注意!
このSSは作品集50『現人神の居る道具屋 五日目』から設定を受け継いでいます。
まずはそちらを読んでおくことを強くお勧めします。
◇
『3分だけ時間をあげますわ。その間、出来る限り頑張って逃げなさい。
これはゲームよ。貴女、ゲームはお好きでしょう?フフフフ・・・』
先程、目の前に現れた妖怪の言葉を脳裏に浮かべながら、早苗は神社に向かって必死で飛んでいる。
なんなのだ、あの妖怪は?
山の天狗や河童とは違う。間違いなく、並みの妖怪とは桁外れの力を早苗も感じていた。
それに、先程仕掛けてきたあの攻撃・・・
発射された場所はおろか、その弾すらも目で捉えることができなかった。
あの妖怪と戦ってはいけない。まともに戦えば、自分など一瞬で消し飛ばされるかもしれない。
(早く神社に・・・あそこにさえ着ければ、神奈子様と諏訪子様が・・・!)
だが、二柱の神奈子と諏訪子なら、あの妖怪とも戦える。
そう考えながら飛んでいる早苗の前に突如、スキマが開き中から紫が顔を出す。
突然の出現に驚き、思わず停止した彼女の目と鼻の先で、紫はクスクスと笑う。
「・・・時間切れ、ですわ。」
刹那、紫は持っていた扇子から大量のクナイを早苗に向け発射する。
早苗は咄嗟に上昇してその攻撃を回避するが、その瞬間、右腕と左足に鋭い痛みを感じた。
「ッ!」
見ると、右の頬と同じような切り傷ができている。
一体何処から攻撃が?出所のわからぬ攻撃に、早苗は困惑する。
「ご安心ください、その攻撃は貴女に直撃することは決してありません。
ただ、あまり動きすぎると・・・不慮の事故、となるかもしれませんがね。」
不慮の事故、という言葉に、早苗は背筋が凍りつくような感覚を覚える。
前に山の天狗から聞いたことがある。いくらスペルカードルールによる戦闘だとしても、
弾の当たり所や運が悪ければ、命を落とす時もあるということを。
普通ならばお互い、そうならぬように最善の努力をするものだが・・・この相手からは、それが感じられないように思える。
それに早苗は今、スペルカードを持ってきていない。簡単な弾幕なら出せるだろうが、その程度でこの妖怪に
勝てるはずがないと悟っていた。
このまま相手をしていても、ただ痛めつけられるだけ・・・そう判断した早苗は、眼下に広がる森へと向かった。
「あら・・・どこへ行きますの?そっちは神社とは魔逆ですわよ、クスクス・・・」
紫も、早苗の後を遅れて追いかけた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「遅いねぇ、早苗。」
宴会の参加者で大いに賑わう博麗神社。騒がしい声が絶えぬ中、八坂神奈子は一人難しい顔をしていた。
時間的に、もうすぐ宴会開始の挨拶をしなくてはならないというのに、早苗がまだ来ていないのだ。
「諏訪子は地底の奴等と話しているし・・・」
神奈子が横目で諏訪子の方を見ると、彼女は地底の妖怪・・・霊烏路空と火焔猫燐の二人と話していた。
まったく、これだからケロ子は・・・と神奈子が溜め息を漏らすと、その深刻そうな空気を察したとある一人が声をかけた。
竜宮の使いこと、永江衣玖である。
「どうなされましたか?貴女だけ異質な空気を漂わせていますが・・・」
「ん?なんだお前さんか。
また御柱巻きにされにきたのかい?」
「ご遠慮願います。あの後、固まったご飯粒がなかなか羽衣から
取れませんでしたので・・・」
「あっはっは!そいつは失礼したねぇ!
いや、あまりにもシュールな光景だったからねあれは・・・」
「・・・まあ、その話はそれぐらいにしましょう。
それで、何を悩んでいるのですか?」
衣玖からそう聞かれ、おっとそうだった、と話を戻す神奈子。
「そうだねぇ、緑色の髪をした早苗って娘がいただろう?
