注意!
このSSは作品集51『現人神の居る道具屋 六日目』から設定を受け継いでいます。
まずはそちらを読んでおくことを強くお勧めします。
◇
「う・・・ん・・・?」
障子の隙間から入ってくる風の冷たさで、早苗は目を覚ました。
辺りを見回すと、どこかで見たような覚えがある座敷の光景が広がっていた。
その光景に、彼女は違和感を覚える。
何故自分はこんな場所で寝ているのだろう?さっきまで、自分は森の中にいたような・・・
さっきまでの事を懸命に思い出そうとする。しかし寝起きだからか、ぼんやりとした情景が浮かぶ
ばかりでうまく思い出すことができなかった。
・・・あまり、思い出したくない気もするが。
そんな事を考えていると、彼女から見て右側の障子が開き、聞き覚えのある声が聞こえた。
「おや、目が覚めたようだね。大丈夫かい?」
「え、あ、はい・・・大丈夫です、森近さん。」
入ってきたのは霖之助だった。彼は障子を閉めると、よっこらせ、と早苗の横に座った。
霖之助がいるということは、ここは博麗神社なのだろうか。
「災難だったようだね。狡賢い妖怪に、不意打ちを喰らったそうじゃないか。
危ないとこだったと、君の信仰する八坂の神が言っていたよ。」
「え?そ、そうですね・・・って!
そういえば、宴会の方はどうなりましたかっ!?」
「ああ、それならつい先程始まったところだ。
境内に出てみるといい、人も妖怪も皆、思い思いに騒いでいるよ。」
「そ、そうですか・・・」
無事に宴会を始める事ができたと聞き、早苗はホッとする。
なんせ、この宴会には勝手に産業革命を起こした事に対する謝罪の意味も込められているのだ。
成功してもらわなければ色々と困る。
安心したと同時に、もう一つの重要な事を思い出す。
「・・・あれ?無い、無い・・・!?」
「ん?」
突然あたふたと慌てだす早苗。一体何が無いというのか?
「・・・どうしたんだい?」
「え、あ、いや、えっと、その・・・ちょっとここに来るまでに
無くしちゃった物があるみたいで・・・」
そう言うと、彼女はしょんぼりと俯いてしまった。
どうやら妖怪に襲われたとき、うっかり落としてしまったらしい。
相当落ち込んでいるところを見ると、とても大切な物だったようだ。
「はぁ・・・せっかく今日のために作ってきたのに・・・
不運にもほどがありますよ・・・」
「ふむ、それは残念だ。大人しく明日にでも探してみるのがいいだろう。
また妖怪に襲われるのもアレだろうからね。」
「うぅ・・・・・・あれ?」
早苗がふと、自分の左側を見た時だった。
そこには、早苗がさっきまで探していた小包が無造作におかれている。
それが目的の物だとわかり、早苗は喜びを露にした。
「わわ、ありました!ありましたよ霖之助さん!」
「おや、それはよかったね。」
「はい!・・・でも、さっき見たときは何もなかった気がしますけど・・・」
「ほう?では親切な妖怪が、いつの間にか届けてくれたのかもしれないね。」
「あはは、そうならいいんですけどね。」
冗談だと思ってか早苗は笑っているが、霖之助はしっかりと見ていた。
霖之助が早苗と話している間、彼女の背後に小さなスキマが開いたのを。
紫もたまには良い事をするな、と思っていると、どこか恥ずかしそうな声で
早苗が話しかけてきた。
「えーっと・・・み、見つかったのは嬉しいんですけど・・・
森近さんに、頼みたいことがありまして・・・」
「ん?なんだい?」
「そ、その・・・・・・これ、もらってくれませんか!?」
そう言うと、早苗は持っていた小包を霖之助の前に差し出した。
「僕にかい?」
「は、はい!」
「ふむ・・・」
霖之助は、受け取った小包の封をあけて、中に入っている物を取り出した。
その小包の中には、白・黒・赤・緑・灰色の5色に彩られたマフラーが入っていた。
それを見た霖之助は「ほう・・・」と感嘆の息を漏らす。
「えっと・・・す、少し前に神社の倉庫を整理していたら、その色の毛糸が少しでてきて・・・
それでちょっと、興味本位で編んでみたんですけど・・・
