『病気腋から』
そんな言葉がこの世にはある。
そう、例えるならそんな話。
気温も冬に向けて士気が下がる一方の中、彼女はいつものように風を切り裂きながら飛んでいく。
箒に跨り一直線。
向かう先は博麗神社。
一度参れば一つ良い事。二度参れば二つ良い事。三度参れば三つ良い事。そんなことは無いけれど、お賽銭は欲しいのよ。
つまり、その程度の神社。
「おーっす、霊夢ー」
「ん、や」
スタ、と軽やかに神社の庭に魔理沙は降り立つ。それを迎えるのは、寒空だろうと縁側でお茶を啜る霊夢。
魔理沙の挨拶に、腕を上げるだけで霊夢は答える。
魔理沙は遠慮など無しにその隣へと座った。
「いやぁ、寒くなってきたな」
「まぁ、冬もそろそろだからね」
「相変わらず腋むき出しで寒くないか、それ」
「別に。普通」
「ふーん。でも私はこの寒い中を飛んできてとても寒いな」
「へー、それは大変ね。身体は大切にした方がいいわよ」
「それはごもっともだぜ。なんといってもやっぱり身体が資本だからな」
「よく分かってるじゃない」
「当たり前だろ。魔法使いたる者、自己管理が出来ずには半人前だからな」
「それじゃあ、魔理沙は一人前ね。偉い偉い」
「そうか? えへへー」
よしよしと霊夢は魔理沙の頭を撫でる。魔理沙は頬は緩ますばかりである。
一通り撫でて、霊夢はお茶を啜る。
魔理沙は頭に感じていたた感触が無くなったことに名残惜しそうな顔をしたが、湯気がたつ湯呑みを見て表情を変えた。
「あーっ、忘れてた!」
「急にうるさいわねぇ。何よ」
「私はお茶が欲しかったんだよ! くそぅ、謀られた」
「それはご愁傷さま」
「ということだ。私にもお茶を淹れてくれ。無論温かいやつだ。多少熱くてもいいぞ。ただし、冷たいのとぬるいのは駄目だからな」
「なんか偉そうね」
「おい、早くしてくれ。私は少しでも早くズズズ、と啜ってはぁ、と息を吐きたいんだよ」
「ズズズ、は下品よ。せめてずずず、になさいな」
「あんま変わらないじゃないか。そんなことより茶」
「じゃ、はい」
「ん? なんだよ」
飲み干された湯呑みを差し出されて、魔理沙は頭を傾げる。
続けて急須も渡し霊夢は口を開く。
「淹れてきて」
「は?」
「飲みたいのでしょう? なら自分で淹れてきなさいよ。もちろん私の分もね」
「嫌だよ」
ぐ、と湯呑みと急須を魔理沙は突き返す。
霊夢はそれを押し返そうと掌を魔理沙の方へ向け、口を開く。
「早く淹れてきなさい」
「断る」
「なんでよ」
「めんどいからだ」
「そのくらいやりなさいよ」
「じゃあ、お前がやればいいじゃないか」
「嫌よ」
「なんでだよ」
「人に淹れさせた方がおいしいからよ!」
「いや、なんと横暴」
「ふふふ、参ったか」
「くっ、参りました……なんて言うかばーかっ」
「な、なんだってーー!!」
霊夢は驚いて仰け反る、動きをした。
魔理沙はいやいや、とこの微妙な空気を変える為に咳払いをした。
「で、霊夢。茶をお願いする」
「だから自分で淹れなさいって」
「さっき言った通りだ」
「いいじゃない。淹れてくるぐらい」
「嫌だ。最初に言ったと思うが、私はここまで飛んできたんだ」
「だから?」
「お前より身体が冷えているんだ。つまり、お茶を飲ませてもらう権利がある」
「その権利は受理されませんでした」
「わ、私は寒かったんだぞ」
「知らないわよ」
「……もういいっ」
「へ?」
いきなり魔理沙は立ち上がった。
