腕相撲

「腕相撲！がっちり手と手が絡み、互いの荒い呼吸も、汗でぬめった体温も、正面の必死な表情も、真っ赤になった顔も！全部全部拝めるんだぜ！」

魔理沙は恋符の研究中、その境地に達した。理由は分からない。我々には分かるまい。恋とはかくあるべきである。

彼女はアリスにその腕相撲の魅力を力説した。一蹴された。都会派魔法使いには、この泥臭い論理が通用しないのだろうか。

彼女はパチュリーにその腕相撲の魅力を力説した。耳まで真っ赤になったパチュリーに本で殴られた。七曜の魔女には、この論理が飛躍して見えるのだろうか。

彼女はにとりにその腕相撲の魅力を力説した。河童だけは大いに頷いた。

にとりは背中の袋を置き、作業着をはだけ、タンクトップ一枚という姿で、ふっくらと肉のついた腕から肩までのラインを惜しげもなく見せつけ、魔理沙の挑戦を受けた。

ひんやり、しっとりとして吸い付くような河童の掌。それをぐっと握る。肘を作業台に軽く付け、腰をしっかりと落とし、己の最大の力をぶつけられる姿勢を取る。

互いの呼吸があった瞬間。腕相撲は始まった。

にとりは河童、勿論人間よりも力もスタミナもずっと有利だ。故に魔理沙は己の持つ最大の力を開始の一瞬にかけた。
にとりは巧みに肘を引き、その魔理沙の勢いを殺しにかかる。伊達に相撲を取ってきてはいない。
魔理沙も負けじと力の入れ具合を変え、にとりに楽をさせまいとする。しかし、全力を出し続けられる訳はない。
力が緩む瞬間を見計らって、にとりが肘を前にずらし、攻勢へ転じる。ぐうっと力瘤が盛り上がるのを、魔理沙は見逃さなかった。
肘を前にずらす瞬間。魔理沙は思い切りにとりの掌を引いた。ぐにょりと妙な感覚が魔理沙を伝い、にとりの腕が伸びた。
河童の体の構造上、肘ごと引かれたら伸びるしかないのである。

伸びきった腕には力が入らない。悠々と魔理沙はにとりの腕を倒した。

二人とも汗だくであった。特に最初の攻勢の間ずっと息を止めて力を込めていた魔理沙は、鉄を焼いたかの如く赤熱していた。
にとりは悔しがっていたが、すぐにけろりとして魔理沙と握手をした。ぬめる汗が心地よかった。

魔理沙は次の恋へと飛んでいった。にとりは掌を見つめながら盟友の力強い握りを思い出していた。

どういう風の吹き回しか、パチュリーが腕相撲勝負に頷いた。にとりと今しがた勝負をしてきた、と言ったのが効いたのかもしれない。

パチュリーは何時もの服……ではなく、半袖、それもかぼちゃ袖の物を着て勝負に挑んだ。自分やにとりより肉付きの良い柔らかそうな二の腕。それでいて細い細い手首。

魔理沙はしばしそのアンバランスさに見とれていたが、我に帰ってがしりとその掌を握る。
それは思いの他熱く、その心臓の鼓動さえ聞こえるようだった。
強く握れば砕けてしまう、と思っていたその手はしかし、握れば握るほどしなやかで、芯の強さを感じさせた。

一筋縄では行くまい。魔理沙はそう思って、どんな動きにも対応出来るように浅く構える。
パチュリーのジト目と、少し赤く染まった頬を見ながら、肘をテーブルに付けた。途端に相撲が始まった。

どのタイミングで始まるか、まるで読めなかった魔理沙は、一瞬にしてアドバンテージを奪われた。

しかし、パチュリーの腕力ではそのまま勝負を決める事は出来ず、徐々に魔理沙が肘の位置、手首の角度、呼吸を揃えて盛り返す。
深呼吸。その度に魔理沙の力が増して行くようだった。

しかし、力をいくら込めても、五分の位置から状況が進まない。相手の力も徐々に増しているかのように、自分の力が逃げているかのように。

魔理沙は焦らなかった。いずれパチュリーも耐えられなくなる。最大の力を込める瞬間を推し量るだけだ、と。ゆっくりゆっくり腰を落とし、持久戦の構えを取る。

魔理沙はパチュリーの顔を伺う。表情こそあまり変わっていないが、汗が目に見えて多く、息が荒い。
司書が後ろでオロオロと右往左往している。彼女がいれば喘息が起きても大丈夫だろう。

パチュリーは動かない。後3秒待とうと魔理沙は決めた。
3……パチュリーはまだ動かない。
2……顎から汗が滴り落ちる。
1……よし。

魔理沙は息を止め、全力でパチュリーを潰しにかかる。パチュリーが必死に力を逃がそうと動き回るが、しかし魔理沙の勢いが勝った。
とうとうパチュリーの腕はテーブルに倒れ伏した。

勝負が終ると同時にぶっ倒れたパチュリーの掌を、魔理沙が掴んで引き起こす。
パチュリーの顔は真っ赤で、悔しいのか恥ずかしいのか嬉しいのか悲しいのか、良く分からない表情を浮かべていた。
服が汗で透けていたが、特に気にする様子もなかった。その辺りはもう超越してしまったのだろう。

魔理沙は最後の恋へと飛んでいった。パチュリーは掌に口付けながら、濃い恋の味を確かめていた。

アリスに再び力説したが、再び一蹴されてしまった。せめて手を握らせてくれと言っても、にべもなく断られた。

魔理沙は想像する。陶磁器のように滑らかな指、人形のように冷たい手、自分を見つめる冷ややかな瞳。腕相撲をしたならばどんなに熱くたぎるだろうか。

魔理沙は、今日もアリスの家を尋ね続ける。最後の決戦を求めて。

お初です。
正直分かってもらえない趣味だと思うのです。でも分かってほしい。
地霊殿魔理沙チームは可愛いなと、そう思いながら書きました。

＞ぬめった体温
こう、汗を通して感じる乾いてるわけじゃもちろん無くて濡れてるわけでもなくて湿ってるのとも微妙に違う体温というかあぁなんかこう伝われ！！伝われこの思い！！進化せよ俺の日本語!!