あの子がいつまでたっても来なくてね、探しに行こうと思っていたんだよ。」
「早苗・・・」
早苗と聞いて、衣玖はいきなり自分を羽交い絞めにしてきた緑髪の娘がいたことを思い出す。
あの後、衣玖は御柱巻きにされたのだが、実は早苗も一緒に巻かれていたのは内緒だ。
恐らくこの神は気付いてない。歳か。
「というわけだからさ、探すのを手伝ってくれないかい?
知っちゃったんだし、もう関係者みたいなもんだろ?」
「関係者といいますか・・・まあ、構いませんよ。
ここは空気を読んで、お手伝いいたします。」
「理解のあるヤツは助かるね。」
面倒事に関わってしまったかな、と衣玖は思いながら、神奈子と共に守矢神社のある方角へ向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「・・・・・・・・・。」
暗く、じめじめとした魔法の森の中で、早苗はジッと息を潜めていた。
あの後、追ってきた紫から何度か攻撃を受けたものの、なんとか距離を離すことができた。
だが距離を離したところで安心はできない。あの瞬間移動紛いの力を使われては
いくら距離を離そうと無意味だからだ。
こうしている間にも、目の前から紫が現れるかもしれない。
今そうしないのは、あくまでもこれが『ゲーム』だからだろうか?
紫から無事に逃げ切り、神社にたどり着けば早苗の勝ち。
でも・・・もし逃げ切れなかった時は・・・?
考えたくも無い。いや、こんな状況なら尚更、考えてはいけないのだ。
冬の寒さは容赦なく体温を奪い、体の自由を制限する。
よく見ると、早苗の左足の脹脛には刺し傷ができていた。
ここまで来る途中、クナイの攻撃を一発もらってしまっていたのである。
血はもう止まったようだが、ズキズキとした鋭い痛みは今も健在だ。
この状態で今動くのは、あまりにもリスクが大きい。また見つかれば、今度は逃げられないだろう。
だから今は動かない。誰かが自分を探しに来てくれるまで・・・
タッ・・・・・・タッ・・・・・・
足音が聞こえた。
ゆっくりと、ゆっくりと、その足音はこちらへ近づいて来ている。
その足音の主は諏訪子か、はたまた神奈子か・・・
どうか、あの妖怪ではありませんように・・・
足音が、早苗の隠れている木のすぐ後で止まる。
そして何かを宣言するような、そんな声が聞こえた。
「『幻巣「飛光虫ネスト」』」
~~~~~~~~~~~~~~~~
紫が早苗を見つけたのは単なる偶然だった。
何処に隠れたか、と探しているうちにふと地面を見ると、まだ乾き切っていない血痕を見つけた。
血痕の続く後を歩いていき、そして早苗の隠れている場所を発見したのである。
あの血痕を見つけられなければ、紫は彼女を見つけることはできなかっただろう。
数多の光弾に抉り取られ、無惨な姿となった木を見ながら、紫はボソリと呟く。
「クス・・・嫌な方向へ【奇跡】が起きてしまったものね・・・
まあこれも、私の普段の行いが良いおかげですわ。
さて、ちょっとやり過ぎた気もしますけど、大丈夫かしら?」
そしてゆっくりと、木の裏側へと歩いていく。
そこにあったのは・・・四散した樹木の破片と、倒れている早苗の姿だった。
結構な量の弾を撃ち込んだはずだが、運がよかったのか大した怪我は負ってないようだ。
紫は起きるまで待っていようかと思ったが、今の攻撃の音で誰かが来ても困る。
なので、適当にそこらに落ちていた小石を数個投げ当ててやる。
すると気が付いたのか「う・・・」と呻き声を上げた。
「おはようございます、よく眠れましたか?
まあ、今もまだ夜ですが。」
「ッ!?」
紫に驚いた早苗は起き上がって逃げようとするが、左足の傷が痛むのかすぐにまた体勢を崩し倒れこむ。
「この後に及んで逃げようとするとは・・・自分の状況がわかっていないのか、
それとも逃げ切れると踏んでいるただの阿呆なのか・・・
どちらにしろ、あまり褒めるべきものではありませんね。」
紫の目は笑っていない。哀れみと侮蔑の意味を込めた、嘲りの目だ。
そんな紫を、早苗はキッと睨み付ける。
「・・・おや、私に何か言いたそうな目ですね。
ハッキリと述べてもらって構いませんよ?答えるかは別ですが。」
「・・・・・・なんで、私を嬲るような事をするんですか?