突然の行動に霊夢は呆然とする。
「お茶を出してくれないって言うんなら……」
霊夢と距離をとり、指を差す。
「――霊夢は寝るとき腋出さないって言いふらしてやるんだからなっ!」
「なっ……!」
魔理沙の言葉に霊夢は言葉を失う。
しかし、すぐさま気を取り直し魔理沙に訴えかける。
「やめてっ。それはだめよっ」
「だけどな霊夢……。これはお前の為でもあるんだぜ」
「ど、どういうことよ……」
「霊夢、お前は腋のせいできっと寒い思いをしているはずだ。なら、私がそのつまらないあいでんてぃてぃとやらをぶっ壊してきてやるよ」
「違う。私が好きでやってるのよっ。腋は悪くないわっ。みんな誤解してるのよ……。腋を出さない人はみんな……」
「それがつまらない意地ってやつなんだよ!」
「違う! 絶対に!」
「もう行くぜ!」
魔理沙は身を翻して、箒を手に取り走る。
そんな魔理沙を霊夢は力無く見て、一言。……仕方無いわね、と。
―――― 博麗結界『腋の陣』――――
言葉が空間を支配する。
「うわっ」
魔理沙が空中で弾かれる。
結界に囲まれている証拠だ。
「この結界は腋関連の時最も力を発揮する。、博麗代々受け継がれる技。博麗はこの技で始まりこの技で終わると言っても過言じゃないわ」
そう言いながら霊夢は魔理沙に近づいていく。
「ふふふ。魔理沙、あんたには破ることはできないわ。紫でもどうかしら。この結界を越えられるのは、腋を愛し腋に認められた者だけよ」
「く、来るなよ……」
「腋を拒むからよ……。まずはその隠された腋を明かしてもらおうかしらぁ!」
「いやーっ」
「うう……。もうお嫁にいけない……」
「何言ってるのよ。むしろ正装よ」
縁側で魔理沙は自分の肩を抱いて泣き崩れている。
その腋は見事なまでにむき出しになっていた。
「恥ずかしいよう。腋から空気が入ってきて寒いよう」
「慣れるわよ、そのうち。……それにしても、綺麗な腋してるわね」
「やあっ、見ないでっ」
「匂いはどうかしら?」
「だめっ。さっきまで汗かいてたからくさいよっ」
「へぇ。じゃあ、そんな魔理沙に朗報よ。今の状態なら汗がむれることもこもることも無いから匂わなくなるわよ」
「微妙……」
「まぁ、これから魔理沙には腋の良さを分かってくれるように色々話すからね」
「遠慮したい……」
「とりあえず、お茶淹れてくるわね」
部屋の角に消えていく霊夢の背中を見ながら、魔理沙は一つ息を漏らした。
「どうしたものか……」
魔理沙は思う。霊夢はそこまで強引じゃないと。話せば分かってくれるんじゃないかと。
魔理沙は決めた。
……霊夢が戻ってきたら言おう……。
そう思った時、ちょうど霊夢が戻ってきた。
「はい。ご所望のお茶よ。火傷しないでよね、熱いから」
一つを魔理沙に渡して、自分も縁側に座る。
お互いに並んで同じタイミングで湯呑みに口をつけた。そして、同じように熱さにびっくりする。
魔理沙は異常な喉の渇きをお茶で潤し、やっとの思いで口を開く。
「霊夢。やっぱ私に腋は無理だ……」
魔理沙はある程度の言葉や行動は覚悟していた。しかし、少し待っていても何も訪れない。
代わりに、何かが割れるような音が響いた。そう、湯呑みのような物。
魔理沙は咄嗟に自分の手に視線を落とす。そこにはしっかりと湯呑みが包まれていた。
なら、と魔理沙は隣を見る。
案の定、その手に湯呑みは無く足元で割れていた。しかも、中身が残っていたのか霊夢の足にかかっている。
