Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

バザーの前に

2009/10/04 15:22:17
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 河原は月に一度、里に劣らぬ賑わいを見せる。
 いつから始まったのか、それを覚えているものはいなくとも、それが里にとって不可欠なものとして誰もが知っている。その賑わいに乗り遅れまいと、里の人間はおろか妖怪までもが、河原へと続く流れを作る。
 その流れを、河と里を隔てる堤から眺める姿があった。白い椅子に腰掛け、テーブルにティーカップを戻しながら、それは誰に聞かせるでもなく呟く。

 「今月も盛況ですわ」
 「準備中に勝手に店を広げられても困りますわ」

 優雅に午前の紅茶と洒落込んでいた金糸紫衣の大妖に対して、給仕姿の少女が半眼を突きつける。突きつけながらも、その手は二卓、三卓と手際よく広げていく。その後ろでは、同じく給仕服に身を包んだ妖精達が、簡易の竈でお湯を沸かす準備や食器を箱から取り出したりと、慌ただしく準備をしていた。

 「忙しなさは生きる時間に比例するのですね」
 「そうですわ。お嬢様も妹様も、盛りつけ中の摘み食いがお好きで。あら? そういえば貴女も開店前に摘み食い」

 ポケットから取り出した懐中時計を眺め、やはり貴女の方がお嬢様よりも年上ですね、と呟くと、招かれざる客のティーカップに紅茶を注ごうとポットを持ち上げる。根っからと思わせるまでの給仕姿。その所作を眺めながら、ぽつりと大妖が尋ねる。

 「お砂糖はないのかしら?」
 「生憎とケーキを作ったので切らしてしまいましたわ。本当でしたら、バザーで買ってから開店しようと思っていたのです」
ですから摘み食いをする方にお出しするお砂糖はないのですわ、の返事と共に、辺りにふわりと柑橘類独特の匂いが漂う。が、カップの中は、

 「なぜ金柑のスライスが?」
 「生憎とオレンジも切らしておりまして」
 「そう。じゃぁ、バザーで買って下さいね」

 切ない溜息を、浮かんだ金柑ごと飲み込んだ。

 「それにしても、八雲紫ほどの大妖怪が今日はどういった用件で?」
 「折角のバザーですわ。眺めるだけでも十分楽しいではありませんか」
 「あぁ、きっと『紫様は眺められるだけで結構です。些事に関しては一切この藍が引き受けますから』とか邪険に言われた挙げ句、お財布を持ち出せずに来たのね」
 「どうしても欲しければ、赤い巫女式の買い物をたしなむだけですわ」
 「次に黄色いのが出てきたら支払うのかしら? 支払わないのかしら? 早苗の半分程度は支払ってくれると良いのだけど」
 「それこそ神のみぞ知る、ですわ」

 そして私は神ではありません、と締めくくる。それに対し咲夜はにこやかに、
 「あら、神様ですわ。外ではお客様の事をそう言うらしいですから」
 「都合良く利用して捨てるのね」
 「ええ、その通りですわ。そして当店では現物支払いも受け付けておりますわ」
 「具体的には?」
 「そうですね、一橙で手を打ちますわ」
 金糸をさらりと揺らして紫は小首を傾げる。

 「一円、の言い間違えかしら?」
 「いいえ、一橙ですわ。他に似たようなもので、一レイセンや、一ナズーリンといった単位もありますわ」
 その答えとともに、ポケットから白いハンカチを取り出し広げてみせる給仕。そのハンカチには朱で『橙、好き放題』と書かれている。
 「なるほど。それなら、半藍でどうかしら?」
 破格、と声に滲ませて咲夜に迫る紫。が、返答は呆れた溜息。

 「お話になりませんわ。現在のレートは一橙に対して、三百六十藍。この店のコンセプトはご奉仕に見せかけた何か。完璧なだけの給仕に、価値などありませんわ」
 「そ、そうなの」
 自己否定すらする力強さに戦き、形ばかりの同意をした紫は、暫く躊躇った後思いきって尋ねる。
 「じゃぁ、一橙に対しては何紫でレートが成立するのかしら?」
 「メートルをグラムに変換しろと言われても困りますわ。それにこの店のコンセプトはあくまでご奉仕。いかがわしさで売る店ではないものですので」
 
 似たような話は、竹林の医者やひまわり畑の庭師、白玉楼の主人からも頂きましたが、いずれもお断りしておりますわ、と微笑む。断った理由は何だろうか、胸か、胸なのか? いやしかしそれだと鈴仙は拒否されるはず、などと邪推していると、