・・・やっぱ、下手ですよね・・・?」
「・・・いや、そんなことはないよ。とても上手く出来ている。
これは有難く頂いておこう。」
「あ・・・有難う御座いますっ!!」
無事にもらってくれたことが嬉しいのか、早苗はホッと胸を撫で下ろす。
嬉し涙まででているようだ。ちょっと喜びすぎな気もするのだが・・・
それが彼女の個性なのだろう、と霖之助は思っていた。
霖之助はそのマフラーを早速つけると、おもむろに立ち上がる。
「さて・・・早苗、僕からも一つ頼みというか、提案があるのだが・・・」
「え?な、なんでしょうか!?」
頼み、と聞いて慌てて正座の姿勢になる早苗。
別にそこまで重要な事ではないのだが・・・霖之助は特に気にしていないようである。
彼は口元に笑みを浮かべると、こう言い放った。
「ここではいささか騒がしい、僕は店に戻って酒を飲もうと思うのだが・・・
君もどうだい?」
その誘いに、早苗はコクリと頷いた。
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「えっと、このお酒でいいんですよね?」
「ああ、ありがとう。」
あれから霖之助と早苗の二人は、博麗神社を出て香霖堂へと来ていた。
神社の境内で途中、酔った霊夢と魔理沙に絡まれたのだが、霖之助が早苗を守矢神社まで送る、と説明すると
あっさりと了解してくれた。
嘘だとは気付いていないようだ。これも二人が酔っていたおかげである。
早苗は台所から酒を持ってくると、縁側で座っている霖之助の隣に座った。
「霖之助さん、騒がしいところは嫌いなんですか?」
「嫌いではないさ。ただ、僕は騒がしいところで泥酔するまで飲むよりも、
こう静かな場所で酒を嗜む方が好きでね。」
「あは、霖之助さんらしいですね。」
そう言いながら早苗は持っていた酒の蓋を開けると、置いてある霖之助のコップに酒を注ぐ。
「おや、注いでくれるのかい?」
「守矢神社の宴会でもよくこうしてますから。
私、ちょっとお酒に弱いので・・・」
「ふむ・・・いい判断だ。」
霖之助は酒の注がれたコップを受け取ると、軽く一口、酒を口にする。
「しかし・・・誰かに酒を注いでもらう時が来るとは思わなかったよ。
それがまさか君だとはね。」
「あ、それって私じゃ不服って意味ですか?」
「そんな事は無い。霊夢や魔理沙では、どんちゃん騒ぎになる事はあきらかだからね。
その点、君はあの二人よりもずっと大人だ。そこは好意的に見ているよ。」
「あはは・・・なら、霊夢さん達が静かなら大丈夫ですね。」
「いや・・・君でなくてはいけないのだろうね。」
「へっ?」
霖之助の最後の言葉に、早苗は変な声を挙げた。
それってもしかして・・・と変な方向に思考を広げて、徐々に顔が赤くなる彼女を横目に、
霖之助はふと空を見上げる。
「おや、これは見事な星空だ。」
「え?」
霖之助に言われ、同様に空を見上げる。
そこには、外の世界では決して見られないような、綺麗な星空が広がっていた。
「わわ・・・凄い、綺麗・・・」
「・・・外の世界では、こんな空を見ることはできなかったのかい?」
「はい!こんな綺麗な空、生まれて初めて・・・って、あっ」
慌てて手で口を塞ぐ早苗。自分は外の世界から来た人間だということを、霖之助には隠しておこうと思ったからだ。
感動して、うっかり本当の事を言ってしまった。
「そうか・・・ではこの空は、もう外の世界では見ることが難しい、ということなのか。」
「・・・?」
何かしら問い詰められる、と思っていた早苗は、霖之助の予想外の返答に驚く。
早苗がそうであることを、最初からわかっていたような口調であったからだ。
「あの・・・・・・問い詰めないんですか?」
「何がだい?」
「いや、あの・・・私が、幻想郷の外から来た人間だってこと・・・
ずっと、嘘をついてたって事になるじゃないですか。」
「ああ、その事か・・・僕の知り合いに、外の世界について詳しい人物がいてね。
そいつから、君が外の世界の人間だという事を教えてもらっただけさ。」