「霊夢! 大丈夫か!」
「ねぇ、魔理沙……」
そのか細い声は何かと思い、魔理沙はふと霊夢を見た。
霊夢は泣き出しそうな、そんな顔をしている。
その表情は魔理沙を困惑させた。何かあるだろうと予想はしていたが、これはあまりにも予想の範疇を超えているのだ。
魔理沙が戸惑っている中、霊夢が言葉を紡ぐ。
「なんて言ったの……?」
「…………腋は無理って……」
言おうか迷ったが、下唇を噛みながら魔理沙は答えた。
その答えに霊夢は重ねて質問する。
「腋は……嫌なのね」
喉が異常な程渇き、魔理沙は声を出すことが出来ずにいる。
だからその分、先程より強く噛締めて、一つ頷いた。
魔理沙の返事に、悲しそうな、またどこか自嘲的な表情をして、霊夢はそう、と呟いた。
そして、あまりにもばればれな笑みを貼り付けて魔理沙の顔を見る。
「別に大丈夫よ。私だって分かっていたわ。ただね、魔理沙なら、って少し思っちゃって……。ふふふ……はは……は……」
「………………」
霊夢は顔を覆って笑う。
魔理沙は何も言えなかった。
笑いは途切れ、霊夢は外を指差した。
「帰っていいわよ。無理に腋出しなんてさせないわ。そんなものに意味なんて無いもの……。大丈夫、結界はもう無いから」
そう言い残し、霊夢は神社の中に消えていく。
魔理沙はただ拳を強く握りしめ、俯くことしか出来なかった。だけど、ふと視線を上げた先に、角に消えようとする背中が余りにも小さく儚く目に映って、堪らず魔理沙は立ち上がり、
――叫んだ。
「霊夢っ!」
その言葉は霊夢にしっかり届き、その歩みを止めさせ、こちらに振り向かせた。
こちらを向いた霊夢の口は開かなかったが、その目が彼女の言葉を代弁する。なに、と瞳は魔理沙に問いかけた。
音と成らない問いに魔理沙は考える。自分は何で引き止めたのか、と。しかし、その考えを即座に捨てる。
……違う。どうしてかなんてとっくに出ている。答えるまでもない。
だから、と魔理沙は大きく息を吸い、そして再度呼びかける。
「霊夢」
霊夢は答えない。だけど、視線は魔理沙は捉えたままである。
それで十分、と魔理沙はもう一度だけ大きく息を吸い込んだ。
「思い直したよ。私も腋は悪くないと思うぜ」
「……え」
魔理沙の言葉に、霊夢はすぐに言葉を続けることが出来なかった。
だけど、魔理沙は霊夢の瞳に光を感じられたからもう一度言葉を重ねる。
「腋の良さを知りたいよ、私は。だってさ、霊夢がそこまで拘るんだ。きっとそれなりの価値があるはずだ。そうなんだろ?」
「……うん」
霊夢が頷いたのを魔理沙は自らの目で確認する。
それなら、と魔理沙が続けようとした時、霊夢がその言葉を遮り口を開いた。
「私のことを気遣ってそう言ってくれるなら、無理しなくていいわよ。その気持ちは嬉しいけど、後で悲しくなっちゃうだけだからさ。だから魔理沙、もうい――」
「違う! 嘘なんかじゃない。偽りなんかじゃない。本当にそう思ってる!」
「で、でも最初……」
「最初は最初だ! 今は今! それにさっき言っただろ。良さはこれから見つけていくんだって。お前から教えてもらうんだって」
「そ、それじゃあ、本当に?」
「ああ、本当だ」
「魔理沙のこと、信じていいの?」
「ああ、もちろんだ。私が霊夢を裏切ったことなんてあったか?」
「……ある、かも」
「そうか。それは仕方ないな。でも大丈夫だ。今回は信じられる女だぜ、私は」