私は貴女の恨みを買った覚えも無いし、会ったのも今日が初めての筈・・・
何が目的なんですか?」
「それは最初に言ったはずですわ。
貴女に罰を与えるためと。」
「・・・そうですか。じゃあなんで私は罰を受けないといけないんでしょう。
こんな酷い罰を受けるような事をした覚えは・・・」
「・・・まだわかりませんか?」
紫はやれやれ、といった様子で溜め息をつく。
「貴女、霖之助さんが好きなんでしょう?」
「へっ・・・?」
何の関連性も無い返答に、早苗は呆然とする。
なぜここで、霖之助の名前が出てくるのか?
「それだけですわ。」
「いやいやいや!ちょっと待ってください!
納得がいきませんよ!?」
「何故?」
そう聞きたいのは早苗の方である。
「だ、だって・・・た、確かに私は森近さんを・・・こ、好意的には見てますけど・・・」
「好意的?違うでしょう?貴女は誰か他人を好きになった事が無いから、
そうやって解釈しているだけ。自分に素直になりなさいな。」
「で、ですからそんなんじゃ・・・」
「じゃあ、他の誰かに霖之助さんをとられても大丈夫なのね。」
「う・・・それは嫌、ですけど・・・」
「本当、素直じゃない娘だこと。」
そう紫に言われ、早苗は顔を真っ赤にしている。
さっきまでのシリアスな雰囲気は何処にいったのやら。
「・・・さて、話は逸れましたが。何故罰を受けるのか、本当にわからないようですね。
知らないままというのも酷でしょうから、教えてさしあげますわ。
霖之助さんは、人間と妖怪の両方の血を合わせ持つ半人半妖なのです。」
「え・・・?」
半人半妖?あの、どこからどう見ても人間にしか見えない霖之助が?
驚愕する早苗に、紫はさらに言葉を続ける。
「やはり知らなかったのですか。まあ、あえて教えないという霖之助さんの優しさなのかもしれませんが・・・
つまりはそういうことです。貴女のその恋は霖之助さんには届かない。
いや、届いてはいけないのです。霖之助さん自身が幸せであるためにも。」
「え・・・?いや、待ってください!
森近さんが私を好きになったら、森近さんが不幸になるってことですか!?
そんなのおかしいでしょう!?」
「・・・本当に質問の多い。まるで湖の氷妖精並ですわね。
考える力が足りてないのではありませんか?」
あきらかバカにした紫の言葉に、早苗はムッとする。
その氷妖精が誰なのかは知らないが、恐らく頭が相当軽いのだろう。
「人と妖怪では、その寿命には天と地ほどの差があるのです。
貴女は確かに普通の人間以上の力を持っている。神の力を借りて奇跡を起こす、風祝というね。
ですが、いくら力を持っていようと、神の力を借りることができようと、
所詮は【人間】という種族。寿命にはどう頑張っても抗えるものではない。」
紫のいう通りである。いくら八坂神奈子や洩矢諏訪子の力を借りることができようとも、
所詮、早苗は【人間】なのである。
気付けば、紫は早苗の目の前に来ていた。
「その点、私は完全な妖怪。霖之助さんは半人半妖ですから、私と同じ時間をずっと過ごす事は出来ない。
けれども、私なら霖之助さんに寂しい思いはさせない。霖之助さんの最期を、見届けることが出来る。
・・・どうせなら、好きな方に看取ってもらう方が幸せでしょう?」
「で、ですけど・・・!」
誰を選ぶかは森近さんでしょう、と反論しようとした早苗の横っ面に、紫は思い切りビンタを喰らわせた。
パァン、という音が森の中に響き渡る。
「黙りなさい。貴女は自分の事しか考えていない。
万が一にも、霖之助さんが貴女を好きになったとしても・・・
先立つのは間違いなく貴女でしょう?愛する者に先立たれた者の悲しみを、貴女は知って?
知るわけが無い。そうでしょう?」
その質問に、早苗は俯いて答えない。否、答えられない。
体験した事の無い感情を語ることなど、不可能なのだから。
「・・・これは貴女のためでもありますのよ?
