アリス邸にて
今日もやってきた魔理沙とご飯を食べ終え、食器を片付けた後。
これから何をしようか、と思案していると、庭から私を呼ぶ声がした。
窓から頭を出して覗いてみると、魔理沙が地面に風呂敷を引いて座っている。
彼女は壁に寄りかかるようにして空を見上げていた。
「なあ、天体観測しようぜ」
魔理沙は私の方を振り向いて言った。彼女にしては珍しく、静かな声だ。
折りしも今日は中秋の名月。
そんなのもいいか、と私は温かいコーヒーを入れて、その隣にもっていくことにした。
「月ってさ、見飽きないよな」
魔理沙は上を向いたまま、ぽつり、と言った。
飲み干してしまったコーヒーカップを両手で握り、残ったわずかなぬくもりを惜しむようにしている。
「そうね」
気がつくと、私もまったく同じ仕草をしていた。
秋の入り口に差し掛かった夜は、思ったより冷えているらしい。
「あれが狂気の象徴だってのは、私にはよく分からない」
魔理沙はついに諦めたのか、カップを自分の横に置く。
そして心持ち、左に傾いた。
「そうね」
私も心持ち、右に傾く。
少しだけ触れ合った肩は、カップより暖かだった。
「見入ってしまうけど、そんなに怖くは無いんだよ」
肩が暖かかったから。
私たちが触れ合う面積を増やしたのは、そんな単純な理由だけではない。
二の腕、ひじ、腕、手の甲。
彼女の左手と私の右手。
指が絡まったのは、いつのことだったろうか。
「月に見入るのは、悪魔に魅入られているからだと言うわ」
外の寒さによって、自分と外の境界が意識される。
暖かい彼女の体は、ふとすると自分の体の延長のように思える。
境界線があいまいになる。
「悪魔だって? 紅魔館の奴らがどうして私を。
私が魅入られているのは」
そこまで言って、彼女は言葉を切った。
私もそれ以上は促すつもりは無い。
その代わりに、彼女の腕を両手で抱きしめた。
肩を抱きこむようにして首とあごではさむ。
右手は巻き込むようにして。左手は指を絡ませて。
私の左手ごと、彼女の手を太ももの間に挟み込む。
彼女の手の甲が体の芯にあたる。
「ねえ、魔理沙知ってる?」
抱え込んだ手の延長線上には彼女の耳がある。
赤くなっているそれに、私はそっとささやいた。
「あなたが私の家から持っていった本、この間百を超えたの」
「いったい、いつに、なったら、返して、くれるのかしらっ」
「ギ、ギブギブ、ごめん今度持ってくるからっ」
しっかりと極められた関節技に、なす術の無かった魔理沙でした。
その発想力に脱帽
る
甘いと思ってにやけていたら…!