「……うん、そうね。私、魔理沙のこと信じるから手を広げてて」
「ん、こうか?」
両手を大きく広げる魔理沙に、霊夢はうん、と一つ頷いて、
「――魔理沙」
その腕の中に飛び込んだ。
「おっと、急には危ないだろ」
少し体勢が崩れて魔理沙は言う。
「魔理沙なら受け止めてくれるって、私信じてたから」
「ま、まぁな」
「ねぇ、魔理沙」
「うん、なんだ?」
名前を呼ばれて魔理沙は下を向く。
すると、合わせるように霊夢は上を、つまり魔理沙を見ていて、自然と目が合った。
霊夢は口を開く。
「ありがとう」
その言葉に魔理沙は咄嗟に返せないで、曖昧に頷いた。
霊夢は気が済んだのか、魔理沙から離れて、後ろを向く。
「どこ行くんだ?」
「だって、これから話しなきゃいけないでしょう。だから、お茶淹れ直してくるわ」
「そうか。なら私の分もお願いな。熱くていいぞ」
「偉そうね。まぁ、淹れてきてあげるわよ。お望み通り、あっつあつのをね!」
「いや、霊夢、げ、限度ってものを…………行っちまった」
魔理沙の言葉など届かなかったように、振り返らずに霊夢は行く。
その背中がいつも通りで、そして嬉しそうでもあって、だから魔理沙は一度目を閉じた。
……相変わらず、腋が寒いけど……。
そして目を開け、スキップでもしそうな後姿をもう一度見て、魔理沙はにかりと口の端を上げた。
「心はなんだか、あったかいぜ」
そんな言葉がこの世にはある。
そう、例えるならそんな話。
気温も冬に向けて士気が下がる一方の中、彼女はいつものように風を切り裂きながら飛んでいく。
箒に跨り一直線。
向かう先は博麗神社。
一度参れば一つ良い事。二度参れば二つ良い事。三度参れば三つ良い事。そんなことは無いけれど、お賽銭は欲しいのよ。
つまり、その程度の神社。
「おーっす、霊夢ー」
「ん、や」
スタ、と軽やかに神社の庭に魔理沙は降り立つ。それを迎えるのは、寒空だろうと縁側でお茶を啜る霊夢。
魔理沙の挨拶に、腕を上げるだけで霊夢は答える。
魔理沙は遠慮など無しにその隣へと座った。
「いやぁ、寒くなってきたな」
「まぁ、冬もそろそろだからね」
「相変わらず腋むき出しで寒くないか、それ」
「別に。普通」
「ふーん。でも私はこの寒い中を飛んできてとても寒いな」
「へー、それは大変ね。身体は大切にした方がいいわよ」
「それはごもっともだぜ。なんといってもやっぱり身体が資本だからな」
「よく分かってるじゃない」
「当たり前だろ。魔法使いたる者、自己管理が出来ずには半人前だからな」
「それじゃあ、魔理沙は一人前ね。偉い偉い」
「そうか? えへへー」
よしよしと霊夢は魔理沙の頭を撫でる。魔理沙は頬は緩ますばかりである。
一通り撫でて、霊夢はお茶を啜る。
魔理沙は頭に感じていたた感触が無くなったことに名残惜しそうな顔をしたが、湯気がたつ湯呑みを見て表情を変えた。
「あーっ、忘れてた!」
「急にうるさいわねぇ。何よ」
「私はお茶が欲しかったんだよ! くそぅ、謀られた」
「それはご愁傷さま」
「ということだ。私にもお茶を淹れてくれ。無論温かいやつだ。多少熱くてもいいぞ。ただし、冷たいのとぬるいのは駄目だからな」
「なんか偉そうね」
「おい、早くしてくれ。私は少しでも早くズズズ、と啜ってはぁ、と息を吐きたいんだよ」
「ズズズ、は下品よ。せめてずずず、になさいな」
「あんま変わらないじゃないか。そんなことより茶」