別に霖之助さんに金輪際会いに来るなとか、そういった事を言っているのではありませんわ。
霖之助さんに対するその感情を・・・【永遠に】心の奥底に封じ込めておくだけでいいのです。
それぐらいなら・・・人間でも出来るでしょう?」
「・・・・・・・・・。」
紫は満面の笑みを浮かべて早苗に語りかける。
その表情は、どこか勝ち誇ったような、そんな表情だった。
だがその笑みも、次の早苗の一言に打ち砕かれることになる。
「嫌です。」
「へ?」
予想外の返答に、紫はキョトンとした表情を浮かべた。
「・・・聞いていればさっきから、貴女だって自分勝手な事しか考えてないじゃないですか。
森近さんは貴女の事を好きなんですか?森近さん自身が貴女を好きって言ったんですか?
私の事を森近さんが好きになったら不幸になるとか、貴女と一緒になれれば
森近さんは幸せになるとか・・・それって全部、貴女の妄想じゃないんですかっ!?」
その一言に、緋想天でガードクラッシュした時のような音と共に、紫が「う・・・」とたじろいだ。
「図星ですね?図星ですよね?図星なんでしょう?図星ですもんね!
だってそうです、私が幻想郷に来るとっくの昔に森近さんが貴女を好きなら、
森近さんと貴女は一緒に暮らしていてもおかしくありませんから!
そうじゃないってことは、森近さんが貴女を好きって全部嘘になりますもんね!」
「ぬぐぐ・・・い、言ってくれるわね・・・」
「それにです!」
早苗は痛みを我慢して立ち上がり、ビシッと紫を指差して言い放つ。
「永遠に感情を封じておくなんて、出来るわけないじゃないですか!
私は現人神であると同時に、普通の人間でもあるんです!誰かを好きになってもいいはずです!
だから、貴女みたいな年増妖怪につべこべ言われる筋合いはありません!!」
ブチ、という音と共に、紫の何かが吹っ切れた。
紫は早苗から大きく離れると、わなわなと震えながら一枚のカードをスキマから取り出す。
その顔は笑っている。だが声は笑っていない。
「そうですか・・・ならもう貴女に興味はありません。
『廃線「ぶらり廃駅下車の旅」』!」
そして紫はスペルカード名を宣言した。
すると、紫の背後に巨大なスキマが開き、中から聞き覚えのある甲高い音と共に、ガタンゴトンという振動が響き渡る。
その音と振動から、大方何が来るのか早苗には見当が付いた。
アレに轢かれれば、良くても五体満足ではすまないだろう・・・
「・・・美しく残酷に、この大地から住ね!」
紫の声と共に、電車がスキマの中から姿を現す。早苗にはそれを避ける術はない。
また、調子に乗っちゃったなぁ・・・と早苗は思いながら、静かに目を閉じた。
「『神祭「エクスパンデッド・オンバシラ」』!」
「!」
聞き覚えのあるスペルカード名が聞こえ、早苗が目を開くと、今まさに自分へ激突しようとしていた電車の
真横に数本のオンバシラが突き刺さり、電車は大きく横転して進路を変え、激突を免れた。
砂煙でよくわからないが、飛んできたオンバシラのうち一本には誰かが立っているようだ。
「えっ・・・!?」
いきなりの介入に驚く紫に対し、オンバシラの上の人物がスペルカードを宣言する。
「・・・『雷符「神鳴り様の住処」』」
「ッ!」
紫は危険を感じてその場から飛び退く。すると、さっきまで自分が立っていた場所に
空から数本の雷が降り注いだ。
そのスペルカードに紫は見覚えがある。確か、竜宮の使いの・・・
「・・・今のうちにお退きなさい。名前までバレては、後々厄介でしょう?
この場で今、貴女を知るのは私だけです。このまま大人しく退いてくだされば、
私も空気を読んで口外はいたしません。」
噂をすればなんとやら、あのオンバシラに乗っているのはやはり竜宮の使いだった。
となれば、この忠告には従っておいて損は無い。
紫は急いでスキマを開くと、その中へ姿を眩ました。
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◇
『3分だけ時間をあげますわ。その間、出来る限り頑張って逃げなさい。
これはゲームよ。貴女、ゲームはお好きでしょう?フフフフ・・・』
先程、目の前に現れた妖怪の言葉を脳裏に浮かべながら、早苗は神社に向かって必死で飛んでいる。
なんなのだ、あの妖怪は?