「外の世界に詳しい?そんな人がこの幻想郷にいたんですね・・・」
その人物とは勿論、八雲紫のことである。
早苗は先程、その本人に直接会っているのだが・・・
彼女は紫を知らないので、それに気付くはずもない。
「ああ、ちょっと何を考えているのかわからない部分があるがね・・・」
「そうなんですか・・・・・・へ、へっくしゅ!」
「おや、寒いのかい?」
12月の夜の中、早苗はいつもの格好なのだ。寒くないわけがない。
実はさっきから我慢していたのだが、それがバレてしまったようだ。
彼女は照れ笑いを浮かべながら言葉を返す。
「まあ・・・ちょっと寒いですけど、これぐらいなら平気です。」
「・・・君の分のマフラーは作っていないのかい?」
「はい、それを編むので精一杯だったので・・・」
「・・・ふむ、ではこうしようか。」
霖之助はそう言って、自分の首にかけていたマフラーを緩めると、その緩んだ隙間に
彼女を迎え入れた。
早苗は突然の事に多少、困惑しているようだ。
「あ、あの・・・森近さん?いきなり何を・・・」
「うん?この場から動かずに、お互い如何にして暖を取ることが出来るか、と考えた結果だよ。
幸い、君の作ったこれは多少長く作ってあるようだからね。
これなら、少しは暖かいだろう?」
「は、はい・・・暖かい、です・・・」
森近さんの体が、とはあえて言わなかった。
マフラーが長めに作ってある、といっても、そこまで長いというわけでもない。
実質、二人は肩を寄せ合い、腕と腕が密着している状態である。
こういうことにあまり耐性が無いのか、彼女は照れているようですぐ顔を俯けてしまった。
そんな彼女の様子には気付かず、霖之助は会話を続ける。
「さて・・・それで、話は唐突に変わるのが・・・
今、空に輝いている星についてだが、一般的に星というものは
夜空に小さく光り輝くもの、としての認識が広まっている。
僕も最初はそう思っていたのだが、天文学という学問においては・・・」
「・・・・・・あ、流れ星。」
「ん?」
薀蓄を披露中の霖之助であったが、早苗の言った言葉に反応して空を見上げると、
移動しながら小さく消えていく光が見えた。
「流れ星か。確か聞いた話だと、一つの星が輝いている間に願い事を三つ唱えると
願いが叶う、という逸話があるようだね。」
「ええ。でも、一つの星が輝いている時間なんてほんのちょびっとですし、
唱えられたとしても叶うかなんてわからないんですけどね。」
「ふむ・・・では、もし本当に願いが三つ叶うとしたら、
君は一体何を言うつもりなのかな?」
「えーっと、そうですね・・・」
早苗は少し考える仕草をした後、その願い事を霖之助に教える。
「まず一つは、神奈子様と諏訪子様の信仰がちゃんと集まること。
二つ目は、今仲良くしてくださってる方々との交流がいつまでも続いてくれること、ですかね。」
「実に君らしい願いだね。
・・・それで、最後の一つは?」
「え・・・全部、言わないとダメですか?」
「そこまで言ってしまったら、全て話してしまうのが定石というものだろう?」
「うーん・・・」
霖之助はさも当たり前のように言い放つ。
対する早苗は言うか言わざるべきか迷っているようだが、言うことに決めたのか言葉を続ける。
「・・・も、森近さんが幸せになるように、ですかね・・・」
「ほう?それはずいぶんとマニアックな願いだね。
僕は別に今に十分満足しているが・・・どうしてだい?」
「だ、だって・・・」
―――霖之助さんが好きだから。
真っ先に浮かんできたその言葉に、自分自身恥ずかしいのか早苗は顔を赤面させる。
実はいい理由を考えていなかったのだ。
・・・いっそのこと、それを今言ってしまおうか。
ちょっと前から言うべきチャンスは何度かあった。だが、いざ言おうとした時に
鴉天狗や白黒が丁度、香霖堂へやってきたりして言わず仕舞いでもあったのだ。
今なら誰からも邪魔はされない。
「も・・・も・・・」
「も?」
「・・・・・・森近さんって、結構知り合いが多いじゃないですか。