「じゃ、はい」
「ん? なんだよ」
飲み干された湯呑みを差し出されて、魔理沙は頭を傾げる。
続けて急須も渡し霊夢は口を開く。
「淹れてきて」
「は?」
「飲みたいのでしょう? なら自分で淹れてきなさいよ。もちろん私の分もね」
「嫌だよ」
ぐ、と湯呑みと急須を魔理沙は突き返す。
霊夢はそれを押し返そうと掌を魔理沙の方へ向け、口を開く。
「早く淹れてきなさい」
「断る」
「なんでよ」
「めんどいからだ」
「そのくらいやりなさいよ」
「じゃあ、お前がやればいいじゃないか」
「嫌よ」
「なんでだよ」
「人に淹れさせた方がおいしいからよ!」
「いや、なんと横暴」
「ふふふ、参ったか」
「くっ、参りました……なんて言うかばーかっ」
「な、なんだってーー!!」
霊夢は驚いて仰け反る、動きをした。
魔理沙はいやいや、とこの微妙な空気を変える為に咳払いをした。
「で、霊夢。茶をお願いする」
「だから自分で淹れなさいって」
「さっき言った通りだ」
「いいじゃない。淹れてくるぐらい」
「嫌だ。最初に言ったと思うが、私はここまで飛んできたんだ」
「だから?」
「お前より身体が冷えているんだ。つまり、お茶を飲ませてもらう権利がある」
「その権利は受理されませんでした」
「わ、私は寒かったんだぞ」
「知らないわよ」
「……もういいっ」
「へ?」
いきなり魔理沙は立ち上がった。
突然の行動に霊夢は呆然とする。
「お茶を出してくれないって言うんなら……」
霊夢と距離をとり、指を差す。
「――霊夢は寝るとき腋出さないって言いふらしてやるんだからなっ!」
「なっ……!」
魔理沙の言葉に霊夢は言葉を失う。
しかし、すぐさま気を取り直し魔理沙に訴えかける。
「やめてっ。それはだめよっ」
「だけどな霊夢……。これはお前の為でもあるんだぜ」
「ど、どういうことよ……」
「霊夢、お前は腋のせいできっと寒い思いをしているはずだ。なら、私がそのつまらないあいでんてぃてぃとやらをぶっ壊してきてやるよ」
「違う。私が好きでやってるのよっ。腋は悪くないわっ。みんな誤解してるのよ……。腋を出さない人はみんな……」
「それがつまらない意地ってやつなんだよ!」
「違う! 絶対に!」
「もう行くぜ!」
魔理沙は身を翻して、箒を手に取り走る。
そんな魔理沙を霊夢は力無く見て、一言。……仕方無いわね、と。
―――― 博麗結界『腋の陣』――――
言葉が空間を支配する。
「うわっ」
魔理沙が空中で弾かれる。
結界に囲まれている証拠だ。
「この結界は腋関連の時最も力を発揮する。、博麗代々受け継がれる技。博麗はこの技で始まりこの技で終わると言っても過言じゃないわ」
そう言いながら霊夢は魔理沙に近づいていく。
「ふふふ。魔理沙、あんたには破ることはできないわ。紫でもどうかしら。この結界を越えられるのは、腋を愛し腋に認められた者だけよ」
「く、来るなよ……」
「腋を拒むからよ……。まずはその隠された腋を明かしてもらおうかしらぁ!」
「いやーっ」
「うう……。もうお嫁にいけない……」
「何言ってるのよ。むしろ正装よ」
縁側で魔理沙は自分の肩を抱いて泣き崩れている。
その腋は見事なまでにむき出しになっていた。
「恥ずかしいよう。腋から空気が入ってきて寒いよう」
「慣れるわよ、そのうち。……それにしても、綺麗な腋してるわね」
「やあっ、見ないでっ」
「匂いはどうかしら?」