山の天狗や河童とは違う。間違いなく、並みの妖怪とは桁外れの力を早苗も感じていた。
それに、先程仕掛けてきたあの攻撃・・・
発射された場所はおろか、その弾すらも目で捉えることができなかった。
あの妖怪と戦ってはいけない。まともに戦えば、自分など一瞬で消し飛ばされるかもしれない。
(早く神社に・・・あそこにさえ着ければ、神奈子様と諏訪子様が・・・!)
だが、二柱の神奈子と諏訪子なら、あの妖怪とも戦える。
そう考えながら飛んでいる早苗の前に突如、スキマが開き中から紫が顔を出す。
突然の出現に驚き、思わず停止した彼女の目と鼻の先で、紫はクスクスと笑う。
「・・・時間切れ、ですわ。」
刹那、紫は持っていた扇子から大量のクナイを早苗に向け発射する。
早苗は咄嗟に上昇してその攻撃を回避するが、その瞬間、右腕と左足に鋭い痛みを感じた。
「ッ!」
見ると、右の頬と同じような切り傷ができている。
一体何処から攻撃が?出所のわからぬ攻撃に、早苗は困惑する。
「ご安心ください、その攻撃は貴女に直撃することは決してありません。
ただ、あまり動きすぎると・・・不慮の事故、となるかもしれませんがね。」
不慮の事故、という言葉に、早苗は背筋が凍りつくような感覚を覚える。
前に山の天狗から聞いたことがある。いくらスペルカードルールによる戦闘だとしても、
弾の当たり所や運が悪ければ、命を落とす時もあるということを。
普通ならばお互い、そうならぬように最善の努力をするものだが・・・この相手からは、それが感じられないように思える。
それに早苗は今、スペルカードを持ってきていない。簡単な弾幕なら出せるだろうが、その程度でこの妖怪に
勝てるはずがないと悟っていた。
このまま相手をしていても、ただ痛めつけられるだけ・・・そう判断した早苗は、眼下に広がる森へと向かった。
「あら・・・どこへ行きますの?そっちは神社とは魔逆ですわよ、クスクス・・・」
紫も、早苗の後を遅れて追いかけた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「遅いねぇ、早苗。」
宴会の参加者で大いに賑わう博麗神社。騒がしい声が絶えぬ中、八坂神奈子は一人難しい顔をしていた。
時間的に、もうすぐ宴会開始の挨拶をしなくてはならないというのに、早苗がまだ来ていないのだ。
「諏訪子は地底の奴等と話しているし・・・」
神奈子が横目で諏訪子の方を見ると、彼女は地底の妖怪・・・霊烏路空と火焔猫燐の二人と話していた。
まったく、これだからケロ子は・・・と神奈子が溜め息を漏らすと、その深刻そうな空気を察したとある一人が声をかけた。
竜宮の使いこと、永江衣玖である。
「どうなされましたか?貴女だけ異質な空気を漂わせていますが・・・」
「ん?なんだお前さんか。
また御柱巻きにされにきたのかい?」
「ご遠慮願います。あの後、固まったご飯粒がなかなか羽衣から
取れませんでしたので・・・」
「あっはっは!そいつは失礼したねぇ!
いや、あまりにもシュールな光景だったからねあれは・・・」
「・・・まあ、その話はそれぐらいにしましょう。
それで、何を悩んでいるのですか?」
衣玖からそう聞かれ、おっとそうだった、と話を戻す神奈子。
「そうだねぇ、緑色の髪をした早苗って娘がいただろう?
あの子がいつまでたっても来なくてね、探しに行こうと思っていたんだよ。」
「早苗・・・」
早苗と聞いて、衣玖はいきなり自分を羽交い絞めにしてきた緑髪の娘がいたことを思い出す。
あの後、衣玖は御柱巻きにされたのだが、実は早苗も一緒に巻かれていたのは内緒だ。
恐らくこの神は気付いてない。歳か。
「というわけだからさ、探すのを手伝ってくれないかい?
