Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

手の鳴る方へ

2009/10/15 00:29:50
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こいしの、じゃあねお姉ちゃん、と軽快に笑っていた声を聞いてから10日が過ぎていた。元々ふらりと出ていく事は多い子で、目を閉じてからさらに姿を消す期間が長くなった。
こんな時に限って、日頃次から次へと顔を見せるペットも、たまに来る人間も鬼も橋姫も誰もいなくて、自分のぱらぱらと紙をめくる音だけが一人きりの部屋によく響く。
彼女がいなくなるのはよくある事だから、特に驚きも心配もしていないのだけれど、それでも、昨日と同じように明日も明後日もその次の日も、これから先ずっと帰ってこないかも知れないと思う度に背筋が寒くなる。
じっとしていると自分の考えにつぶされそうで、私はページをめくる手を止めない。

「今日、誰もいないの?」
「燐やお空は仕事が忙しいそうで。他のペットは遊びにでも行ったのでしょう」
「そっかぁ、はい、これお土産。地上のお団子」

それはありがとう、と言いながら振り向いたらこいしがいて、声は出なかったけど心臓が痛いくらいに驚いた。
こいしの気にいりの帽子や服がところどころ泥に汚れている。よく見たら髪も土がついていた。ちゃんとお風呂入っていたのかしらこの子。

「ただいま」
「おかえりなさい」
「何か変わったことあった?」
「特に何も。ああ、燐や空が、地上で何かあったのかと心配していましたよ。後でちゃんと会いにいってやりなさい」
「帰ってくる途中会ったよー」
「どうでした?」
「飛びつかれた。後お姉ちゃんが泣いてたって言ってた」
「泣いてませんよ」

こいしと話しながら、私は本のページをめくる。心が自分一色に染まらないように、知らない誰かの思考で中和する。
何の本を読んでいたのかわからなくなる。仕方がないから、ただ文字だけを必死で追っていく。

「お姉ちゃんいないと私駄目だなぁ、生きてけないや」

朝からずっと読んでいた本の内容が、一瞬で全部頭から掻き消された。音が全て固まって無くなったような気がした。
こいしはすこしもブレのない笑顔でにこにこと笑っている。

「いま、なんて……?」
「お姉ちゃんいないと、私死んじゃうよ」

息とせり上がって来た何かを飲みこんで、喉が絞られるように痛んだ。
こいしのように、私がふらっとどこかへ消えてしまったら彼女はどうするのだろう。
きっと何も変わらずに、ある日帰って来た私を見て、おかえりと笑うのだろう。

「ねぇ、こいし」
「なぁに?」
「帰ってきて」
「うん」
「私がいなくてもきっとあなたは生きていけるけど、燐もお空も他のペット達も、それからええと、人間も鬼も橋姫も、みんなあなたが好きなの」
「え、ちょっと待って、なんか変、特に後半」
「だから、ここに帰ってきて、お願い」
「……ねぇ、お姉ちゃん」

嘘でしょ、と無邪気な顔でこいしが首をかしげる。明るいように見えて、実はこいしの表情は笑顔しかない。もうずっと、彼女の泣いた顔を見ていないとふと思った。
その通り、この嘘はさっきのこいしの言葉と同じで、嘘だと見抜かれる事が目的だ。

「多分、嘘ですね」
「お姉ちゃん、本当に嘘つけないよね」
「覚ですので」
「あと卑怯」
「それも、覚ですので」

自分もこいしも大して変わらない。
私にはこれ以上は出来ないんです、と手の内をさらけ出して、相手がいつかは諦めて受け入れてくれるのを知りながら、自分は何もせずに待っている。

「お姉ちゃん、何でもう外出るなとかずっと傍に居ろとか言わないの?」
「言ってもあなたが聞かなかったら、立ち直れないほどへこみます」
「あとお姉ちゃん、言う事が所帯じみてるっていうか、正直お母さんの域だよね、もう」
「知ってますよ。半分くらいは確実にこいしのせいですからね」
「ごめん」
「別にいいです、気にしてませんし」
「でも、ごめん」


だからもう泣かないでよ、と頬に触れてきた手は残酷なほどにあたたかかった。ここで彼女を抱きしめて、どこにも行かないでと言えたらお互いよかったのだろうか。それでも私の腕は膝の上から動かない。
もうずっと鬼ごっこをしている。こいしはきっとこの先も鬼を代わってくれなくて、傍にいて、置いてきぼりにしないで、と泣きながら彼女を追って、やっと追いついた時に一体どこに私はいるのか想像もつかない。

「どこか、別の所行きたかったら言ってください。皆を連れて移住しますから」
「え?もしかしてペット達全部?」
「置き去りにするのもかわいそうでしょう」
「さっすがお姉ちゃん、頼もしいねー」
「あなたよりは」

どんなに誰かを好きになっても、どんなに留まりたいと願っても、全部を置き去りにしてしまうこいしにかける言葉も方法も、実は地底にも地上にもどこを探したって無いのだ。
そして、誰よりもその事をわかっているのもこいしだ。
あなたの為ならそれくらい出来るんです、と言ってやることしか私には出来ない。
前回、コメントありがとうございました。励みにさせていただきます。

そうだ、こいしを書いてないじゃないかと思ったので姉妹です。
力関係がよくわからないというか、秒刻みで変動するくらいがいいです。
タツアキ
コメント



1.過酸化水素ストリキニーネ削除
やっぱり古明地姉妹は癒されます。
素直なこいしたんがすごく可愛かったです。
2.名前が無い程度の能力削除
貴方の書く地霊殿はグッとくる。
3.名前が無い程度の能力削除
古明地姉妹はいい……心が洗われるようだ……
4.奇声を発する程度の能力削除
泣ける…。感動しました。
5.名前が無い程度の能力削除
古明地姉妹分補給完了
6.名前が無い程度の能力削除
本当に素敵なSSでした