「だめっ。さっきまで汗かいてたからくさいよっ」
「へぇ。じゃあ、そんな魔理沙に朗報よ。今の状態なら汗がむれることもこもることも無いから匂わなくなるわよ」
「微妙……」
「まぁ、これから魔理沙には腋の良さを分かってくれるように色々話すからね」
「遠慮したい……」
「とりあえず、お茶淹れてくるわね」
部屋の角に消えていく霊夢の背中を見ながら、魔理沙は一つ息を漏らした。
「どうしたものか……」
魔理沙は思う。霊夢はそこまで強引じゃないと。話せば分かってくれるんじゃないかと。
魔理沙は決めた。
……霊夢が戻ってきたら言おう……。
そう思った時、ちょうど霊夢が戻ってきた。
「はい。ご所望のお茶よ。火傷しないでよね、熱いから」
一つを魔理沙に渡して、自分も縁側に座る。
お互いに並んで同じタイミングで湯呑みに口をつけた。そして、同じように熱さにびっくりする。
魔理沙は異常な喉の渇きをお茶で潤し、やっとの思いで口を開く。
「霊夢。やっぱ私に腋は無理だ……」
魔理沙はある程度の言葉や行動は覚悟していた。しかし、少し待っていても何も訪れない。
代わりに、何かが割れるような音が響いた。そう、湯呑みのような物。
魔理沙は咄嗟に自分の手に視線を落とす。そこにはしっかりと湯呑みが包まれていた。
なら、と魔理沙は隣を見る。
案の定、その手に湯呑みは無く足元で割れていた。しかも、中身が残っていたのか霊夢の足にかかっている。
「霊夢! 大丈夫か!」
「ねぇ、魔理沙……」
そのか細い声は何かと思い、魔理沙はふと霊夢を見た。
霊夢は泣き出しそうな、そんな顔をしている。
その表情は魔理沙を困惑させた。何かあるだろうと予想はしていたが、これはあまりにも予想の範疇を超えているのだ。
魔理沙が戸惑っている中、霊夢が言葉を紡ぐ。
「なんて言ったの……?」
「…………腋は無理って……」
言おうか迷ったが、下唇を噛みながら魔理沙は答えた。
その答えに霊夢は重ねて質問する。
「腋は……嫌なのね」
喉が異常な程渇き、魔理沙は声を出すことが出来ずにいる。
だからその分、先程より強く噛締めて、一つ頷いた。
魔理沙の返事に、悲しそうな、またどこか自嘲的な表情をして、霊夢はそう、と呟いた。
そして、あまりにもばればれな笑みを貼り付けて魔理沙の顔を見る。
「別に大丈夫よ。私だって分かっていたわ。ただね、魔理沙なら、って少し思っちゃって……。ふふふ……はは……は……」
「………………」
霊夢は顔を覆って笑う。
魔理沙は何も言えなかった。
笑いは途切れ、霊夢は外を指差した。
「帰っていいわよ。無理に腋出しなんてさせないわ。そんなものに意味なんて無いもの……。大丈夫、結界はもう無いから」
そう言い残し、霊夢は神社の中に消えていく。
魔理沙はただ拳を強く握りしめ、俯くことしか出来なかった。だけど、ふと視線を上げた先に、角に消えようとする背中が余りにも小さく儚く目に映って、堪らず魔理沙は立ち上がり、
――叫んだ。
「霊夢っ!」
その言葉は霊夢にしっかり届き、その歩みを止めさせ、こちらに振り向かせた。
こちらを向いた霊夢の口は開かなかったが、その目が彼女の言葉を代弁する。なに、と瞳は魔理沙に問いかけた。
音と成らない問いに魔理沙は考える。自分は何で引き止めたのか、と。しかし、その考えを即座に捨てる。
……違う。どうしてかなんてとっくに出ている。答えるまでもない。
だから、と魔理沙は大きく息を吸い、そして再度呼びかける。