知っちゃったんだし、もう関係者みたいなもんだろ?」
「関係者といいますか・・・まあ、構いませんよ。
ここは空気を読んで、お手伝いいたします。」
「理解のあるヤツは助かるね。」
面倒事に関わってしまったかな、と衣玖は思いながら、神奈子と共に守矢神社のある方角へ向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「・・・・・・・・・。」
暗く、じめじめとした魔法の森の中で、早苗はジッと息を潜めていた。
あの後、追ってきた紫から何度か攻撃を受けたものの、なんとか距離を離すことができた。
だが距離を離したところで安心はできない。あの瞬間移動紛いの力を使われては
いくら距離を離そうと無意味だからだ。
こうしている間にも、目の前から紫が現れるかもしれない。
今そうしないのは、あくまでもこれが『ゲーム』だからだろうか?
紫から無事に逃げ切り、神社にたどり着けば早苗の勝ち。
でも・・・もし逃げ切れなかった時は・・・?
考えたくも無い。いや、こんな状況なら尚更、考えてはいけないのだ。
冬の寒さは容赦なく体温を奪い、体の自由を制限する。
よく見ると、早苗の左足の脹脛には刺し傷ができていた。
ここまで来る途中、クナイの攻撃を一発もらってしまっていたのである。
血はもう止まったようだが、ズキズキとした鋭い痛みは今も健在だ。
この状態で今動くのは、あまりにもリスクが大きい。また見つかれば、今度は逃げられないだろう。
だから今は動かない。誰かが自分を探しに来てくれるまで・・・
タッ・・・・・・タッ・・・・・・
足音が聞こえた。
ゆっくりと、ゆっくりと、その足音はこちらへ近づいて来ている。
その足音の主は諏訪子か、はたまた神奈子か・・・
どうか、あの妖怪ではありませんように・・・
足音が、早苗の隠れている木のすぐ後で止まる。
そして何かを宣言するような、そんな声が聞こえた。
「『幻巣「飛光虫ネスト」』」
~~~~~~~~~~~~~~~~
紫が早苗を見つけたのは単なる偶然だった。
何処に隠れたか、と探しているうちにふと地面を見ると、まだ乾き切っていない血痕を見つけた。
血痕の続く後を歩いていき、そして早苗の隠れている場所を発見したのである。
あの血痕を見つけられなければ、紫は彼女を見つけることはできなかっただろう。
数多の光弾に抉り取られ、無惨な姿となった木を見ながら、紫はボソリと呟く。
「クス・・・嫌な方向へ【奇跡】が起きてしまったものね・・・
まあこれも、私の普段の行いが良いおかげですわ。
さて、ちょっとやり過ぎた気もしますけど、大丈夫かしら?」
そしてゆっくりと、木の裏側へと歩いていく。
そこにあったのは・・・四散した樹木の破片と、倒れている早苗の姿だった。
結構な量の弾を撃ち込んだはずだが、運がよかったのか大した怪我は負ってないようだ。
紫は起きるまで待っていようかと思ったが、今の攻撃の音で誰かが来ても困る。
なので、適当にそこらに落ちていた小石を数個投げ当ててやる。
すると気が付いたのか「う・・・」と呻き声を上げた。
「おはようございます、よく眠れましたか?
まあ、今もまだ夜ですが。」
「ッ!?」
紫に驚いた早苗は起き上がって逃げようとするが、左足の傷が痛むのかすぐにまた体勢を崩し倒れこむ。
「この後に及んで逃げようとするとは・・・自分の状況がわかっていないのか、
それとも逃げ切れると踏んでいるただの阿呆なのか・・・
どちらにしろ、あまり褒めるべきものではありませんね。」
紫の目は笑っていない。哀れみと侮蔑の意味を込めた、嘲りの目だ。
そんな紫を、早苗はキッと睨み付ける。
「・・・おや、私に何か言いたそうな目ですね。
ハッキリと述べてもらって構いませんよ?答えるかは別ですが。」
「・・・・・・なんで、私を嬲るような事をするんですか?