 「メイド長、砂糖以外の準備は出来たが?」
 「そう。じゃぁ、一旦他のメイド達とで休んでいて頂戴」
 「あら? 貴女、寺の鼠じゃないの。こんなところで、何を?」

 紫は、目下霊夢と魔理沙が賞金をかけてまで捜索中の片割れがメイド姿で現れたことに驚く。それに対し、鼠と呼ばれた少女は肩をすくめ、
 「実は子飼いの小ネズミ達がここの食料庫を荒らしていたところを、捕まってしまってね。身代金を要求されたんだが、生憎と建立その他諸々で手持ちが無くてね、やむなく体で払っているところだ」
 「そうなの?」
 妖怪を妖怪とも思わずにこき使う少女に視線を送ると、それが送られてくることを待っていたかのように、にこりと笑った。

 「えぇ、ヨイコラとガクガク他、ナズーリンの愉快な一味は今日も元気に美鈴の周りを走り回っておりますわ」
 来月までかかるようであれば、妹様の部屋に行っていただく予定ですが、と不穏な一言を付け加える。さすがは悪魔の狗ね、と紫は苦笑し、
 「そういうことなら、ナズーリン貴女の上司で良かったかしら? 毘沙門天の代理にでも頼めば宜しいのでは?」
 「いや、この件に関しては全くと言って良いほど私の落ち度だからね。ご主人様の手を煩わせるなど出来るはずがない。まぁ、こうして給仕に勤しむのも、ここのところバタバタとしていたから良い気分転換になるかと思ったんだが」

 そこで言葉を句切ると、スカートの裾を手で引っ張りながら紫に尋ねる。
 「このスカートの丈はいくら何でも短すぎないか? 風が吹かなくても見えそうで気になるんだが」
 「確かに……」
 「丁度合うサイズがたまたま在庫切れで、丈を合わせようにもたまたま仕事が重なったせいで、残念なことに丈を弄るだけの時間が作れなかっただけですわ」

 実に申し訳なさそうに、時間を操る程度の人間は弁解した。その嗤いを見て、紫は目の前の少女が言った、ご奉仕に見せかけた何か、の意図を理解する。と、同時に、先ほどの交渉で自分がレートから外れていたことに安堵した。竹林の賢者や冥界の友人とは違い、慎ましい自分にはこれは着ることは出来ない、と。あぁ、でも藍が着ているところは、どう鑑賞すべきかしら、などと旅立ちかけたところをナズーリンの一言が引き止める。

 「そうそう、メイド長。山の巫女がメイド長を探しに来ていたが、約束をしているのではないか?」
 そう言われ、そんな時間か、と呟く。
 「早苗さんもこちらで?」
 それも悪くない。いやいや腐っても山の神か、と紫が一人合点するも、肩をすくめると、
 「ここのバザーのことを詳しく教えてほしいと頼まれたのよ。どんな店があるのか知らないから、だそうよ」

 「なら、早く行った方が良いのではないかな? どうも下の連中は、私の小ネズミ達がエサに群がる直前のような雰囲気だからね。教える前に品が無くなっては勿体ないだろう」
 確かにそうね、とメイド長は笑うと、それではお客様の事をよろしくね、とナズーリンに言い、椅子に腰掛けていた妖精メイドの一角に砂糖を買い出しに行くよう指示をすると堤の下でこちらを見上げている巫女へと歩いていった。
二人が合流した直後、河原から力強い音が響く。

      ドン

 余韻消えぬうちに、河原を埋める店々から威勢の良い呼び込みが、さながら鬨の声のようにあがる。その賑わいに目を細める大妖。
 その先には、先ほどまで傍らに立っていた給仕の少女と山の巫女の姿が慌てて走っていく姿があった。金糸紫衣の大妖は、幻想郷は今日も平和ですわ、と満足そうに呟くと、おかわりを、と告げる。

 「君、そういうのはそっと出すものだよ」

 給仕はそう溜息をつくと、今日最初の客に奉仕を始めた。
                                        ――妖女飲食中――
初めて、って響きに魅了されて、つらつらと書いていたらこんな感じになってしまった天井桟敷です。
初投稿なのに途中で切れたような終わりは、また書くぞ、ということで。

言葉遣いや表現には注意してるつもりですが、不備不足あれば、ご指摘頂けますようお願いいたします。

以上

---
>2様
 わかりにくそうな箇所に加筆してみました。
>5様
 誤り修正しました。ご指摘、ありがとうございました。
天井桟敷
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
この会話の感じが好き。
続きに期待します。
2.名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気を出せていると思います。

ただ、セリフの主が分かりづらいところがあったので、そこを少々考えてみては?
3.名前が無い程度の能力削除
このまったりとした空気がたまらんな。
今から続きに期待です。
4.名前が無い程度の能力削除
橙高藍安、紫は通貨としてすらならないとは…
紫は今が買い時なんですねわかります
5.名前が無い程度の能力削除
約束をしいるのではないか?→約束をしているのではないか?
すさまじいなぁ咲夜さん
6.名前が無い程度の能力削除
素敵だ。