことさえある。

「はん。あなたは何もわかってないわん」
「はぁ……」
「私の名前を知っていらっしゃるかしら？」
「天子さんでしたっけ？」
「そう！天子よ！ひななゐて・ん・し！地上の子から私は天子になったのよ！なのに羽がないなんておかしいじゃにゃい！」
「けど別に羽なんて無くても天使みたいに自由に飛び回れてるから良いんじゃないですか」

私はもっともなことを言ったつもりだったが彼女は不満らしくいきなりバンッとカウンターの机を叩いて猛獣のごとく叫ぶ。

「なんもわかってないわねあなたは！天使よ天使！羽がない天使なんて堕天使よ！ルシフェルよ！」
「はあ……」
「それにね。ただ飛ぶのじゃ何も面白くないもの。こうやって羽を」

そうして屋台のカウンター席を立った天人様は両手を広げ怪鳥よろしくバッサバッサと自分で効果音をつけながら上下に手を動かした。
なんともシュールな光景が目の前に広がる。
何分間かその運動を繰り返した天人様は満足そうな顔でカウンターに座り一言。

「どうよ」

さあ。どう反応したものか。そう迷っていると横から助け船がはいった。

「見事な鳥さばきでしたよ。総領娘様」
「あんたにゃ聞いてないわよ！イメージは天使よ！空気読めよ！」

そしてあっけなく沈没した。

「どうだったのよ。女将さん」
「いや……。優雅でした」

あぁ……なんと気の利かない台詞だろう。自分で言って少し後悔する。

「わかってるじゃない！」

けど彼女のお気には召したようだ。

「そうなのよ。空をただ飛ぶだけじゃつまらない！羽をこうバッサバッサ動かしながらその羽で風を切る！優雅に空を翔ける！そして文字通りに私は羽を伸ばす真の天使になるのよ！」
「今でも総領娘様は十分羽を伸ばしていらっしゃいますよ」
「ひとの感慨にふけってるところで突っ込むなよ！空気読めよ！」

ただ飛ぶだけじゃつまらない。風を切って空を翔ける。
彼女の言葉が私の脳内で反芻した。
今までそんな事を考えずに空を飛んできたが今思うとそうなのかもしれない。
私の底の感情にそう思うところが確かにあった。
私は飛ぶのが大好きだ。
特に予定の無いときは私はただただ幻想郷中を飛び回っている。
自由気ままにさまざまな場所をあてもなく飛んでいる。
それが楽しかったのはなんとなくであった。
なんとなく気持ちよい。なんとなく心地よい。
彼女の言葉がストンと落ちて「なんとなく」が浮き彫りになって姿を現した。

「そうですね。確かに羽が生えて空を優雅に飛ぶのは気持ち良いことかもしれませんね」
「…………」
「天人様？」
「あなたが難しい顔で思案している間に寝ちゃいましたよ」

苦笑しながらそう言う付き人さん。

「ああすいません！気が利かなくて」
「いやいや。彼女が勝手なだけですよ」
「それにしても天人様が私に話しかけてくるなんて珍しいですね」
「そうでしたっけ？総領娘様は天界であなたの話を結構するのでそういうイメージはあまりありませんが……」
「へ？そうなんですか？」
「はい。あの女将の八目鰻はうまいとか、女将は優しいとか、女将は羽が綺麗だとか、女将は羽が素晴らしいとか、女将の羽は羨ましいとか」
「羽のコメントが異常におおいですね」

しかしすこし驚いた。彼女がそんな事を言ってくれてるとは思わなかったからだ。
羽のことを差し引いても嬉しい感想だ。
こういう時はお店をやってて良かったなと思う。接客冥利に尽きるのだ。

「今度鰻おまけしちゃおうかな」
「ふふふ。どうやらあなたに伝えて良かったようですね」
「そのようね。あなたにまんまと一杯食わされたようだわ」

けどこんなのなら何杯でもくわせられても良いと私は思う。

「それにしても天人様が羽が欲しいなんて贅沢な話しよね」
「まったくです。それに私は彼女には羽なんか全く必要ないと思います」
「それはまたなんで？」
「私は総領娘様の自由奔放な行動に毎回毎回振り回されています。しかしそのたびに時間がたつままにただ雲の中で泳いで暮らしている時と違って私の世界は広くなり心が豊かになりました。あの頃と違って。ここへ来れたのも、女将さんと出会えたのも総領娘様の気まぐれのおかげです。だからこの子はもうすでに私にとって神様が送りつけた我が儘で乱暴、だけど可愛い可愛い天使様なんですよ」

彼女はすこしはにかみながら嬉しそうに話してくれた。

「ふふふ。愛されてるわね。天使様」
「まあこの後また背負いながら帰る事になるんですけどね」
「いつもお疲れ様です」

そんな付き人さんの苦労は知らんと言わんばかりに天人様は幸せそうな寝顔でスヤスヤと寝息をたてているのであった。

「いく……」
「ふふふ。寝言でまであなたの名前をよんでいるわ。あなたも愛されているのね」
「あはは。うれしいですね」
「いく……空気読め……」
「…………………」


◇　　　　　　　　　　◇

ここまで読んでくださってありがとうございます。いやぁ羽で空飛びたい。



しかし最近たとえ人型の私たちに羽が生えたとしても某漫画のとぐ○兄弟の弟の「100％」ぐらいの上半身の筋肉がないと飛べないことをしりました。あの筋肉じゃ例え飛べてもあんまり嬉しくないね☆