「霊夢」
霊夢は答えない。だけど、視線は魔理沙は捉えたままである。
それで十分、と魔理沙はもう一度だけ大きく息を吸い込んだ。
「思い直したよ。私も腋は悪くないと思うぜ」
「……え」
魔理沙の言葉に、霊夢はすぐに言葉を続けることが出来なかった。
だけど、魔理沙は霊夢の瞳に光を感じられたからもう一度言葉を重ねる。
「腋の良さを知りたいよ、私は。だってさ、霊夢がそこまで拘るんだ。きっとそれなりの価値があるはずだ。そうなんだろ?」
「……うん」
霊夢が頷いたのを魔理沙は自らの目で確認する。
それなら、と魔理沙が続けようとした時、霊夢がその言葉を遮り口を開いた。
「私のことを気遣ってそう言ってくれるなら、無理しなくていいわよ。その気持ちは嬉しいけど、後で悲しくなっちゃうだけだからさ。だから魔理沙、もうい――」
「違う! 嘘なんかじゃない。偽りなんかじゃない。本当にそう思ってる!」
「で、でも最初……」
「最初は最初だ! 今は今! それにさっき言っただろ。良さはこれから見つけていくんだって。お前から教えてもらうんだって」
「そ、それじゃあ、本当に?」
「ああ、本当だ」
「魔理沙のこと、信じていいの?」
「ああ、もちろんだ。私が霊夢を裏切ったことなんてあったか?」
「……ある、かも」
「そうか。それは仕方ないな。でも大丈夫だ。今回は信じられる女だぜ、私は」
「……うん、そうね。私、魔理沙のこと信じるから手を広げてて」
「ん、こうか?」
両手を大きく広げる魔理沙に、霊夢はうん、と一つ頷いて、
「――魔理沙」
その腕の中に飛び込んだ。
「おっと、急には危ないだろ」
少し体勢が崩れて魔理沙は言う。
「魔理沙なら受け止めてくれるって、私信じてたから」
「ま、まぁな」
「ねぇ、魔理沙」
「うん、なんだ?」
名前を呼ばれて魔理沙は下を向く。
すると、合わせるように霊夢は上を、つまり魔理沙を見ていて、自然と目が合った。
霊夢は口を開く。
「ありがとう」
その言葉に魔理沙は咄嗟に返せないで、曖昧に頷いた。
霊夢は気が済んだのか、魔理沙から離れて、後ろを向く。
「どこ行くんだ?」
「だって、これから話しなきゃいけないでしょう。だから、お茶淹れ直してくるわ」
「そうか。なら私の分もお願いな。熱くていいぞ」
「偉そうね。まぁ、淹れてきてあげるわよ。お望み通り、あっつあつのをね!」
「いや、霊夢、げ、限度ってものを…………行っちまった」
魔理沙の言葉など届かなかったように、振り返らずに霊夢は行く。
その背中がいつも通りで、そして嬉しそうでもあって、だから魔理沙は一度目を閉じた。
……相変わらず、腋が寒いけど……。
そして目を開け、スキップでもしそうな後姿をもう一度見て、魔理沙はにかりと口の端を上げた。
「心はなんだか、あったかいぜ」
本題が腋っておかしいのに真剣に話が進んでくのが凄く面白かったです。
遅れ馳せながらもコメ返しを。
>>1様
腋
>>2様
腋
>>3様
腋藹々
>>4様
月夜
>>5様
代わりにやっておきましたww
>>6様
おや、私がいるようだ
>>7様
ただし、腋が綺麗に限る!あと、お体お気をつけて
>>8様
おお、伝わった……感激です
>>9様
腋はステータスw
>>10様
気が向いたらお待ちください。いつかは知りませんけどw
>>11様
な、なんだって……
>>12様
く、思いつきのまま書くんじゃなかった、よ……