だから、森近さんが幸せになれば、その人達ももっと幸せになるんじゃないかなーって・・・」
「ふむ、確かに僕が幸せになって心が広くなれば、お茶や茶菓子を霊夢や魔理沙に
何の苦も無く振舞うかもしれないからね。」
「あはは、そうですね・・・」
早苗は笑っていたが、内心自分を殴りつけたい衝動に駆られていた。
・・・絶好のチャンスだったというのに、また言えなかった。
どこか残念そうに溜め息をついた早苗を霖之助は一瞬、疑問に思ったが、特に気にした様子も無く
再び星についての薀蓄を始めた・・・
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気がつけば随分と長い時間が立っていた。
霖之助と外の世界について議論すると、すぐに時間が過ぎてしまう。
少し前までいつも通りに会話をしていた二人だったが、段々と霖之助の反応が遅くなってきていることに
早苗は気付いた。
どうしたのだろう?と霖之助を見ると、彼はコックリと舟を漕ぎ始めていた。
(あらら・・・宴会の準備にでも借り出されて疲れたのでしょうか・・・?)
早苗はそんな彼の寝顔を見てクスリを笑う。
そして、霖之助の膝から落ちそうになっていた彼の左手を自分の前にそっと寄せると、
それを両手で強く握り締める。
「ん・・・」
すると彼は僅かに声を挙げるが、すぐに寝息へと変わってしまう。
早苗はそんな霖之助の表情を見て微笑みながら、彼の寝顔を見つめる。
「・・・霖之助さん・・・・・・大好き、です・・・」
小さく、たとえ起きていたとしても聞こえないほどの小声で早苗は呟く。
霖之助はそんな彼女の告白には何の反応もすることもなく、ただ眠りについているだけだった。
早苗は霖之助の表情を見つめ、笑顔を絶やすことはなかった。
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「・・・もう、いってしまうのかい?」
「はい。そろそろ出発しないと、諏訪子様に怒られてしまいますから。」
4月。幻想郷の厳しい冬は終わり、暖かい春が訪れる季節である。
今、この幻想郷はとある話題でもちきりであった。
それは、空を飛ぶという宝船の噂である。
その宝船には宝よりも良いものが見つかるよ、と諏訪子に言われた早苗は、その船の調査のために
出発しようとしていた。
その船へ向かう前に、ちょっと香霖堂へ立ち寄っていたのである。
「そうか・・・では気をつけていってくるといい。」
「はい!では早速・・・・・・あ、そういえば。」
勢いよく出発しようとした早苗は何かを思い出したように呟くと、霖之助の方を振り向いた。
「そういえば・・・一つお願いがあるんですけど、いいですよね?」
「うん?なんだい?」
「・・・もし無事に帰ってこれたら、森近さんに言いたいことがあるんです。
聞いてもらえますか?」
「ああ、構わないよ。」
霖之助はどこか楽しそうに話す彼女に、口元を緩ませる。
その返答に、早苗は念を押すように再度同じ言葉を口にする。
「絶対ですよ?帰ってきて聞いてなかったなんて、許しませんからね?」
「わかっているよ、君には貸しが一つあるからね。」
「信じてますからね。」
そう言うと、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「それじゃ、行ってきます・・・・・・霖之助さん。」
「ああ、いってらっしゃい。」
次第に遠くなる彼女が見えなくなるまで、霖之助はその後姿を見守っていた。
そして完結おつかれさま。愉しませていただきました。
ハメになった早苗さんであった・・・
Good End!
>10/14 21:44 セリフを一部修正、指摘有難うございました!
未来人・・・だと・・・?
一つのマフラーを巻いて並んで座る二人を想像したら俺のテンションで海が割れた。
でも早苗、それは死亡フラグだ。そして白蓮その流れで南無三すんな。
完結お疲れ様です!
毎回たのしみにしてたので少し残念です
完結おめでとうございます
次回作にも期待してるよ!