私は貴女の恨みを買った覚えも無いし、会ったのも今日が初めての筈・・・
何が目的なんですか?」
「それは最初に言ったはずですわ。
貴女に罰を与えるためと。」
「・・・そうですか。じゃあなんで私は罰を受けないといけないんでしょう。
こんな酷い罰を受けるような事をした覚えは・・・」
「・・・まだわかりませんか?」
紫はやれやれ、といった様子で溜め息をつく。
「貴女、霖之助さんが好きなんでしょう?」
「へっ・・・?」
何の関連性も無い返答に、早苗は呆然とする。
なぜここで、霖之助の名前が出てくるのか?
「それだけですわ。」
「いやいやいや!ちょっと待ってください!
納得がいきませんよ!?」
「何故?」
そう聞きたいのは早苗の方である。
「だ、だって・・・た、確かに私は森近さんを・・・こ、好意的には見てますけど・・・」
「好意的?違うでしょう?貴女は誰か他人を好きになった事が無いから、
そうやって解釈しているだけ。自分に素直になりなさいな。」
「で、ですからそんなんじゃ・・・」
「じゃあ、他の誰かに霖之助さんをとられても大丈夫なのね。」
「う・・・それは嫌、ですけど・・・」
「本当、素直じゃない娘だこと。」
そう紫に言われ、早苗は顔を真っ赤にしている。
さっきまでのシリアスな雰囲気は何処にいったのやら。
「・・・さて、話は逸れましたが。何故罰を受けるのか、本当にわからないようですね。
知らないままというのも酷でしょうから、教えてさしあげますわ。
霖之助さんは、人間と妖怪の両方の血を合わせ持つ半人半妖なのです。」
「え・・・?」
半人半妖?あの、どこからどう見ても人間にしか見えない霖之助が?
驚愕する早苗に、紫はさらに言葉を続ける。
「やはり知らなかったのですか。まあ、あえて教えないという霖之助さんの優しさなのかもしれませんが・・・
つまりはそういうことです。貴女のその恋は霖之助さんには届かない。
いや、届いてはいけないのです。霖之助さん自身が幸せであるためにも。」
「え・・・?いや、待ってください!
森近さんが私を好きになったら、森近さんが不幸になるってことですか!?
そんなのおかしいでしょう!?」
「・・・本当に質問の多い。まるで湖の氷妖精並ですわね。
考える力が足りてないのではありませんか?」
あきらかバカにした紫の言葉に、早苗はムッとする。
その氷妖精が誰なのかは知らないが、恐らく頭が相当軽いのだろう。
「人と妖怪では、その寿命には天と地ほどの差があるのです。
貴女は確かに普通の人間以上の力を持っている。神の力を借りて奇跡を起こす、風祝というね。
ですが、いくら力を持っていようと、神の力を借りることができようと、
所詮は【人間】という種族。寿命にはどう頑張っても抗えるものではない。」
紫のいう通りである。いくら八坂神奈子や洩矢諏訪子の力を借りることができようとも、
所詮、早苗は【人間】なのである。
気付けば、紫は早苗の目の前に来ていた。
「その点、私は完全な妖怪。霖之助さんは半人半妖ですから、私と同じ時間をずっと過ごす事は出来ない。
けれども、私なら霖之助さんに寂しい思いはさせない。霖之助さんの最期を、見届けることが出来る。
・・・どうせなら、好きな方に看取ってもらう方が幸せでしょう?」
「で、ですけど・・・!」
誰を選ぶかは森近さんでしょう、と反論しようとした早苗の横っ面に、紫は思い切りビンタを喰らわせた。
パァン、という音が森の中に響き渡る。
「黙りなさい。貴女は自分の事しか考えていない。
万が一にも、霖之助さんが貴女を好きになったとしても・・・
先立つのは間違いなく貴女でしょう?愛する者に先立たれた者の悲しみを、貴女は知って?
知るわけが無い。そうでしょう?」
その質問に、早苗は俯いて答えない。否、答えられない。
体験した事の無い感情を語ることなど、不可能なのだから。
「・・・これは貴女のためでもありますのよ?
