「ごめんください。朝早くから失礼いたします。守矢より、東風谷が参りました」
命蓮寺の玄関に巾着を片手に持った早苗の声が響く。対して中より、暫く待つようにと返事が返る。その声を聞き、目当ての相手がいることを確認すると、早苗は巾着の口を解き、中から御守りを二つ取り出す。
早苗はそれをそれぞれ一回ずつ指で弾き、中に護符がちゃんと仕込んであることを確認する。
……もう五回もしているというのに、慣れませんね
早苗は自分の性分に苦笑する。
ギシ ギシ ギシ
ギシ ギシ ギシ
おそらくは居間からだろう賑やかな声を背に近づく足音。顔を上げると、廊下から金糸割烹の毘沙門天が姿を現していた。
……相変わらず違和感が無いというか
「もうそんな時期ですか。いつもながらではありますが、ご面倒をおかけします」
早苗の内心を他所に、深々と頭を下げたのは、毘沙門天の代理、寅丸星。
「いえ、霊夢さんや魔理沙さんを思いとどまらせることが出来れば、こんな手間をかけずに済むのですが」
「いえいえ、今は何より貴女の心遣いに感謝いたします」
「いえいえいえ、この程度の力にしかなれずに何の心遣いでしょうか」
そうして、いえが町になるぐらいに積み上がった頃、本題に戻るべく、早苗は手にしていた御守りを星へと差し出す。
「それでは、こちらが次の満月までの分となります。こちらが寅丸さん用、こちらがナズーリンさん用です」
「今使っている石ですが、生憎とナズーリンが河原に出かけていまして、明日以降のお渡しでも宜しいですか?」
「河原、ですか?」
「ええ」
「河原でしたら、私もこの後用事がありますので、そこでお渡ししましょうか?」
早苗の提案に星は、ふむと一唸りして考え込む。その様子に早苗が首を傾げ、
「御都合が悪いようでしたら、本日はこのままお渡しするだけにして、明日以降に引取に伺いますが?」
控えめな提案をし直す。が、星はぽんと手を叩くと一頷きして早苗にすり寄る。まるでこれから秘密を打ち明けるとばかりに。
「実は」
「実は?」
そこは早苗も人の子。声を潜めて、星に問い返す。
「ナズーリンは今日、河原で仕事なんですよ」
「仕事? マスコットか何かですか?」
「マスコット?」
「いえ、噛みました。ナズーリンさんのお仕事は寅丸さんの失せ物探しでしたね」
「いえいえ」
また、命蓮寺にいえが建つ。
「実は、紅魔館が河原で茶屋を開くのですが、ナズーリンはそこの給仕をするんですよ」
そこで星は、コホン、と咳払いをすると、一段と声を潜める。
「実はナズーリンの小ネズミ達が、紅魔館の食料庫を漁っていた犯人だったらしく、食料費を請求されまして。間の悪いことにここの建立で手持ちが底を突いていたのでどうにもならず、あそこのメイド、十六夜さんと申しましたか。あの方に頼み込んだようで、言い方は悪いですが、体で返すことになったんですよ」
「そうだったんですか」
早苗がそれを聞き、少し困った顔をする。そんな早苗の表情を見て、星は僅かばかり良心が痛むのを自覚する。なぜなら、
……実のところは、ナズーリンの小ネズミ達が紅魔館の食料庫を荒らしていると告げたのは私ですし、タイミングにいたっては手持ちが底を突いたのを確認までしましたから、一概にナズーリンだけが悪い訳ではないのですが。ここらで弱みの一つも握ってイーブンにしておかないと、上司としての示しがつきませんからね。それにしても、自分の手持ちでは払いきれないと知った後のあの子の顔といったら
にへら、と星は相好を崩しそうになって慌てて口元を引き締める。
……若輩の魔法使い二人が人間の振る舞いでご飯が何杯食べられるか、などと言い争っていたのがよく分かります。念には念を入れて、少々恥ずかしい格好を、とお願いしてありますが、あの子は今一体どんな表情なのでしょうか
「それで給仕ですか」
ポツリと早苗が零す。
が、星の痛みとは別のところに早苗の思考は飛んでいた。
……ひょっとして給仕って、前に咲夜さんに教えたメイド喫茶のことかしら? 教えたのが半月ほど前なのに、もう用意するなんて。それだけの行動力だと知っていたら、夜のしゃぶしゃぶコースも教えておくべきだったかしら? あぁ、でもでも早苗、よく考えて。貴女が咲夜さんに伝授した喫茶店は何? そう、しゃぶしゃぶ一歩手前の喫茶店。そこに冷静沈着が売りのナズーリンさんがいる。そう、これは一見の価値があるわ
「皆には内緒にしようとしていたようですが、天網恢々」
「疎にして漏らさず、ですね」
既に二人の手はがっちりと握られていた。
「たまたま寅丸さんと行ったバザーで」
「たまたま貴女が見つけた茶屋に」
「たまたまナズーリンさんが給仕をしていたとしても」
「我等は」
「「実に自然な来店客であるっ! いざ、バザーー!」」
――悪女移動中――