別に霖之助さんに金輪際会いに来るなとか、そういった事を言っているのではありませんわ。
霖之助さんに対するその感情を・・・【永遠に】心の奥底に封じ込めておくだけでいいのです。
それぐらいなら・・・人間でも出来るでしょう?」
「・・・・・・・・・。」
紫は満面の笑みを浮かべて早苗に語りかける。
その表情は、どこか勝ち誇ったような、そんな表情だった。
だがその笑みも、次の早苗の一言に打ち砕かれることになる。
「嫌です。」
「へ?」
予想外の返答に、紫はキョトンとした表情を浮かべた。
「・・・聞いていればさっきから、貴女だって自分勝手な事しか考えてないじゃないですか。
森近さんは貴女の事を好きなんですか?森近さん自身が貴女を好きって言ったんですか?
私の事を森近さんが好きになったら不幸になるとか、貴女と一緒になれれば
森近さんは幸せになるとか・・・それって全部、貴女の妄想じゃないんですかっ!?」
その一言に、緋想天でガードクラッシュした時のような音と共に、紫が「う・・・」とたじろいだ。
「図星ですね?図星ですよね?図星なんでしょう?図星ですもんね!
だってそうです、私が幻想郷に来るとっくの昔に森近さんが貴女を好きなら、
森近さんと貴女は一緒に暮らしていてもおかしくありませんから!
そうじゃないってことは、森近さんが貴女を好きって全部嘘になりますもんね!」
「ぬぐぐ・・・い、言ってくれるわね・・・」
「それにです!」
早苗は痛みを我慢して立ち上がり、ビシッと紫を指差して言い放つ。
「永遠に感情を封じておくなんて、出来るわけないじゃないですか!
私は現人神であると同時に、普通の人間でもあるんです!誰かを好きになってもいいはずです!
だから、貴女みたいな年増妖怪につべこべ言われる筋合いはありません!!」
ブチ、という音と共に、紫の何かが吹っ切れた。
紫は早苗から大きく離れると、わなわなと震えながら一枚のカードをスキマから取り出す。
その顔は笑っている。だが声は笑っていない。
「そうですか・・・ならもう貴女に興味はありません。
『廃線「ぶらり廃駅下車の旅」』!」
そして紫はスペルカード名を宣言した。
すると、紫の背後に巨大なスキマが開き、中から聞き覚えのある甲高い音と共に、ガタンゴトンという振動が響き渡る。
その音と振動から、大方何が来るのか早苗には見当が付いた。
アレに轢かれれば、良くても五体満足ではすまないだろう・・・
「・・・美しく残酷に、この大地から住ね!」
紫の声と共に、電車がスキマの中から姿を現す。早苗にはそれを避ける術はない。
また、調子に乗っちゃったなぁ・・・と早苗は思いながら、静かに目を閉じた。
「『神祭「エクスパンデッド・オンバシラ」』!」
「!」
聞き覚えのあるスペルカード名が聞こえ、早苗が目を開くと、今まさに自分へ激突しようとしていた電車の
真横に数本のオンバシラが突き刺さり、電車は大きく横転して進路を変え、激突を免れた。
砂煙でよくわからないが、飛んできたオンバシラのうち一本には誰かが立っているようだ。
「えっ・・・!?」
いきなりの介入に驚く紫に対し、オンバシラの上の人物がスペルカードを宣言する。
「・・・『雷符「神鳴り様の住処」』」
「ッ!」
紫は危険を感じてその場から飛び退く。すると、さっきまで自分が立っていた場所に
空から数本の雷が降り注いだ。
そのスペルカードに紫は見覚えがある。確か、竜宮の使いの・・・
「・・・今のうちにお退きなさい。名前までバレては、後々厄介でしょう?
この場で今、貴女を知るのは私だけです。このまま大人しく退いてくだされば、
私も空気を読んで口外はいたしません。」
噂をすればなんとやら、あのオンバシラに乗っているのはやはり竜宮の使いだった。
となれば、この忠告には従っておいて損は無い。
紫は急いでスキマを開くと、その中へ姿を眩ました。
…というか、あれこれ屁理屈こねたあげく力ずくって、その時点で女として負けだと思います。
それはさておき、(年増以外は)よく言った早苗!応援させてもらうからね!
…というわけで、続き楽しみにしています!
いかんせん強すぎるのが問題だがw
次も期待してます~
別にそんなことなかったぜ!
結局ギャグなのか?
取りあえず紫がこのままいいとこなしだとあんまり過ぎるので救済してあげて下さい!